「安倍首相が衆院解散を検討している」。こんなささやきが、あれよあれよという間に解散風という突風になって吹き荒れている。

 自民党の二階総務会長は「万全の態勢を整えていく」と語り、公明党の山口代表も選挙準備に入るよう党幹部に指示した。民主党の海江田代表も「受けて立つ」と勇ましい。

 語られているシナリオのひとつは、こうだ。17日に発表される7~9月の国内総生産(GDP)の速報値を受け、首相は来年10月に予定されている消費税率の10%への引き上げの先送りを決断、その是非を問うために衆院の解散を表明する。

 外遊中の安倍首相は、「解散のタイミングは何ら決めていない。臆測に基づく報道だ」と強調する。それでも、いったん吹き始めた風はどうにも止まりそうにない。

 こんな政治のありように、強い違和感を覚える。

 消費税率の引き上げは、民主党政権下の12年6月、社会保障と税の一体改革として民主、自民、公明の3党で合意され、法にも明記された。ただ、法の付則には、経済状況によって最終判断する趣旨の規定がある。

 3党合意は、国民に痛みを強いる内容だ。社会保障費の増大と財源不足という現実に、与野党を超えて政治が正面から向き合うという、苦いけれど重たい意味があった。

 その合意を破棄する形になる以上、総選挙で信を問うというのはひとつの理屈かも知れない。だが、額面通りにはとても受け取れない。

 政権は7~9月のGDPを判断のよりどころにすると言い、それが与野党の共通認識となってきた。その数字が明らかになる前のこの騒ぎである。増税に反対の世論が強い中、これに逆らうことは難しいという政局的な判断が先に立ったのかと疑わざるを得ない。

 加えて、与党幹部から聞こえてくるのはこんな声だ。

 「原発再稼働や集団的自衛権の関連法整備が控える来年に衆院選を戦うのは厳しい」「野党の選挙準備がととのっていない今が有利だ」

 まさに党利党略。国民に負担増を求めることになっても、社会保障を将来にわたって持続可能にする――。こうした政策目標よりも、政権の座を持続可能にすることの方が大切だと言わんばかりではないか。

 安倍首相の本心はまだ不明である。だが、民主主義はゲームではない。こんな解散に大義があるとは思えない。