結婚式はやらなかった。
夫婦ともに人前に立つのがすごく苦手なので、その選択を後悔してはいない。
ただ、もうすぐアラフォーを目前にして、ウェディングドレスを見るとモヤモヤすることが増えた。
テレビのCMや街中のショーウィンドウ。友達から送られてくる写真や絵葉書。
真っ白なドレスを見て嬉しそうに微笑む彼女たちを見ると心がざわつくのだ。
「ちくしょー!うらやましい!私もそれ着て、夫に可愛いって、キレイって言われたい!」
もともと、女性らしい格好は苦手で今もクローゼットには冠婚葬祭以外のスカートは入っていない。子どもの頃からズボンをはいて野山を駆け回る男勝りな子だった。
いつからそうだったんだろうと記憶を掘り起こしてみれば、おぼろげに見えてきたのは幼稚園頃の思い出。
友達がとても可愛いお姫様のようなワンピースを着ていて、自分もそれが欲しいと両親にねだったのだ。両親はその願いを一蹴した。理由は分からない。
それ以降、私は女の子らしい服装を憎むようになった気がする。
手に入らない物に憧れ続けるのは辛いことだからその反動だったのかもしれない。
イソップ童話でいうところのぶどうが食べられないキツネと同じ心理だ。
Wikipedia先生によると「フロイトの心理学では防衛機制・合理化の例とする」とあった。
なるほど。さっぱり分からん。
なにはともあれ、私は女らしさを立派にこじらせたまま大人になり、紆余曲折を経て結婚をした。
そして今頃になって「え?もしかして私、ウェディングドレス着たかった?」と狼狽している訳である。
もちろん今からでも着ようと思えば着ることは可能だ。写真だけで満足すると思うので10万円も出せば簡単に夢は叶うだろう。
しかし。
しかし、だ。
アラフォーババアのウェディングドレスなど正視に耐えないものになるのでは…という恐怖が拭えない。
お姫様に変身した姿を期待して鏡の前に立つ、そこに映っていたのがボストロールだったら…。女性としてのプライドは完膚なきまでに打ち砕かれ、きっと立ち直れないと思う。私はこれまで以上に女性らしさを憎むようになるだろう。
それに夫に何と説明すればいいのか、という問題もある。
今更、ウェディングドレス姿を残したいです、とか恥ずかしくてとてもじゃないが言えない。今まで築いてきた「ウェディングドレス借りるだけで数十万?アホらし。それなら叙々苑で焼肉食べるわー」キャラが、イメージが瓦解してしまう。
もしそこで夫に一笑に付されようものなら、私の女性としてのプライドは(以下略)だし、「お前も女だったんだなぁ(微笑み)」などとしみじみされてしまったら恥ずかしさのあまり死ねる。
夫から突然「結婚記念に写真を撮ろう。どうしてもお前の姿を写真に残しておきたいんだ」と懇願されて、「あなたがそこまで言うなら仕方ないね」としぶしぶ写真を撮りに行く、というのが一番ベストな手段なのだが、世の中そんな都合の良いことが起きるわけはない。
妻に絶対ウェディングドレスを着せたい!なんて思っている男性は現実にはそうそういないだろう。大抵の男性にとっては『結婚式なんて金の無駄遣いだけど、親or彼女(妻)がどーしてもと言うから仕方なくやっとくか』というもののはずだ。
『人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない』
今日、久しぶりに読んだマンガにそう書いてあった。ええ言葉や。確かにそうだと思う。
私は自分の小さいプライドや見栄を気にして、何も犠牲にしないから、何も得ることは出来ないのだ。
自分を騙すためにこの文書いたの? なんかかわいそう