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2014-11-12

「ゾンビ取りドラマ」問題、その後をご存知ですか…作者が四コマで激白。/そして「アイデアと模倣」をまた考える。

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漫画ゾンビ取りガール」の”アイデア”部分を使い「オリジナルドラマを製作?するのかどうか。 - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20140812/p3

 

福満しげゆき先生漫画ゾンビ取りガール」が無断でドラマ化された可能性について - Togetterまとめ http://togetter.com/li/704965

こんな話題がネットで注目を集めたのは、まだ猛暑豪雨の8月のころだったか。

いま、ドラマもやってるんでしょうかね。見てる人は見てるのでしょう。


で。

その福満しげゆき氏の「ゾンビ取りガール」は2巻目がこの騒動のあと、出版されたりしたんですけど、同時に自分家族に言及するエッセイ漫画も得意とする福満氏は……『この騒動の話だと直接は描いてないけど、どこから見てもこれに対する見解だ!!!』と分かりすぎるエピソードを「漫画アクション」連載の「うちの妻ってどうでしょう?」の中で2回にわたって描いているのです。

あんまり「妻」は関係ないのに(笑)

これはひとつの創作論やアイデア論、SF論にもなっていて、スキャンダラスな意味を除いても大変興味深かったのですが…上の騒動を受けた「解決編」的なものでもあるのに、最初の盛り上がりほど盛り上がっていない…というかこの話題を少なくとも「はてな」ではあんまり見なかった。

そこで、ここで紹介し、総括の一助に出来ればと思います。



えーと、「アクション」の前号?前前号??ぐらいだったかな。

うちの妻ってどうでしょう?」のある意味特別編「僕とゾンビ


「僕とゾンビ」(上)の内容要約

自分ゾンビの出会いはテレビでやっていた「ナイトオブリビングデッド 死霊創世記」。

 

・それにハマってゾンビ物はむさぼるように見たけど、映画では結局ロメロのものしか満足できなかった。ある意味ゾンビ中毒。

f:id:gryphon:20141112154839j:image

  

・そんな自分がすごい!と思ったのが漫画ゾンビ花くまゆうさく氏の「東京ゾンビ」だった。「日本舞台でもいい」「自分好みのゾンビものは自分で作れ(描け)!」ということとを教えてくれた。

 

・そんな中、バイトを始めると町の中にはホームレスの人や、「変わった言動」の人がいて、そしてそれを人々は「見てなかったことにして日常を営んでいる」ことが印象に残った。

 

・そこから花くま先生の設定もリスペクトしつつ、自分ゾンビ漫画を描き始めた。一番のキモは「ゾンビが”野犬”程度の危険性&日常性で街に溶け込んでいる」こと。

この設定のいいところは…(画像参照)

f:id:gryphon:20141112154838j:image

・だけど、この設定の作品を描く前に別のものを中心に描くようになった(それが「妻」もの、日常「小規模」もの)ので、あまり発展させられなかった。読みきりは描いたけど…




「僕とゾンビ」(下)の内容要約

・そうこうしているうちに、日本漫画家による「ゾンビ漫画」がどんどん出版されるようになってきた。

 

古泉智浩氏の「ライフ・イズ・デッド」を読んだ時は…花沢健吾氏の「アイアムザヒーロー」を読んだ時は…相原コージ氏の「Z」を読んだ時は…

 

・これらのライバル作品↑について、福満エッセイ漫画真骨頂である「ふつう格好をつけたり、人間関係が悪化することを心配して公表を憚るような内面劣等感や優越感、嫉妬や羨望をそのまま描いちゃう」が炸裂しています。ただ、ただの感情論ではなく、「ゾンビもの」の枠内の中での設定、工夫…に関して、さまざまに比較して、特にオリジナルな工夫はなんだろうか、ということをけっこう的確に指摘してます。

ゾンビを一種の病気として扱う? それは僕も考えたもんねー」「けっゾンビは『ガロガロしい』とこの専売特許と思ったらメジャーのやつが来やがった!」「あーくそっ、むしろオーソドックスのほうが一回転して新しいんだ!!」

とかとか。

f:id:gryphon:20141112154836j:image

  

・しかしこんな工夫や先陣あらそいについて「そもそもゾンビという設定がロメロの創作であり…」という声を聞くが…(画像参照)

f:id:gryphon:20141112154930j:image

 

・そんなふうにして、がんばって作ったのが氏の「ゾンビ取りガール」であったのです。

就職難!! ゾンビ取りガール(1)

就職難!! ゾンビ取りガール(1)

就職難!! ゾンビ取りガール(2)

就職難!! ゾンビ取りガール(2)

 

・しかし、この「僕とゾンビ」の最後を飾るのは、なんとも寂しく、涙の出るような会話。上の作品は次々と映像化されていく中、「僕の漫画映像化されないかなー」とつぶやく(少し前の)福満氏の元に、「ちょっと未来からやってみたもう一人の福満氏」がやってくる。

そして言うのだ。

「それは もう ない…」

「似た感じのものなら…(後略)」 

そして、それがそーなって、あーなった以上、ゾンビ取りガール映像化されるわけはない、というゆえんを語ります(画像参照)。

f:id:gryphon:20141112154927j:image

もう引用を憚るが、

最後は「いちゃもんをつけてしまったようになりすいません(大意)」と、福満氏のほうから詫びているんだよ……。


氏が実際に当事者となって、出した結論、実際の感想なんだから、外野的にはそれを諒とするほかはないが。



著作権的な問題とは別の場所で、作者はオリジナリティにどうこだわっているか?という話をいしかわじゅん氏が「漫画時間」で書いてたのだが。

漫画の時間 (新潮OH!文庫)

漫画の時間 (新潮OH!文庫)

この前画像もふくめて引用したばっかりのあの本が、いま見つからない(またか!)。

見つかったら引用しますが、「やはり作者というのはプライドがある。オリジナリティまったくなしに、誰かのマネをして描く、というのは(著作権の問題とは別に)プライドが許さないものなのだ」といった内容のことを書いていた…はずだ。

うーん、それを引用しようと思っていたのに、その部分がないと締まらないなぁ。



しかし「刑事コロンボ」と「古畑任三郎」の関係は?

これは先週か先々週…たぶん11月5日だったかなあ、のTBSラジオたまむすび」では「刑事コロンボ」の特集をしてましてね。

そこでは

・犯人の犯行、そしてそれを隠蔽するトリックがまず描写され、視聴者は「犯人がどう刑事に追い詰められるか」を楽しむ倒叙推理物。

・犯人は、大スターの役者がつとめることが多い。

刑事役は回りくどい質問を浴びせていくことで、徐々に推理の包囲網を狭めていく…


という特徴を紹介。そしてこっちにも話を進める。

【要約】『これを聞いて日本ドラマ古畑任三郎」を思い出す人もいるでしょう。そうです。脚本三谷幸喜氏は「大のコロンボファン」だと公言し、古畑コロンボへのオマージュ、和製コロンボを作ってやるぜ!!というつもりで脚本を書いたと以前から語っています(※だから問題ないのです)』

と。

……うむ、自分もそれには基本的に同意しますねん。

お笑い芸人のモノマネでオリジナル歌手の人気が復活、というのはよくある話だし、「古畑からコロンボを見始めた」という人はそれなりにいる。漫画でも結局、広い意味での「XXXXXもの」という系譜がずーっと続いていてくれてるほうが、オリジナルに当たる作品の寿命も延びる、ということはすっごくあるっすね。


今回の「ゾンビ取り」がモヤモヤするのは、やっぱり同時代的な作品であることがひとつと、そんなふうなあれなら原作とはいかないまでも原案とか、設定協力とか…そんな形で金銭的にも報われてればなぁ、というのが外野からの思い、だからなのかもですね。


ともあれ、8月ぐらいにネットの一部で話題となった「、あるゾンビ漫画ゾンビドラマの関係」については、作者が上のようなことを自身の作品の中で語った……ということを紹介しておきます。

うちの妻ってどうでしょう? 1 (1) (アクションコミックス)

うちの妻ってどうでしょう? 1 (1) (アクションコミックス)

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