November 14, 2014
女性はいまや、アメリカの労働市場の半分を占めるまでになり、大学や大学院の学位取得者数は男性を上回っている。世界経済を動かす最大の要因は女性の労働力であるという見方もある。ところが、科学の分野における性の不均等は、他の職業に比べていまだ根強く残っているというのが現状だ。特に、コンピューター科学やエンジニアリングなど、高度な数学的知識を要し、高収入をもたらす分野ではそれが顕著である。
科学(Science)、テクノロジー(Technology)、エンジニアリング(Engineering)、数学(Mathematics)を総称してSTEMと呼ばれているが、アメリカの国勢調査の統計によると、このSTEM分野で活躍する女性の割合は1970年には7%、これが1990年には23%まで伸びたが、それ以降は横ばいの状態が続いている。20年後の2011年、STEM分野で働く女性の割合は26%だった。
女性が必要とされていないわけではない。しかし、幼いうちから女の子は科学以外の職業へ興味を持つように育てられたり、職場における偏見やセクハラ、妊娠出産によってキャリアを・・・
科学(Science)、テクノロジー(Technology)、エンジニアリング(Engineering)、数学(Mathematics)を総称してSTEMと呼ばれているが、アメリカの国勢調査の統計によると、このSTEM分野で活躍する女性の割合は1970年には7%、これが1990年には23%まで伸びたが、それ以降は横ばいの状態が続いている。20年後の2011年、STEM分野で働く女性の割合は26%だった。
女性が必要とされていないわけではない。しかし、幼いうちから女の子は科学以外の職業へ興味を持つように育てられたり、職場における偏見やセクハラ、妊娠出産によってキャリアを中断せざるを得ないなど、様々な文化的要因が、今でも女性の科学分野への進出を妨げている。
では、科学の世界で女性の働き手が不足するとどのようなことが起こるのだろうか。一つには、女性が男性と比べて質の高い医療を受けることができなくなる可能性がある。
例えば、心臓疾患を抱える女性が症状を訴えて救急治療室にやってきても、間違った診断を下されて自宅に帰され、そこで心臓発作を起こして死亡するという件数がかなりの数にのぼることは、今では多くの医療関係者が認めるところだ。そこには、最近になるまで知られていなかったある事実が関係している。女性の心疾患の症状は、男性とは異なる場合があるということだ。女性はまた、コレステロールの薬から睡眠薬まで、様々な薬で男性よりも副作用に苦しむケースが多い。それというのも、薬の臨床試験が主に平均体型の男性を対象に行われ、それを基に服用の目安量が決められているためである。
このような誤算は、薬が市場に出回った後で判明することが多い。アメリカ食品医薬品局は昨年、国内で市販されている睡眠薬「アンビエン」を使用する際、女性は目安量を半分にして服用するよう注意を呼びかけた。薬の主成分が、男性と比較して女性の体内により長く残ることが分かったためである。
医学研究における見過ごしは、意識的に行われたものだろうか。多くの科学者はそうではなく、研究で性を変数として考慮しない手続き上の偏向が習慣化してしまったためだという。
長年の間生物医学において、男女を問わず全ての人間を対象とする薬や医薬製品の研究開発は、平均的な体系をした成人男性の生理機能に基づいて行われてきた。歴史的には、1850年代初版の医学教科書『グレイの解剖学』でもそれが標準モデルとされている。
実験に使用されるラットやその他の動物でさえ、オスが選ばれることが多い。研究者たちは、メスに起こるホルモンの変化が実験結果に影響を与えることを懸念し、オスだけを使用して人間の男女両方への薬の効果を予想することができるだろうと考えてきたのだ。その結果、「最大の変数である性別が、時間、体温、容量といった他の変数のように、体系的に評価されてこなかった。女性に多い病気の場合ですら同じことだ」とノースウェスタン大学、女性の健康研究所所長テレサ・K・ウッドラフ(Teresa K. Woodruff)氏は話す。
アメリカ国立衛生研究所(NIH)は現在、この手続き上の不均等の是正に取り組んでいる。5月にNIHは、政府の予算を受ける研究者たちに対し、メスの動物や女性の組織および細胞を実験に使い、実験のデザインと分析に性別を変数として取り入れることを義務付けると発表した。
また、モントリオールにあるマギル大学で今年春に行われた研究では、痛みの実験に使われるマウスやラットが、男性研究者に恐れを抱いているようであるとの報告がされた。これには男性の持つ体臭が関係している。男性研究者や、男性が着たまま寝た衣服を着けた女性研究者でさえ、マウスに大きなストレスを与え、その結果痛みに鈍感になってしまったため、研究結果は破棄されたという。そして、男性研究者が実験動物を使って行った過去の実験結果についても、精確性に疑問を投げかけている。
この場合、問題だったのはマウスの性別ではなく、それを扱う研究者の性である。この問題に気付いた者は、これまで誰もいなかった。
別の、幹細胞治療に関するマウスを使った実験で、オスのマウスが全て死亡してしまい、実験が中断されてしまったケースがある。スタンフォード大学の科学史家ロンダ・シービンガー(Londa Shiebinger)氏によると、研究者はオスとメスのマウスを正しく使ったのだが、「そうとは気付かないで」メスの幹細胞だけを使用していたという。
◆共同研究がもたらすもの
研究の際に性別を考慮するようになれば、科学はもっと女性にとって魅力的なものとなるだろうとシービンガー氏は言う。女性にとって、研究者としてのキャリアやそこへたどり着くまでの道のりが身近なものとして捉えられるようになるためだ。
科学に限らず、歴史的に男性が多い分野に女性が進出すると、その分野の一般的知識が拡大する傾向があるという。
「歴史学、霊長類学、生物学、医学など、女性研究者の増加と知識の拡大に直接的な相関関係を見出すことができる場所はいくらでもある」。
この見方は、チームで科学研究に取り組むという近年の傾向にも当てはまる。
「いまやほとんどのSTEM研究の基礎となっているのは共同研究だ。これは極めて大きな変化だ」と語るのは、科学を学ぶ女性を支援し、組織改革を推進するアメリカ国立科学財団ADVANCEプログラムのベス・ミチネック(Beth Mitchneck)氏だ。
天才が単独で研究に取り組んで重要な発見をするという古典的イメージは、チームで取り組む共同研究に取って代わられ、そのチームも、様々な分野の専門家が集まって構成されることが多くなっている。
人間のゲノムの全塩基配列を解読し、研究することを目的としたヒトゲノム計画には、生物学、化学、遺伝学、物理学、数学、コンピューター科学など様々な専門分野の研究者たちが結集して取り組んだ。
能力のある女性だけでなく、ゲイ、アフリカ系アメリカ人、ラテン系アメリカ人、身体障がい者も研究に加わると、研究課題に豊かな想像性と深い洞察力を与え、真の革新の機会を広げることができるだろうと、ミシガン大学教授のスコット・ペイジ(Scott Page)氏は言う。ペイジ氏は、複雑な組織における多様性の研究をしている。
その意味では、ビジネス界は科学の世界よりも早いペースで変貌を見せている。
5月の「Atlantic Monthly」誌の特集記事によると、「ゴールドマン・サックスやコロンビア大学などによる多くの世界的な研究で、女性を数多く採用している企業が、利益性に関してあらゆる点で競合他社をしのいでいると報告されている」という。
「科学の問題」と考えられているものは、子供、女性、男性を含む全ての人間に影響を与える。科学が解決しようとする問題や、誰のために製品を設計するかといったことは、誰が研究を行うかということと大きく関わっている。主に男性が必要とする育毛剤の研究に力を入れるか、それとも自動車事故で妊婦と胎児の怪我や死亡を防ぐシートベルトを開発するか、どちらの方が研究対象になりやすいだろうか。
アナリストたちは、男性が気付きにくい問題を研究し、その分野で発明や発見の機会を広げるには、女性の存在が必須であると指摘する。
また、スタンフォード大学の心理学教授ジェームス・グロス(James Gross)氏によると、女性はより「社会的な」資質(地域社会を築くのに必要な人間関係を育み、誰でも入って行き易い環境を作る)を持ち、男性はより「主体的な」資質(指導的立場につき、物事を実行する)を持っていると言う。男性の資質に女性の感情的能力を合わせることによって、科学の研究は「極めて優れた」結果を生むだろうと、グロス氏は見ている。
生物科学、心理学、医学の分野(特に小児科、一次医療、精神科など、他の医学専門分野に比べて報酬が低く、患者との接触が多いとされる)では、女性が多く活躍している。イラン生まれのアメリカ人でスタンフォード大学の数学者マリアム・ミルザハニ(Maryam Mirzakhani)氏は、数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を、1936年の創設以来女性として初めて受賞した。
しかし、女性が多く進出している分野でさえ、指導者的立場まで上り詰める女性は少ない。
グロス氏は、能力のある女性が増えるだけでなく、優秀な女性が研究室で低収入の職に終わってしまっている現状を改善すべきだと話す。
「その分野を牽引できる女性が数多く指導的地位に就くことが必要だ」とグロス氏は言う。
Photograph by NASA/Roger Ressmeyer/Corbis