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- 2014年11月15日12:00 / カテゴリ:海外のまとめ
- 外国人「古今東西の各国の軍装を紹介していく」海外のまとめツイート
Comment by Kookanoodles 1241 ポイント関連記事
フランスでのフランス革命記念日。
第一次世界大戦百周年で当時の軍服を着てパレード。
reddit.com/r/HistoryPorn/
reddit.com/r/MilitaryPorn/
reddit.com/r/UniformPorn
「自国の歴史で活躍した戦士階級を外国人が紹介するスレ」海外のまとめ
外国人「歴史上のアーティファクト画像を貼っていく」海外のまとめ
Comment by VincentKompanini 100 ポイント
ヴァレンティノがデザインしたイタリアの「カラビニエリ」
Comment by VincentKompanini[S] 10 ポイント
↑他にも。
カラビニエリ(イタリア語: Carabinieri)は、イタリアの国家憲兵である。正式名称は l'Arma dei Carabinieri である。
平時にはイタリアの警察機関の一つとして、国家警察 (Polizia di Stato) や財務警察(Guardia di Finanza)などとともに警察活動を行う。有事には憲兵および戦闘部隊として機能する。
カラビニエリ
Comment by VincentKompanini 96 ポイント
イングランドのジェームズ2世の火縄銃兵鎧。1686年。
顔の部分が王立軍の紋章になってる。
軍服ではないけど格好良い。
Comment by VincentKompanini[S] 11 ポイント
↑鎧の全体がこれ。
Comment by mojave955 97 ポイント
イベントで伝統的な軍服を着る朝鮮兵
Comment by Bedlamite13 84 ポイント
アウグスト・フォン・マッケンゼン
プロイセン(後ドイツ)の陸軍元帥。ナチ時代も昔のプロイセンの軍服を着用し続けたことで有名。
Comment by cos1ne 7 ポイント
↑この人って「バリアント ハート ザ グレイト ウォー」に出てくるバロン・フォン・ドルフに似てる気がする。
アウグスト・フォン・マッケンゼン(August von Mackensen, 1849年12月6日 - 1945年11月8日)は、ドイツ帝国の軍人。陸軍元帥。第一次世界大戦で軍司令官として活躍した。
彼は最後までヒトラーへのシンパシーを失わず、プロイセンの軍国主義とナチスの総統崇拝の橋渡しに加担したと評価されている。これらのことからオットー・フォン・ハプスブルクなどはマッケンゼンを「第三帝国の高貴なプロイセン人」と評している。
アウグスト・フォン・マッケンゼン
『バリアント ハート ザ グレイト ウォー』(英:Valiant Hearts: The Great War、仏:Soldats Inconnus : Memoires de la Grande Guerre)は、Ubisoft Montpellierが開発しUbisoftが販売したアクションパズル・アドベンチャーゲーム。
第一次世界大戦のヨーロッパを舞台に立場の異なる二人の男性と一人の女性、そして一匹の犬が互いに協力しあい戦乱の時代を生き延びる2Dアクションパズルゲーム。
キャラクターたちはマンガ的なアートワークでかわいらしく描かれているが、銃撃などで死亡するなど実際の戦争に即した描写がなされており、たとえばステージの障害物の一つである毒ガスは主人公が触れてしまうと死亡するという仕掛けになっている。
バリアント ハート ザ グレイト ウォー
Comment by MaPMFF 68 ポイント
第二次世界大戦の「Waffen SS Panzer」将校の夏の軍服。
Comment by Turnshroud 67 ポイント
ポーランドの翼のついたフサリアの鎧。17世紀中期。
クラクフの国立博物館で展示。
ユサール (フザール、ハサー、英: Hussar、仏: Hussard、独: Husaren)は、近世の軍隊における騎兵科の兵職の一つ。
15世紀のハンガリーにて発祥し、華麗なスタイルと勇猛さで名を馳せた。ポーランドではより華美を極めた有翼重騎兵(フサリア、波: Husaria、英: Winged Hussar)として発展した。
フサリア
Comment by gabe_ 62 ポイント
ドイツのプロパガンダポスターで描かれた第一次世界大戦の連合国の軍服
Comment by Sinisa26 7 ポイント
↑百年前まで胸甲騎兵が存在してたってのがヤバいな。
Comment by VincentKompanini 63 ポイント
スウェーデンの近衛兵のパレード。
Comment by VincentKompanini[S] 21 ポイント
↑おまけにこの写真 ;D
Comment by Samuel_Gompers 65 ポイント
第二次世界大戦時のアメリカ陸軍中佐の夏のカーキ色の軍服。
Comment by VincentKompanini 58 ポイント
クィーンズ・ロイヤル・ハッサーズの兵士(深紅色のズボンに注目!)2012年。
Comment by kurczakPL 60 ポイント
ロンドン博物館にあるポーランドの有翼フサリアの鎧
Comment by kurczakPL[S] 8 ポイント
↑
Comment by Souljacker 3 ポイント
↑連中は戦場でこんな翼を使ってたの? oO
Comment by Bedlamite13 3 ポイント
↑そだよ
Comment by RoninDeNiro 4 ポイント
↑一部はそうだったけどこんな感じで鞍に取り付けてた。
祖国トランシルヴァニアのユサールが甲冑を脱ぎ捨て軽装になっていくのに対し、それ以前からヤン・タルノフスキの新式兵法が定着していたポーランドのフサリアたちは厚い真紅のベルベット(ビロード)の服の上に贅の限りをつくした装飾をほどこした金属製の甲冑をつけ、そのうえに豹やテンの毛皮を着込み、巨大な鳥の羽飾りを背負い(突撃時には風圧対策として馬の鞍に器具で固定した)、鮮やかな白と紅のポーランド軍バナーを体に纏って飾るという流麗ないでたちの、長槍で武装した独特な衝撃重騎兵軍団(有翼衝撃重騎兵)へと発展した。
フサリア
Comment by Turnshroud 58 ポイント
トラファルガーの海戦でネルソン提督が着用していた軍服。
Comment by AgnosticKierkegaard 3 ポイント
↑連中が今でもそれを持ってるとか凄いな。
Comment by emkay99 4 ポイント
↑でもその「連中」って誰?これどこで展示されてんの?
Comment by Turnshroud[S] 5 ポイント
↑国立海洋博物館
国立海事博物館(National Maritime Museum)は、旧王立海軍大学(The Old Royal Naval College)の向い側、クイーンズ・ハウス(The Queen's House)と並んで建つ世界最大級の海事博物館です。
国立海事博物館(National Maritime Museum)には、1732年に造船されたという、フレデリック王子の豪華な艀(平底の船舶)など、様々な船の模型が展示されています。
ネルソン提督がトラファルガーの海戦で着ていたという軍服が展示してあるネルソンズ・ネイビーでは、トラファルガー海戦の様子やキャプテン・クックの探検した足取りや様子が紹介されています。
国立海事博物館(National Maritime Museum)
Comment by Joniak 58 ポイント
キューベルワーゲンに乗る軍医に話しかけるドイツ士官
キューベルワーゲン(独:Kubelwagen または Kubelsitzwagen)とは、第二次世界大戦中にドイツで生産された小型軍用車両である。
構造的には先行してポルシェが設計していたフォルクスワーゲン・タイプ1の軍用車ヴァージョンというべきものであり、不整地走破性を高めるため、軽量・低重心なタイプ1の特長を生かしながら、可能な限り最低地上高を高めるように設計された。
キューベルワーゲン
Comment by Turnshroud 54 ポイント
2013年にライプツィヒの戦いを再現した時のポーランド軍の軍服を着た人たち。
ライプツィヒの戦い(ライプツィヒのたたかい、英:Battle of Leipzig, 仏:Bataille de Leipzig, 1813年10月16日 - 10月19日)は、ナポレオン戦争における最大規模の戦闘。
ドイツ東部のライプツィヒ(当時のザクセン王国領)で、ナポレオン1世麾下のフランス軍19万と、プロイセン・ロシア帝国・オーストリア帝国・スウェーデンの連合軍36万の間で戦いが行われた。
3日間の激戦の末、圧倒的な兵力差の前にフランス軍は敗北した。戦闘の結果、ナポレオンのドイツ支配が終わった。
ライプツィヒの戦い
Comment by VincentKompanini 53 ポイント
2012年、ロンドン、ロイヤル・ジブラルタル連隊
Comment by mlcolosimo 54 ポイント
アメリカ合衆国海兵。1812年
Comment by an_ironic_username 53 ポイント
これがまだ貼られてないとか信じられん。
「『porcupine fish helmet』を被り、サメの牙の剣を持ち、ココナッツの繊維でできた鎧を着るキリバスの戦士。1900年代初期」
Comment by kattaroten 51 ポイント
宮殿の衛士の鎧。18世紀の中国
Comment by captaincrunchie 52 ポイント
アレクサンドラ女王の騎馬銃兵。
部隊結成150周年記念のパレード
アレクサンドラ・オブ・デンマーク(英語: Alexandra of Denmark, 1844年12月1日 - 1925年11月20日)はイギリス国王エドワード7世の妃でイギリス王妃、インド皇后。
夫エドワードの不倫と冷え切った夫婦関係や姑ヴィクトリア女王との愛憎表裏一体する複雑な確執などで心身ともに疲れ果てたが、王太子妃時代には戦争で亡くなった遺族の経済援助のためイギリス陸海空軍人家族協会を設立したり、王妃時代はイギリス陸軍看護施設を設立したりと功績を残している。
アレクサンドラ・オブ・デンマーク
Comment by False-God 49 ポイント
イランのモハンマド・レザー・パフラヴィーの不死の近衛兵。1975年頃。
モハンマド・レザー・シャー・パフラヴィー(ペルシア語: محمدرضا شاه پهلوی, ラテン文字転写: Mohammad Rezā Shāh Pahlavi、1919年10月26日 - 1980年7月27日)はパフラヴィー朝イランの第2代にして最後の皇帝(シャーハンシャー、在位:1941年9月26日 - 1979年2月11日)である。
父である先代の皇帝レザー・シャーの退位により即位し、「白色革命」を推進してイランの近代化を進めたが、イラン革命により失脚した。
モハンマド・レザー・パフラヴィー
Comment by [deleted] 49 ポイント
インド軍の大統領の衛兵
Comment by vorpalsword92 52 ポイント
ウェストミンスター宮殿の警備兵(下士官)
Comment by MaPMFF 48 ポイント
第二次世界大戦ドイツの陸軍元帥
Comment by [deleted] 50 ポイント
ニューデリーで共和国記念日パレードが始まる前に同僚の為にダンスするインド兵
Comment by vorpalsword92 48 ポイント
色が付けられたドイツ兵。1913年。
Comment by vorpalsword92 50 ポイント
インドの大統領近衛兵の司令官
Comment by Turnshroud 47 ポイント
再現された英国の擲弾兵の軍服を着る人たち。
Comment by vorpalsword92 46 ポイント
インドの大統領近衛兵の一員
Comment by Thepogschampion 43 ポイント
冬の軍服を着用した日本軍兵。1930年代初期。満州。
Comment by VincentKompanini 42 ポイント
イギリスの「17th Lancers Officer」の上着と帽子。1890年代
Comment by MSW_21 42 ポイント
軍装したバチカンのスイス衛兵
Comment by VincentKompanini 44 ポイント
イングランド内戦の国王派の騎兵隊の軍服。大陸の影響がうかがえる。
イングランド内戦(English Civil War)は、清教徒革命におけるイングランドの騎士党(Cavaliers、国王派)と円頂党(Roundheads、議会派)の間で行われた軍事衝突である。
イングランド内戦
Comment by na110793 44 ポイント
ロシア、モスクワ、Alexander Gardenでのクレムリン連隊の儀仗兵
Comment by Turnshroud 42 ポイント
パリのオテル・デ・ザンヴァリッドの前に立つフランス兵。1910年代
オテル・デ・ザンヴァリッド(仏: L'hotel des Invalides)、通称アンヴァリッド(仏: Les Invalides)は、パリの歴史的建造物の一つ、旧・軍病院。
1671年にルイ14世が傷病兵を看護する施設として計画し、リベラル・ブリュアンが設計の指揮をとり1674年に最初の傷病兵たちが入った。
オテル・デ・ザンヴァリッド
Comment by Turnshroud 44 ポイント
蒋介石。中華民国国家主席。
Comment by [deleted] 46 ポイント
フランス植民地軍の系譜を受け継ぐ第一スパッヒ連隊
Comment by GrandmaGos 6 ポイント
↑外套。この外套。この外套良いわぁ。
「http://en.wikipedia.org/wiki/Spahi」を調べたけど軽騎兵だったんだな。
だから外套なのかね?格好良い。
第1スパッヒ連隊(だいいちスパッヒれんたい、1er regiment de spahis:1er RS)は、ドローム県ヴァランスに駐屯する、第6軽機甲旅団隷下のフランス陸軍の軽戦車連隊である。
兵種は機甲、伝統的区分は騎兵である。
スパッヒとは、旧北アフリカ植民地における現地民騎兵のことである。
第1スパッヒ連隊 (フランス軍)
Comment by Kookanoodles 44 ポイント
パリ市庁舎でブラジル大統領の訪問を待つフランス共和国衛兵。2012年
Comment by VincentKompanini 42 ポイント
伝統的なユサールの軍服を着るハンガリー人。
オーストリア帝国に対抗した1848年革命を記念して。
1848年革命(1848ねんかくめい)は、1848年にヨーロッパ各地で起こった革命。ウィーン体制の事実上の崩壊へと突き進んだ。
1848年革命
Comment by Turnshroud 39 ポイント
「4th (Queen's Own) Hussars」の一員だった頃のウィンストン・チャーチル
Comment by inanyas 43 ポイント
ニュージーランド、オークランド
ニュージーランドの「Chief of Army」であるArthur Gawn少佐
Comment by poorfag 42 ポイント
アメリカ人参謀長の隣にいるイスラエルの参謀長
どちらも正装
Comment by FRANE_ATTACK 23 ポイント
↑「これ」がイスラエルの正装なわけ?
Comment by poeticmatter 10 ポイント
↑イスラエル兵には軍服が2種類ある。うちらはそれのことをAとBって読んでるんだけどBは作業用の軍服。
そしてAは基地の外に出るときや事務作業をするときの軍服。歩哨勤務や炊事する時なんて場合はその軍服は着用しない。
唯一イスラエル海軍には特別な軍服がある。
Comment by vorpalsword92 38 ポイント
カリヨン要塞で再現されたフランス連隊の軍服を着た人たち。1755年頃
カリヨンの戦い(仏 Bataille de Fort Carillon、英 Battle of Fort Carillon、または1758年のタイコンデロガの戦い)は、フレンチ・インディアン戦争中の戦闘である。
アメリカの歴史家であるローレンス・ヘンリー・ギプソンは、アバークロンビーの作戦についてこのように記している。「アメリカ大陸で起こった軍事行動のうちで、これほど指揮官の側に判断ミスが多い戦闘はかつてなかった」
多くの軍事史の研究家が、カリヨンの戦いは、戦術面での軍事的無能の典型例として引き合いに出している。
カリヨンの戦い
Comment by vorpalsword92 38 ポイント
スペイン軍の軍服
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外国人「スペイン外国人部隊のセクシーさは異常」海外の反応
Comment by Turnshroud 40 ポイント
半島戦争(1808-1914)の間のドイツ王立軍隊
※1814の間違いだと思われます。
Comment by kurczakPL 39 ポイント
ワルシャワでパレードするポーランドの山岳兵。
Comment by [deleted] 40 ポイント
軍事パレードでのインド人国境警備兵
Comment by Kookanoodles 39 ポイント
2014年、パリでのフランス革命記念日。
第一、第二歩兵連隊のカラーガード。
カラーガード(Color Guard)とは、ドラム&ビューグルコー(鼓笛隊)やマーチングバンドにおいて、フラッグ、ライフル、セイバー(サーベル)などの手具を用い、視覚的表現を行うパートである。
本来の語義は「旗衛隊」。近代的なマーチング・ショウでは、色彩感や、立体的な空間構成が重要視されることから、カラーガードは欠くことのできない存在となっている。
カラーガード
Comment by Turnshroud 40 ポイント
日本の陸上自衛隊の特別儀仗兵の構成員
Comment by Turnshroud 35 ポイント
戦艦テキサスの甲板上にいる海兵。戦争前の1941年
Comment by Bedlamite13 37 ポイント
トンガの国王トゥポウ6世
Comment by Glebeserker 34 ポイント
シベリアのコサック兵。1900年代。
Comment by mlcolosimo 40 ポイント
16世紀のオスマン帝国イュニチェリ
イェニチェリ(トルコ語: Yeniceri、オスマン語: يڭيچرى、ギリシア語: Γενίτσαροι、イタリア語: Giannizzeri)は、14世紀から19世紀の初頭まで存在したオスマン帝国の常備歩兵軍団で、スプーンをシンボルにしていたことが知られている。常備軍団カプクルの中核をなし、火器で武装した最精鋭であった。
オスマン帝国軍の軍楽、メフテルは西欧ではイェニチェリ音楽(Janissary Music)として知られている。イェニチェリは親衛隊として、君主と食事を共にする特権を持ち、野戦で使用される大きな鍋とスプーンをシンボルとしていた。
イェニチェリの営舎には大きな鍋が置かれ、反乱をおこすときは鍋をひっくり返した。「なべをひっくりかえす」と言う言葉はトルコでは大騒ぎや反乱という意味とされる。
イュニチェリ
Comment by VincentKompanini 38 ポイント
イタリア大統領の儀仗兵「Reggimento Corazzieri(胸甲騎兵連隊)」。2012年
Comment by Saius418 34 ポイント
1972年の軍服を着用したスイス軍の古兵。2006年10月。
Comment by Saius418 32 ポイント
オットー・フォン・ハプスブルクの葬列。
1800年代のオーストリア=ハンガリー帝国の軍服姿。2011年ウィーン
オットー・フォン・ハプスブルク(Otto von Habsburg, 1912年11月20日 - 2011年7月4日)は、オーストリア=ハンガリー帝国(1918年に帝政廃止)の皇太子。
1930年代のオーストリアにおける君主制復活運動を指導し、第二次世界大戦中にはドナウ連邦を、戦後はヨーロッパの統合を提唱した。
欧州議会議員や国際汎ヨーロッパ連合会長を務めるなど、汎ヨーロッパ的に活動した政治家でもある。
オットー・フォン・ハプスブルク
Comment by Cerf_ 34 ポイント
ローマでのイタリアのカラビニエリのパレード。1920年代初期。
Comment by Turnshroud 30 ポイント
ナポレオン時代のフランスの騎兵甲冑。
Comment by gustavsen 32 ポイント
1810年の軍服を着た「Regimiento de Patricios」のパレード(アルゼンチン)
Comment by Turnshroud 30 ポイント
ペルシャの不死兵の軍服。
1971年の2500周年記念フェスティバルで。
Comment by GroomOfTheStool 3 ポイント
↑検索して最初に見つけたのがこれだった。
不死隊(ふしたい)とはアケメネス朝ペルシアの定員一万人の精鋭部隊である。ペルシア戦争期にはヒュダルネスが率いた。
一人の兵士が倒されてもまた別の新しい兵士がすぐに補充され戦闘に加わり戦ったことからヘロドトスがこれを指してアタナトイ(不死の意)、もしくは一万騎兵と呼んだものが起源で、英語でイモータルズ(immortals、隊員はイモータル)、不滅隊などとも呼称される。
不死隊
Comment by vonstroheims_monocle 29 ポイント
フランス工兵。1795年頃。Auguste Raffetによるイラスト。
Comment by Kookanoodles 29 ポイント
1870年の普仏戦争時のフランス海軍「Fusilier Marin」
Comment by Pax_Canadia 29 ポイント
第二次世界大戦初期の赤軍の軍服コレクション。
Comment by Millander 27 ポイント
1776年の第七十一歩兵連隊はこんな感じ。
Comment by Caislon 25 ポイント
もっとナポレオン時代の軍服が貼られるべき!
Comment by Turnshroud 26 ポイント
1809年頃の「Black Brunswicker Hussar」
Comment by Millander 26 ポイント
1812年の戦争時のアメリカの第一連隊(ライフル兵)
装備は「1803 Harpers Ferry Rifles」
Comment by praythelord 25 ポイント
儀典用鎧「alia romana」。16世紀、ミラノ。
Comment by Turnshroud 23 ポイント
16世紀オスマン帝国イュニチェリ
Comment by Pax_Canadia 21 ポイント
第二次世界大戦中期の赤軍の軍服コレクション。
Comment by Turnshroud 21 ポイント
ナポレオン時代の歩兵隊猟兵
Comment by Saius418 24 ポイント
「Spahis」の第一連隊。フランス、パリ。2008年。
Comment by vorpalsword92 20 ポイント
ノルウェーのスキー兵
Comment by Turnshroud 20 ポイント
英国第九十五ライフル隊の兵士の蝋人形。ナポレオン戦争の頃に活躍。
Comment by Turnshroud 19 ポイント
再現されたローマ軍の軍装をする人たち。
Comment by agentlame 22 ポイント
タイでの軍旗敬礼分列式
Comment by PGZorua 21 ポイント
スウェーデンの近衛兵
Comment by Turnshroud 20 ポイント
近衛歩兵第一連隊を視察する若いころのビクトリア女王。1851年頃
Comment by vorpalsword92 21 ポイント
セポイの軍服
Comment by Turnshroud 19 ポイント
ナポレオン時代の行進するフランス戦列歩兵
Comment by Saius418 20 ポイント
イタリアで行進する「Wachbataillon der Bundeswehr(ドイツ護衛兵)」。2007年。
Comment by vonstroheims_monocle 19 ポイント
軍服を着た英国騎兵。1854年にOrlando Norieによって描かれる。
Comment by PGZorua 19 ポイント
ギリシャ海軍の軍服。1890-1910年頃
Comment by vorpalsword92 18 ポイント
胸甲騎兵の軍服を着るニコライ2世
Comment by ithyphallic6 17 ポイント
オスマンとバルカンの軍服。1912年。
Comment by Pax_Canadia 16 ポイント
第二次世界大戦後期の赤軍の軍服コレクション。
Comment by Sinisa26 16 ポイント
第一次セルビア蜂起の頃の一般的なセルビア兵の軍服と武器。1809-1810年。
1760年に生まれたジョルジェ・ペトロヴィチはカラジョルジェという異名を持ち、1787年から1788年に発生したセルビアにおける蜂起にすでに参加していた豚商人であった。
1804年2月、モラヴァ川とドリーナ川の間、シュマディア地方のオラシャツで村のクネズ、山賊であるハイドゥク、僧侶たちは農民らを率いてセルビアの地で圧政を行うイェニチェリ排除のために蜂起した。カラジョルジェもこれに参加、各地で発生した蜂起をまとめ上げ、指導者となった。
1804年末までには蜂起はセルビア全土に及び、12のナヒヤから集められた代表12人による統治議会も設立された。
第一次セルビア蜂起
Comment by potahontas 15 ポイント
「Sinjska Alka」での「The troop of squires」
クロアチアのSinjでは毎年伝統的な馬術競技大会が開催される。
Comment by Jzadek 13 ポイント
かなり格好良いオスマン帝国イュニチェリの軍服を着用するアタテュルク
Comment by na110793 13 ポイント
ギリシャの大統領衛兵。「Evzonas (Εύζωνας)」口語だと「Tsolias (Τσολιάς)」として知られる。
無名戦士の墓を警備。ギリシャ、アテネ、2013年6月。
Comment by vorpalsword92 13 ポイント
セポイの乱が起こった頃のセポイの軍服
Comment by Turnshroud 12 ポイント
騎乗するスウェーデン近衛兵
Comment by Saius418 12 ポイント
ルーマニアの第三十儀仗兵連隊。パリ。2007年。
Comment by Turnshroud 12 ポイント
騎乗する日本の皇宮護衛官。東京でのセレモニーにて。
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ttp://drazuli.com/upimg/file4529.jpg
ttp://drazuli.com/upimg/file4530.jpg
うそかほんとか、彼らは「格好いいのも仕事のうちなのさ」って思ってるらしい
ttp://drazuli.com/upimg/file4531.png
オレ「リンちゃんの胸の部分は軽そうです」
オレ「下を見るにも邪魔するものがなくて視界良好」HAHAHA
オレ「リンちゃんくらいの胸なら板金も作の楽そうだし、安上がりで一石二鳥だ」
暇リン「最っ高の破魔矢出来たよー」
リンちゃん「動かないで下さいね。高かったので打ち損じたくありません」
オレ「」
ttp://drazuli.com/upimg/file4532.jpg
もはや卑怯なレベルのかっこよさ
やたらカラフルな化繊風の衣装は別に気にしない
倭刀を使ってるのも気にしない
だが、中央の奴がカメラ目線でドヤ顔かましてるのは殴りたくなる
「その時代に存在していなかった無駄に原色バリバリな『朝鮮の伝統服』」を挙げてて
ああまたかと思った昼下がりであった
この時代の軍人、しかもドイツ軍人で、100歳近くまで生きたって凄くね!?
軍靴の足音がどうとかじゃなくて単純にダサい
カラフルだしひらひらしてるし
魔法攻撃してきそう
中国は華やかで,威厳がある。金糸の使い方がうまい。
ナチスドイツは質実剛健を地で行く,黒と赤のコントラストが良い。
スイス傭兵はもう,ぶっ飛んでてすごく良い。
朝鮮戦争という名の運動会で着る、伝統的な衣装なんじゃね?
60年以上続いているのなら伝統といっていいだろ。
ライドウさんの服の元ネタになってるようなやつ
イギリス赤服兵はcivのおかげで知ってる人も多いかもしれない
ナポレオン戦争時代はどこの国の軍服も華やかでいい
ttp://drazuli.com/upimg/file4534.jpg
ああ、ナポレオン時代は貼った画像と関係ないな
別の話題だった
軍というか皇室関連行事の服装は和装がいい。
今上即位の際、海部首相に皇室と宮内庁は束帯着用と庭からの拝礼を求めたが「戦後民主主義にそぐわない」と首相が拒否した。
即位時の画像に外国人が「なんで総理だけ洋装なの?」と書き込んでいたが、こういう事情による。
人臣最高位の洋装は初。即位が京都でないのは平安遷都以来初で、後者は今上も気になさったという。
賓客の安全のために東京でやったというが、安全場所を確保していなかったのは与党の責任だな。
ナチスドイツ時代の様式美も最高
イカしてたロシアも段々ダサくなってくるし泣けるわ
でも、青魔道士だったらやっぱりマスクとマントがいい!ってなるよ、FFだからね!
昔のなら、即位の式典でずらっと並んでた威儀の者もいいよね。
日本も陸軍将校とかかっこいいもんな
ドイツ統一も、二度目の大戦による敗戦も見たのは凄いな。
戊辰戦争から、日米開戦の直前まで生きた西園寺公望と同い年か。
西園寺も日本の敗戦を意識し、「日本はもうすぐ滅びるから」苦労するので覚悟しろと孫に言っていたという。
ついでに、「喧嘩彦之丞」こと上村彦之丞や明治天皇の皇后、画像検索である意味有名人な折田彦市先生、乃木希典と同い年だ。創作だと緋村剣心も。
そして羽のついたポーランドボールはかわいい
でも英語ではインペリアルガード(近衛師団)だけど
服飾や建築のデザインや手工業的な芸術作品の技術は段々劣化しているな。
美術教育では羽などの装飾や、個性偏重でない伝統的お約束を学ばせるべき。
ライドウさんかどうか分からないけど、日露戦争当時の錦絵から一つ
「旅順背面の大激戦 The Great Battle at Port Arthur」
ttp://drazuli.com/upimg/file4535.jpg
ttp://drazuli.com/upimg/file4536.jpg
なんとなく西洋の豪奢な甲冑に対抗したくなった
あの時代のエネルギーが芸術も含めて戦争に向かっていたからなのかな?
あんなのが散開陣形から一点集中で突っ込んでくるんだから
突撃されるほうはたまったもんじゃないな。
ナチスの軍服とか格好良いけどめっちゃ着にくかったらしいじゃないか
よく考えたら日本刀って片腕で扱うものじゃなかったよね
もしあれが日本刀のコピーなら盾装備しながら日本刀振るうとか矛盾もいいところ
市民革命とか言って暴動起こして、ギロチンによる処刑の嵐で王族から無関係な人々まで殺しまくった挙句
最終的に皇帝による支配に落ち着くという、アホみたいな展開なのになぁ
まずこの2500周年記念ってのに驚いた
刀はモロ日本刀だな
李氏朝鮮時代は日本刀輸入しまくってたから捏造って訳じゃないけど
個人的には朝鮮時代の刀はナイフっぽくて好きなんだが、見栄えしないからか韓国ドラマでも主人公の刀は大体日本風か中国風にされるイメージある
チリなんかは戦闘服はアメリカ式で
制服はプロイセン様式で
一番やってみたい良いとこ取りができてて羨ましい…
よさこいの改造和服みたいなもんじゃないの
李舜臣の愛刀が日本から輸入した日本刀なんで、李舜臣の刀として扱われてるのかも
アホみたいな展開だからこそ、こうならないようにって教訓が大量にあるだろ?