大事に至らずほっとした、というのがファンや関係者の正直な気持ちだろう。

 中国・上海でのフィギュアスケート国際大会で、羽生結弦選手がフリー演技直前の練習中に中国選手と衝突した。頭部を激しくぶつけたことが心配されたが、帰国後の精密検査で脳に異常はなかったとわかった。

 とはいえ、頭やあごを切ったほか、左太ももや右足首を痛め、全治2~3週間と診断された。脳への影響については経過観察が必要だろう。

 羽生選手は衝突から約40分後、コーチの助言を振り切って出場した。けがを押して演じきった姿に感動の声が広がった。

 だが、万全でない体調のためかジャンプで5回も転倒した。痛めた足を悪化させる危険性も考え合わせれば、選手としての将来のためにも出場をやめさせるべきだった。

 けがを抱えたスポーツ選手が強い精神力でプレーを続ける姿は美談にとらえられがちだが、頭を強く打った場合は特に注意が必要だ。

 頭の中の出血を見逃して再び頭を打つと、小さな衝撃で死に至るケースもある。セカンドインパクト症候群と呼ばれる。

 衝突直後にしばらく倒れ込んだことや足元がふらつく状態を見れば、あの時点で脳振盪(しんとう)の疑いは十分にあった。

 居合わせた米国チームの医師が脳振盪の兆候がないかを確認し、出場を許可したが、頭部の応急処置などを含めて練習再開までに要したのは約10分。診断をする時間が十分にあったかどうかという懸念も残る。

 こうした事故が起きないようにする工夫も必要だ。フィギュアスケートでは過去にも、練習で選手同士の衝突が起きてきた。6人前後の選手が同時に滑るやり方を見直し、人数を減らす検討もするべきだろう。

 ラグビーなど接触プレーの起きる競技では、脳振盪が疑われる場合に退場させるガイドラインの設置も進んでいる。スポーツ界全体に目を向ければ、事故後の対応や出場を制限するルールづくりを急ぐべきだ。

 12年度から中学校の体育で武道が必修化されたこともあり、医学界は脳振盪の危険性への認識を広めるよう訴えている。脳振盪の疑いがあれば、完全に症状が消えても24時間は安静にすることや、決まった手順で競技に復帰することなどを定めた指針の作成を進めている。

 選手が、出場にこだわるのは自然なことだ。だからこそ、安全を守るためのルールや仕組みを早急に整える必要がある。