■異界を見聞きした神秘主義者
宮沢賢治ほど、幼児から文学の専門家まで幅広い人たちに愛読されている作家はいない。それなのに、文学史に組みこめないほど難解とされるのはなぜか。作家の栗谷川さんは素朴な疑問から賢治論に取り組み、40年近くになる。そのライフワークを締めくくる評論集を出した。
賢治は自分の詩や童話を、心象スケッチという独特の言葉で呼んだ。そのスケッチには常人の想像をはるかに超えた現象が描かれている。
「賢治が心象と呼んだ超常体験は幻覚や想像力の産物といった合理的な解釈では説明できない。現実を超えた異界を見聞きし、実在としてとらえ、ありのままに語ったのです」
栗谷川さんは、賢治を神秘主義の詩人としてとらえている。異界が見え、未来も洞見できた人として。日本の文学史には、この神秘主義を受容する余地がなかったという。
「『銀河鉄道の夜』を小学生のときに読み、怖くてならなかった。死者と一緒に地球から遠ざかる物語でしょ。宇宙のかなたに引きずりこまれるような感覚があった。子供心にも、賢治が向きあった異界の存在を感じとったのかもしれません」
故郷の長野から岡山に移り住んで52年。笠岡生まれの作家木山捷平(しょうへい)が「つまるところ備中の草深い田舎」と呼んだ笠岡で、ひとり暮らす。
著作のなかで評伝『木山捷平の生涯』は忘れがたい。人生は取るに足らぬ瑣事(さじ)から成り立っており、捷平はその瑣事の確かな手触りこそ語りたかった——みごとな評言だった。
昨年は随筆集『大根の葉』を出した。虚子の句「流れ行く大根の葉の早さかな」にちなむ。過ぎゆく時のはやさが思われてならないという。
◇
作品社・2160円