<サンゴ密漁>中国船団の謎 日中首脳会談当日に急減

毎日新聞2014年11月14日(金)14:12

<サンゴ密漁>中国船団の謎 日中首脳会談当日に急減
(毎日新聞)

 ◇17隻(9月15日)→42隻(10月1日)→212隻(10月30日)→141隻(11月10日)

 東京都の小笠原諸島周辺などに多数の中国漁船が押し寄せてから2カ月が経過した。突如として現れた大船団に海上保安庁や水産庁はおおわらわだ。「密漁」と呼ぶには大胆すぎる行動の背景に、一体何があるのか。中国サンゴ密漁船団の謎を探った。

 10日、日中首脳会談の当日。海上保安庁は、小笠原上空から「ある異変」を確認した。

 2日前には200隻を超えていた中国漁船が141隻に減り、しかもうち76隻が小笠原の父島や母島を離れて領海から遠ざかっていたのだ。海保幹部は「積んできた燃料と食料が底を突いたからだろう」としていたが、その後、中国政府が船を割り出し、呼び戻していることが本紙の取材などで明らかになった。

 そもそも海保が最初に中国漁船団17隻を上空から確認したのは9月15日だった。その半月後の10月1日には2倍以上の42隻。さらに同30日には伊豆諸島周辺を含めて最多の212隻を確認した。この海域に中国船が数隻で来たことは過去にもあったが、200隻以上の漁船が一度に押し寄せたのは初めてだ。

 「中国で赤サンゴは縁起がいいとされ、歴代皇帝の装飾品などに珍重されました。中国では2010年に水産資源を保護するため海島保護法が施行され、サンゴの捕獲やサンゴ礁の破壊が禁止された。その結果、供給が不足し、価格が高騰。一獲千金を夢見る漁民が小笠原諸島まで来るようになった。因果関係は明確です」。中国事情に詳しい遠藤誉・東京福祉大学国際交流センター長がそう解説する。

 赤サンゴの価格はここ3、4年で急騰し、日本近海で取れた最高級の深紅のサンゴは1グラム当たり最高1万元(約19万円)と、金の約40倍。昨年、日本近海で赤サンゴを密漁し、2億元(約38億円)分を売り抜けた船長がいるといううわさが中国ではまことしやかに伝えられる。それにしても10月中旬以降の中国密漁船の急増は異常だが……。

 遠藤さんは「無罪判決がきっかけになった」とみる。福岡地裁は10月15日、長崎県五島市沖でサンゴを取って外国人漁業規制法違反の罪に問われた中国人船長に対し「日本の領海だと認識していなかった」と無罪を言い渡し、中国国内でも報じられた(判決は確定)。

 「中国で捕まれば懲役5年から10年の刑になり、家族の生活が成り立たなくなる。日本では捕まっても無罪、有罪でも罰金刑で釈放される。これでは『泥棒さん日本にいらっしゃい』と言っているようなものです」。だが、小笠原周辺で派手に密漁したサンゴを中国に持ち帰って売りさばけるのだろうか。

 遠藤さんが謎解きをする。「福建省、浙江省の信頼できる知人を通して独自に調べたところ、これまで日本近海で取った赤サンゴを漁民たちは海上で密売業者に売り渡していました。携帯電話でサンゴの写真を撮り、それを業者にメールで送り、値段交渉がまとまれば海上で手渡す。サンゴが手元になければ、捕まる可能性は格段に低くなる」

 一方、中国などの海洋政策に詳しい山田吉彦・東海大海洋学部教授は「数隻ならともかく200隻以上の密漁船が取ったサンゴ全てを海上で売りさばくことができるのか。どれほどの量、金額か想像もできない」と首をかしげる。

 そのうえで船団の目的について大胆な仮説を披露する。「密漁船も数隻は交じっているだろうが、大部分は別の意図を持った船団でしょう。漁民を先兵として使うのは中国の常とう手段です。日本の海保が専従チームを編成して尖閣諸島の守りを固めたため、尖閣以外の海域に密漁船団を送り込み、海保を揺さぶったのではないか。APEC(アジア太平洋経済協力会議)での日中首脳会談を巡る尖閣の交渉で譲歩を引き出す駒にした可能性もある」

 政府が尖閣3島を国有化した12年9月以降、尖閣諸島周辺で中国公船による領海侵入が急増し、海保は全国から応援の巡視船を派遣してきた。15年度末までに巡視船12隻、600人体制の尖閣専従チームを編成することが決まり、最初の2隻が10月25日に沖縄県石垣市に就役している。

 小笠原では、海保は水産庁の取り締まり船2隻と合わせて5隻程度で密漁船の取り締まりにあたるが、逮捕できた船長は6人。逮捕後も法令に基づき洋上で釈放している。尖閣と小笠原の「二正面作戦」が海保の足を引っ張る。

 また、逮捕された中国人船長6人のうち1人は、昨年3月にも沖縄県の宮古島沖でサンゴ密漁中に逮捕され、罰金を払い釈放されている。昨年1年間にサンゴ密漁で海保に逮捕された中国人船長は3人だけだ。山田さんは「偶然にしても不自然でしょう。他にも福建省、浙江省といった広い地域から出てきたはずの漁船が、同じ青色の網を使っているのも不可解です」と中国当局の関与を疑う。

 一方、前出の遠藤さんは中国政府の関与説について「何のメリットがあるのか。密漁はどこからみても犯罪行為。おまけに福建省、浙江省は習近平国家主席が治めていた地域です。国際社会の注目を集めるAPECの前に指導者の体面を傷つけるようなことを中国政府がするとは思えない。事実中国は日本に取り締まりの協力を求めている」と反論する。

 ◇過去の先兵・漁民と違いも

 中国政府関与説が一定の説得力を持つのは、中国漁民が「先兵」として使われた前例があるからだ。1978年4月12日未明、中国漁船約200隻が尖閣周辺に集結し、数十隻が領海侵犯を繰り返していると海保から外務省に連絡が入った。当時、外務省中国課で海保からの電話を受けた故杉本信行元上海総領事は著書「大地の咆哮(ほうこう)」で、海保の飛行機や巡視船が中国側の無線を傍受したところ、山東省煙台の人民解放軍基地と福建省アモイの軍港の2カ所から中国漁船に指示が出ていたと明かしている。

 だが、今回の小笠原周辺と78年の尖閣の漁船団について宮本アジア研究所代表の宮本雄二・元中国大使は「本質的に異なる」とする。「中国は尖閣で領有権を主張しているが、小笠原では主張していません。これまで中国は、領有権など自らの主張を固めるための行動しか取っていません。今回は現場の漁民の利害関係で動いているとみていいでしょう」と説明する。

 78年当時、日中は平和友好条約の締結交渉を続けており、日本側はあえて敏感な尖閣で問題を起こす中国側の真意をはかりかねていた。「あくまで私の仮説だが」と前置きして宮本さんが詳しく解説する。「復権したばかりのトウ小平に不満を持つグループが揺さぶりをかけようとした。中国では指導者に不満を持つグループが、領有権主張など国内的には正しくとも外交的には問題になる行為で揺さぶりをかけるパターンが続いています。今回の小笠原のケースは中国国内でも違法とされる行為。為政者に近い地位にいる人が考える揺さぶりではないでしょう」

 中国の政治の透明性はまだ低く、複数の仮説が存在しうる。だが、政府の対中政策は、仮説の検証を待っていられない。89年の天安門事件でも、権力闘争の内幕など真相が明らかになってきたのは最近のことだ。

 「当時、私も必死に天安門事件を追いました。現地にスタッフを派遣し、CIA(米中央情報局)やMI6(英秘密情報部)など世界中の情報機関と協力したが、真相は見えてこなかった。だが、政府はその時々の状況判断に基づき政策を立案しなければならない。状況判断を間違えた場合は謙虚に修正していく。対中政策では特に、政策の修正メカニズムを整えていくべきです」

 政府関係者によると、外務省と海保は小笠原では中国政府の関与を示す証拠はないと判断し、中国には遺憾を表明し、取り締まり強化を求めるにとどめている。中長期的には罰則強化など国内法改正で対処していく方針だ。中国側も「中国は赤サンゴの違法採取行為を禁止しており、関係部門は法執行を強化していく」(外務省報道官)と歩調を合わせ、福建省、浙江省当局も取り締まりの姿勢を見せる。

 だが、台風19号、20号と同時期に北上し、両国の関係改善と合わせるように減少した大漁船団を巡る謎は残されたままだ。13日には再び145隻が確認されている。今後、中国当局が帰港した漁船を摘発するかどうか。小笠原周辺を離れた中国漁船から目が離せなくなってきた。【浦松丈二】

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