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アベヒさん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 5日(水)15時35分2秒
編集済
  前も書いたけどね、学会御下付の日寛上人の曼荼羅の原本は、どこにある御本尊を写したのかな?

これに答えられるかな?

お答えをどうぞ。(苦笑)
 

はいはい太ちゃん

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年11月 5日(水)15時16分49秒
編集済
  まずしっかり地元の組織について、「御本尊様」をいただくところから
始めましょうね。
戸田先生も「内得信仰」のあり方について指導されていますが、
これは同居の夫が御本尊を不敬したので。。。という質問に対してですわ。

君の場合は「御本尊様を置いてきた」ケースだからちょっと違うね。

※ちなみに僕は母からの学会二世で、現在は組織につかず内徳信仰をやってます。

( 2013-05-30 15:02:53 )

※『創価学会』という組織という視点での「指導」であれば明らかな
 『誤り』を僕は見つけてますよ。
 ここは『公開』をされているところゆえ、もし参考ぐらいにされるのなら
 メールの方がいいと思いますが。

( 太ちゃん 2013-08-30 01:28:29 )

ちょうど昨年は未活動の方の掲示版とかよくうろついてましたね。
最近は学会員さん向けに「内得信仰」を流布しているとか。


※それであるから『内徳信仰』を『お試し期間』として勧めたいと思って
 ここを本格的に始めたんです。
『実感』が湧くぐらいはすでに結果が数人から聞かされてます。
大きな問題にはちょっと難しいにしても、『功徳』がどういうものか実体験
 できるぐらいに構成していく予定です。

( taicyan0402e | 2014-05-27 18:57 )

んー すでに我見の信心の功徳でているとおもいますよ。
いつまでも、学会活動出来ない現証。

とりあえずここから打破しなければならないですよ。



 

なんとかは死んでも治らない

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2014年11月 5日(水)15時10分37秒
  あべひよ。

コメタイトルは貴殿のためにあるような諺だ。
貴殿の居るところは『トラブル』が起きてる場面ばかりしか見かけないね。

周囲の人が『不信者』に仕立て上げるために『陥れ』て、相対的に貴殿が『最も信心ある者』と見せつけたいご様子であるがな?

10年のネット歴がこのざまか?

貴殿自身で信じてないものを、周囲の環境だけを『功徳の結果』に無理やりに持っていこうとしてるように見えてならない。
そんな『ムシのいい話』が通るとでも思っているのかい?

一時期は僕は優しい方便を貴殿に用いたが、その『結果』はどうであったんだい?
『何も変わらない』のであろう?

それが現してる事は『方便が適切ではない』ということなのだよ。
僕が態度を変えた事に貴殿は『不満』を言っていたね?

そういう『不満』が生じてしまうのは『自己責任』ではないのか?
優しい内に真面目に信心に取り組んでいるなら僕は逆に『徹底擁護』をしていただろう。

10年のネット歴の結果は『本尊不信』でいる様が貴殿であるよ。
入信したてならまだしも、10年経っても『本尊不信』なんて『自己責任』というしかないよ。

ぶっちゃけて言うけどね。
10年前のあべひの方が『マシ』であったね。

そう感じているよ。
 

おや!よく見れば

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年11月 5日(水)14時52分2秒
編集済
  私がすでにロム男さんへの質問を答えている事を認めておられますね。

※アベヒさんは、10月15日に、既に回答を出しているのです。
 これですよ。↓

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/17642


となると、ロム男さんが理解に苦しんでおられるのは以下の部分のみ
ではないでしょうか。


※『従来の本尊を否定して、学会に同じ意味を持つ新たな本尊を建立しようと
  する発想その ものが、大石寺から脱却できていない証拠です。』
【投稿者ロム男 投稿日:2014年11月 2日(日)22時24分1秒 】

従来の本尊を否定とは広義にあたりすぎて意味が掴みかねますが、
一ヶ月前に「歴代法主の血脈」と「大石寺の板曼荼羅(戒壇本尊)」に
言及されていますから、この「二義」を認めることが「否定しない」という
ことなのでしょう。
しかし、現在謗法の地と化した大石寺に、かつて創価学会が「戒壇の大御本尊」とした
板曼荼羅に参拝すると「功徳どころか罰がでる」と池田先生は指導されました。

そして昨年、信濃町の「広宣流布大誓堂」に安置されている大御本尊を中心に
地域の、また世界広宣流布へ邁進していく事を池田先生が宣言されたのです。
(以下抜粋引用)

◎まさしく今、学会常住の「大法弘通慈折広宣流布大願成就」の御本尊の御前で、
 世界広布新時代」が遠大な希望に燃えて、ここに開幕したことを、私は最も
 信頼する君だちと一緒に大宣言したいのであります。
 (略)
 だからこそ、我らは、この広宣流布大誓堂を中心に、それぞれの使命の舞台で、
 自行化他の題目の師子吼を、いやまして勇気凜々と響かせ、ありとあらゆる
 邪悪に打ち勝ち、わが地涌の眷属の威光勢力を無限に増してゆくのだ。

( 2014 11.28 青年部代表勤行会への池田名誉会長のメッセージ)

ここに大石寺のかつての戒壇本尊が入る余地があるでしょうか。

池田先生、なかんずく創価学会は「広宣流布大聖堂」の完成をもって
大石寺から脱却したといえるとおもいます。

現実を直視できないからこそ、迹の時代の「戒壇」にこだわっている
のではありませんか。

 

まだお答えを避けてますね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年11月 5日(水)14時17分54秒
編集済
  ※どの御本尊を写したかが問題ではなく、どなたの御本尊を写したのかが問題なのです。

つまり「どこにある御本尊を写したのか」は問題にならないということですね(笑い)
しかし、ロム男さんの主張によると、

※ 弘安2年10月12日図顕、一閻浮提総与、蓮祖出世の本懐と云う様な御本尊は、
  元々、存在しません。
 しかし、後世の写である、弘安2年10月12日図顕、一閻浮提総与、蓮祖出世の
  本懐と銘打たれた本尊は、大石寺に存在し・・

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/17467

とされています。

そして、さらに大石寺の板曼荼羅については
宗祖正筆には疑いがある、に、訂正致します。(^^;;
【 投稿日:2014年10月12日(日)13時42分33秒 】
※但し、真偽は限りなく偽物に近い、未決と申しておきます
【 投稿日:2014年10月14日(火)13時55分22秒 】
※写(滅後)の本尊ならば、蓮祖の本尊を模したもの。
大石寺の本尊の相貌を見れば分かること
【投稿日:2014年10月22日(水)14時47分34秒】


と鑑定されておられる。

この鑑定は大聖人真筆本尊と大石寺の板曼荼羅を比較しないと解らないはずです。

ロム男さんが大石寺にある戒壇の板曼荼羅が「写」の本尊だとするのなら、元となる
御本尊がどこかにあることになってしまいますが、それは不問ということですね。

それでは、文証と同時に、学会の歴代会長が上記のような指導をされたものがあれば
提示をお願いいたします。
ロム男さんはたしか「推論」を否定されているぐらいですから、それなりの根拠があるのでしょう。
楽しみにしています。


 

ロム男さん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月 5日(水)12時50分6秒
  ※この「大聖人のお言葉」と云うのは、何を指して講義されているのでしょうか?


文底秘沈抄も基本的には(十大部)の法華取要抄の、
「問うて云く如来滅後二千余年竜樹天親天台伝教の残したまえる所の秘法は何物ぞや、答えて云く本門の本尊と戒壇と題目の五字となり」乃至「是くの如く国土乱れて後に上行等の聖人出現し本門の三つの法門之を建立し一四天四海一同に妙法蓮華経の広宣流布疑い無からん者か。」

を指しているのだろうと思います。
 

(無題)

 投稿者:-_-  投稿日:2014年11月 5日(水)12時22分41秒
  国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並に弘布の廃止に関する件
(昭和二十年十二月十五日連合国軍最高司令官総司令部参謀副官発第三号(民間情報教育部)
終戦連絡中央事務局経由日本政府に対する覚書)

一 国家指定の宗教乃至祭式に対する信仰或いは信仰告白の(直接的或いは間接的)強制より
日本国民を解放する為に戦争犯罪、敗北、苦悩、困窮及ビ現在の悲惨なる状態を招来せる
「イデオロギー」に対する強制的財政援助より生ずる日本国民の経済的負担を取り除く為に神道の教理並びに
信仰を歪曲して日本国民を欺き侵略戦争へ誘導する為に意図された軍国主義的並びに過激なる国家主義的宣伝に
利用するが如きことの再び起ることを妨止する為に再教育に依って国民生活を更新し永久の平和及び
民主主義の理想に基礎を置く新日本建設を実現せしむる計画に対して日本国民を援助する為にここに左の指令を発す
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317996.htm
 

(無題)

 投稿者:ニュース  投稿日:2014年11月 5日(水)11時58分0秒
  米中関係強化に意欲=ケリー国務長官
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2014110500167
 

おはよーさん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月 5日(水)10時37分10秒
  おはよーさん。おはよーさん。

※繰り返しますが日饒は私の主張には関係ありません。

わかりました。
そもそも取り違えてるのではないか?との私の推論でしたから。
この推論は謹んで取り下げます。

※日寛上人の場合は、富士山(王法の地+仏法の地)はやめて、富士山(仏法)+江戸(王地)
ですから、片方は諦めて変更してしまっていることに着目してください。

話は少し遡りますが・・・
古く日代の時期に、富士山(王法の地+仏法の地)との展望があったとの仮定で、
日寛の時代には、「富士山(仏法)+江戸(王地)」との考えに変更したとの認識と読めますが・・・。

日寛が言ってるのは、「富士山は京都から鬼門の方角にあるので相応しい」との事でしょう。
江戸はどこから出てくるのですか?


 

(無題)

 投稿者:ニュース  投稿日:2014年11月 5日(水)07時47分42秒
  R・キャンベルさんと聞くヘイトスピーチ
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11435936.html?_requesturl=articles%2FDA3S11435936.html&iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11435936
 

事実には厳しいですよ

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月 5日(水)07時02分43秒
編集済
  繰り返しますが日饒は私の主張には関係ありません。そこからですね。
富士大石寺に清浄な信仰が流れているとき、戒壇を富士に建てるべきではないなんてね。
私はそれを引用していません。それを日寛上人の言葉とも思っていません。

大勝利さんは、私が日寛上人と日饒の主張を間違えたという事実の誤認を正してください。
事実にないことを述べられる感覚では困りますね。
大勝利さんの感覚で、ありもしない私の取り違いを想像されて主張されても迷惑です。

日饒が出てくるのは文底秘沈抄のずっと後のところ。
私がそれを引用もしていなければ、触れてもいない箇所がどうして取り違いになるのか。
もしも取り違えたというのなら、論証してください。
 

おはよーさん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 5日(水)01時20分52秒
  少し、ややこしいので、学会教学部編の「文底秘沈抄講義」を再読しました。
この部分の講義です。↓


『謂く仏実に王舎城に住せずと雖も且く所表に約して「一時仏住王舎城」と説かんや、
若し仏実に王舎城に住して法華経を説かば那ぞ実に富士山に於いて戒壇を建立せざらん
や是一。』

上記の部分の講義は次のようになっています。

「富士山を、たんに所表に約しておっしゃたものとするならば、釈尊が王舎城の霊鷲山
で法華経を説いたことも、たんに所表であるにすぎなくなる。しかし、釈尊が王舎城で
法華経を説いたことは事実の問題であり、したがって、大聖人が富士山に本門寺の戒壇
を建立せよと申されているのも、たんなる所表の問題ではない。大聖人門下として、絶
対に実現すべき目標なのである。
そもそも、大山において大法を説くべきなりという日饒の発想それ自体、なんの根拠も
ない我見にほかならない。それを大前提として、大聖人のお言葉を軽く考えるところに
、最大の誤りがあるというべきだろう」

↑と講義されています。

やはり原点に戻り、御書を基準に考えて行かないと、混乱を招く元になると思いますが
如何ですか?

先にも述べましたが、本門の戒壇を富士にするには諸条件が悪すぎます。
この「大聖人のお言葉」と云うのは、何を指して講義されているのでしょうか?
再考の必要があると思いますよ。
 

おはよーさん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月 5日(水)01時15分26秒
  おはよーさん、こんばんは。
日饒に対する破折は、
是一から是五までの「日饒何如」まで係りますよ。
そんなあやふやな感じには読めないでしょう。
 

誤解でしょうね

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月 5日(水)00時17分49秒
編集済
  私は日饒の主張に触れた覚えは全くありません。ですから無関係ですね。
私が、日寛上人の言葉と日饒の言葉を取り違えたなんて、根拠が無いことです。

日饒の主張は、「戒壇を作る場所を富士山に限定しない」ではありませんから。
「戒壇なんか作らなくても、どこでも戒壇と思えばいいやん」というものですね。

これに対して日寛上人の返答の第一は、「おまえな、誰の弟子やねん!ってな、
隠れてこそこそと言ってる、おまえなんか、指一本で弾いてやるよ」という、過激
で怒りに満ちた暴言から始まります。

これ、私も同意なんですけど。
もしも富士大石寺が清浄なんだったら、私だってその気持は分かりますよ。

他の五老僧の門下から、彼らの教義に基いた批判ならば、まだ許せたでしょう。
みな、戒壇がいるんだと教義を整備して、門下が心を尽くしているのに、それを
横目で見ながら同じ富士系の門下が、「いらないんじゃないの」とかポンと言われたら、
「はあ!?日興上人の門下と違うのか、おまえは!」という気持になりますよね。

迹門の戒壇に対して本門の戒壇を建てようと。日目上人が諌暁に行ったのも知っ
てて言うのかと。みんなでやろうとしてることを、何なの、もう、と思いますよ。

私の指摘。
日寛上人の言う、信仰が清浄かどうかで失効するという概念とは無縁です。

日寛上人も詳述しているように、どこでも修行の場所は「本門の戒壇」ですし、
御本尊に唱題する場所は全て「本門の戒壇」です。
その上で、特別な意義を持つ場所としての「本門の戒壇」を建てようとされたわ
けですから。

今日、特別な戒壇の場所がどれほど必要とされるのか、それはともかく、私は、
皆が目標にして富士山に戒壇を建てようとしていたのを、冷ややかに「いらない
よね」とか言える人には共感を覚えませんね。
 

(無題)

 投稿者:ニュース  投稿日:2014年11月 4日(火)23時13分50秒
  "No more sight you.
Fuck of.
Get out my country Japanese (girl?)"
http://www.youtube.com/watch?v=veVytYHzDqo
 

大勝利さん、おはよーさん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 4日(火)22時26分39秒
  やっと、再読いたしました。
この箇所ですね。↓


『問う癡山日饒が記に云く「富士山に於いて戒壇を建立すべしとは是れ所表に約する一
往の意なり、謂く当に大山に於いて大法を説くべき故なり、例せば仏十二の大城の最大
王舎城霊山に於いて法華経を説けるが如し、即ち是れ大法を説くを表する所以なり、再
往所縁に約する則は本門流布の地・皆是れ富士山本門寺の戒壇なり、故に百六箇に云く
何なる在処なりとも多宝富士山本門寺と号すべきなりと、経に云く当に知るべし是の処
即是れ道場是なり、何ぞ必ずしも富士山を以て体と為し本山と為んや」略抄、此の義如
何、
 答う拙い哉癡山や汝は誰が弟子ぞや、苟も門葉に隠れて将に其の根を伐らんとするや
、且其の流れを汲んで其の源を壅がんとするや、是れ愚癡の山高く聳えて東天の月を見
ざるが故なり、方に今一指を下して饒が癡山を擘くべし、曷ぞ須らく巨霊が手を借るべ
けんや。』

確かに、要法寺日饒が、必ずしも戒壇の建立場所を富士に限定しなくて良いと云う事を
、寛師が破折していますね。

見落としてました。(汗)

で、おはよーさんが、当該個所を問題にしていないとは?

今夜は遅いので、明日にでも詳しく御教示下さい。
 

大勝利さん

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月 4日(火)22時06分53秒
  えと、

癡山日饒の部分なんて、私、全然、問題にしていませんのよ。(^^;)
 

取要抄文段の事の戒壇

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月 4日(火)21時58分43秒
編集済
  ロム男さん、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。

大勝利さん、レスありがとうございます。

> 下記取要抄文段ですが、
> (略)
> これは、日寛上人の言うところの「義理の戒壇」ですよね?

現時点でどうだと言われても、私は現在の公式見解からは如何ようにも幅広く解釈できる
ものと思っています。

その上で、現状の公式見解を離れて、自分で考えて、日寛上人がどう考えていたかとなると、
戒壇の本尊というぐらいだから、日寛上人は事の戒壇の御本尊として宣揚したいに決まって
ますけれど、本当にそうなのかというと、これまたいろいろ考えさせられます。

そもそも、なぜ、事と理(義)の2つで分けて考えたのか。

取要抄文段の該当部分は、基本的に「戒壇」について述べています。
でも途中で、戒壇の説明なのか御本尊の説明なのかが、ややこしいですよね。

まず御本尊のある所が理屈では戒壇になるんだぞと。
でも御本尊にもいろいろあって、「戒壇の大御本尊」の場所(所住処)が根源だと。
それから、この御本尊は自受用身であって根源の意味だと述べています。

ここまでだと、戒壇の御本尊を指して自受用身で根源なのかとも思えますが、
御本尊は全て「自受用身の当体」ですから、ここで特別な意味はないようにも思えます。
文頭に「凡そ(総じて)」とあることからも、御本尊全般を含めてはいるはずです。
それでも、御本尊全般の意味から言外に戒壇の大御本尊を説明しているのかもしれません。

そこだけでは分かりません。御本尊が特別だからこの戒壇の場所が根源なのか、事の戒壇が
特別な戒壇だから根源だと言われるのか、この文章からはそこは不明です。

ただ、それから「次に」として、事の戒壇の様子を述べています。これが特別な手続きを経
た意義を持つ場所であることはその文から見て分かります。

つまり、特別な意義を持つ場所であるから、事の戒壇なのです。
そこに御安置される戒壇の御本尊が特別でその寄与があるかどうかは、別問題として切り離
したほうがよいと思います。

ですから文底秘沈抄では、同様の文章で大御本尊の部分だけがすっぽりと抜け落ちています。
重要な意義があるのならどうして除外してしまったのでしょうか。

★どう重要であるかが説明できなかったからだと推測します。
★だから取要抄文段でも、大御本尊だけを説明する特別な説明が無かった。

御本尊のある場所が義の戒壇だと。(どこでもだと)
懴悔滅罪で諸天も来る特別の場所を作ること、そこが事の戒壇だとされています。(特別な場所だと)

そこに大御本尊がある必要性は日寛上人でも説明できなかったと理解しています。
 

お月さんやー

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月 4日(火)20時57分17秒
  君、これ見て書いてるんだろう。?  

(無題)

 投稿者:ニュース  投稿日:2014年11月 4日(火)20時25分16秒
  ミャンマーのスー・チー氏、12月に訪中へ=NLD幹部
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0IO0VZ20141104?feedType=RSS&feedName=topNews&utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter&utm_campaign=Feed%3A+reuters%2FJPTopNews+%28News+%2F+JP+%2F+Top+News%29
 

ロム男さん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月 4日(火)20時17分18秒
  ※六巻抄      ~さすがです。

おはよーさんは、文底秘沈抄から言ってるのでしょうけど、誤読してると思います。

先回りして相手を推論で意見を言うのは私の悪いクセだけど、、
おはよーさんは、
「問う、癡山日饒が記に云わく、」が掛かる文を、日寛の言葉として取り込んでいるので結論がま真逆です。
 

おはよーさんへ

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 4日(火)17時59分36秒
  丁寧な御回答ありがとうございます。

『六巻抄』の解読は、流石ですね。

その上で、お話いたします。

戒壇の場所を、富士の地に拘っても詮ないことですね。
富士山の爆発も取り立たされている昨今、本門の戒壇の地とするのも危うい話です。
けど、地震大国日本では、どこに戒壇建立をしても、その危険性は回避出来ません。
本門の戒壇が、消失したり潰れたら、シャレにもなりませんね。(笑)

さて、今までこちらの板で、議論が盛り上がってたのは、元はと言えば、教義変更を急
ぐべきか否かと云う問題ですね。

そこで私は、良く協議をして、納得できる教義変更に成るように時間をかけて、最大の
努力をすべきだと発言をしました。

寛師の教学を継承し解釈を見直すのが良いのか、もう一度御書と云う原点に戻り教義の
再構築をはかるのが良いのかを思索しております。
もっとも、私が思索をしても、どうかなるとの問題ではありませんが。(笑)

私は、真筆の決定している十大部の御書と御消息文で、充分、教義の再構築が出来ると
考えております。

本尊論、戒壇論もしかりですね。

残るは、本仏論です。

先生は、「釈尊も大聖人も人間であり、人間を離れたところに仏はない。(趣意)」と
御指導なさいました。

私は、本仏論を、この御指導をキーワードにして考えております。

大聖人を、最初仏にして拝するのか?私たちと同じ人間であると拝するのか?
これが本仏論の結論を引き出すポイントだと思っております。

つまり『本仏』と云う定義を、どこに置くかの問題ですね。

今まで、学会は『御本仏日蓮大聖人』と尊称していましたし、これからも大聖人を、
『末法の御本仏』との尊称でお呼びするでしょう。

尊称に関しては、大きな問題ではないと思います。

六老僧が、それぞれの門派を立て、後人の文書を元に、それぞれの三大秘法を打ち立て
現代に至っております。

私如きが、云々する問題ではありませんが、学会が「御書根本」「大聖人直結」を標榜
するなら余事を交えず、御書を根本に教義を再構築していくのが、ベストだと思ってお
ります。

色々、議論をしていきましょう。

私が、誤っているところは、ドンドン御指摘下さい。

よろしくお願い致します。
 

訂正

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月 4日(火)13時15分14秒
  誓願堂→大誓堂  

おはよーさん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月 4日(火)13時02分43秒
  おはよーさん、こんにちは。

今、私達が暮らす現代は、300年前に比べ著しく科学も進歩し、月に人類が到達する時代となりました。道理としても進歩的な考え方があってよかろうと思います。

さて下記取要抄文段ですが、
「本門の戒壇に事あり、理あり。理は謂く、義理なり。これ則ち事中の事理にして迹門の理戒に同じからず。その名に迷うこと勿れ。故にまた義の戒壇と名づけんのみ。初めに義理の戒壇とは、本門の本尊の所住の処は即ちこれ義理、事の戒壇に当るなり。経に云く「当に知るべし、この処は即ちこれ道場」とはこれなり。天台云く「仏其の中に住す、即ちこれ塔の義」等云云。故に当山は本門戒壇の霊地なり。またまた当に知るべし。広宣流布の時至れば、一閻浮提の山寺等、皆嫡々書写の本尊を安置す。その処は皆これ義理の戒壇なり。然りと雖も仍これ枝流にして、これ根源に非ず。正に本門戒壇の本尊所住の処、即ちこれ根源なり。妙楽云く「像末の四依、仏法を弘宣す。化を受け、教を禀け、須く根源を討ぬべし。若し根源に迷う則は増上して真証に濫る」等云云。今、日本国中の諸宗・諸門徒、何ぞ根源を討ねざるや。浅間し、浅間し云云。宗祖云く「根深ければ枝繁く、源遠ければ流れ長し」(取意)等云云。
 凡そこの本尊は久遠元初の自受用の当体なり。豈根深く、源遠きに非ずや。故に天台云く「本極法身は微妙深遠」等云云。
 次に正しく事の戒壇とは、秘法抄十五 三十一 に云く「王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり」等云云。 」

今後の展望希望はともかくとして、
現時点で、誓願堂には常住御本尊が御安置されています。
これは、日寛上人の言うところの「義理の戒壇」ですよね?
 

Re:おはよーさん

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月 4日(火)01時05分23秒
編集済
  大勝利さん、レスありがとうございます。

私はこう考えます。

仏法は道理ですから。やはり当然と思える理由があるのだと考えてしまいます。

仏法の地と王法の地を同一所にしなければならない理由は詳しくは示されていません。
なので、皆がそうだと思えるような、常識的な理由なのだと思われます。

王の居城と宗教指導者の場所が近ければ、ある程度の意思疎通も可能になりますし、
遠隔地であれば、それぞれの地域に分かれて、なんとなく権勢を競うようにもなりそうです。
遠いより近きにあったほうが安心感があったのは間違いなかったでしょう。
過去の例を見てもそうだと。だから王地と仏法は離れてはいけないのだと。

だけども、そんな我儘がこの現代で通用するでしょうか。
これだけ交通や通信手段が発達してるのに、近くがいいよとか、それより他に優先すべき
事情のほうが圧倒的に存在します。

仮に世界政府が出来たら、人類が抱える全ての諸事情に優先して、静岡県の一帯を首都に
推薦しなければいけないのでしょうか。そんなことをして、一体、誰も喜びませんよね。
多くの犠牲を無視して、首都をそこに定めることを大聖人が望まれるかを考えれば
杓子定規に考える必要こそ、全然、ないと思われます。

なので日寛上人は、それを反故にして、江戸(東京)で認めています。

日寛上人の場合は、富士山(王法の地+仏法の地)はやめて、富士山(仏法)+江戸(王地)
ですから、片方は諦めて変更してしまっていることに着目してください。

片側を変更したなら、もう片側も絶対視する理由もないのではないでしょうか。
日寛上人は、富士山を本門寺(仏法の地)として宣揚しているだけです。
でもその背景は、日寛上人が大石寺こそが清浄な信仰だとの自負があったことによります。

なぜ富士山なのか、誰がそれを言い出したのか。
日興上人がそう大聖人から教示されたという伝説があって、(それは結局、日興上人が富士
山に来たぐらいなのですから、そんな話もあっても不思議はありません。)

原殿御書には、大聖人の正義を継ぐのは、どこの地でもよいと述べられていますから、
本当にそんな遺言があったのか、何とも言いえず、詳細は私には分かりません。

「面目なさ本意なさ申し尽し難く候へども、打ち還し案じ候へばいづくにても聖人の御義を
相継ぎ進せて世に立て候はん事こそ詮にて候へ、さりともと思ひ奉るに御弟子悉く師敵対せ
られ候ぬ、日興一人本師の正義を存じて本懐を遂げ奉り候べき仁に相当りて覚え候へば本意
忘るること無く候。」(日興上人詳伝 上p252)

日寛上人が、富士山だと意義付けたのは、身延相承書にそう書かれてあることの他に、
幾つかの意義を並べられています。
先師からの伝承を文証として、それから自分で考えて意義付けた理由を並べているわけです。

文証のほうはすでに述べてきた通りですから省略します。別の理由から反故にしたことから、
事情を鑑みて変更してもよいとのお考えであったようです。それらの大前提が、信仰が清浄
の地であること、それゆえの身延離山、それゆえの富士山の正義であったこと、つまり道理
で解せることです。

次に富士にしたという意義は何か。
日寛上人は独自に富士の意義を考察されています。一例に触れると(他も同様ですが)、
富士山の別名が「大日蓮華山」であることを挙げて、そこに宗教的な意義を示しています。

いつも同じようなことを述べて恐縮ですが、日寛上人が出した文証だからそうなんだという
ことではなく、日寛上人はそういう意義を他宗派に向けて示された。その内容が妥当なのか
どうなのかを世間の立場で考察するべきなんです。それが正しいのかどうか。

富士山の名前と日蓮大聖人の名前が一致した、なるほど。不思議な一致であることは認めら
れます。その点、他宗も言い返すことが出来ませんし、主張に正統性が認められますね。
ですが、本当に不思議な一致で、ただの偶然ではないのでしょうか。 それは私には分かりませ
んが、同様に、日寛上人にも分からないはずなのですから。(←ここ重要です)
言葉が一致した不思議だけでは、あくまで、正当性に数ポイント程度が与えられるに過ぎません。

冷静に考えれば、単に不思議な言葉の一致で、その場所に決定する考えは無謀ですから。
これが企業だったらどうでしょうか。言葉の語呂合わせで場所をそうだと肯定できるでしょうか。
そんなことって、まともな感覚では絶対にありえません。
(現代でもそういうので首都を決めてる国もありますけど、なんなんでしょうね)
真剣に考えれば、言葉あわせや占い程度のことで、大事を決するには値しません。
古来、甲骨文字の時代から、為政者の思いが反映していない占いなんかありませんから。
分かりやすくいえば、もしもこれを日寛上人ではなく、私が言い出したのだったら、誰がそれに
納得してくれるでしょうか。私が世界中からややこしい地名を選んできても、あっそで終わりです。

日寛上人は、このような意義付けを多く探してきて、信仰に供されようとされました。
遺文の中にはかなり無謀な例もありますし、ユーモアにしか思えない例もあります。
それらが悟りとかではないことは、本尊抄を講義した数十人にもおまえらも何か意義を
「考えろ」と促したことからも、そういった後付の意義を推奨されていたのだと思います。

他の例も同様です。
そのようにして内外典の引用文や言葉上の語呂合わせを考えになった「意義」の重さ、それと、
大聖人御自身が語られた(とされる)、大聖人の心は永遠に身延にあるという「意義」の重さは
同じでしょうか。弟子にとっては比べようもないほど大聖人の意思は重いと感じます。

その御書さえ無効、大聖人の言葉さえも無効にするほど、信仰の清浄さを重んじることが、
信仰者として道理と思えたのですから、今日も全く同様だと、 そう思えてしまいます。

日寛上人は、身延相承書から富士を主張したのに、同く遺言の身延の心を否定したのは
なぜなのか。両者は同じくらい重い言葉のはずです。意味無く片方を落としたのでしょうか。
片方を落としたのは信仰が清浄でないことが理由でした。もう片方が信仰が清浄でないとき、
そちらも無効にならないはずはありません。

それ以上に富士山にこだわらねばならない「道理」が、存在しません。
 

Re:おはよーさん

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月 4日(火)00時41分58秒
  ロム男さん、御教示ありがとうございます。
大変に恐縮です。

私は二箇相承を真蹟だとは何も思ってはいませんが、日寛上人の言説にも無理があるとは
思えませんでした。当然、日寛上人の時代には、大石寺は当然、二箇相承、その他の文献も
相当に数多くを引用されています。
疑わしい引用文が依典であれば、当然、その上に成り立つ考察は修正すべきですね。
でも、意外と、文証頼りの構築ではなく、もっと根本的な視点を示されていると思います。

二箇相承について、学会の態度がどうあるべきかは、私にはどうにも不思議です。
どうして時間がかかるのかと考えると、何か心配しすぎなのではないかと思います。
「創出」が要望されてるのではなく、今の自分たちの姿を説明するだけなのですから。
そのままでいいのではないかと。

試みに、すごく両極端の例で、「完全否定」と、「完全肯定」の場合を考えました。
どちらにしても、それほど問題なんか、ないのではないかと思います。

【完全否定】

・二箇相承は、現時点で依拠とするほどの信憑性があるとの確証が得られない。
・今後の研究を待つが、現時点では確証がない上、さらに誤謬を生むので「御書からは削除」する。
・当面、教学で文献的引用として以外には使用することはない。
・これまでの真筆と主張してきた態度を撤回すべきかは、現時点は時期尚早なので放置する。
・二箇相承だけに含まれる内容に基く教義については、今後は慎重を期して、全面的に用いることはしない。
・ただし二箇相承の主要な内容、日興上人の正統性については、相承書で決められた形式的な
 ものではなく、○○○や○○○な事実から、実質的には今後も大きな教義体系は変わらない。

→ 全面否定して不採用。だけど教義的にはそれほど変わらない。
  (道理に基いて、日興上人の正義を主張することで、より真実に近い理解となる。)


【完全肯定】

・二箇相承は学問的には真偽未決の書としての批判があるが、その成立の真偽はともかく、
 そこで示される日興上人の唯一の正統性は日興上人の御一生から疑義を挟む余地は無い。
・これまで通り、日興上人の正統性を象徴する文証としての歴史的経緯を尊重して用いる。
・御書には残す。これまで通り御書の表に真筆紛失を表記する他、事実に疑義がある印を施す。
・実際の内容は往古の常識によるものであるから、個々の項目の実現は現代では意味が無い。

→ これまでと同じ全面肯定。歴史的な成立は不問。現実的な道理から採用される。

遊んでるのかと思われると困るのですが、どっちでもいいというか、どうしたいかだけだと
思います。私はもちろん何か減るのはもったいないので残してほしいですね。

どちらかというと御書の問題は、ずっと後回しでも可能なので後でよいとも思います。
 

(無題)

 投稿者:ニュース  投稿日:2014年11月 3日(月)18時07分49秒
  木野氏、デマ犯を特定
https://twitter.com/Kino_Toshiki/status/529086614119526401
 

戒壇の地

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月 3日(月)14時54分35秒
  私の私見は、日顕の支配が及ぶ範囲が「謗法の地」であって、なにも富士が謗法の地なわけではないと言う考えです。身延山が謗法の地ではなく、久遠寺が謗法、波木井の力の及ぶ範囲が謗法の地ではないでしょうか?

学会は過去、天母山の土地を買っていた歴史を考えれば、天生原が「謗法の地」となるわけではないんじゃないかな~。
 

おはよーさん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月 3日(月)14時44分13秒
  >無理を承知で、いけるんじゃないかとお考えだったようですよ。宗教的な「真理」なんだからと

なるほど。正史料は「富士一跡門徒存知の事」になるのでしょうが・・・、
「一、王城の事。
 右、王城に於ては殊に勝地を撰ぶ可きなり、就中仏法は王法と本源躰一なり居処随つて相離るべからざるか、
仍つて南都七大寺北京比叡山先蹤之同じ後代改まらず、然れば駿河の国富士山は広博の地なり一には扶桑国なり
二には四神相応の勝地なり、尤も本門寺と王城と一所なるべき由且は往古の佳例なり且は日蓮大聖人の本願の所
なり。」

しかし、それだと首都を移してまででも戒壇は富士であるべきとの強固な考えで、

>むしろ、謗法の地になった富士の戒壇は、去るべきですね。

とは真逆の結論になるのではないでしょうか?
 

外出前に、アベヒさんへ

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 3日(月)11時12分8秒
  アベヒさんは、10月15日に、既に回答を出しているのです。

これですよ。↓

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/17642

『※和合時代に、学会が根本として拝んで来た本尊は、大石寺の板本尊では無いと言わ
れるのですか?

いいえ、大石寺の板本尊を根本としてきました。』


↑これは、あなたの回答です。

と云う事は、弘安2年10月12日図顕、一閻浮提総与、蓮祖出世の本懐と「呼ばれる」
御本尊は、大石寺にあって、今でもあると云う事でしょう。

このように、回答したしりから、同じ投稿で、↓

『質問を返します。
こういった質問をされるということは、これが「一閻浮提の大御本尊が大石寺にある」
という五番目の条件ということですか?』

↑これでは、質問が成立しませんね。(笑)

なぜ、前言を翻して、「かつてはあった」等と言われるのですか?

まったく、理解出来ません。
 

また、富士ボーで

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 3日(月)10時58分51秒
  無茶を言ってます。

曰く。

『和合時代は迹門であるという考え方は、創価学会が日蓮正宗から完全に
脱皮したという意味で、理解できますが、ロム男さんは迹門の時代の
指導にある「戒壇本尊」を未だに最重要義としています。』


私が、いつ「戒壇本尊」を、最重要だと言いましたか?
呆れてしまいます。(苦笑)
弾の飛んでこないところで、ゴチャゴチャと。

どうしようもないひとですね。(笑)
 

おはよーさん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 3日(月)10時23分37秒
  おはようございます。

昨日の続きになりますが、少々、拙論を書かせて頂きます。

先に、誤解のないように申しておきますが、私は、富士戒壇論者ではありませんし、
その対極に位置しているものです。

おはよーさんの、『六巻抄』へのアプローチは、読ませて頂いて納得できるものです。

私は、学会が今後も、日寛教学を採用して行くのか否かと云う事です。

昨日も申しましたが、日寛教学を採用して行くなら、『二箇相承』は真跡と認めた上で
ないと成り立ちません。
寛師は、そのような扱いをされています。

身延に、『日朗御状』なる物が存在してるのは御存知でしょう。

参考の為に、以下に貼り付けます。

===============以下、日朗御状================================
「日朗御譲状
譲与
南無妙法蓮華経
末法相応一閻浮提第一立像釈迦仏一体立正安国論一巻 御免状
右為妙法流布一切利益於法華経中一切功徳者所与大国阿闍梨也。至尽未来際為仏法捨於
身命一心可弘通妙法者也。夫迹本雖広不出妙法五字。昔迹今本也。広略要之中取要中要
可令弘通一閻浮提。雖撰肝心要豈捨広略哉。迹門実相説者是久成之本也。寿量遠本依迹
顕也。今此迹本二門共皆迹仏説也。迹無本者不得顕本。本無迹者依何垂迹。本迹雖殊不
思議一也。是此経一部正意也。亦是如来第一実説也。釈尊一代之深理亦日蓮一期之功徳
無残所悉所付属日朗也。寿量品云我本立誓願乃至皆令入仏道毎自作是念乃至速成就仏身

 弘安五年十月三日   日蓮  花押」
================引用終わり===============================

御覧のように『身延相承書』と、ほぼ同じ内容です。
幸い日蓮宗はこれを偽書と断定しております。

しかし、『身延相承書』を真跡と捉えるなら、この『日朗御状』も再検討が要りますよ

つまり、同じ後世の作としても、作られた動機が問題であると考えております。

身延が、『日朗御状』を偽書と判断したのは、文面の内容から来るものです。

しかし、本文を読むと、日興上人が日朗に変わっただけで、『身延相承書』と内容が、
ほぼ、一致しております。

ある、学者が申しておられた事です。↓

『文献考証をし、真偽判定を行い、それによって本来の立義に触れることができるので
ある。いわば文献考証は宗史・教学を論ずる前提条件とも言えよう。
私は処女作で徹底した文献考証を行えていなかった。それは相伝書類に対する考究が甘
かったこともあるし、御書を無批判に引用していたこともある。そうした過去のことも
踏まえて、今後も文献考証に取り組んでいきたいと思っている。』

↑大事な視点だと思いますよ。

余談になりますが、『日朗御状』は、大石寺でも真筆としていた時があるのです。

ここに、大いなる矛盾が発生していたのですね。
 

(無題)

 投稿者:ニュース  投稿日:2014年11月 3日(月)09時51分50秒
  A級戦犯分祀を決議 県戦没者遺族大会 [福岡県]
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_sougou/article/123327
 

首都構想

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月 3日(月)06時31分0秒
編集済
  大勝利さんへ

> 首都と言う考えはあり得ないと

現代の事情から考えれば、世界中の誰も望まない点では同意です。

日亨上人は日興上人詳伝(下P231)でこう述べられています。

「暦応三年の日代の申状に、明確に「爰に富士山は閻浮無雙の名山・日域第一の神峯而も幸に聖主の治国・武将崇法の世に逢えり、早く法華本門の極説を以って吾国第一の霊峰に弘められば国家福祚の大本・華夷和楽の洪基たるべし」等と誠意を尽くされてあるは、これまったく代師一人の言にあらずして、先師興尊常時の訓養の発露であると見るべきである。 王城と本門寺と同所にあるべきことは、理在絶言であるが、ややもすれば朝野一同に この真理を忘れがちであるのは仏都は千有余年完備したることなく、帝都もまた奈良・平安・東京とかろうじて移転したほどの大結構であるから、少縁では遷都はできぬので、ともにこの絶大の理想は空論とみられるのおそれがある。けれども、画期的な大変革の時代を迎えて、各一般民衆の協力になる大英断からは容易なことであろう。」

無理を承知で、いけるんじゃないかとお考えだったようですよ。宗教的な「真理」なんだからと。
 

くわばら、くわばら。

 投稿者:冷笑者  投稿日:2014年11月 3日(月)00時06分26秒
  >ロム男は既に解雇された本部職員側に付いていることが判明しており、
>私が彼に対して形式的にも敬称を付ける理由がありません。
>今現在の私は彼と討論をしているわけでは無く、彼の軽率な論に対して
>「水に落ちた犬は打て」という観点で批判をしています。

「解雇された本部職員側に付いていること」
それを理由にロム男氏を感情的に中傷することを高らかに宣言されているところを見ると、
三文字さんって「解雇されてない本部職員」さんなんですね。わかりやすい。

会員さんの浄財でメシを食わせていただいてる方が、現役で役職をいただいて闘っておられる一般会員さんを相手に“水に落ちた犬”ってか?しかも呼び捨てで?

会員を「ネット依存症」「若年性痴呆」「水に落ちた犬」と。

へー、きょーびの職員さんは物騒ですな。ゴロツキ並みだね、こりゃ。
 

おはよーさん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 2日(日)22時44分39秒
  レス、ありがとうございます。

明日、詳しくお返事いたしますね。

『二箇相承』『三大秘法抄』は、真偽に疑問を呈せられているものですよね。

要するに、真偽未決なのです。

私は、偽書と決めるのではなく。
巷間、疑問を持たれている御書に対しては、スタンスをハッキリさせるべきだと、
言ってるのですよ。

石山は、明確に真筆論に立脚した上で、『六巻抄』を拝しています。

正邪は別にして、信者としては、実に分かりやすい。
しかし、他門からは攻撃を受ける材料になっています。

この点を明確にしないと、学会教学が曖昧なまま進んで行くと云う事です。

続きは、また明日に。

ありがとうございました。m(__)m
 

おはよーさん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月 2日(日)22時42分57秒
  画像は年月はわからないが富士宮の古い写真です。
左中央に見える森が浅間神社。その奥が北山となると思います。
今も昔もここが首都と言う考えはあり得ないと
思います。
 

アベヒさん

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 2日(日)22時24分1秒
  この投稿に反応しないで下さいね。

この投稿に、レスを付けたければ、先の質問に答えてからにして下さい。

では、時系列にそって、私の投稿を貼り付けます。

=============================================================

私は10月4日の時点で、このように言ってます。↓

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/16859

『私が、戒壇の御本尊を宗祖直造ではない、出世の本懐ではないと考えても、
個人の研鑽の範囲の事で、学会の見解ではないのです。』

そして、同じ日の次の投稿で。↓

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/16860

『この、お言葉は重い。
「老いたる父母の築きたる 広布の城を いざ 守り抜け」
先生のお歌です。』

そして、ローマ字さんは、同じ日の次の投稿で。↓

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/16861

『> 日昇本尊は、戒壇の大御本尊を書写した御本尊ですね。
 > 日蓮正宗歴代の御本尊と学会は、無関係になるのですか?

そうゆうことですよ。日寛上人書写の本尊、日昇上人書写の本尊、日達上人書写の本尊
は創価学会として御本尊と認めていることから創価学会の御本尊になるのであって、闇
雲に日蓮正宗歴代の御本尊を創価学会の御本尊にしているわけでは無いですよ。

 > 宗門が、正信に戻れば功力は、再び発生するのですか?

そうゆうことですよ。』


↑どうですか?戒壇の本尊は、大石寺にある事を認めています。

そして、次に私は、↓

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/16868

『戸田先生が願主になられて書写されたものだが、大石寺が制定した、法主の権限で書
写を行い、その書写は、戒壇の大御本尊を写してると云うものです。
歴代の血脈を否定したり戒壇の御本尊を否定したりすれば、学会常住の本尊としては成
り立たないことになります。
従来の本尊を否定して、学会に同じ意味を持つ新たな本尊を建立しようとする発想その
ものが、大石寺から脱却できていない証拠です。』

↑間違っているのでしょうか?(苦笑)

今日は、これまで。

明日に続きます。
 

文底秘沈抄のこと

 投稿者:おはよー  投稿日:2014年11月 2日(日)21時43分44秒
編集済
  ロム男さん、レスありがとうございます。

私はこう思います。

> 『身延相承書』や『三大秘法抄』は、疑義を呈されている御書ですね。
> 故に、私は、御書の真偽を明確にして今後の教義の構築をはかるべきだ
> と申し上げているのです。

【偽書について】
内容の如何にかかわらず、学会がそれらを偽書だと断定して述べるのは避けるべきです。
現在の「最もありそうなケースを想定した」考察に基く学問手法では、無理があります。
他の何か想定外の事実が発見されたときに、いとも簡単に崩れる可能性があります。

これは、従来の歴史を研究される分野の方には、不満を持たれるかもしれませんが、
科学的な確証を得るのが困難な事が多いのに、皆、断定的に物を言いすぎだと思います。
工学の分野では、従来の論理から全ての人が絶対にこうだろうと思っても、実際に検証
すると事実は異なったというのは、ごく普通の、日常茶飯事のことです。
既存で知られてる事実を組み立てるだけで正しく把握したと思えるのは驕りです。
文系学問の場合は現実に検証され難いのをいいことに、簡単に「事実はこうに違いない」
と語られがちなことには辟易します。

ですから、どこまで詰めても「事実と思われる可能性が低い」という表現に留まります。
同時に、これまでの「歴史的に真書である」という歴史的な依拠も失うことになります。

では宗教的な根拠は無くなるのかというと。
これまでの歴史的な経緯を踏まえていること、その考え方にどのような意味があるかを、
その本来の意義に立ち上って考察して根拠としていくべきです。

二箇相承については以前にも述べたとおりです。
かって失われたとされたことで、日興上人の正義を証明しようと門下の教学が興隆した
こと、そこにこそ意義があったとの先生の指導を思い出します。

たとえ真実であったとしても、日興上人御自身がそれを楯に正義を主張されていないこと、
日興上人御自身がそこに書いてある内容(身延の別当を大聖人の正義を立てるために無効
にした)ことを踏まえると、取り立てて真偽を決めなければならないほどの内容ではあり
ません。
後世の日寛上人の視点も推してはかるべきです。


【日寛上人の視点について】
日寛上人は、文証の正否ではなく考え方が正しいかどうかを見てほしいと思います。
それこそが日寛上人の本意だと思います。

当時の常識から、現代では真偽未決の文章も使用していますが、文証というよりは
常識的に利用されていると思います。三大秘法抄にどれだけ常識を離れた飛躍した
意味の言葉があるのかは私には疑問です。

日寛上人が本当に文証として頼りにしたのは、御書では開目抄と観心本尊抄ぐらい
ではないでしょうか。あとは全て道理です。

なぜなら、日寛上人は、基本、他宗の世間の学者に向けて書いてますから。
大聖人がこう言われたからという論理では何も通らないことを知って書かれています。


【富士の地】
往古には、富士山に建設するのは、戒壇だけでなく王法、つまり首都は必須でした。
門徒存知の事では、富士山と首都は「宗教的な意義から」離れては駄目だとしています。

「就中仏法は王法と本源躰一なり居処随って相離るべからざるか、仍って南都七大寺・
北京比叡山・先蹤之同じ後代改まらず、然れば駿河の国・富士山は広博の地なり一には
扶桑国なり二には四神相応の勝地なり、尤も本門寺と王城と一所なるべき由・且は往古
の佳例なり且は日蓮大聖人の本願の所なり。」

ですから「宗教的な意味合いは変わらない」という見解は無理ですから。
これを日寛上人は、離れても江戸の町でも鬼門なんだしいいだろと変えています。
推してはかるべきと言いましたように、そんなふうに独自の解釈を入れています。

また、富士一帯ではなく、「富士山」と「身延山」との区分けで語られています。
文底秘沈抄の「富士山の意義」は、全て、富士周辺ではなく、富士山の意義です。

富山の最勝は即ち事に約するなり、身延山の最勝は是れ義に約するなり、然る所以
蓮祖大聖九年の間、一乗の妙法を論談し摩訶止観を講演したもうが故に霊山金仙洞にも
劣らず、天台銀地の峰にも勝る」

加えて述べるなら、そこで述べられた富士山の意義は、日寛上人が意義づけようと考え
てもってきたものですから、それ以上の意味もそれ以下の意味もありません。
活用することはできても、それ自体を文証のように考えるのは無理があります。

ですが、富士山か、富士周辺を含む地域全域なのかは、私にはどうでもよいことです。
私の論旨は、場所の指定ではなく、そうだとされた「理由」となる「大前提」です。

それ以下の文中で日寛上人は富士山を宣揚されていますが、その理由は信仰の有無です。

宗祖の云わく、未来際までも心は身延の山に住むべく候云云。」という批判、つまり、
大聖人の魂は身延山にあるとの遺言を知らないのかとの質問を想定されて、その文証を
否定はしていません。当時の、身延に残る「遺言」を真蹟だと認識して答えています。

「答う、延山は本是れ清浄の霊地なり、所以に蓮師に此の言有り、而るに宗祖滅度の後
地頭の謗法重畳せり、興師諌暁すれども止めず、蓮祖の御心寧ろ謗法の処に住せんや、
故に彼の山を去り遂に富山に移り、倍先師の旧業を継ぎ更に一塵の汚れ有ること無し。」

その大聖人の言葉は信仰が清浄だった時だからで、謗法の地になったら、大聖人の心も
身延山には住まないのだとの見解を述べています。だから、身延を去り、富士山に移り、
今は、全然信仰は汚れることがないのだと、非難が当たらないと述べられています。

清浄の場所だった。だから大聖人の此の言葉が有ったのだと。今は無効だと。
この論理であるなら、むしろ、謗法の地になった富士の戒壇は、去るべきですね。
 

(無題)

 投稿者:ニュース  投稿日:2014年11月 2日(日)21時34分39秒
  右や左の名無し様:2014/11/02(日) 16:13:22.95
理想
http://www.kinokuniya.co.jp/images/goods/ar2/web/imgdata2/large/47926/4792604435.jpg

現実
http://iup.2ch-library.com/i/i1316144-1414909357.jpg
 

あべひという人は・・・・・・

 投稿者:名無しの通行人  投稿日:2014年11月 2日(日)17時40分50秒
   ロム男さんの書き込む質問は一貫しているのに、あべひさんの質問返しは、書き込んでいる内容があっちこっちへ行ってますね。傍目にあべひさんが逃げ回っているようにしか見えません。

 しかも、ロム男さんからわざわざ、人は間違いを犯すもの、間違えた時は素直に誤りを認めます。私もそうしています(趣意) って、あべひさんの着地点まで用意してもらっているのに、 あべひさんは、俺は間違いを犯さない、間違うはずがないって言わんばかりに、堂々巡りを繰り返しての粘着ぶり。

 eco◆さんが見苦しいって指摘していますが、それに私も同意します。おそらく見ている人はみんなそう思っているのでは。

 まあ、こんな地区幹部、婦人部からは嫌われるタイプだろうね。

 俺は正しいって突っ張る奴って、新聞とか対話なんかの結果が案外たいした事がないんだよね。

 あべひさんって、婦人部におんぶにだっこの、情けない地区部長さんなんだろうね。ま、しっかり現場で頑張りましょうね。仕事もね。
 

だいたい、この御仁

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 2日(日)17時30分19秒
  宿坊さんや私が、法華講と対峙してる時は、戒壇本尊偽筆説ではなかったのか?

もう支離滅裂で、アホラシ!(爆)
 

恥ずかしい限りの醜態ですね。(笑)

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 2日(日)17時28分16秒
  アベヒさん。

いい加減にされてはいかがですか?

恥の上塗りは、お止めなさい!(苦笑)

『弘安2年10月12日図顕、一閻浮提総与、蓮祖出世の本懐と云う様な御本尊は、
元々、存在しません。』

上記は、私の私見です。

大河さんは、断定するのはおかしいと言われましたね。

その上で、私は真偽未決で話を進めるようにしましたが。(苦笑)

しかし、「弘安2年10月12日図顕、一閻浮提総与、蓮祖出世の本懐」と、〝呼ばれた”
〝呼ばれている”本尊は存在しますと、何度も念を押していますよ。

だから、「弘安2年10月12日図顕、一閻浮提総与、蓮祖出世の本懐」と歴代会長が呼ば
れた御本尊はどこの御本尊だと聞いているのです。

もう一度、聞きます。

「弘安2年10月12日図顕、一閻浮提総与、蓮祖出世の本懐」と歴代会長が呼ばれ、我々に
御指導下さった御本尊は、どこに御安置されていた御本尊ですか?どこに御安置されて
いる御本尊ですか?

過去にあったと云うなら、文証を示して下さいな!(爆)

どうぞ、お答え下さい。(苦笑)
 

みっともなさすぎ

 投稿者:冷笑者  投稿日:2014年11月 2日(日)16時47分10秒
  4回も繰り返さんでも...。1回でわかるよ。
大人気ないというか、ヒステリックというか。
小学校低学年男子みたい(笑)。

あーあ。だから、あなたは嫌われる(笑)。
楽しいな~?
 

循環論法や水かけばかりしかけて 特別な折伏業だと思っているの?

 投稿者:eco◆  投稿日:2014年11月 2日(日)16時17分49秒
編集済
  あべひさん 一言 見苦しいよ

本当 ここが温厚かつ寛容な人が集まった日本国でよかったね
北の国や中国だったら 下記のように騒いでも
反知性主義に陥っているから聞く耳も持たず 羽交い締めにされて 議会から追い出され
その後 火炎放射器で みの踊りですよ
 

目に余りますね(笑い)

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年11月 2日(日)16時12分23秒
  弘安2年10月12日図顕、一閻浮提総与、蓮祖出世の本懐と云う様な御本尊は、
元々、存在しません。
【投稿者:ロム男   投稿日:2014年10月12日(日)12時26分27秒】

弘安2年10月12日図顕、一閻浮提総与、蓮祖出世の本懐と云う様な御本尊は、
元々、存在しません。
【投稿者:ロム男   投稿日:2014年10月12日(日)12時26分27秒】

弘安2年10月12日図顕、一閻浮提総与、蓮祖出世の本懐と云う様な御本尊は、
元々、存在しません。
【投稿者:ロム男   投稿日:2014年10月12日(日)12時26分27秒】

弘安2年10月12日図顕、一閻浮提総与、蓮祖出世の本懐と云う様な御本尊は、
元々、存在しません。
【投稿者:ロム男   投稿日:2014年10月12日(日)12時26分27秒】



http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/17467
 

この世の中に

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 2日(日)16時10分2秒
  中央に、題目の主題を認められ、四菩薩・四天王を周りに配され、
更に、十界の衆生を顕され、文字曼荼羅として御本尊を認められたのは、
大聖人しかおられません。

その相貌を備えられた写の御本尊は、大聖人の御本尊を書写された御本尊です。

どの御本尊を写したかが問題ではなく、どなたの御本尊を写したのかが問題なのです。

前言の誤りを正すことなく、質問返しを繰り返される御仁の神経が分からない。(苦笑)
 

あのね、あべひさん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年11月 2日(日)16時08分15秒
  あなたの言う、
「偽物だと言うなら本物がある筈」と言う論理は、
根本的におかしいの。

何故かと言うと、
偽作と言うのは、
「日蓮との名で偽って作られた作品」との意味なの。
偽書も同じね。仮託。
相貌全体として、誰が作った作品か?が決定しないから、
真偽未決と言ってるわけでしょう。
 

笑ってしまいます。

 投稿者:ロム男  投稿日:2014年11月 2日(日)15時51分57秒
  曰く。

『ロム男さんが大石寺にある戒壇の板曼荼羅が「写」の本尊だとするのなら、元となる
御本尊がどこかにあることになります。』

↑まったく分かっていない。(爆笑)
日寛上人の御本尊は写の本尊です。
間違いなく、大聖人の御本尊を写したものです。
日寛上人が、写された元の御本尊はどこにあるのでしょう?(爆)
日興上人も日寛上人も様々な相貌を備えた御本尊を書写されています。
その一体一体の御本尊は、大聖人のどの御本尊を写されたものですか?
日昇上人の御本尊は、どこの御本尊を書写されたものですか?(大爆笑)

答えごらんなさい!(爆)
 

まだ寝ぼけた事をいっているんだ??

 投稿者:eco◆  投稿日:2014年11月 2日(日)15時49分40秒
編集済
  >>大石寺の板曼荼羅の元となった
>>「大聖人直造」(連祖)の御本尊はどこにあるのですか?
>>どこかにあったのですか。



それが“ 日・顯・に・破・壊・さ・れ・た 正 本 堂 ”にあったんじゃないでしょうか?
その前は 昭和33年に寄進した大講堂にあり 昭和33年以前は大客殿にありましたよ
そして正本堂が取り壊された後 今は奉安堂にあります。

それと あなたは その河辺メモに書かれていた事と同じ趣旨の主張のようですが
いつから法華講側に肩をもつようになったのでしょうか?
いつから日顯法主と同じ主張をしているのでしょうか?


もっとも河辺メモに書かれていた内容は
『正信会』が主張していた内容を 単にメモっただけなんだけれど
それを 読み違えたんだよね~

http://

 

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