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発達障害の子ども 才能を伸ばす

11月15日 10時00分

梅本一成記者

自閉症やアスペルガー症候群、それに学習障害など発達障害の子どもたち。
コミュニケーションや読み書きが苦手なため、自信を失って不登校になることが少なくありません。
一方で、こうした子たちは好きなことではすぐれた才能を発揮することがあり、才能を伸ばすことで自信を取り戻し学校に復帰できる可能性があると言われています。
そこで、不登校の傾向にある子どもの中から飛び抜けた才能を持つ子を発掘しようというプロジェクトもスタートしました。
発達障害のある子の隠れた才能を見つけて伸ばし、自己肯定感を高めようという教育が今、注目を集めています。
ネット報道部の梅本一成記者が解説します。

読み書きが苦手でも想像力豊かな女の子

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こちらの絵は、発達障害のある女の子が小学3年生のときに書いた絵です。
女の子は入学前に医師からコミュニケーションが苦手なアスペルガー症候群の傾向があると診断され、入学後は読み書きや計算が困難な学習障害があることが分かりました。
しかし、読み書きができないだけで、社会や理科などの教科では本質を理解することができるといいます。
計算は全体的に時間がかかりミスも多いものの、計算の原理は理解できているということです。
また、想像力が豊かで、ものを作ったり、お話を創作したりすることが好きで、子ども向けのものづくり教室では一日中、工作に取り組むほどの集中力を発揮するということです。

女の子が自信を取り戻すきっかけは

この女の子は、かつて授業で先生が話していることや黒板に書かれた内容をほとんど理解することができませんでした。
いくら努力してもクラスメートと同じように勉強することができないことで劣等感を感じ、いじめも受けたこともあって学校に通うことができなくなっていました。
再び学校に通えるようになったのは、ことしの夏。
福岡市にある発達障害の子ども専門のフリースクールに半年間通い、障害を補いながら才能を伸ばす教育を受けたことがきっかけでした。

このスクールで校長を務める下津浦陽子さんはみずからも発達障害の子どもを持つ母親です。
女の子が通い始めた当初、どんなことが苦手で、どんなことが得意なのかを詳しく調べました。
苦手な読み書き計算は適切なトレーニングをすれば、できるようになる可能性があることや、質問されて答えるまでに時間がかかるものの、想像力が豊かで深く考える力を持っていることなど、女の子の持つ特性を把握し、それに応じた指導を行ったということです。

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女の子がフリースクールに通い始めたころのあるエピソードを下津浦さんが紹介してくれました。
「床のカーペットに女の子が誤って絵の具をこぼしてしまったことがありました。それまで怒られることが多かった女の子は、がたがた震えていたのですが、私は怒らず、逆にカーペットに自由に絵を描くように言いました。すると、お花畑の上をワニが飛ぶ、すばらしい絵を描いたので女の子を絶賛したんです。得意なことが認められたことをきっかけに女の子は大きく変わっていきました」(下津浦さん)。
これが冒頭に紹介した絵です。

女の子は現在4年生。
地元の公立の学校の特別支援学級に在籍しながら、国語と算数の授業以外は普通学級で授業を受けています。
最近では学校でも楽しく学べるようになったということです。
女の子の母親は「自分のよいところを認めてもらえたことで、字は書けなくても、読むのが遅くても、自分はこれでいいのだとよい意味で吹っ切れたような気がします」と話していました。

発達障害とは

発達障害は脳機能の発達が関係する障害で、コミュニケーションが苦手な自閉症やアスペルガー症候群、読み書きや計算が困難な学習障害(LD)、衝動的に行動してしまう注意欠陥多動性障害(ADHD)などの症状があり、人によって抱える困難さもさまざまです。
文部科学省によりますと、小中学校で通常の学級に在籍しながら障害の状況に応じて授業の一部を別の教室で受ける「通級指導」を受けている児童・生徒のうち、発達障害の子どもは昨年度、3万3401人でした。
平成18年度は6894人でしたが、発達障害への周囲の理解が進んだことや支援の態勢が整ってきたことなどから、この7年間で4.8倍に増えています。

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特別支援教育の課題

日本では発達障害の子どもは長く支援の対象とされず、通常の学級に在籍して授業を受けてきましたが、通常の方法では授業内容を理解することが難しく、一人一人のニーズに合った指導が求められてきました。
こうした声を受け、平成19年度から発達障害の子どもも対象に含めた特別支援教育が始まり、それぞれの子どもに合わせた個別の指導計画が作られるようになりました。
しかし、発達障害児の教育に詳しい放送大学非常勤講師の野添絹子さんは特別支援教育では障害を補うことに力が注がれ、得意な分野を開発して才能を伸ばし、自己肯定感を高めるという発想があまり見受けられないと指摘しています。
「発達障害の子どもは成績が伸び悩んだり、周囲とうまくコミュニケーションが図れなかったりして自尊感情を持てない子が多いのが現状です。しかし、何か得意な才能を見つけて伸ばしてあげれば、それが自己肯定感につながり、学校生活に順応できる場合があります。このため、障害を補うだけでなく、才能を見つけて伸ばすための教育が必要なのです」(野添さん)。

異才発掘プロジェクト

こうしたなか、日本の特別支援教育に一石を投じるプロジェクトを東京大学先端科学技術研究センターがスタートさせました。
学校になじめず、不登校の傾向にある小学3年生から中学3年生までの児童・生徒の中から、飛び抜けた才能のある子ども10人程度を選抜し、将来の日本をリードする人材を育てようという「異才発掘プロジェクト」です。
対象を不登校の傾向にある子どもとしたのは、障害があると診断されなくても発達障害の傾向を持つ場合が少なくないと考えたからです。
プロジェクトの責任者を務める中邑賢龍教授は、「今の日本で技術革新が起きなくなっているのはオールマイティで協調性のある人材ばかりが求められてきたからです。エジソンやスティーブ・ジョブズには発達障害の傾向があったと言われています。空気を読まずに自分のこだわりを貫き通したからこそ、偉大な業績を残すことができたとも言え、こうした特性を周囲が受け入れることも必要です」と話しています。

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選ばれた10人程度の子どもたちは毎月1回から2回、さまざな分野のトップランナーの講義を受けたり、一人一人の興味や関心に応じて才能を伸ばすための指導を受けたりすることができるということです。

プロジェクトには全国から600人を超える応募がありました。
現在、作文や面接などで選考が行われている最中です。
中邑教授らは、選考から漏れた100人程度の子どもにもインターネットで教材を配信したり、質問に答えたりして支援することにしているほか、将来的には地方でも授業を行うなどして、できるだけ多くの子どもを支援していきたいとしています。

他人との比較でなく個人内での比較を

ただ、発達障害のある子すべてが飛び抜けた才能を示すわけではありません。
発達心理学が専門の関西大学の松村暢隆教授は、今回のプロジェクトの意義を評価したうえで、他人と比較して高い能力を才能として捉えるだけではなく、個人の中で比較的高い能力を才能として捉えることも重要だと指摘しています。
松村教授は「発達障害のある子は才能が障害に隠され、才能を見つけにくい場合があります。誰にでも得意なことがあるように才能を個人の中で比較的得意な分野と捉えれば才能を見つけやすくなります。発達障害のある子たちの潜在的な能力を伸ばし、誰もが自己肯定感を持てるようになることが大切です」と話していました。

東京大学先端科学技術研究センターの「異才発掘プロジェクト」は来月10日に開校式が行われます。
障害のある子どもの才能に着目したプロジェクトがこれほど大規模で行われるのは、日本ではこれまでほとんど例がなく、この取り組みがどのような成果を残すのか、注目していきたいと思います。


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