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しばらくロムしてましたが

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2014年11月13日(木)15時32分16秒
  くらさいさんが来てるとは(笑)。

僕は無理に理解を得ようとはしてないです。
どうにも『本能的拒絶』からきてることだろうと感じているからなんですけどね。
だから「理屈」ではうまく伝えられないのだろうと思いますよ。

けどまぁ『いま』はまだ『序章』といったところだからそれでもいいだろうけれど、ジワジワと末端にまで影響が表面化してくるのが避けられないことです。『飽くなき欲望』からこうなってる様子が上層部から伺えますから。

『慢心』も明瞭であるし『騙せた会員』へはさらなる『騙し』が待ってるだけです。
こちらの思いとしては早めに理解して『自衛』をして欲しい、というものはあるものの、やはり人それぞれというか理解の早さも人それぞれにならざるえないでしょうね。

いずれにしろ真面目に信仰をしていればそれぞれが『護られる』と思いますから僕は基本的に見守る姿勢でいますよ。『実体験』が必要な人なら、納得できる実体験を待つのもいいと感じますよ。
 

通りすがりさんへ

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月13日(木)11時54分44秒
  私も一言だけ言わせて下さい。

宿坊板に参加している方々は、派閥を作ろうとか、グループ分けとか無縁だと思います。

教学レポートを配布して、後に「何も変わらなかった」場合、ガセネタをばらまいた人達となります。

教学レポートを配布して、後に「何かが変わった」場合、やはり組織をかく乱した人達となります。

最初から解っていたことだと思います。何も得はないことを。
それでも声を上げずにいられなかった。
賛同している人は、自分の意志の表明をしているだけだと思います。

正しいことは正しい。
間違ってることは間違ってると。
 

ズイブン感情的な反応ですね

 投稿者:くらさい@宿坊の掲示板から出張モード  投稿日:2014年11月13日(木)11時53分15秒
編集済
  ズイブン感情的な反応ですね「ブーを垂れてる」と思うのもケッコウ わら

先の投稿で
> くらさいの言葉足らずな点は謝りますがおはよーさんとは
> 教学部の「いつか」というコトバが最終的には論点だったと思いますガ?
とオツタエした通りです

おはよーさんとのやり取りの投稿をサカノボルのはソコまで時間ない
記憶で返事してスミマセンが確か教学部が改正を念頭に入れていたことを
くらさいが否定したような言い方になったかな?ソコは素直に謝りますスミマセン

しかしくらさいはやり取りの中で教学部レポートの
……………………………
【10】御本尊の問題は、いつか完全に決着をつけねばなりませんが、それをやるには1ミリの狂いもないような論理構成を考えねばなりません。
……………………………
を何回も引用していまして改正を何が何でもハンタイ!とは言ってませんので
そこは改めてオツタエしておきまス

しかしおはよーさんのヨウな知的な人が教学部レポートの執行部の無理筋な案や
今回の改正内容にナットクしているのがくらさいにはマッタク理解できないけどネ!

あまり感情的にハンノウされても困りますのでこのへんで わら

では!
 

おはよーさん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月13日(木)11時41分59秒
  こんにちは。

おはよーさんの意見は、自ら
池田先生と弘安2年の大御本尊を相対させてることになってると思いますがいかがでしょう?

おはよーさんは「池田先生」と「弘安2年の大御本尊」とどちらを選択なさるのですか?
 

大河さん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月13日(木)11時34分47秒
  これだけは言っておきたいので、最期に一言だけ。

※「一閻浮提広宣流布」の 変わりの言葉が「世界広宣流布」ですよね。※


「一閻浮提総与」と「世界広宣流布」はまったく意味が違います。
ですが・・、教学レポートも触れておりましたが、
「世界広宣流布」の達成を、一閻浮提に総与することだとしても、良いのじゃないかとの変更点ですね。
そこまでがめーいっぱいだとの。

ですがこれは、弘安2年の大御本尊を否定しない前提での話しです。
そこまで否定すれば己義になってしまうとの意味でしょう。
 

通りすがりさん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月13日(木)11時02分36秒
  おはようございます。

わざわざのコメント、ありがとうございました。
御指摘や御質問の件をお答えいたします。
宿坊さんの掲示板のことなので、こちらに、私の意見を書くのは憚られます。
まず、職員でもないのに職員と判断されていますの件ですが、
これは、お互いに気をつけなければいけませんが、投稿には、ある程度のリスクを
背負う覚悟で投稿する以外ないですよ。
お互いが、顔の見えないところで文章だけの対話なので、誤解を受けたり、言われなき
中傷をされたりすることはあります。
これが嫌なら、投稿を止めるしかありませんね。
私も散々やられましたし、今でもやられています。
「ネット依存症」や「若年性○呆症」などなど、上げて行けば限がありません。
しかし、これらのリスクも背負って投稿しているつもりです。
私は、誤解を与えるに充分な書き込みをしてるのでしょう。
心当たりはないのですが、第三者が見てその様に思われたのなら仕方ないですよね。

次に、改革派が多数の人達から奇異の目で見られていると云う件ですが、
一般論で言っても、人間は元来保守的な生き物なのです。
突出したことをすると叩かれるのが、歴史の常なのですね。
しかし古来より、革命を成し遂げた人びとは、一人からの出発だったのですよ。
先生が、小説『永遠の都』で御指導なさったのはどう云うことでしょうか?
香港で、ネットでの呼びかけに学生達が参集し、政府に対して抗議集会や反政府デモ
を展開してるじゃないですか。
香港では、彼らの行為を非難する人達が居ますが、今の中国で政府に対して意見を
述べるのに、あの方法以外にあるのでしょうか?
今回の問題も、直接、学会の末端組織に居る人間が、直接、上層部に対して物が言え
るでしょうか?
今は、この手段しかないので改革派の人達は、自己責任で書き込みを続けられていると
思っています。

それと今は、ネット社会です。
宿坊さんの掲示板を閉鎖したところで、直ぐに誰かがどこかで掲示板を立ち上げてやり
出しますよ。
今、ネットでも拡散していますが、掲示板で留まっています。
これが、流行のツイッターやfacebookに飛び火すれば、世界規模になってしまいます。
今は、そんな時代なのです。
時代を認識していかないと、打つ手はおくれますよ。

私は、富士戒壇に固執しているようにラベリングをされています。
そうではなくて、教義変更は慎重に行わなければいけない。
発布してしまった後では、遅すぎる、それに問題点を残すなら、早急に補足説明をしな
ければならないと、言ってるのですよ。
多くの会員さんが、今回の変更には無関心ですが、それは、今の学会の流れからしても
当然のことですね。
教学を研鑚する場所が極端に少なくなってきています。
月一回の座談会で、数行の御文で基礎を学ぶだけですね。
青年教学試験も、始まった当初の形ではなくなって来ています。
草創期の大白を見ても、教学理論の機関紙を謳った、そのものの内容で占められていま
す。
翻って、今回変更の教義を、過去の歴史や教学を基盤において分析できる方ってどのく
らい居られるでしょうか?
今の現状を見て、お分かり頂けると思います。
学会が、教学に力を入れてなかったのですから、会員さんに非があるのではなく、その
ようになってしまったと云うのが現実ですね。
やはり、原島が裏切ったのが、後遺症として残っているのでしょう。
もう、乗り越える時が来てると思いますよ。
全員が教義に関心を持ち、かつ、勉強していく。
地涌の菩薩が、自教団の教義も語れないなんて、マンガでしかありません。
その辺の、新興宗教と同列ですよ。

今後のことですが、改革は早急には出来ないでしょう。
しかしネット時代です、草の根運動をネットに切り替え、地道に先生の世界を作るよう
に頑張ったらいいのじゃないですか。
勿論、地元の組織でも率先垂範の姿勢を見せないと、ネット活動も絵に描いた餅になり
ますね。
私に付いてきて欲しくないと云うのは、全て個人の責任の下でやって欲しいからです。
それこそが、「一人立つ」ですね。「獅子は伴侶を求めず」ですよ。

 

ロム男さんへ

 投稿者:通りすがり  投稿日:2014年11月13日(木)08時57分6秒
編集済
  おはようございます。
宿坊の掲示板で異を唱えると袋叩きにあっている方たちを見かけていますが
なんでも話ができる雰囲気をつくりだせるロム男さんには私は敬服します。
ロム男さんのことは数年前から法華講と対論している姿を見ていますが
相手からどんな仕打ちを受けても感情的にならずに振る舞われる人格がなせるものと思います。

ロム男さんも改革派の一人ということで私の思いを伝えますが
この掲示板を見てもわかるとおり改革派は意外と多数の会員さんから奇怪の目で見られているというのが現実です。
このことからも宿坊の掲示板に現れるアンチも皆が皆、本部職員とは限らないことでしょう。

自身の認識では改革派に集っている方は会則の改訂を阻止したい人、腐敗した本部を正したい人、
裏で何かを企んでいる人というところでしょうか。
何かを企んでいると見えるのは大御本尊の位置づけを断固阻止していた方達があっさりと受け入れの態度に変わったところや
ロム男さんが先日言われたように話すことができない何かがあると言うところから出てくる見えない疑念からです。

改革派は正義であり本当に革命を起こしたいというのであれば
あらゆる歴史の革命運動や学会の歴史からも大衆の会員さんを味方につけることができなければ大事は成せません。
現在の戦いは大御本尊の位置づけによる討論ですが、一段落つけばこの件は落ち着きますし
正直ほとんどの会員さんはこの件については重大なこととは思っていないと感じます。

先日ロム男さんは「私は、誰もついてこないで欲しいと思っていますよ。」とおっしゃいましたが
今後、改革派の方たちが発展を遂げるにはもう一歩踏み込んであらゆる会員さんにでも説得のできるものを持たなければ
どんなに正義を叫んでも改革派は偽善の活動であり師敵対になってしまうと思うのです。
話すことを話して離れるならば「私は、誰もついてこないで欲しいと思っていますよ。」が通じるのです。

直接会って、メールであれば、となると抵抗を持つ方も多いですし人数も限られてきますが
機密を厳守して大衆に開かれた説明ができるようにならなければと思うのです・
言うことができないというところを一歩乗り越えなければこれからもずっと大衆の会員さんとの垣根は超えることはできないままでしょう。
今までロム男さんや宿坊さんからお世話になった方々ばかりですのでわからず屋ばかりではないと思います。
いま改革派は核ができあがりましたが、もう一歩、発展をとげる時が来てると思うのです。
 

おはよーさん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月13日(木)08時12分39秒
編集済
  おはようございます。

遅くからのレスありがとうございました。

簡単なことですよ。

例えば。↓

「この度、先生から教義変更をするようにとの御指導を頂いたので、○年間を協議検討
に当て、教学部も全力をあげて○年○月までに、最善の教義変更をして行きたいと思い
ます。」

↑これで一発に解消ですよ。

おはよーさんが仰せのことは、参考として引用させて頂きました。
しかし、他の方々も一応に同じように言われています。

どう見ても、先生のお身体は、今年の11・18で終わるかのような捉え方です。
まして、三代会長の御指導は永遠なのでしょう?
御書と御指導にそって改訂していけば、誰も苦情を言う人なんていませんよ。
仮に、日顕宗が攻撃をしてきても、御書に則っていれば、何も怖くありません。

色んな方法があります。
最善の智慧を使って、最高の教義を確立すると云うのが先決事項ですね。
また、最高の智慧を発揮すると云うのが信心でしょう。
機根を見るのも信心でしょう。
釈迦は、本已有善の衆生がいる時は、本門を説かれなかった。
本未有善の衆生が登場して、初めて法華経を説いたのですね。
こう考えれば、和合時代の迹門の時代でも、成仏は可であると云う事です。
和合時代に戒壇の本尊を拝んでいた方達も救われますよ。
ところが、今回の発表では、大石寺は謗法の山になったので、戒壇本尊は信受の対象と
はいたしませんと云うことですね。
けれど、謗法の山になったのは23年前であって、今年から急になったのではないでしょ
う。
そんな事を言ってしまうと、話の整合性がとれないことになってしまいます。
本尊はどうするんですか?寛師本尊に認められている「奉書写之」はどう説明するので
すか?
昇師本尊はどうするのですか?達師本尊はどうするのですか?
言うならば、先生を辞任に追い込んだ達師も謗法でしょう。
その事には一切触れず、発布するなんて説明不足も良いところです。
おはよーさんが、文証としてあげられた、「起信論に云わく、一には根本を信じ」の根
本が、訳の分からぬことになっているのです。
経本も改訂されるのですか?
新しい、改訂版の『御書』が発刊されるのですか?
細部を詰めないで、教義変更が行われるなんて、信じろと云うのが無理ありますよ。
唯の、教条的な団体に成り下がってしまいます。
 

今でしょ

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月13日(木)01時13分15秒
編集済
  ロム男さん、レスありがとうございます。

>『それを変更するには池田先生の時代でなければ、絶対に納得できるでものではないよね。
> だから今しかないわけなのよ。』

そうですね。正直、ここが「どうして?」と思う所なのですよ。

不遜であると言われると困ります。御本尊のことを論じていくのなら全て客観的にあるべきです。
人がいついつに亡くなるか、それは想定できることでありません。想定できないから故のことで
はないでしょうか。

ここの考え方が、通常の私の知る学会員と、皆さまが間違いなく離れてると思う所です。
なぜ、そのような考え方に落ち着いたのかのほうにこそ、私は興味があります。

巷の考え方は教学は教学です。確信はもっと深いところにあります。
私たちには、学会がそう選んだ、先生が了承されている、それだけで納得なのですよ。
馬鳴菩薩の「起信論に云わく、一には根本を信じ」です。

もし仮に、一年前に突然に変更になって、それも最悪の唐突さで、たとえそれで騒がれても、
しかも準備不足で教学部が法華講に何か決定的な負けてを喫する、そのようなことになっても、
それほど深刻な問題ではなく、ほとんど動揺もありません。違いましたか?
負けたときには、最悪、論を見直して、次に正義を証明すればよいのですから。
それとも学会はこれから永久に教義論争で他宗に遅れることがあってはいけないのでしょうか。
そんな無茶を言う人はどうかしていると思います。

ですが、もし、後世に変更になった場合、より多くの人々が心に確信がもてずにいると思います。
たとえどのような完璧な論理が出来上がったとしても、それでは意味があるでしょうか。

結局、「戸田先生は大御本尊って言ってたけど、本当にいいのかしら」に戻ってしまいます。
「どうして池田先生の時代には、改正をしなかったのかしら」、これに尽きます。


これらは心情であって、教理で払拭できる問題ではないからです。
根本な教義の部分の変更におよぶのですから、それは当然でしょう。

★それとも自分たちの教義理解を先生の指導よりも優先して考えられる人がいるでしょうか。★
★それが受け入れられるとお思いでしょうか?★


ここがズレているのは、なにも、根本的に私と見解が相違しているとは思いません。
先生のメッセージが無いのは何故だとか、取ってつけたような難くせが往行しているのを見ても、
本気で問題視しているわけではなく、焚き付けようとしているだけに過ぎません。

平成五年の改正で先生が最初からメッセージを出されましたでしょうか。
先生の責任で改正すると大々的に謳ったでしょうか。そんなことするわけありません。
それを今回は先生が何も出してないのがおかしいという。変な話です。

ましてや、今後、百数十か国が一か国も漏れることなく、安定した政治情勢の元、いつまでも
日本と仲良くやっていけることが決まっているでしょうか。和合僧の一致という必須事項を想定
すると、後世では困難な状況も考えられます。

どうなるかは分かりません。ですが選択としては、今、が正しいでしょうね。
教学レポートのように、いつかそのうちなんて、慎重なのではなく、現実逃避です。

せめてあそこに、もう少し真面目にとらえたことが書いてあったら。○○の問題に何年が必要、
著作の問題はこの選択枝とか、現代人なら責任を持って書くべきですから。
 

ブーを垂れてるくらさいさん、嘘ならべ。

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月13日(木)00時07分21秒
  あなたは、教学部の改正案を、改正ではないとまで言ってたぐらい反対一途でした。
また嘘も多い御仁だった。私の感想はそれだけですね。

あなたが理解不足なのは御自分で言われなくても、よく知っています。
 

アベヒさん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月13日(木)00時05分41秒
  日付が変わりましたよ。
ギブアップですか?

あなたは、私に回答を求めたから、私は答えました。
しかし、レスを頂いていませんが。

アホらしいので眠りますが、朝、掲示板を閲覧した時に、
投稿されている事をお祈りいたします。(笑)
 

THJって

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月12日(水)23時15分3秒
  自分が人間革命するのが先じゃないの~(大笑  

なぜか、あべひさん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月12日(水)22時27分47秒
  なぜかあべひさんは、
大河さん批判始め出したからw

会則変更前から気がついてた精鋭の信者とのふれ込みみたいだから、
大月天にでも新教学でぶつかり稽古でもすればいいのにw
瞬殺? 笑
 

原田会長が

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月12日(水)22時11分3秒
  先生に指導を受けるのは、
年一回夏の軽井沢でしょ。

今年どう言った指導されたか一言も言及出来ないと言うことは先生を無視しているに同じでしょう。
 

冷笑者さん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月12日(水)22時06分5秒
編集済
  このような、論調が蔓延るのは、本当に良くない事です。

曰く。↓

『それを変更するには池田先生の時代でなければ、絶対に納得できるでものではないよね。
だから今しかないわけなのよ。』

↑まさに、今、先生がお隠れになるような考え方です。
まったく、失礼な論調ですよ。
来年、再来年には、先生在世の時代では無くなると言うのでしょうか?
先生利用でしかありませんね。
 

過去の例

 投稿者:冷笑者  投稿日:2014年11月12日(水)21時05分40秒
  「あまりにも 悔しき この日を 忘れまじ

  夕闇せまりて 一人 歩むを」

これは、先生が会長を「勇退」された日の日記帳の一節です。

この日に、聖教新聞紙上で大々的に先生が勇退される報道がなされました。
少なくとも聖教紙上に大きく報道されているからと言って、先生がご承知(了承)
されている、とはいえない例が過去にあったということです。

この程度で引っ込むぐらいなら、最初から書かない方がよいと思います。



 

ロム男さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月12日(水)20時45分16秒
  >先生の御意志を無視していないと云うのは、何をもって仰せなのでしょうか?

仮によしんば、本当に先生のご意志は置いてきぼりであれば
今回、何百万の会員が、騙されたことになります。
今回、素直に賛意を表明した会員も、ブログ等で書いておりますが、
今後、実は先生は大反対であったということになれば
これは、大混乱でしょう。


>新聞掲載記事や教義会則変更には、名誉会長は拘われないのですよ。

制度機構上は権限はないのかもしれないですよね。

>先生辞任の時にも、当時の執行部10名の総意に基づいて先生解任の手続きをしたのでしょう。
当然、解任決定通知は、当時の執行部の手によって都に提出されています。

>その10人の中に秋谷さんがおられ、今回の教義会則変更のメンバーにもおられるのです。


それでは「あの時の再現とでも?」

このレベルになると、私は、これで引っ込みます。
 

大河さん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月12日(水)19時37分56秒
  先生の御意志を無視していないと云うのは、何をもって仰せなのでしょうか?

新聞掲載記事や教義会則変更には、名誉会長は拘われないのですよ。

先生辞任の時にも、当時の執行部10名の総意に基づいて先生解任の手続きをしたのでしょう。
当然、解任決定通知は、当時の執行部の手によって都に提出されています。

その10人の中に秋谷さんがおられ、今回の教義会則変更のメンバーにもおられるのです。
 

大勝利さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月12日(水)18時49分41秒
  創価学会は、大聖人の御遺命の世界広宣流布を推進する仏意仏勅の教団であるとの自覚に立ち、その責任において広宣流布のための御本尊を認定します。
 したがって、会則の協議事項に言う「御本尊」とは創価学会が受持の対象として認定した御本尊であり、大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません。世界広布新時代の時を迎えた今、将来のためにこのことを明確にしておきたいと思います。

---------------------------------
>2ヵ月後あたりに新規則に、
「弘安2年の御本尊を受持しない」と明文化されてるのか確認に行こうと思います。

>おそらく、書かれていないと思いますけどね。
>書かれていない場合は「原田会長の独断の説明」と言うことになろうと思います。


会則本体の「教義」は、すでに創価ネットにも書いてあるように
それだけですよね、

しかし、私が冒頭に書いた、今回の原田会長の説明
もっとも、2002年の時は、時の教学部長が説明したのですが

私は、先生のご意志を「無視」しているとは
到底考えられませんが、

これ以上は、平行線になるので、これまでとします。
 

大勝利さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月12日(水)18時43分5秒
  >今回、大河さんの仰る程度の表現の変更ならば、「規則変更」を文化庁なり東京都なりに届け出る必要はないと思います。

翌々日には、創価ネットの教義の部分は書き換えてありましたよ。

会則の改正というよりも、会則の教義条項だから、
宗教法人の極めて「内的」なことだから、
そこまで、変更届けはどうなのか、私はわかりません。
 

法人規則

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月12日(水)16時52分14秒
  今回の変更に伴って、学会系寺院の動向がまだ不明なのでなんとも言えませんが、
若し、包括関係となったりしている場合には2ヶ月の公示期間を経ないと認可されませんので、
2ヵ月後あたりに新規則に、
「弘安2年の御本尊を受持しない」と明文化されてるのか確認に行こうと思います。

おそらく、書かれていないと思いますけどね。
書かれていない場合は「原田会長の独断の説明」と言うことになろうと思います。
 

大河さん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月12日(水)16時32分35秒
  それだと・・
ほとんど変更点がないと言う事になってしまいませんか?

宗教法人の規則と、今回の発表の「会則」というのは別な筈です。
私たちは、「宗教法人規則」を知りませんよね。
概ね、同様の内容の趣旨を「会則」として知らしめることで「宗教法人規則」を機関紙などで発表する必要はありません。それが、「会則での規則と相俟って」としてる部分です。
今回、大河さんの仰る程度の表現の変更ならば、「規則変更」を文化庁なり東京都なりに届け出る必要はないと思います。

ちなみに、宗教法人規則を確認するには本部事務所に言って閲覧請求することが出来ます。
http://www.bunka.go.jp/shukyouhoujin/kanri/etsuranseikyu.html

「 宗教法人は,信者その他の利害関係人で,宗教法人の事務所備付け書類等の閲覧につき正当な利益があり,かつ不当な目的によるものでない者から請求があったときは,閲覧させなければならないこととされてます。
 これは,閲覧について正当な利益のある利害関係人の一層の利便を図るとともに,宗教法人の管理運営の透明性が高められ,そのより適正な運営が行なわれることを目的としたものです。」

閲覧請求できる書類は以下の25条の2項の書類です。
 ↓
第二十五条   宗教法人は、その設立(合併に因る設立を含む。)の時に財産目録を、毎会計年度終了後三月以内に財産目録及び収支計算書を作成しなければならない。

2   宗教法人の事務所には、常に次に掲げる書類及び帳簿を備えなければならない。
一   規則及び認証書

二   役員名簿

三   財産目録及び収支計算書並びに貸借対照表を作成している場合には貸借対照表

四   境内建物(財産目録に記載されているものを除く。)に関する書類

五   責任役員その他規則で定める機関の議事に関する書類及び事務処理簿

六   第六条の規定による事業を行う場合には、その事業に関する書類
 

大勝利さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月12日(水)14時27分0秒
  >私達の学会活動がいままでどおり変わらず、教義も以前とそう変わらないのであれば、変更する必要はありませんね。


破門以降の入会者への配慮を感じます。


>世界公布に向けて海外とのギャップのすり合わせでしょうか?
海外でSGIは「大御本尊は大石寺にある」と不味いのでしょうか?

説明が大変なのは、確かでしょうね。

そもそも、海外メンバーは、大聖人以前の仏教の流れ等は
アジアの仏教国意外は、無縁で、

>「一閻浮提総与」が教義から消えて大喜びするのは何故なのでしょう?
正直申し上げて私には理解不能です。

「一閻浮提広宣流布」の 変わりの言葉が「世界広宣流布」ですよね。

うーーん、シンプルな表現にしたという感じですが・・

新会則の
各人が人間革命を成就し、日蓮大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現することを大願とする

ひとまず、↑これを、実践し続けることが、最重要かと思いますし

厳密に言えば、説明というのは、どこまでなら完璧かといえば
どのような場面でも、完璧は難しく、

今回でいえば、それぞれの現場で、具体的な疑問に
答えてあげるだけのことを、感じる会員が実践するのが
肝要かと思い、私は、そうするつもりですが



 

大勝利さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月12日(水)14時14分33秒
  >一生成仏についてどうします?
旧会則にはのっていたと思います。


正確には、旧会則(2002年)の、斎藤教学部長(当時)の説明ですか、
私のブログには、抜粋だけですので、今、全文を確認しましたが
一生成仏の語彙はありません。

>仏界の生命を涌現することで一生成仏できるのですか?
そのシステムは?

これは、日常的に聖教新聞でもその教学的なことも随時掲載されていますし
あるいは、一番確実なのは、以前大白蓮華に掲載されていた先生の
一生成仏抄講義(単行本もあり)なら、 大納得かと思いますが。

一生成仏といっても、即身成仏の連続といってもいいと思います。

「信」の一字で、御本尊に題目を唱えれば、ただちに仏界の生命が涌現するわけです、
長い人生では、信仰を妨げる障害が多々ありますが
その障害に負けずに、 貫くことが一生成仏ですよね、簡単に言えば
本当は、自分のことだけでなく、
厳密に言えば、地涌の菩薩として「たたかい続ける」ことが一生成仏の信心ですよね。
先生の指導にあるように、「菩薩仏」
仏といっても、菩薩の行動の中にしか、仏の実態はないと・・


 

大河さん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月12日(水)13時11分55秒
  改めてご返事ありがとうございます。

※「日蓮がたましひ」がそのまま、具現されていて
あとは、拝する会員の信心実践で、
会員それぞれの「胸中」に「日蓮がたましひ」をあらわすことができるか
ひらたくいえば、仏界の生命を涌現することができるか※

一生成仏についてどうします?
旧会則にはのっていたと思います。

仏界の生命を涌現することで一生成仏できるのですか?
そのシステムは?
 

大河さん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月12日(水)13時05分32秒
  http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/18556

大河さん。レスありがとうございます。

※現在、地球上には、大聖人のご精神どおりの教団は、創価学会・SGIしかないのだから
わたしたちで、良くない点をよくしていくしかないのだと思いますが

今回の会則教義条項の改正は、私たちの学会活動に何もマイナスはないし
いままでどおり、自宅・会館、拠点の御本尊に真剣に唱題することは変わりはないし

いかがでしょうか?※

今回の規則変更の本質論を探ってみましょう。
規則変更の目的または必要性はなんだったのでしょうか?どのようにお考えられますか?

私達の学会活動がいままでどおり変わらず、教義も以前とそう変わらないのであれば、変更する必要はありませんね。

世界公布に向けて海外とのギャップのすり合わせでしょうか?
海外でSGIは「大御本尊は大石寺にある」と不味いのでしょうか?

会則が変更になってスッキリした人達は、日顕宗と縁が切れたとスッキリしたのでしょうか?
結果は逆になるのは当然ですよね。

あとは「偽作論」ですね。
これで「偽作の疑いがある大本尊」と縁が切れてそんなことは疑わなくよくなってスッキリしたのでしょうか?それともこれからより疑えるようになったとスッキリしたのでしょうか?

「一閻浮提総与」が教義から消えて大喜びするのは何故なのでしょう?
正直申し上げて私には理解不能です。
 

大勝利さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月12日(水)12時58分49秒
  >そこで、創価学会が今後広宣流布に認定する御本尊が、弘安2年の「出世の本壊」の大御本尊とどういう関係性であるのかが問題です。


横入りした以上、責任もありますので、
意見を述べます。

物質的側面としての、弘安2年10月12日建立御本尊とは、破門されて即
厳密には、破門より数年前からの添書登山の頃から、
その「物質的側面」つまり、直接大御本尊を拝することは、ほとんどの会員はしませんでしたね。

「本門の本尊」の主たる意味である「日蓮がたましひ」は、
広宣流布の教団にしか、発動しないというか、
御本尊の力用は、大聖人のご精神のとおりの実践の中にしか、発動しないというか

広宣流布に認定する御本尊・・いずれも書写です。

「日蓮がたましひ」がそのまま、具現されていて
あとは、拝する会員の信心実践で、
会員それぞれの「胸中」に「日蓮がたましひ」をあらわすことができるか
ひらたくいえば、仏界の生命を涌現することができるか

いかがでしょうか。
 

通りすがりさん おはよーさん

 投稿者:くらさい@宿坊の掲示板から出張モード  投稿日:2014年11月12日(水)11時33分16秒
  コチラに宿坊の掲示板のコトが書かれていると聞いたのでノゾきました
BBSの趣旨に沿ってるかわかりませんのでコチラで論争する気はないですが
事実と違うことだけはシテキさせてもらいマス

> おはよーさんのおっしゃるとおり私も「時期尚早」で拍子抜けした一人です。

「時期尚早」でなぜ拍子抜け?

宿坊の掲示板の論点はすでにロム男さんが書いてくださってますヨ?

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/18492
……………………………
宿坊さんの掲示板で論題になってたのは、

①誤った教義の改訂。
②それに対する独断専行。
③先生利用。
④一部幹部の不公平な運営。
……………………………

BBSに参加している人たちがゼンイン同じ考えかドウかはわからないですが
すくなくとも「何がなんでも反対」なんてダレも言ってませんでしたヨ?

特におはよーさん

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/18530
……………………………
信濃町の人々さんが教学レポートを宣伝した当初、改定の時期が
問題ではなく、改正に絶対に反対と言われていましたよね。私た
ちがレポートは内容的に拙速なことが問題だけど改正そのものに
は反対ではないよと言っても全否定でした。大御本尊は否定すべ
きでないと。そうではありませんでしたか。
……………………………

くらさいの言葉足らずな点は謝りますがおはよーさんとは
教学部の「いつか」というコトバが最終的には論点だったと思いますガ?

教学部レポート
……………………………
【10】御本尊の問題は、いつか完全に決着をつけねばなりませんが、それをやるには1ミリの狂いもないような論理構成を考えねばなりません。
……………………………

おはよーさんは「いつかじゃないんだイマなんだ!」という執行部を支持
くらさいは「時間かけても1ミリの狂いもないような論理構成を考えるべき」という教学部を支持
だったと思いますガ!?

改正をハンタイしていたわけではないというのは明白だと思うケド?

事実を捻じ曲げるのはイタダケないのでヒトコト投稿させてもらいました

サイゴに

おはよーさんが焦るキモチはわからなくはないですヨ
この問題をシンケンに考えている人はみなソコをもっとも重要視しているのでは?
だからといって論理破綻した無理筋なカイテイでは問題アリではないですか?
弘安2年「戒壇の大御本尊」をヒテイし日昇本尊を「戒壇の大御本尊」にするなど理解不能
20年間ホンキで考えようとしてこなかった執行部と教学部への不満は理解できる
デモ教学部レポートに書かれた騒動は本質は大御本尊問題のようでソウではないのでは?
切り離して考えないとダメではないかと

ソレでは
 

大河さん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月12日(水)07時14分17秒
編集済
  おはようございます。

あなたの御意見に、異を唱えているのではありませんよ。

決意は、それで良いと思います。

しかし、疑問を残してる現状では、対外部には疑問を残したママになりますよ。

世界宗教を標榜するなら、不満が残ると云うことです。
外に、異体同心を促す訳にはいけませんしね。
内にあっても、様々なのですよ。

観念としては、あなたの御意見に賛成ですし、そのような組織に近づけるように努力します、と云うより、いままでもしています。

しかし、観念論だけでは、組織は運営できませんよ。
 

ロム男さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月12日(水)06時27分24秒
  >けど、観念論です。
現実問題、仰るように行かないのが人間集団の学会ですよ。

---------

先生の繰り返しのご指導で
一念三千とは、現実変革の原理と、あります。

立場とか、関係なく自分が縁する「場」
学会の地区であれ、支部であれ、職場であれ、地域であれ

良く変えようと、決意した人が一人立てば、

必ず良き変化は組織全体に波及すると思います。
 

大河さん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月12日(水)00時17分21秒
  ありがとうございます。

※『会員一人ひとりが広宣流布を自覚し地涌の菩薩の誓願で
題目の確信を強めていくことが
よそから、責められても、びくともしないことになると思います。
御本尊は、広宣流布の誓願がなくては、力用は発動しませんよね。
確信強き会員が増加すれば、よそで、何を言っても馬耳東風でしょうか。』

↑仰りたい事は良く分かります。
そのように、していきたいですね。

けど、観念論です。
現実問題、仰るように行かないのが人間集団の学会ですよ。
 

私の思い出

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月12日(水)00時16分13秒
  私が高い所で任務に着いていると遠くから一人でやってくる婦人部がいました。
いつもは「私はどこでも車を止めてよいから便利なのよ」と自慢する人なのに。
ところが実際には近隣に迷惑にならないように、遠方から歩いて来られていました。
人間革命に、女子部のとき、障害者なのに幹部の任命を受けてすごく悩んだとある方です。
草創期は、学会は「病気が必ず治る」の確信一色なのに、障害者でどうやって指導しろとか、
任命を受けて最初はいじめかと思ったそうですが。そんな弱々しい心の時代があったのかと。

でもお会いすると実に人の人情の機微に鋭い。どんな苦労も乗り越えてきた風格がある。
その方が何度も言われていたことが思い出されます。

「負けたら悲惨だよ。」と。

感傷や同情では人生は語れません。勝つべき道筋を立てて歩むべきだと。

 

おはよーさん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月11日(火)23時54分42秒
  おはよーさんは本尊抄文段をお読みでしょうから、弘安2年の重要性に理解なされてると思います。
弘安元年は寿量品、
弘安2年は神力品、
この神力品を説いた年に一閻浮提総与の御本尊を建立されました。
原田会長は、この弘安2年をまるごと否定しましたね。
日寛教学を捨てたのではないかと思います。
その上受持即観心とはまさに、
超ウケる~~ww
って感じ~(笑
 

思い出

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月11日(火)23時52分26秒
編集済
  私の思い出の中にある草創期の幹部で白木義一郎さんという方がいました。

私は勤行する所が無かったので時々行ってた近隣の西成文化会館に来られて、
数人の方の相談に応じられたのにたまたま居合わせました。
問題あるかもですが、率直に草創期の幹部は確かに桁が違うという印象でした。

とにかく、こんなに気さくな人がいるものかなと。
相談会なのに、一人一人ではなく、全員まとめてでいいからと、座談会みたく。
男性も女性もいろいろいるのに。そして私が机を放り投げたくなるような内容の
相談にも丁寧に明確に答えていました。闊達で明解。
高齢なのに、こんなことが出来る力量とは何なのだろうと。

それで、その中の一人の相談が私の耳に今も残っています。
壮年の方でした。友人の学会員、それも親友だと思ってて、お金に困っていたので
貸したけど、滞って返って来ないという話。額が大きいので困り果てていると。
私の記憶では、白木さんは、じっと聞いていて、こんな感じで答えてました。
(多少、私のイメージが入っているかもですが。)

「あなたは仕事は何か、芸術家かなにかか。」
「実は、絵描きです。」
「ああ、だからだよ、芸術家だからだ。だから理想を追い求めてるんだ。」
そうして他の人に向かって、「あなたならどうする?」、その人は「断ります。」
「そうだよ、私だったら無いと言うよ。これが商売してる人とかだったらみなそうだ。
あんたは芸術家なんだ。だからだよ。お金を貸してください、ありませんと、
どうしてそう言わなかったんだ。」と。

その壮年は遮って、「でも親友なんです。本当に困っていたんです。」と。

答えて「そして現実にお金が返らず、その友人を恨むかなにかになっている。
それなのに、今度はまた簡単にお金が返ってくると思っている。そうじゃないだろう。
今回のことで勉強になったと思わないと、また繰り返してしまうよ。」

金を貸してくれと言われたら、現実を見据えて断れという指導でした。
 

ロム男さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月11日(火)23時24分25秒
  >このことを、解決しないと混乱を来たすだけでなく、外から攻められる材料を与えているようなものですよ。

会員一人ひとりが広宣流布を自覚し地涌の菩薩の誓願で

題目の確信を強めていくことが

よそから、責められても、びくともしないことになると思います。

御本尊は、広宣流布の誓願がなくては、力用は発動しませんよね。

確信強き会員が増加すれば、よそで、何を言っても馬耳東風でしょうか。
 

大勝利さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月11日(火)23時17分37秒
  >原田会長は、わざわざ十界曼荼羅と言い出したところも信用出来ない。


うーーん、このあたりになると顕微鏡的な視点になるのか

一般論として大聖人の曼荼羅を「十界曼荼羅」と称するということで

もちろん、全部載せてない曼荼羅もあるのは知っていますが

何かで読んだのですが、十界の全部が載せてなくても、「十界曼荼羅」同様なのだみたいな
こと、もちろん学会書籍ですが・・これは、出典が正式に出せませんので記憶ですが

原田会長の資質云々はともかくとして
又、現在の最高幹部にトンデモナイ人たちがいるかもしれないことも、ともかくとして

現在、地球上には、大聖人のご精神どおりの教団は、創価学会・SGIしかないのだから
わたしたちで、良くない点をよくしていくしかないのだと思いますが

今回の会則教義条項の改正は、私たちの学会活動に何もマイナスはないし
いままでどおり、自宅・会館、拠点の御本尊に真剣に唱題することは変わりはないし

いかがでしょうか?

 

(無題)

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月11日(火)23時16分8秒
編集済
  通りすがりさん、レスありがとうございます。
おっしゃられる意味はよく分かります。


ところで、私には大河さんの言われる、

> 先生がおられるときでないと、絶対にまずいですから
> それだけは、確かですよね。

が全ての正義を代弁していると思います。
どのように教学を構築してみても、先生がおられない時代だったら
誰が心の底から納得できることがあるでしょうか。
 

ロム男さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月11日(火)23時08分16秒
  >今、戒壇の本尊を全否定してしまえば、「之」と認められていることの整合性が取れなくなり、その説明もなかったと言ってるのですが。

いや、大御本尊そのものを「否定」あるいは「全否定」はしていないと私は
認識しており、ともかく破門以降の入会者にものすごく配慮している文言なのだと
思いますし、

実質的には、あの破門の時
そして、平成5年秋より日寛上人書写御本尊授与が始まった時から
今日まで、
実質的には、同じだと私は認識しています。

ただ「本門の本尊」の定義を、書写御本尊にまで広げた点は
変更になったわけで、うーーん、これは、実際、私たちは書写御本尊だけですから

あえて、いえば、

今更でしょう・・ということでしょうかね。
 

大勝利さんへ

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月11日(火)23時00分38秒
  学会を離れるかもとか。どうか落ち着いてください。
教学は教学で議論すればよいことです。

ですが、破折するつもりならば責任を持って論を立てるべきです。
学会本部に学ぶつもりならば、その姿勢が必要です。
 

それと、大河さんは、

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月11日(火)22時44分43秒
  先法後仏よりで考えている様ですが、、
もちろんそれは大河さんの達観だと思います。

ですが、自分はですが、人法体一よりです。
池田先生もそうだろうと思っています。
私はそこは人それぞれで良いと考えてます。
 

大河さん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月11日(火)22時28分26秒
  原田会長は、わざわざ十界曼荼羅と言い出したところも信用出来ない。
当然、一遍曼荼羅は含まない。
じゃあ八界曼荼羅はどうなるのか?

もしや日寛御本尊のお取り替えマンマン?
 

アベヒさん曰く

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月11日(火)22時25分35秒
  ※彼等は「今回学会が変わった」と言わんばかりですが、すでに「変わっている」
ことに気がつかなかっただけの話です。※


新聞の見出しは、「日蓮仏法の本義に基づいた会則改正」になっていますが。(爆)

聖教新聞が間違ったのか?

アホラシ。
 

大河さん、ありがとうございました。

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月11日(火)22時21分14秒
  やはり、疑問が残ります。

『一大秘法とは「本門の本尊」』
     ↓↓↓
『広宣流布のための御本尊を学会が認定』

↑これは、単に、これまでの大石寺の本尊が、学会の認定本尊に変わるだけですよね。

それでは、大河さんが仰せの次の文の辻褄が合わなくなりますよ。↓

『その板本尊については先生は、破門より20年以上前から既に「成住壊空の理により
、その理をまぬかれることは できない存在するものは、必ず壊の時になる」』

どうでしょうか?

それと私が言ってるのは、現在学会が認定している日寛師書写本尊には「奉書写之」認められていますね。

今、戒壇の本尊を全否定してしまえば、「之」と認められていることの整合性が取れなくなり、その説明もなかったと言ってるのですが。

このことを、解決しないと混乱を来たすだけでなく、外から攻められる材料を与えているようなものですよ。

どのように、お考えでしょうか?



 

あべひさん曰く

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月11日(火)22時10分11秒
  ※彼等は「今回学会が変わった」と言わんばかりですが、すでに「変わっている」
ことに気がつかなかっただけの話です。※

変わってないのに変更届を提出したなら不正な届け出だなw
じゃ今回は無効と言うことで 。 (大笑
 

大勝利さん ロム男さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月11日(火)21時40分49秒
  感じることだけ書きます。
それでも、長くなりました。


三大秘法の根本である一大秘法の創価学会公式定義ですが

一大秘法とは「本門の本尊」すなわち、

日蓮大聖人が胸中に所持しておられる久遠元初の妙法である南無妙法蓮華経であり、
又それを図顕した曼荼羅本尊である。

2002年発行「教学の基礎」聖教新聞社発行
2000年発行「仏教哲学大辞典Ⅲ」聖教新聞社発行

----------------------------------------------


日蓮大聖人が胸中に所持しておられる久遠元初の妙法である南無妙法蓮華経・・

これは、未来永劫、そして地球だけでなくても、宇宙全体で
普遍のはずです。

ですから、「本門の本尊」の意味の99パーセントは「法」であり
しかし、具体的に曼荼羅として、幼稚な私たちにくださらなければ
法がわからないから、曼荼羅にしてくださったわけで・・

ただ、破門前の学会書籍には
「本門の本尊」はそのものずばり
弘安2年(1279年)10月12日建立・一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊と
あったということです。

そして、仏教哲学大辞典Ⅲにも「本門の本尊」の定義として

その大石寺の
弘安2年(1279年)10月12日に一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊
と、記述されていますが


今回の改正部分の

末法の衆生のために日蓮大聖人御自身が御図顕された十界の文字曼荼羅と、それを書写した本尊は、全て根本の法である南無妙法蓮華経を具現したものであり、等しく「本門の本尊」であります。

↑この部分だけ読めば、邪宗日顕宗や、身延やその他の寺の真筆本尊、書写本尊(当然
弘安2年10月12日建立の大御本尊書写)も「本門の本尊」に含まれるわけですが
そこで、後ほど出てくる「広宣流布のための御本尊を学会が認定」が出てくるわけです。


ですから、今までは、本門の本尊の「法」の部分は同じだけど
曼荼羅の部分が、領域が広がったということですね。
今までは、弘安2年のことだけが「本門の本尊」の正式公式定義だったわけです。


これ以上長くなると、かえって混乱させてしまいますので
このくらいで、お返事になっていますかどうか・・

あと、ネット上で見た意見で私がなるほどと感じた意見があったので
添付します、↓この意味よくわかりますし、でも私には表現できなかったので


アツハラの三烈士の事で御図顕された時の本尊がベースのオリジナルとして
その事件の流れに沿った民意が命を掛けて信仰者としての姿勢を貫いた事象が
在ってこその完成形態。

命を掛ける信仰者、その時にデザインされた本尊の意義、止むに止まれぬ命からの
絶唱する命の叫びたる題目。 等が揃って初めて発動する。





 

大河さん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月11日(火)17時18分10秒
編集済
  ※書写ですよね、これは、みな認めていることですよね。

実質的に「認定」は既にしてあると思うのですよ※

そうです。書写です。
「書写というのは、根本の法である南無妙法蓮華経を具現化することで、そのまま三大秘法を具しているのが学会認定御本尊です。そしてそれをこれから全世界に流布するのです」

と、言う事になれば・・・
弘安2年も、一閻浮提総与の御本尊も出てこないでしょ。
だとしたら、
三代会長はこれまで「化儀の広宣流布」を行なってきて、いよいよこれから自分達が払迹顕本して、「法体の広宣流布」を始めると言うわけだね。

あくまでだとしたらですが・・・、
ありえない。三代に対する裏切りにしか映らない。
 

大河さん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月11日(火)16時36分46秒
  残念なことに、2002年の改定では、大河さんの仰るようには、なっていなかったですよね。

それが、今回、大河さんの仰るようになるとは思いませんが。
 

ロム男さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月11日(火)15時23分25秒
  >一部の会員だけが説明できると云うのは不味いでしょう。
先生のご意思は、ひとりも残らずです。

これは、それこそ、現場組織の「異体同心」が試されるわけで
現場の長がその一念(みなを理解納得させてあげたい)となれば祈るし
研鑽もするしと思いますけどね

>まして、先生が了承されているかは、甚だ疑問です。

あれだけ大きく聖教新聞発表ですから、
先生がご承知でないとは、絶対に思えません。

 

大勝利さん

 投稿者:大河  投稿日:2014年11月11日(火)15時20分31秒
  >そこで、創価学会が今後広宣流布に認定する御本尊が、弘安2年の「出世の本壊」の大御本尊とどういう関係性であるのかが問題です。

書写ですよね、これは、みな認めていることですよね。

実質的に「認定」は既にしてあると思うのですよ。

学会授与御本尊(日寛書写)は当然として

本部安置でいえば
日昇書写が、どうということでなく、戸田先生が発願主であるということが
重要だとの先生の指導が記憶にあります。

日達書写は確か本部関係にもあるでしょうし、
今も事実上認定しているということだから、個人のお宅の日達書写もそれに準ずるのかなと
思いますが・・・
 

大河さん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月11日(火)12時15分52秒
  一部の会員だけが説明できると云うのは不味いでしょう。
先生のご意思は、ひとりも残らずです。

> 先生がおられるときでないと、絶対にまずいですからそれだけは、確かですよね。

先生のおられる時だから慎重にでしょう。
これで失敗すると、先生の顔に泥を塗る事になりますよ。
まして、先生が了承されているかは、甚だ疑問です。
 

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