(2014年11月11日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
先週末、米国はイラクに米軍を増派すると発表し、ロシアはウクライナへ部隊を追加派遣したとされ、バラク・オバマ大統領は北京に向けて出発した。
ワシントンの政策立案者に、世界のさまざまな地域のうち米国はどこを最優先すべきか尋ねれば、最初に返ってくる答えは通常、「我々はガムを噛みながら歩けるはずだ」といったことを意味する何らかの言葉だ。さらに踏み込んで質問すると、返答はもっと面白くなる。
ワシントンで支配的な中東優先論
大まかに言えば、ワシントンにおける総意は、2つの差し迫った危機のうち、中東の危機の方がウクライナのそれより急務だということのようだ。ロシアと中東の双方について責任を負う、米国のある国家安全保障担当官は先週、ロシアと中東のどちらが重要かと筆者が聞いた時、いぶかしげな表情を浮かべ、「断然中東だ」と答えた。
中東を優先すべきだとする根拠は3つある。第1に、中東では実際に戦争が繰り広げられており、米国が日々の爆撃に参加している。米国防総省で使われている不安になるほど弾んだ言い回しでは、米軍は「額に弾頭(warheads on foreheads)」を食らわしている。
第2に、もし国家安全保障を民間人を危害から守ることと定義するのであれば、米国人はロシアよりもジハード(聖戦)主義者のテロリズムの方にずっと差し迫った脅威を覚える。
第3に、米国人は、中東では地域の秩序全体が崩壊しつつあり、秩序回復には数十年かかる可能性があると考えている。対照的に、欧州の秩序は末端部分で綻びを見せているだけだ。
中には、米国がロシアに没頭していることが、肝心な時にイラクとシリアから米国の注意をそらしてしまったと懸念する向きさえある。
ある政府高官は、物思いにふけるように言う。「歴史家は、2014年春に、折しもイラク・シリアのイスラム国(ISIS)が広大な領土の支配権を奪っていた時に我々がウクライナに専念しすぎたと記録するのではないかと本気で考えている」
政策立案者が間違った方向に目を向けるという現象は、確かに、歴史上なかったわけではない。今から100年前、第1次世界大戦勃発までの1カ月間、英国政府は、欧州での戦争の脅威よりも、アイルランドでの内戦の見通しに関する議論にはるかに多くの時間を費やした。