現在の国際環境では、係争地に軍を出動させれば国際社会の糾弾を受けやすい。これを避けるため、軍艦や公船を使わず、漁民になりすました「民兵」を正面に出すわけだ。
海上保安庁の発表によると、尖閣国有化以降、公船による領海侵犯は1年目216隻、2年目101隻と減少傾向にある。これに対し、中国漁船によるものは2012年には39隻だったが、2013年には88隻、そして2014年には207隻(9月10日時点)と激増傾向にある。これらはほとんどが漁船を装った海上民兵といわれている。
スイスに相当する領土を中国に掠め取られたインド
中国・海南島にある軍事施設〔AFPBB News〕
日本ではなぜかあまり報道されないが、海南島の潭門港には、海上民兵組織が存在する。1985年に創設され、現在は約2300人規模(2012年)の組織である。任務は「漁業による領有権主張」と、環礁埋め立てなどの「建設資材の運搬支援」などである。
中華人民共和国憲法55条には「1 祖国を防衛し、侵略に抵抗することは、中華人民共和国のすべての公民の神聖な責務 2 法律に従って兵役に服し、民兵組織に参加することは、中華人民共和国公民の光栄ある義務」とある。中国当局は近年、「光栄ある義務」である民兵組織を積極的に活用するようになったのだ。
今年5月、ベトナム沖で石油掘削作業を一方的に開始した際、オイルリグを取り囲むように多数の船舶が出動し、ベトナム船との衝突を繰り返した。中国側約100隻の船舶のうち、約90隻が民兵組織の漁船だった。潭門港には習近平主席の「君たちは、海洋権益を守るために先陣の役割を果たしている」というバナーが掲げられたのが確認されている。
南シナ海では岩礁の領有権を巡って、フィリピンやベトナムが激しく中国と対立している。南沙諸島では中国が実行支配するガベン礁、クアテロン礁、ジョンソン南礁など7つの岩礁のうち、6つの礁を島に拡張する「人工島化」が進行中である。この埋立に必要な土砂や建設資材の運搬支援はすべて海上民兵によって実施されている。
中国は基本的には軍事力で勝る米国とことを起こしたくない。経済もグローバル経済に依存しているので、国際社会から制裁を受けるようなことは避けねばならぬ。領有権に係る摩擦は小競り合い程度に収めつつ、目立たぬよう、時間をかけて既成事実を積み重ね、最終的には領有権を奪取する。この主役が「海上民兵」なのである。
アジア太平洋安全保障センターのモハン・マリック博士は、こういう中国の行動を「POSOW: Paramilitary Operations Short of War」と名づけている。戦争には至らない準軍事作戦であり、米国の決定的な介入を避けながら、サラミ・スライス的に逐次成果を上げるというものだ。
サラミは、薄くスライスして、目立たぬよう少しずつ掠めていけば、そのうち、まるごと1本ものにできる。この中国の「サラミ・スライス戦略」は今に始まったわけではない。陸ではとっくの昔から始まっている。中印国境にあるアクサイチン高原をインドから奪取したのが典型例である。
アクサイチン高原はインドのカシミール地方にあり、スイスとほぼ同じ面積である。1954年から62年にかけ、中国人を牧草地に逐次入植させ、中国人勢力が強くなるとインド人牧場主を追い出していった。8年間にわたり、これを繰り返していくうちに、アクサイチン高原は中国人入植者だけになった。インドはスイスと同面積の領土を中国にもぎ取られてしまったわけだ。