100年前、第一次大戦の最前線で実際にあった感動的な出来事が、大作CMとしてクリスマス商戦に
今から100年前の1914年に勃発した第一次世界大戦。両陣営あわせ軍人だけで1000万人ほどが戦死し、非戦闘員も同じくらい犠牲となったこの戦争が始まって数ヵ月後の1914年12月、既に塹壕戦となっていたベルギーなど西部戦線で「クリスマス休戦」が行われました。
更新日: 2014年11月13日
nofrillsさん
今から100年前の1914年に勃発した第一次世界大戦。両陣営あわせ軍人だけで1000万人ほどが戦死し、非戦闘員も同じくらい犠牲となったこの戦争が始まって数ヵ月後の1914年12月、既に塹壕戦となっていたベルギーなど西部戦線で「クリスマス休戦」が行われました。
更新日: 2014年11月13日
nofrillsさん
今年は1914年の第一次世界大戦開戦から100年という節目の年だった。
888,246 ceramic poppies -- and even more visitors -- at the Tower of London #lestweforget cnn.it/1w98JwD pic.twitter.com/eEszLJEzvK
第一次大戦開戦100周年を記念し、英国の今年の11月の戦没者追悼行事では、ロンドン塔の周囲に赤いポピーのセラミックの造花が植えられた。888,246人の戦死者を象徴する、888,246本の赤いポピー。
Your freedom came at a price to so many #LestWeForget #ArmisticeDay #WeWillRememberThem #NeverForget ✌️ pic.twitter.com/74K9ND5hW1
赤いポピーがシンボルとなったのは、第一次大戦のフランドル(赤いひなげしが自生し、野を埋め尽くす)での激戦のさまを描いたカナダの詩人の詩に由来がある。
"At the going down of the sun and in the morning, We will remember them." #LestWeForget #WeWillRememberThem pic.twitter.com/y5diukrQ5v
英国では、1914年9月、Times紙に掲載されたLaurence Binyonという詩人の詩が、戦死した軍人たちを追悼する言葉として唱えられ続けている。
We fall silent for two minutes to mark #ArmisticeDay #WeWillRememberThem pic.twitter.com/TEpMrHTFiD
See also:
戦没者追悼のかたち~英国の例~ ("Lest we forget")
http://matome.naver.jp/odai/2139023621178867301
一方で、11月に入り、英国ではクリスマス商戦が始まっている。
3 日前 ... 心温まるクリスマス商戦のCMは、 イギリス が「 ペンギン 崇拝国」であることを示している(断言). 11月5日のボンファイア・ナイト http://matome.naver.jp/odai/2135215889397535501 を境に、英国では「冬」が始まります。そして「冬」といえば「 ...
http://rr.img.naver.jp:80/mig?src=http%3A%2F%2Fimgcc.naver.jp%2Fkaze%2Fmission%2FUSER%2F20141106%2F48%2F417458%2F99%2F215x215x4e75a74604aefccc2d043589.jpg%2F300%2F600&twidth=300&theight=300&qlt=80&res_format=jpg&op=r
2014年、英国のクリスマス商戦は、ボンファイア・ナイト(ガイ・フォークス・ナイト)翌日の11月6日にオンエアされた、百貨店ジョン・ルイスのこのCMで幕を開けた。
このCMはその後、「ネットで人気」となり、既に数々のパロディを生み出している。CMとしては「大成功」だ。
ジョン・ルイスの「ペンギン」に続いて公開された超大作CMがこちら。
We're proud to present Sainsbury's Christmas TV Advert #ChristmasIsForSharing youtu.be/NWF2JBb1bvM
英国の大手スーパーマーケット(特に高級志向でも激安志向でもない、一般的な店)、センズベリーズのクリスマスのテレビCM。
英大手スーパー、Sainsburys(センズベリーズ)のクリスマスCM、少し長い(4分弱)なので時間のあるときに。 youtu.be/NWF2JBb1bvM 1914年のクリスマス。実際にあったこと。映画化もされています。 karapaia.livedoor.biz/archives/52103…
YouTubeのURLをクリックして、大きな画面でぜひ。
Directed by Ringan Ledwidge, the advert is a creative interpretation of Christmas Day 1914, when British and German soldiers laid down their arms and came together on neutral territory to share greetings, treats, mementoes and even a game of football.
監督はRingan Ledwidge. 描かれているのは1914年のクリスマス・デー(12月25日)の出来事。第一次世界大戦の西部戦線で対峙する英軍と独軍の兵士たちが武器を置き、中立地帯に出てきて言葉を交わし、贈り物を交換し、サッカーの試合をした。
このCMでは、私は英語とドイツ語の「通じなさ」と「重なり」に強く印象付けられました。監督は「CMの名手」ですね。
http://www.rattlingstick.com/?page_id=78
▼このCMの題材となった「クリスマス休戦」
"今から100年前の第一次世界大戦中のクリスマス、寒くぬかるんだフランダース地方の前線で敵味方として戦っていた兵士たちが、自発的に塹壕や砲撃による穴から出てきて、非公式に休戦協定を結んだことがあった。"
http://jp.uefa.com/news/newsid=2086376.html
このきっかけは時のローマ法王ベネディクト15世がクリスマス休戦をカトリック教徒に呼びかけたことにあったと言われている。ドイツは受諾したが、フランス・ベルギーは国土を争奪されている立場上拒絶した。イニシアチブをとったのはドイツ側で、まず蝋燭を灯したクリスマス・ツリーが夜、高くあげられた。こうしてイギリス軍とドイツ軍による交歓会が行われていった。
「カラパイア」のソース:
http://ww1.m78.com/topix-2/christmas%20truce.html
※ほか、「戦場の外」でのことですが、英国の反戦の女性たちがドイツとオーストリアの女性たちに宛てた手紙、なんていうのもありました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Open_Christmas_Letter
「一発の発砲もなかった Not a single shot was fired」と描写される「クリスマスの日の停戦」の前、既にお互いに塹壕にこもって雨だのノネズミだのの劣悪な環境を耐え忍んでいた最前線の兵士たちには、戦火を交えながらも妙な連帯感のようなものが生じていたということも報告されている。
最初の「停戦」は12月11日に、エセクス第二連隊(英軍)の日記に記録されているという。両軍の兵士たちが対面し、もううんざりだという話をしたらしい。
が、大きな出来事はクリスマスの日に起きた。
http://en.wikipedia.org/wiki/Christmas_truce
1914年のクリスマス、気温は氷点下まで下がり、小雪のちらつく夜だった。
最前線の戦場で、兵士達は憂鬱な気分で、故郷に残した家族に思いを馳せた。
各国では、前線の兵士に少しでもクリスマスの気分を味あわせようと、物資を送った。メアリー女王(原文ママ)は、35万5千名のイギリス兵一人一人にプレゼントを用意した。ドイツ軍では、本国から届けられたクリスマス・ツリーを飾り始めた。
フランドルの戦場、兵士達は故郷から届いたクリスマスカードを読みながらも、心は沈んだままだった・・・
何処からか、野太い声で「きよし、この夜・・・」と歌声が聞こえてきた。その響きは木霊のように荒んだ戦地を包み込み、徐々に兵士達の声が一つになった。
ぬかるんだ塹壕に、「クリスマスおめでとう!」という声が響き渡った。
※引用に当たって改行を変更した。
※第一次世界大戦時の英国の国家元首はジョージ5世で、その妻がメアリ。クイーン・メアリは「メアリ王妃」であり、「メアリ女王」ではない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B85%E4%B8%96_%28%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E7%8E%8B%29
前線の至る所で、兵士達はクリスマスを祝おうと努力した。
1914年のクリスマスの奇跡は、イギリスとドイツが対峙する前線のおよそ1/3の地域で起こったのだった。
この一時休戦で、お互いの陣地に数週間もの間放置されたままの遺体を交換し丁寧に埋葬した。従軍司祭の発案で合同の追悼式も行った。従軍の聖職者がいなかったドイツ側の為に、イギリス軍司祭は彼等の為に神に祈った。木の簡素な十字架を作り、多くの名も無き兵士の墓に立てた。故郷に帰れぬ戦友の墓標には、ただ一言、『祖国の自由の為に』とだけ、刻まれたのだった・・・
※引用に当たって改行を変更した。
※全文は「出典」のリンクでお読みいただきたい。
この「クリスマス休戦」は、メロドラマ的な趣向で映画化された。原題は "Joyeux Noël" で「メリークリスマス」の意味(だから邦題はきっと『戦場のメリークリスマス』にしたかったはず)。2005年11月9日(休戦記念日の2日前)にフランスで公開されている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Joyeux_No%C3%ABl
このとき北フランスのラバンティ村郊外の戦場にいたイギリス兵のひとりで、昨年106歳で亡くなったバーティー・フェルステッドさんは、こう思い出を語っている。
「最初は、ただ見合っていた。何をしようということもなかった。しかしそのうちに誰かがサッカーをやろうと言い出した。もちろん、戦場にサッカーボールなんてなかった。そのへんのぼろきれを集めて丸め、つくりあげた。そしてけり始めると、すぐさま試合になった」
「試合といっても、子どもの遊びみたいなものだ。両チームとも50人ほどいただろう。ゴールは目印を置いて決めたけど、何点はいったのか、誰も数えなかったよ」
2002年に書かれた文章より。
「どこからか、本物のサッカーボールが出てきた」という証言もある。「ザ・タイムズ」紙は、ある戦場でイギリス軍が2−3で敗れたという「記録」を掲載している。
すべてが、フェルステッドさんの経験した試合のように、ただ楽しみのためだけの試合だった。砲弾がつくった穴だらけの戦場。しかし両軍の兵士たちは、嬉々としてボールを追い、開放感に浸った。
そのなかで、互いに敬意が生まれた。ドイツ兵たちは、イギリス兵のドリブルの迫力に舌を巻いた。そしてドイツ兵たちが「とてもいい連中」で、「尊敬すべき」「紳士たち」だったと、イギリス兵たちも口々に語っている。
2002年に書かれた文章より。
国籍の異なる兵士たちの間で共通言語としてサッカーが用いられた、この歴史上稀に見る平和および人類の友愛の瞬間は、第二次世界大戦後に具体化することになるヨーロッパ思想の、体系化されていない最初の表現ととらえられている。
「休戦」している間に、自軍の中でボールを蹴って遊んだ例が記録されているほか、少なくとも3、4箇所で、敵軍とボールを蹴ったということが記録されている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Christmas_truce#Football_matches
かつてAdidasもこの「クリスマス休戦」をテーマにしたCMを制作。
via:
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52103465.html
フェルステッドさんは、こう話している。
「私がそのゲームに参加したのは、ただサッカーが好きだったからだよ」
2002年に書かれた文章より。
"英ベドフォードシャー連隊とドイツ兵は戦場にてサッカーを行った。ただ不幸なことにボールが鉄条網に刺さりパンクして終了した。"
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52103465.html
「ボール」についてはいろいろ「伝説」があるようだが、多くの場合は間に合わせで何かを丸めたものや、糧食が入っていた金属の容器が使われたという。適度な大きさがあって、蹴飛ばせば飛んでいくものが使われたのだろう。
▼センズベリーズの3分20秒の映像は、綿密なリサーチに基づいて制作された。
Sainsbury’s and The Royal British Legion have sought to make the portrayal of the truce as accurate as possible, basing it on original reports and letters, as well as working with historians throughout the development and production process.
「センズベリーズとRBLは、この休戦をなるべく正確に描写するようつとめ、当時の報告や手紙類を調査し、製作過程を通して歴史家の助言をあおいだ」
メイキング映像では、センズベリーズの広報の人が説明し、監督のリンギン・レドウィッジのコメントが入り、在郷軍人会の広報の人、軍事史研究者、美術さんといった人たちがどのように、何を伝えるために作ろうとしたかを自分の言葉で語っている。
当時の日記の読み上げ(英語とドイツ語双方の)、おじいさんがこの戦場にいたという英国人(制作協力)のインタビュー…… "humanity" という言葉が、何度か。Humanity, human contact, ...
公式の記録がなく、個人の記録(日記や手紙)から全体像を構築しなければならないので「実際に何があったのかを正確に把握することは不可能」としながら、人によって残された断片の記録から、その日、戦場に流れた「人間と人間の交流」の時間を再現しようと制作陣は取り組んだ、ということが語られる。
当時の様子を英軍のJ.ファーガソン伍長は次のように手紙に書いている。
「握手をして互いにメリークリマスと挨拶した。その後はまるで何年もの友人のように語り続けた。ちょうど無人地帯の中央、鉄条網の間に私達とフリッツ(ドイツ兵)は立っていた。フリッツのなかに英語のわかるのがいて残りに通訳した。まるで街頭で円陣を組んで話し込んでいるようなものだ。
すぐA小隊全員が出てきた。その後は円陣がまるで前線全てにに繋がったようにあちこちに出来た。暗闇のなかで笑い声が聞こえ、煙草をつける火が見えた。互いに煙草を交換したものだ。言葉が通じないグループは身振りで何かやっていた。
数時間前まで殺し合いをやっていた人間がどのようにして話し、笑いあえるようになったのだろうか。」
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