八尺様 その2
――あれは、俺が小学6年生の頃の話だ。
紀子と俺の家はすぐ近くにあって、親同士の仲が良かった。
同じ病院で産まれて、同じ幼稚園に通って、同じ小学校に通って、そして同じ中学校に行く事が決まっていた。
あの時の俺は、この迷宮に来る前みたいに太ってはいなかったし、背も平均よりは高かった。
運動神経も悪くは無かったし、頭も良かった。
少なくとも、木戸みたいな連中が普通に存在する底辺高校に通うようなルートの層でも無かった。
……中学時代に勉強を放棄したので、それは仕方のない事だが。
まあ、紀子は基本的に幼稚園の頃から勉強の全く出来ない、と言うか、先の事があまり読めないアホの子だったので……結局、二人は同じ高校になった訳だが。
そんな感じで、小学校の頃は、どちらかと言うと、俺はクラス内カーストでは上位層だったような気がする。
性格も明るかったし、運動もできたし、勉強もそこそこできた。
クラス内での発言権もあったので、紀子が苛められた時には守ってやった事もあった。
けど、中学の後半と、高校時代は無茶苦茶に苛められた記憶しかない。
時折、紀子がお節介を焼いて俺を助けてくれようとして……ウザったかったけど、それでも……嬉しかった。
――包み隠さず言うと、あの時点では、少なくとも、中学校に上がる前までは、お互いに……好きだったんだと……思う。
だから、今、俺はどんな手段を使ってでも、文字通り腐肉を喰らってでも……生き残って奴らを……いや、それは良い。
話を本題に戻そう。
何で俺がそうなっちゃったかって言うと……。
ヤケッぱちになってたんだと思う。
確かに、身長は伸びなかったけど、無駄に太るってのは努力でどうにでもなるし、あるいは、勉強や運動が出来ないってのも、要はやる気だ。
けれど。
あんな『化け物』に魅入られて、アレがいつ俺の所に現れて、積み上げた全てを奪っていく……そんな事を考えると、全てにやる気が無くなる訳で。
いや、ごめん、嘘ついた。
正直な所、中学に入って、勉強も難しくなって、色んなしがらみが増えて。
簡単には片付かない、面倒くさい事が増えた。
試験勉強だってテスト前日にノー勉強じゃあ、平均点を取るのも難しい訳で。で、テスト前日にちょこっと勉強したところで、上位層の連中には歯が立たない訳で。
運動だって、一目置かれるレベルに入るには……運動部所属って言う筋肉エリート共には、トレーニング抜きにはどうしたって勝てない訳で。
小学校時代。
昔は、みんな努力しなかった。
だから、何の努力もせずに、俺でも……結構何とかなった。
でも、みんな、中学校になって、それぞれの分野で努力を始めた。
あるいは、運動でも勉強でも恋愛でも、マルチ的にスーパーマンみたいな奴もいた。
で、それは大体の場合はやっぱり、ハタから見てても努力の賜物だった。
そして、俺はそれをするのがめんどくさかったんだ。
――だから、俺は、あるいは、八尺様に魅入られた事を理由に……それを言い訳にして、人間関係を含めて全ての努力を放棄していたのかもしれない。
俺は苛められた。
……多分、紀子はギリギリまで、俺を見捨てなかった。
昔の、俺があいつを苛めから助けた時の事を。
昔はみんなから一目置かれていたと言う、過去の栄光を。
一番引きずっていたのは……俺では無く、あいつだったと思う。
苛められていた時、イラだった感じのあいつから受けた説教の回数は……正直、数え切れない。
そこまでしてくれたのは……あるいは、俺の周囲の人間の中では、あいつだけが八尺様と俺との一連の出来事を知っているからだろうか。
けど……結局、俺は……そんな紀子にも見捨てられた。
…………。
……。
うん、話を本当に元に戻そう。
――八尺様の話だ。
それは小学6年生の夏休みの話。
俺12歳。
紀子11歳。
群馬県の山奥――紀子の母親の実家に2週間程、預けられる事になった。
両親達は一緒にフランスに旅行に行くとかどうとか、で、それで紀子の母親に実家に俺が預けられるとか、そんな話だったと思う。
――電車の旅だった。トンネルを抜けると、そこはド田舎だった。
うん、凄くド田舎だったね。
東京生まれの俺には、正直な所、カルチャーショックだった。
何しろ、山と、森と、田んぼしか無い。
で、豚小屋がそこかしこにあるので、とりあえず臭い、超臭い。
いや、飯は美味かったよ? 新鮮だから。
鶏の内臓の刺身とか、初めて食べたし。
椎茸も、初めて食べる事が出来た。未だに普通には食べれないけど、あの家の庭で栽培してる椎茸なら、ギリで食えた。
そんな感じの家だった。
それは良いとして……まあ、俺と紀子はカブト虫とかセミとか、そういうのを、毎日相手にして、文字通り、山林を駆けまわっていた。
――正直、楽しかった。
12歳とか、そういう年代で、カブト虫とかクワガタに興奮するなと言う方が無理だろう。異論は許さない。
けど、何となく、紀子は、楽しそうにしてるのはしてるんだけど……何て言うのかな。
うーん、本当に何ていうんだろう。
カブト虫を捕まえた時も、一緒に帰るときも、全て……感情の起伏が無しに、フラットに喜んでいたと言うか。
俺と一緒に遊ぶことそのものが楽しいと言うか、そんな感じで笑顔を作っていたように思う。
一度、川辺で二人で足を水につけて涼んでいた時に、言われた言葉がある。
「ね。ね。順平? 順平?」
「何だよ?」
「アンタ……好きな子とか、いるの?」
「特にはいねーけど……お前は?」
「そっか、いないのか……。ん? 私? 秘密だよ!」
と言いつつ――あいつは秘密と言った時に、俺の手をギュッと握りしめていた。
今思えば……何も気づかなかったあの時の俺はどんだけアホだったんだと思うけれど。
うん。
もうどうしようもないことだけど、今になれば、思う事はいろいろあるけど、それは本当に、もう今更だろう。
……正直に認めよう。
誰が悪いと言えば、それは俺だろう。
まあ、そんな感じで、良い感じで、俺は俺で、リア充的なサマーバカンスを楽しんでいた訳だ。
そんなある日。
紀子は盆の法事で親戚と寺に行くので、俺は適当に外で遊んで来なさいと言う話になった。
基本、俺が外に出る時は、紀子とセットで……というか、あいつが勝手にくっついてきていたので、こちらとしては僥倖だった。
さて、紀子に縛られる事も無く、めくるめく昆虫ワールドに突入しようかと、自転車で集落を超えて、愛車のマウンテンバイクで田んぼと山の地域に突入しようとしていたその時。
――まず、背中に、悪寒が走った。
――次に、全身にサブイボが覆った。
十字路の端に立っていたのは、ワンピース姿・フチの長い白い帽子をかぶった黒髪女性。
身長は……田舎の家の塀を遥かに突き抜け、2メートルを優に超える。
顔は美人だった。ただし、身長が異形だった。
その身長の高さから、マジマジと俺は凝視してしまっていた。あるいは、それが日常と非日常の分岐点だったのか。
――目を合わせると、彼女はニィっと笑った。
ぞわっと、脊髄に嫌な予感が走る。
思わず、引き攣った笑みで愛想笑いを返した。
自転車を立ちこぎに切り替えて、十字路を一気に突っ切った。
そして、彼女の端を通り過ぎた時、後方から、含み笑いのような……こんな声が聞こえた。
「ぽ……ぽ……ぽ……」
アレを通り過ぎてからも、背筋の震えは止まらなかった。
かといって、アレのいる路地を再度通る勇気も無く、田んぼを仕切る、無駄にデカイ道を迂回しながら、俺は紀子の爺ちゃんの家に帰った。
家に戻ると、いつものように庭先で農作業をしている爺ちゃんが迎えてくれた。
「お、えらく早いな?」
「あー、じいちゃん……何か凄いの見たよ。それで、アレを見たら気分が悪くなって……」
「……ん? アレ?」
「身長2メートルくらいするような綺麗な人がいたよ。土地が広いからあんな人も育つのかな……」
そこで、爺ちゃんは俺に近寄ってきて、肩を両手でつかんだ。
「お前……見たのか? 目は合ったのか?」
「俺の顔を見た瞬間、ニィって笑って……」
「……まさかお前……それに反応しては無いだろうな?」
そこで、恐怖の余りに引き攣りながら愛想笑いを返した事を思い出した。
「笑い返した……と思う」
突然、俺の頭は平手で全力ではたいた。
「馬鹿っ!!!」
突然の事態に絶句する俺に、はっとした表情を作った爺ちゃんは、俺を優しく抱きしめる。
「お前は……預かった子じゃ……儂らが……儂らが何とかしてやるから……」
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