2014-11-12-水 『鈴木書店の成長と衰退』を読んで取次のことを考える(下の2) 
またまた大阪屋のことから話を始めます。先週売りの『週刊東洋経済』11月8日号に楽天が今回出資をしたことを1ページの記事にしていました。ウェッブサイトに9日に更新されましたので読むことができます。
楽天が出版取次「大阪屋」に出資する事情 ”打倒アマゾン”でしたたかに築く包囲網
いくつか注目すべき点があります。たとえば、楽天の物流拠点と提携して西日本の取引書店には注文品を翌日には受け取れるようにするための物流システムを構築するところです。注文商品の迅速化は取引書店にとってメリットのあることは歓迎すべきことです。
さらに楽天幹部の発言として、「(取次とつながる)書店は出版のインフラ。ウチは物流の下支えなど裏方に徹して支えたい。書店に関心のないアマゾンとは違う」と述べています。アマゾンのことはひとまず置いておくとしても、基本的に今回の再建スキームは、講談社、小学館、集英社、KADOKAWAなどの大手版元連合との協調支援体制ですから、楽天が敵対的に出資したわけないことを強調したかったのでしょう。
前回の最後に「楽天ブックス」の取引を日販から大阪屋に変更する可能性に触れましたが、大手版元との協調支援体制の中で、果たしてそこまでするのかどうか疑問も感じています。
この記事で一番引っ掛かったのは、「いずれ他大手取次と大阪屋が共同物流に踏み込む構想まであるという」ところです。
大阪屋の首都圏発送拠点は「OKC戸田流通センター」です。これは栗田出版販売と業務提携して合併会社のOKCを設立して、2011年10月に戸田センターが全面稼働したばかりです。
この記事を書いた記者が、この辺の事情を知っていたかどうか定かではありませんが、栗田は中堅で大手ではありませんし、構想しているとなるのとこれからの話になるので、栗田のことではないでしょう。
取次大手といえば日販とトーハンの2社しかありません。これまでの関係でいえば、出版共同流通( http://www.s-kyodo-r.co.jp/ )のことが頭に思い浮かびます。日販が主体となって大阪屋、栗田、日教販、太洋社の5社が共同で返品の物流業務をしている会社です。
ですから接点からいえば日販になると考えられますが、最近の帳合変更を見ても明らかなように、以前だったら考えられないようなことが起こるのが現在の出版業界です。新生大阪屋の全体像が見通せないので、この辺りを注意深く見守るしかないでしょう。
ようやく、日販とトーハンの話に移ります。
トーハン、来年1月からアマゾンジャパン(株)と取引きを開始=新文化ニュースフラッシュ
来年1月7日からトーハンとアマゾンが取引を始めて、雑誌、ムック、コミックスの取り扱いをすることになりました。アマゾンの売上比率からいえば雑誌やムックは書籍と比べれば低いでしょうが、コミックスは売上も見込め返品率も低いので、全体として来年から取り扱う商品の正味を日販より下げて条件を良くしたのは容易に想像がつきます。
アマゾンから見れば、日販とトーハンを競い争わせて、より条件を良くするための戦略なのでしょう。ついに大手取次も消耗戦に突入してしまった感を強く持ちました。
日販とトーハンの書く上でまず自分の立ち位置を明らかにしておかなければなりません。このブログでも触れていますが就職したのが日販であったために、日販寄りの人間と取られるかもしれません。しかし、不満があって辞めたわけで、むしろ内情が多少わかっているだけに厳しい視線を向けています。日販の社風を一言でいってしまえば、体育会系気質で酒好きが多いと断言しておきましょう。
版元の転職したのが90年代半で5年ほど取次営業をしていました。週1回くらい日販本社に行ってしました。雑誌の窓口担当者は1年後輩で、すぐ隣りの担当者は同期入社の人間でしたから気がラクといえばラクでしたが、やはり、辞めた会社に出向くのは気が進まないものです。
書籍仕入部で遠くから手招きされて誰かなと思ったら、辞表を出した元上司の課長であったことがありました。『日販速報』のことで出版宣伝課に行けば、課長にじろりと睨まれます。採用時の人事課長です。エレベーターを待っていると、「どうですか。元気にやっていますか」と声を掛けられ振り返ると常務(のちにリブロ社長)だったのでのけ反りました。採用時の人事部長だったのです。社員が2300人にほどいて、数えきれないほど採用面接をしているはずなのに本当によく覚えていること。
現在では、同期や先輩社員の熾烈な(?)出世争いのことが耳に入りますが、遠目に眺めているだけです。入社したころ、将来出世するだろうなと思ったような人は取締役や部長などに名を連ねています。大組織では運が良くて出世するのはないものだとつくづく思います。同期に一部例外はありますが(こらこら)。
取次営業では善意の第三者を装いながら(悪意の第四者ともいう)、トーハンを始め、大阪屋、栗田、中央社、太洋社、協和、鈴木書店などを回っていました。よく取次と一括りにされがちですが、だんだん回ってくるうちに社風のちがいのようなものがわかってきました。
細かく挙げればきりがありませんが、一番話がしやすく社内に活気があったのが大阪屋でした。だから、大阪屋のことを心配して何度も書いているところがあるのです。受付からすれ違う社員までハキハキして社員教育ができていると思ったのが太洋社で印象に残ります。もう時効だから書いてしまいますが、こちらが雑誌の次号の特集内容を説明しているとウトウトしていたのが中央社の雑誌窓口担当者でした。しかも2回も。気がつかないフリをするしかありませんでしたが、この会社は本当に大丈夫なのだろうかと思ったものです。それがトーハンとの資本業務提携によって今では安定した利益を挙げているのですから、本当に会社がどうなるかわからないものだと、現在の中堅取次を眺めていて感じてしまいます。
トーハンには、本社の雑誌、書籍、マルチメディアの各窓口、流通倉庫、それに近くにあった店売にも寄っていました。日販時代は王子流通センターの商品管理でしたから、トーハンに行った際に、物流システムちがいなどを密かに比較していました。当時は日販の方が省力化されていたことがわかりました。
トーハンの本社屋といえば、もうかれこれ半世紀近く前に建てた古いビルのためにエアコンの効きが悪く、夏場は扇風機が回っていたことを思い出してしまいます。一説にはあまりの暑さに版元営業の人間が倒れたために扇風機が導入されたといわれますが、本当かどうかはわかりません。
今年の入社式で藤井武彦社長のあいさつでも触れられていますが( http://www.tohan.jp/whatsnew/news/_26/ )、「本社再開発構想プロジェクト」が動き出しているようなので注目しています。書籍注文の発送拠点が本社から桶川に移ったので本格化したのでしょうが、都内で3750坪もの敷地があるのですから、高層ビルを建て、高層階をマンションにするだけでも莫大な資産運用になるでしょう。
こんなふうにダラダラ書いていくと新書1冊くらいは簡単に書けてしまいますが、それでは誰も読む気が起きないでしょう。そこで今回は、鈴木書店の教訓を踏まえて、現在両社が抱えている構造的な問題を二つに絞って書くことします。
まず取次決算から見てみることします。日販は、TSUTAYA向けの「MPD」があって全体像が捉えにくいので、トーハンの今年3月期の決算(http://www.tohan.jp/imagebox/67_kessan.pdf)から大まかな傾向を見てみることにします。
■売上高内訳
書 籍 186,198百万円 返品率40.6%(実売59.4%)
雑 誌 190,830百万円 返品率43.6%(実売56.4%)
コミック 56,875百万円 返品率25.4%(実売74.6%)
MM商品(マルチメディア商品)を除く、出版物だけを対象にします。実売率からざっくり計算をすると、書籍の送品金額が約3135億円で返品金額約1273億円。雑誌は約3385億円送品して返品が1476億円。コミックは、書籍扱いのものと雑誌扱いのものにわかれていて、どのようにカウントされているのかわかりませんが、送品約763億円、返品194億円です。総送品金額約7283億円から返品金額約2943億円を差し引いて約4340億円が売上高となります。総返品率は40.04%ほどです。
取次のマージンは、歩戻しその他手数料が発生して多少増えますが、基本的には売れた分の8%です。返品率が40%をちょっと超えていますので、大まかにいって総送品金額の5%弱として350億円ほどが取り分となります。
1年365日として日曜祝日、お盆や年末年始などを除き、ざっと290日稼働したとすます。1日あたりにすると25億円弱送品して、10億円強が返品として戻って来る計算です。差し引き15億円弱の売上高のうち8%の1億2000万円ほどの粗利の中から、梱包、配送をして、返品があれば検品と仕分けをして、書籍は版元に戻し、雑誌の大半は古紙業者に渡し、さらに会計処理をします。いかに利益の少ない業態であることがわかっていただけるのでないでしょうか。取次経営は、効率を良くするかがキモで、返品率に異常にこだわる原因がここにあります。
ちなみに日販とトーハンの財務諸表は、かれこれ30年ほどチェックしていますが、企業の健全性を表す自己資本比率一つとっても、日販16.1%に対してトーハンは31.3%のちがいがあります。売上高では日販が追い抜きましたが、財務基盤は昔からトーハンの方が盤石で、現在もそれは変わっていません。
これからが一つ目のポイントです。
■物流システムなどの投資時期
取次経営のキモが効率といいましたが、自動仕分け機などオートメーション化が進んでいます。元々は搬入から仕分け、出荷までを人海戦術で処理することを得意していましたが、ここ十数年で物流システムに莫大な投資をしてきています。
オートメーション化の流れは、89年末に稼働した日販の「PBセンター」からといっていいでしょう。PBはペーパーバックの略で、文庫、新書、コミックスといったほぼ同一の判型なので仕分けを自動化しやすかったために導入が図られました。
90年代半ばに物流センターの再編成をおこなって、98年には最大の発送拠点である王子流通センターをリニューアルして自動仕分けを書籍全体に広げています。
「日販のロジスティクス」
http://www.nippan.co.jp/business/logistics/distribution_center/
トーハンの場合は、90年代の「須坂構想」とその頓挫の影響もあったのでしょうが、2000年代に入って本格化して、2007年に書籍注文の物流拠点「トーハン桶川SCMセンター」が全面稼働しています。一度見学したいものだと思っているところです。
トーハン桶川SCMセンター(書籍流通)
http://www.tohan.jp/works/ssystem_01.html
これらの省力化に加えていわゆるリストラも両社はしています。さらに日販はMPD、トーハンはトーハンロジテックスなど分社化を進めています。これによって、20年ほど前にはそれぞれ2300〜2400人程度いた従業員数が、現在はとも1500人弱まで減っています。
ここで気づいてほしいのが、出版業界の売上のピークが96年であることです。両社ともに莫大な設備投資をして、稼働したころには出版業界は下り坂に向かっているのです。
また、最新鋭の物流システムを構築しても多品種大量販売を前提にして組み立てられたものだけに、小回りが利きにくく、客注品などでは目に見えて改善はするところまではいかななかったのはその辺に原因があるのではないかと思います。
2000年に上陸したアマゾンであればすぐ早く届くのに、なぜ取次では対応できないかと単純に考えるとそうなってしまいますが、物流システムの対応方法がちがうのです。結局、両社はバイパス作るようによりきめ細かな単品管理が必要になっています。
日販でいえば「web-Bookセンター」(http://www.nippan.co.jp/business/logistics/distribution/web-book/)での「フリーロケーション在庫管理」は、今までおこなっていたものとはちがい、アマゾンの在庫管理と同じようなものを採用しています。
このように取次経営の側面からいえば、設備投資した後に出版業界の売上高の減少に転じてしまったがまず誤算といえるでしょう。
もうひとつのポイントも誤算といえるものです。
■コンビニ取引軒数の増大
アルメディアによれば、1999年の調査で2万2000軒以上あった書店数が2014年には1万4000軒を割り込んでいます。両社は中堅取次からの帳合変更によって獲得した取引書店があるでしょうが、書店取引軒数自体は減少傾向にあるにも関わらず、コンビニの取引軒数が明らかに増えていることが経営上の足かせになっています。
CVSにおける本の売上高と店舗数推移 1999年-2012年=日本著者販促センター
コンビニは1999年に約4万軒、2012年の段階で約5万軒に増えています。統計資料はちがいますが、日本フランチャイズチェーン協会の2014年9月度では、51363店になっています( http://www.jfa-fc.or.jp/particle/320.html )。
コンビニで取り扱う出版物は、啓徳社、たきやま、東都春陽堂、東京即売といった新聞の即売系と取引しているところもあるので、すべてが取次を通すわけではありませんが、大半は取次が取引をしています。
不破雷蔵さんの「ガベージニュース」のデータでは、2013年に5万3451軒あって、出版物の売上高は「2003年以降は漸減、2006年以降は加速的な低下傾向を見せている」と数字で具体的に触れられています。明らかに雑誌の売上不振の影響を受けているためでしょう。
コンビニの出版物販売額をグラフ化してみる(後編:全体編)(2014年)(最新)
しかも、「コンビニにおける出版物売上高」トップのセブンイレブンの1店舗あたりの売上高が年間480万円に過ぎず、月商にして40万円、1日あたりするとわずか1万3000円強という計算になることがわかります。
コンビニの出版物販売額をグラフ化してみる(前編:各社編)(2014年)(最新)
もしこれが書店であれば、取次と取引すらしてもらえないような売上高にしか過ぎません。1万3000円の売上高の取次マージン8%を掛け合わせると1040円にしかならないからです。この中から梱包、配送、返品、会計処理などを捻出するわけですから、とてもじゃないでやっていけていないでしょう。
つまり、日販やトーハンから見れば、取引軒数は増えて梱包や配送コストなどが増加しているにも関わらず、それに見合うだけのものがないところが、コンビニとの取引にあるのです。
4回に渡って取次のことを書いてきました。書店が閉店したり、版元が破綻したりすれば読者に伝わりますが、取次の存在と構造的な問題はわかりにくいので、ホンの一端でも伝えられればと考えたからです。