「眠り」は人間の健康状態にどのような影響をもたらすのか? 眠りの効果について研究する神経科学者のRussell Foster(ラッセル・フォスター)氏が、多くの人が重度の睡眠不足に陥っている現代社会に警鐘を鳴らします。(TEDより)
【スピーカー】
神経科学者 Russell Foster(ラッセル・フォスター) 氏
【動画もぜひご覧ください!】
私たちは何故眠るのか
人生の36パーセントを寝て過ごす
ラッセル・フォスター氏:今日お話したいと思っているのは、私の好きなテーマのひとつである「眠りの神経科学」についてです。
よろしいでしょうか? 今から音が鳴ります。
(ジリリリリリ……)
うまく行きましたね(笑)。大半の人がよくご存知の音です。そう、目覚まし時計の音です。実に忌まわしいこの音が何をしてくれているかというと、私たちの行動の中で最も重要なこと、つまり眠りを遮っているのです。
平均すると、私たちは人生の36パーセントを寝て過ごしています。ですから90歳まで生きるとすれば、そのうち32年間を寝て過ごす計算になります。
この32年という時間が何を物語っているか。眠りはある程度、重要だということです。にもかかわらず、眠りについて深く考えている人はあまりいません。ただ寝て起きているだけです。眠りについて考えることをしないのです。
そこで私の今日の目的は、眠りに対する皆さんの見方や考え方を変えることです。長いお話です。
時代によって異なる眠りに対する考え方
まずは時代をさかのぼってみましょう。
これは誰の言葉でしょう?
「蜜のように甘い眠りの露を存分に味わうがいい」
シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』です。もう少し引用してみましょうか。
「ああ、眠り、安らかな眠り、大自然のやさしい乳母よ、私はおまえをおびやかしたのか」
これもシェイクスピアです。タイトルは言わないでおきましょう。スコットランドの物語です(笑)。
もうひとつ、同時代のものですが、「眠りは黄金の鎖、健康とわれわれの身体を結びつける」というものがあります。極めて預言的なこの言葉は、やはりエリザベス朝時代の劇作家トーマス・デッカーのものです。
しかしそこから400年後になると、眠りに対するトーンが少し違ってきます。20世紀初頭のトーマス・エジソンは次のように言っています、「眠りは犯罪とも言える時間の浪費であり、原始時代の名残りである」。何ですか、これは。
(会場笑)
覚えている方もいらっしゃるでしょうが、1980年代にはマーガレット・サッチャーが次のように言ったと言われています。
「眠りは役立たずのためのもの」
そしてあれは誰でしたか、映画『ウォール街』に登場した悪名高きゴードン・ゲッコーは「金は眠らない」という言葉を残しました。
20世紀に入って、私たちは眠りに対してどういう態度を取っているしょう? もちろん、エジソンの電球を使って夜に侵略し、闇を支配し、その過程で眠りをまるで病気かのように扱っています。
敵対視しているのです。今でも、眠る必要をせいぜい認めている程度で、最悪の場合、多くの人は眠りを何らかの治療が必要な病気だと考えているのではないでしょうか。眠りに関する私たちの無知は、極めて根深いと言えます。
脳は眠っている間も活動している
なぜでしょう。なぜ私たちは眠りを軽視した考え方をするのでしょう。そうです、眠っている間は何もしていないからです。そう思われているのでしょう。食べることも飲むこともありません。セックスもしません。ほとんどの人はしませんよね?(笑)
ですから完全に時間の無駄なのです。本当にそうでしょうか? いえ、そんなことはありません。実際、眠りは私たちの生態にとって驚くほど重要な役割を果たしていて、神経科学者たちはその理由を解明し始めています。
次は、脳について見てみましょう。
ここに脳があります。ある社会科学者の方が寄贈してくださったものです。彼らはこれが何なのか、どう使うべきものなのか、わからなかったそうです。
(会場笑)
それで私がお借りしたものです。それにも気づいていないかもしれませんね(笑)。
ここで私が言いたいのは、眠っている間も脳は活動を停止しているわけではないということです。実際、部位によっては、起きている時よりも眠っている間のほうが活発な場合もあります。
もうひとつ重要なのは、眠りは脳内のひとつの構造によって生じるのではなく、いくつかが関連し合っているということです。
脳を裏返してみると―この脊髄のところが私は好きなのですが―、ここが視床下部で、このすぐ下に興味深い構造がたくさん集まっています。体内時計もここが司っています。体内時計が、いつ起きればいいか、いつ眠ればいいかを私たちに教えてくれているのです。ここで、視床下部、外側視床下部、腹外側視束前核における他の部位のすべてと連携を図っているのです。
こうしたすべてが一緒になって、脳幹に投射します。すると脳幹が指令を出し、見事に皺の寄ったこの部分、大脳皮質を神経伝達物質で満たし、私たちを覚醒させ、意識を与えてくれるのです。
つまり眠りは、脳内の広範囲にわたる相互作用によって生じるものであり、基本的にその結果として眠りに落ちたり、目が覚めたりするというわけです。
人間が眠りを必要とする3つの理由
眠りは複雑で、人生の32年分を要するとお話しましたね。しかし眠りとは何なのか、ということについての説明はまだしていませんね。私たちは何故眠るのでしょう? 科学者の皆さんであれば、理由について見解がひとつではないと言っても驚きはしないでしょう。
眠る理由に関しては、いくつもの異なる見解があります。今日はそのうちの3つについて簡単にご紹介します。
まず、疲労回復です。これは体が本能的に求めていることです。基本的に、日中に燃焼した分は、夜の間に回復させ、代わりを準備し、再構築するのです。この考え方はアリストテレスにまで遡ります。2,300年ほど前ということです。
この考え方が主流だった時期もあれば、そうでなかった時期もあります。今は主流です。脳内には、睡眠中にのみ活動して、回復や代謝経路に貢献していると考えられる遺伝子がたくさんあると言われています。回復を目的としているとする考え方には、十分な証拠があるのです。
次に、エネルギーを節約するためという考え方です。これもおそらく本能的なもので、眠るのはカロリー消費を減らすためとする説です。しかし計算してみると、大した結果にはなりません。
夜に眠った場合と、起きていてあまり活動しなかった場合を比較すると、眠ることで節約できたエネルギーは、一晩で110キロカロリーになります。これはホットドッグのパンと同程度です。眠りのような、複雑で要求の多い行動の見返りとしては、物足りないと言わざるを得ません。エネルギーを節約するためという説は、私はあまり信用していません。
しかし3番目の説が大変興味深いのですが、情報処理と記憶の定着のためとするものです。
何かの学習を試みた後、睡眠をとらなければ学習能力は損なわれるということがわかっています。非常に効率が悪いということになります。睡眠と記憶の定着はいずれも重要なことです。
現代は多くの人が重度の睡眠不足
しかし、単に記憶を蓄えて、それを思い出すだけではありません。実に興味深いことが判明しています。複雑な問題に対して新しい解決策を思いつく能力は、一晩眠ることによって大幅に高まるというのです。実際、平均して3倍になるという結果が出ています。
夜に眠ることで、創造性が高まるのです。脳の中で、重要な神経結合、シナプス結合が関連し合って強固なものとなる一方で、比較的重要でないものは影を潜め、さらに重要度が低くなるようです。
これで、眠る理由について3つの説をご紹介しました。ご理解いただきたいのは、細かい部分は人それぞれで、眠る理由もひとつではないということです。しかし眠ることは怠慢ではないのです。適当にわかったつもりになっていいものではありません。
かつて、眠りはエコノミークラスからビジネスクラスにアップグレードするようなものだと言われていました。エコノミーからファーストクラスではありません。重要なのは、眠らなければ離陸できないということです。
目的地に到着することもありません。現代社会で異常と思えるのは、ほとんどの人が重度の睡眠不足だということです。
※続きは近日公開!
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