社会

時代の正体(40)歴史と向き合う 東アジア領土問題 韓国の教授が関東学院大で授業

 アジア太平洋経済協力会議(APEC)でも注目が集まった日中韓に横たわる領土問題。解決の方策を探ろうと韓国の研究者が日・中・韓で授業を行い、共通教材を作る試みを進めている。関東学院大で10日に行われた授業には近現代史が専門の韓国・延世大学の辛(シン)珠柏(ジュベク)教授が登壇。島根県・竹島をめぐる国際関係を説明し、対話を重ねる必要性を唱えた。

 拳を突き上げ、怒声を上げる若者たち。教室のスクリーンには、領土問題で日中韓でそれぞれ繰り広げられたデモの様子が映し出された。

 相手国の国旗にバツ印を付け、高く掲げるしぐさから強い意志が伝わってくる。

 「感情的な摩擦が大きくなるほど、領土問題は解決できなくなる。どうすれば解決できるのか。対話を重ね、信頼関係を築くしかない」

 国際関係論の授業に招かれた辛教授は東アジアの地図を示し、穏やかな表情で語りだした。

 授業を聞いていた経済学部1年の男子学生(18)は授業前、「韓国の領土は、日本に譲れない」という言葉が真っ先に出てくるのではないか、と身構えるような気持ちを抱いていた。韓国で行われた反日デモの様子をニュースで見たことがあったからだった。

 辛教授の言葉から、各国の友好を願う気持ちが伝わり、考えを改めた。「中国や韓国の若者も『領土は譲れない』と大声を上げるイメージを日本人に対して抱いているのかもしれない。デモの参加者は国民のごく一部なのに」。誤解があったことに気付いた。

 ■表面化の背景

 辛教授は説明を続ける。日韓はともに米国と同盟関係にある。日本はロシアとの北方領土問題を抱える。一方、韓国は北朝鮮との南北分断が大きな課題だ。

 つまり領土問題は日中韓の3カ国だけではなく、米国、ロシア、北朝鮮も関係してくる。2カ国間では解決しにくい複雑な問題だ。

 竹島をめぐり、日韓はどのような主張を繰り広げてきたのか、辛教授が解説する。

 日本の明治政府は1905年、日本海に浮かぶ無人島の竹島を島根県に編入する閣議決定をした。明治政府は、どこの国にも属さない土地を先に支配して自国領にしたと主張する。そうした経緯などから、日本は竹島を固有の領土としている。

 一方、韓国は歴史問題と捉えてきた。1904年に起きた日露戦争は朝鮮半島の主導権をめぐる日・露間の争いから始まったものだった。日本が領有権の根拠とする明治政府による閣議決定は侵略の一環であり、植民地支配の最初の一歩と認識されている。だから、独島(竹島)問題は領土問題ではなく、植民地支配に深く関わる歴史問題だとしてきた。

 こうした両国の見解は、すれ違ったままだ。だが、21世紀になるまで、大きな政治問題になってこなかった。それはなぜか。

 辛教授は語る。

 「東西冷戦があったからだ。日本、韓国、米国という資本主義国は北朝鮮、ソ連、中国という社会主義国と対立関係にあった。日本、韓国が歴史問題で対立するのは『敵を利することになる』と考えていたため、問題が表面に出てこなかった」

 東西冷戦の終結とともに、歴史問題が国家間の表舞台に登場することになったというわけだ。

 ■内向的な気質

 領土問題とはどう向き合えばよいか。辛教授が言葉に力を込める。

 「まずは領土以外の分野で、信頼を生み出すこと。最初に領土問題を考えると、感情的な対立ばかりが生まれてしまう。領土の話し合いは最後にすればよい」

 相手を刺激しないこと、さらに現状を認め合うこと、こじれた問題を解きほぐすには歴史認識の共有も鍵の一つになる。

 何より大切なのは、互いを知ることだと考える。

 「日韓ともに学生は内向き。隣国よりも欧米に関心が高い学生が多い。直接会って話し合う場を持つだけで気持ちは大きく変わるはずだ」

 相手の考えが分かれば、双方が領土を相手のものだと認め合えるかもしれない。対立ではなく、互いに譲り合う未来も想像したい。

 授業の後半、領土問題についてのデモの写真が再びスクリーンに映った。辛教授は学生たちに、テレビ画面には映っていない多くの人の姿を想像してほしいと願っている。

 「何よりも、生身の人間に触れてほしい」

◆学生「個人レベルなら分かり合える」

 授業を受けた経済学部の男子学生(18)に感想を聞いた。「国同士はいがみ合っても個人で話し合えば分かり合えると期待を抱いた」

 領土問題について情報を得るのはテレビとネットのニュースがほとんど。韓国や中国の若者で目に触れるのはデモに参加している人ばかり。だから今日来た先生も韓国の領土は譲れないと話すのだと思っていた。でも違った。それぞれの国の友好を心から願っていた。

 日本でデモに参加しているのは国民全体からすればわずかな数。でも、韓国や中国の人も、日本人は「領土は譲れない」と拳を振り上げる人ばかりだと誤解しているかもしれない。私がそうだったように。

 デモをしている人は相手国の批判を聞き、周りが見えなくなっているのでは。領土問題について今の状態を認めたくないのかもしれない。右翼というわけではないのだろうし、かっこいいからという理由で参加している人もいると思う。

 韓国の人から領土問題について話を聞くのは初めてだった。国同士ではいがみ合っても、個人で話し合えば分かり合えるのではないかと期待を抱いた。

 そのためには歴史を学んで日本の立場と相手国の立場を理解しなければならない。統一の教科書があればいい。歴史を学ぶのは、未来を考える上で大事な事。デモで拳を振り上げて隣国を批判しても、解決できない。

 でも、こうした批判を実名ですると個人攻撃を招く。身の危険も感じる。だから取材は匿名でお願いしたい。

 ◆竹島問題 韓国名は独島。韓国は1952年に沿岸水域の主権を示す「李承晩ライン」を設定。54年から警備隊を常駐させ島を実効支配している。65年に日韓基本条約が調印されたが、領有権問題は棚上げされた。2005年に島根県議会で「竹島の日」条例が成立し、同年韓国は竹島での一般客の観光を解禁。08年には日本の中学校の学習指導要領解説書に、竹島が日本の領土であるとの理解を深めさせるとの記述が盛り込まれた。同年に韓国首相が、12年に韓国李明博(イミョンバク)大統領が竹島に上陸した。

【神奈川新聞】