刑務所の医師不足も問題ではありますが
久しく以前から問題になっていることですけれども、最近ますます悪化傾向で対策が急がれるというのがこちらの話です。
前橋刑務所(前橋市南町)で働く医師「矯正医官」が昨年4月から、1人もいない異例の状態が続いている。非常勤の医師が交代で対応しているが、急病時に受刑者が適切な治療を受けられない恐れがある。新年度も矯正医官を確保できる見通しは立っておらず、関係者は懸念を募らせている。(波多江一郎)
◇医師不在
「医師不足は慢性的な問題です」
前橋刑務所の千木良(ちぎら)亮介総務部長は嘆く。千木良氏によると、矯正医官の定員は2人だが、10年以上前からなり手は不足し、定員割れが続いている。昨年3月まで務めた矯正医官は高齢を理由に退任した。
常勤医不在をカバーするため、近くの開業医ら5人の協力を得て、平日の数時間、交代で受刑者の診察や治療をしてもらっているが、医療態勢には不安が残る。
同刑務所には昨年末現在で、693人の受刑者がいる。このうち147人(21%)が60歳以上で、210人(30%)が覚醒剤などの薬物事件で服役している。
高齢や薬物の影響で持病を抱え、継続した治療が必要な受刑者も多い。昨年4月以降、急病などで救急搬送したのは十数回に達し、前年度の2倍のペースとなっているが、判断に困って念のために救急車を呼んだケースもあるという。◇魅力不足
矯正医官のなり手がいない主な理由は、国家公務員のため、給与が民間の医療機関に比べて少ないことだ。さらに、「総合病院や大学病院で腕を磨きたい」と考える医師にとっては魅力の乏しさは否めず、「受刑者に暴力を受けるのではないか」と懸念する医師もいる。
矯正医官の不足は全国的にも問題となっている。
法務省によると、昨年4月現在、矯正医官を置く必要がある全国の矯正施設160施設のうち、31施設は1人もおらず、25施設で欠員が生じた。実員は260人で、定員(332人)の78%にとどまった。
県内では矯正医官を必要とする4施設のうち、前橋刑務所以外は定員(各1人)を満たしているが、医官を継続的に確保することは難しい課題となっている。◇制度改正
法務省も事態の改善に取り組んでいる。谷垣法相は昨年7月、医師や弁護士らによる有識者検討会を発足させ、今月21日に提言を受けた。矯正医官の給与水準を上げ、地域の病院との掛け持ち勤務を認める内容で、法務省は今後、兼業を禁じた国家公務員法の改正か特例法の創設を検討する。
ただ、この見直しが問題解決につながるかどうか疑問視する声もある。
前橋刑務所の視察委員を務める猿木和久・県医師会理事は、「法改正で事態が好転すると思わない。例えば、国立病院の医師を強制的に矯正施設で勤務させる仕組みを作るべきではないか」と指摘している。
刑務所の医師不足、給与改善で解消を-矯正医療の有識者検討会、法相に提言(2014年1月21日CBニュース)
刑務所や少年院など矯正施設の医師不足対策などを議論していた矯正医療の在り方に関する有識者検討会(座長=金澤一郎・国際医療福祉大大学院長)は21日、「給与水準を一般の医師と同等のレベルに引き上げる」「現状65歳の定年を引き上げる」などとする報告書を谷垣禎一法相に提出した。法務省はこれを受け、関係省庁との調整を進め、法改正を検討する。【丸山紀一朗】
法務省は昨年7月、矯正施設に勤める常勤医が定員の8割を切り、医師不足が深刻化しているとして、刑務所長や弁護士ら8人で構成する検討会を設置。医師不足を解決するため、先月まで計4回議論を重ねてきた。
その結果、医師不足の原因について、▽一般の医師と給与面に格差がある▽国家公務員という身分上、研修や兼業の制約がある▽社会的に評価されにくく、医師としてのキャリアアップに結び付かない-など計10項目を挙げ、「社会一般の認知度は高いとは言えず、医師確保策が十分に採られてきたとは言い難い」とした。
その上で報告書では、医師不足対策として、給与水準の改善、定年年齢の引き上げ、新たな手当の創設や、ほかの医療機関との兼業を広く認めることなどを提言。このほか、認知度向上のため、医学・法学教育で矯正医療を扱うよう学会を通じて依頼することなども提案した。さらに、こうした改革を推進するには、矯正施設の医師について「一般公務員と異なる扱いを可能とする特例法の整備も視野に入れた、大胆かつ抜本的な解決策を検討すべき」と結論付けた。
谷垣法相は、「矯正医療は壁際に追い詰められているという認識だ。報告書の内容は早急に実現していく」と述べた。
近年では受刑者の高齢化が進んでいて、特に長年刑務所暮らしをしていて高齢になってから出所を認められても何ら生活の基盤もなく、人生最後の時間をせめて三食不自由しない刑務所で過ごしたいとわざわざ再入所を目指す人もいるというのですから、「刑務所の老人ホーム化」などと言われてしまうのも仕方がないのかも知れません。
当然ながらこうした方々も入所中に様々な基礎疾患が進行しいわゆる要介護状態になっていくわけで、高齢受刑者の多い施設では刑務官ならぬ介護職員だと自嘲的に言われているそうですが、近頃では刑務所の中で介護福祉士の資格も取れるようになったと言うのですから、これで医師も自前でまかなえるようになれば完全な自給自足体制も可能と言うことになるのでしょうか。
ただ医師不足と言われればそれはもちろんその通りなのでしょうが、そもそも身近に気軽にかかれる医師がいるような環境にいない一般人も多いわけで、そうした方々からすれば「24時間常に見回りもしてもらえ何かあればすぐ専属の先生にも診てもらえる」環境が本来あるべき刑務所の姿であると言われると、ちょっとそれは逆差別になっていないか?と感じないでもないかも知れませんよね。
およそ刑務所と言う施設は各県一つといった程度の単位で置かれていて、当然ながら県庁所在地など大きな街に置かれていることがほとんどですから近隣にそれなりの病院の一つもないという場合は決して多くはないはずであり、その場合であっても高齢者や有病者など要経過観察の一部受刑者に対して配慮をしておけば国民一般の享受している医療レベルからみてそう劣る扱いでもないように思います。
記事にある前橋刑務所にしても地図で見る限り前橋市中心部と言ってよさそうな場所にあって、徒歩圏内にあるだけでも群馬中央総合病院や済生会前橋病院といった立派な総合病院がそろっているのですから、わざわざ常勤医師が必要なのか?と言う気がしないでもありませんけれども、少なくとも制度上そうあるべきとなっているのですから求めざるを得ないのは仕方ないですよね。
このあたりは常勤医師の待遇を「世間並み」に合わせるのと同様、刑務所内における医師定数など制度面も一度ゼロベースで再考すべきなのかも知れずですけれども、一方で常勤医がいれば呼び出せば済むところを外病院に受診となれば職員が付き添って送り迎えをしなければならないという手間暇の問題もあり、必ずしも人手が足りていない現場からすると「いてくれた方がずっと楽」というのも本音ではあるでしょう。
ともかくも刑務所の医師不足という問題が法相にも認められ改善に向けて動き出した、そしてその明らかな理由も理解されたと言うことであれば後は必要な対策を講じて動き始めるだけ、ということになればいいのですけれども、どうも検討会で挙げられた意外の思いがけない難題も存在しているのではないか?と思わせるのが先日タイミング良く(悪く?)出てきたこんなニュースです。
鼻から栄養補給、強制は違法 大阪高裁、国に賠償命令(2014年1月23日産経新聞)
大阪拘置所で絶食していた元収容者の男性が、栄養補給のため強制的に鼻からチューブを挿入されて出血し精神的苦痛を受けたとして、国に300万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が23日、大阪高裁であった。山下郁夫裁判長は請求を棄却した1審大阪地裁判決を変更、国の安全配慮義務違反を認めて50万円の支払いを命じた。
判決によると、男性は平成19年5月10~14日、大阪拘置所で11回続けて食事を拒否し、体重が約5キロ減少。医師は「命の危険がある」として男性の同意を得ないまま、頭や手足を職員数人に押さえさせ、鼻にゴム製チューブ(直径約9ミリ、長さ約80センチ)を差し込み栄養剤を注入した。
山下裁判長は判決理由で「強制的で危険性が高いチューブ挿入の前に、点滴などほかの方法を試みる注意義務があった」と指摘し、「体重減少のみを根拠に同意を得ずチューブを挿入した対応は違法」と認めた。
法務省成人矯正課は「判決内容を精査し、適切に対応する」としている。
とりあえず行きたくない方々にとっては「こんなリスクもある刑務所勤めなんて嫌だよ」と言う話なんですが、医療訴訟として考えて見ると一般病院での出来事としてもそれなりに議論を呼びそうな事例ではありそうです。
しかし「体重減少のみを根拠に同意を得ずチューブを挿入した対応は違法」という判断は、今回単純に純粋な技術論的側面に話を限定した実際的な判断とも言えるのかも知れませんけれども、精神病院における医療行為などと同様にこれはなかなかに難しい問題を提起している事件であったとも言えそうですね。
そもそも現代の医療は患者に対する説明と同意という大前提が必須ということになっていて、これを欠く医療行為は意識もなく呼吸もしていないといった緊急直ちにやむを得ざる場合に限って行えるような流れですけれども、いずれ緩慢な死を招くような医療拒否行動に対してどのような医療行為が許される、あるいはどのような医療行為が義務として課せられるのかと言うのは十分な議論が尽くされていない命題です。
判りやすい例として昨今話題になっている終末期医療の問題がありますが、何かしらの医療行為を受けることで少なくとも一定程度長く生きられるのにそれを拒否する行為が社会的に認められたというのに、刑務所のような環境で生きていても仕方がないと少しでも長生きするための手段を拒否した人間にはそれを強いるべきなのか、それは収監に認められた以上の人権侵害行為ではないかという考え方はありますよね。
他人を強制的に特定環境に押し込めた側はその環境で三度の食事を与えるだとか適切な睡眠時間を取らせる義務があるのと同じ文脈で、それなりの身体的健康を維持する義務が課せられるのではないかと少なくとも人権にうるさい方々は主張されるでしょうが、では権利の尊重とは自己決定権の尊重であると解釈するならば、刑務所内で自ら望んで死ぬ権利は保障すべきか否かという面倒な議論になるでしょう。
さらに話をややこしくするようですが精神病院の措置入院などにも通じる刑務所独自の問題として、仮にその人物がそうした特殊な環境に隔離されることを強いられていなければそもそも医療拒否をしただろうかと言う疑問があって、今回の受刑者にしても理由は示されていませんが裁判にするほど元気もあるくらいですから、娑婆に暮らしていればわざわざ食事拒否するようなことは無かった可能性が高そうですよね。
近代以前には様々な制約から殺したいのに殺せない(あるいは、敢えて殺さない)人物を拷問も兼ねてどうしても自殺したくなるような環境に押し込める行為も行われていたようですが、こうした行為が非人道的で現代国家にそぐわないものだとすれば、そもそも死にたくなるような環境に強制的に留め置く収監という行為自体がどうなのかという話にもなりかねませんが、一般的にはここまでは有りだとされているわけです。
それでも当然ながら環境に対する感受性は個体差があるはずで、例えば懲役刑として一般受刑者にとっては軽作業で済むような仕事であっても、何らかの心身の障害がある場合にはとても耐えられない重労働になると言う場合にはそれなりに配慮がされているとすれば、収監によって自殺めいたことをしたくなるほど追い詰められるというのは判決で期待された以上の残酷な刑罰と言うことにもなりかねないのでしょうか。
このあたりは刑法などは全くの門外漢ですから何とも判断できませんけれども、改正がされてはいても基本的に明治の時代からある法律ですからこうした今風の人権面での議論まで踏まえて作られた内容だとはちょっと期待出来そうになさそうですし、よく考えてみると案外運用上困ったことになりかねない部分も少なからずあるんじゃないかとも思うのですが、専門家の皆さんの目から見てそのあたりはどうなんでしょうね?
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コメント
基本的に仕事の先は選べるわけですからメリットのないところには行かないのは当然でしょう。
刑務所勤務の積極的なメリットって何かあるのかなってことじゃないですか。
それにしてもまたまた「強制的に勤務させる仕組みが必要」ですか…
投稿: ぽん太 | 2014年1月27日 (月) 08時53分
精神医療の場合、措置入院や医療観察法入院などは本人の同意無く入院させることや行動を制限することは出来るとされていますが、法律には本人の同意無く投薬などの治療を行うことが出来るとはどこにも書いてありません。
多くの精神科医はそれをわかっていて、法律の裏付けが無いまま本人の同意の無い治療を行いますが・・・
拘置所の場合は法律で生命に危険のある場合は本人の同意無く治療を行うことが出来るとされていますが、生命に危険のある状況であったことを証明出来なければ負けてもおかしくはありません。4日間食事を摂らず、体重が5kg減ったという事実だけでは足りないと思います。
投稿: クマ | 2014年1月27日 (月) 09時08分
4日で5kg減って食事拒否より水分拒否が主因のような。
医学的にはまず点滴でいいような気がしますけど暴れて出来ないとか事情があったのかどうか?
でも暴れて点滴できないなら経鼻も難しいんじゃないかって気がしますけどね。
個人的には本人が徹底拒否してる時点で放置でよかったように思います。
投稿: 高田 | 2014年1月27日 (月) 09時40分
やはりこのあたりは司法判断的にも説明と同意が強く求められる時代になったからこそと言うべき、壮大なグレーゾーンが秘められていそうですね。
ただ精神科もそうでしょうが刑務所の場合何かあったとして親族から訴訟を起こされるリスクは低そうにも思いますので、比較的問題化せずに済んでいたということなのでしょうか。
今回の訴訟も本人ではなく家族からの訴訟という形であったならずっと問題が複雑化していたかも知れません。
投稿: 管理人nobu | 2014年1月27日 (月) 10時53分
国立病院勤務医にはもれなく刑務所での勤務がセットでついてきますか
そうなったら国立病院の崩壊がすすむことになりますかな?
ところで身寄りがなく意志表示も不能な方で侵襲的な処置をするにあたり誰に同意いただくかと言う問題がありますな
近所のおじさんなどが後見人になってくれていると助かるのですが、弁護士などその道の専門家がついているとこれが大変で大変で…
個人の人権を抑圧しているのが人権専門家であるとは全く笑えませんな
投稿: 元僻地勤務医 | 2014年1月27日 (月) 15時58分
精神科領域、に限らない話かもしれませんが、何らかの侵襲的な治療を行いたいとき、本人の同意はとれるのに家族の同意がとれないために治療が行えないことが散見されます。
個人的には本人の意思が第一だと思うのですけれども、なぜ多くの侵襲的な治療で本人家族両方の同意が必要とされているのでしょうかね?
投稿: クマ | 2014年1月27日 (月) 16時55分
>国立病院の医師を強制的に矯正施設で勤務させる仕組みを作るべき
寝ぼけたことを。国立病院機構の職員は非公務員化の方針て、つい一ヶ月前のニュースですがね。
投稿: JSJ | 2014年1月27日 (月) 17時21分
俺以外の誰かにやらせろって老害お得意の妄言でしょw
投稿: | 2014年1月27日 (月) 18時34分
訴えるのは家族ですから、極端に言えば、本人の意思より家族の方が大事なのです(本人が亡くなってしまうような状態の場合)
法律論より何より、自分の身を守るためには、ご家族になっとくいただく一手間を掛けた方が、遥にクレーム対応の時間的損失が少なく、後から感謝される可能性も高いですよね。
投稿: おちゃ | 2014年1月28日 (火) 08時50分
けっきょく遠い親族が大きな顔できるのも後で訴える能力があるからこそってことですよね。
どこまで同意を得たらいいか範囲を決めてくれたらいいのにって思います。
投稿: ぽん太 | 2014年1月28日 (火) 09時07分