【2】
明けて翌日。
バルクスからの手紙を受け取り、シンは登城準備を済ませていた。
話し合いの結果、とりあえずシンが王城へ行き、相手の出方を見るということになったのだ。パーティメンバー兼婚約者がいるということを伝えれば、むこうも妙なことは言ってこないはずだが油断はできない。
「じゃあ、行ってくる。ユズハを頼むな」
「いってらっしゃいませ。何かありましたら心話で連絡を」
「戦うときは手加減するのよ。王女様に怪我させたら大変だから」
「大丈夫だって…………たぶん」
「ほんと、気をつけてよ?」
そんなやり取りをして、シンは穴熊亭を出発した。
相手が王族ということもあって服装はゲーム時代の拠点の一つ、カルキアの礼服だ。見た目は儀礼用の軍服といってもいいような、実用性と見た目の華やかさを両立させたなかなかの一品である。装備品としてのランクはあまり高くなく、なりきりセットのような扱いだ。カルキア自体が冒険を始める最初の拠点ということもあって、初心者用の武具店でも買えた。当然、性能も相応のものとなっている。
シンが着ているのは隊長仕様の礼服だ。色が違うだけで、他にも副隊長仕様やわずかに性能の低い一般兵仕様などもある。なりきりセットといわれる由縁だ。
「さて、何が出ることやら」
視界の端に映るマップを確認しながら、シンは内壁にある門の一つに向かう。ベイルリヒト王国は中央に王城、それを貴族や大商人などの富裕層の住宅が囲んでいる。元はそこが一般住宅街だったようだが、住民の増加によってもう一回り壁を作り、身分の高い者とそれ以外とで住み分けが行われていた。貴族達と一般人の生活区。その境がシンの向かっている内壁だ。こちらももとは外壁だったので、しっかり強化が施されている。過去の方が使い手が残っていたのか、強化の度合いはこちらの方が上だ。シンとしては内壁が役に立つ日が来ないことを祈るばかりである。
「さて、さすがにここで躓くことはないと思うが」
しばらく歩いて外壁よりも小さめの門が見えてくる。内壁も外壁同様、東西南北に門があり、出入りがチェックされている。身分の高い者が多いので、ある程度身分のはっきりしている者しか通してもらえない。
このある程度というのが曲者で、Dランクの冒険者程度では依頼でも受けてなければ門前払いである。穴熊亭に届いたバルクスからの手紙には、内壁への出入り許可証が入っていた。
「……いいだろう、入れ」
門の警備をしていた兵は、許可証と別の書類を交互に見てシンを通した。許可証を受け取り、シンは内壁の内側へと歩を進める。
「……閑静な高級住宅街ってところか」
内壁の外側と違い、内側は人通りがほとんどない。歩いているのは服装から使用人と思しき者ばかりで、大抵は馬車に乗って移動していた。
屋台などはもちろんなく、まるで別の国にでも来たような錯覚を覚えるほど音がない。
(3、4、5……8人か)
王城へ向けて歩く途中、シンは自分に向けられている視線を感じていた。武芸と魔術、双方の隠蔽を使って付かず離れずシンを囲むようにして移動している。マップ上で表示されているマーカーの色は緑。今のところ監視者に敵意はないようだ。
「仕掛けてくる気配はなし、か。聞いてた感じじゃ、王女さんはこういうことをするようには思えないんだけどな」
バルクス達から聞いた第二王女の印象では、隠れて監視するようなことをするよりは直接乗り込んできそうな印象があった。決めつけるわけではないが、他の勢力が動いているのかもしれない。
「……ああ、帰りたい……」
紛れもない本心だった。
ここまで来ておいて今更帰ることなどできないのだが、嫌なものは嫌なのである。
とはいえ、そんな心境でもシンの足は少しも止まることなく王城へ向かって歩を進める。
「すいません、第2王女様より呼び出しを受けて参上しました。取り次いでもらえますか?」
「話は聞いている。許可証を提示してくれ」
王城の門を守る衛兵に声をかけ、入城許可をとる。話は伝わっていたようで、許可証を確認した衛兵は門の脇にある衛兵の詰所を通してシンを場内に入れた。シン1人のためにわざわざ開門する気はないらしい。
「今案内の者を呼びに行かせている。少し待っていてくれ」
「わかりました」
とくにやることもないので門の内側を眺めて時間をつぶす。門からは整備された道が城の内部に向かって伸びている。雨の時でも濡れずに降りれるようになっているようだ。
しばらく待っているとシンの方へ向かってくる騎馬の姿が見えた。赤を基調とした鎧を着た人物が手綱を取っている。シンの前まで来ると馬を停止させて下馬した。
「失礼。冒険者のシン殿で間違いないか?」
「はい、そうですが」
「俺はガドラス・ジャール。リオン王女より君を迎えるよう言付かっている。案内するのでついてきてもらいたい」
「わかりました」
うなずいてガドラスの後について歩く。歩きながら、シンはステータスをチェックした。
――――ガドラス・ジャール Lv.188 暗黒騎士
レベル188。その数値はシンも覚えがある。メイン職は騎士から派生する上級職の1つである暗黒騎士。その上、着ている鎧は特殊級下位の【一角鱗獣の鎧】だ。レベル、相応のステータスが要求される職業に装備、そしてわずかに放たれる研ぎ澄まされた武の気配。恐らく、シンの前を歩く男が王国騎士団団長なのだろう。
いくら自分が上級選定者と目されているとはいえ、王国最強戦力の一角がわざわざ迎えになど来るのだろうかとシンは思ってしまう。
(暗にそれだけの価値があると伝えたいのか?)
それとも一般の兵士では暴れたとき取り押さえられないからか。
いろいろと勘繰ってみるが、結局これといった確信は得られなかった。王族貴族の考えることの裏を読むなど、そういった人種に会ったこともないシンには不可能だ。会って話をすればまた話は別なのだろうが、現状ではやれることなどなかった。
大人しくガドラスの後についていく。どういうわけかほとんど誰ともすれ違わない。
「君は、実はどこかの貴族の家系だったりするのかな?」
「いえ。どこにでもいそうな平民ですが?」
唐突にガドラスが聞いてくる。どうやら終始無言で歩こうというわけではないようだ。
シンはシュニー達がいれば、どの口が言うのかとつっこまれること請け合いの返事を返す。
「そうなのか? ああ、俺のことはガドラスでいいぞ。俺は冒険者から騎士になった口でな。かしこまられるのは性にあわん」
「では、ガドラスさんで」
「まあいいだろう。話を戻すが、俺は城に呼ばれた時、鎧で登城して呆れられたんだが、君は服装にもしっかり気を配っていたのでね。平民上がりの冒険者はそういったことには疎い者が多いから気になってな」
「ギルマスから身綺麗にした方がいいと伺ったもので。実のところ、これでよかったのか不安で不安で」
わざわざ礼服で来る必要もなかったようだ。失敗したか? とシンは思ったが、とりあえずバルクスの助言を参考にしたことにする。
「王城に来るなんて初めてなので、慌てて用意したんですけど」
「いや、行く場所によって服装を選ぶのは悪いことじゃない。むしろいいことだと思うぞ」
そんなやりとりをしながら歩いていると、ガドラスがある扉の前で立ち止まった。シンでもわかるくらい他の扉とは装飾のグレードが違う。
「この中にリオン王女がおられる。冒険者相手に礼節を求めるような方ではないから、あまり緊張しなくていいぞ」
「がんばります」
ガドラスが扉をノックし、シンが来たことを告げる。わずかな間をあけて、扉が内側から開かれた。ガドラスとともに室内に入ると、扉が閉められた。メイドでもいるのかと思ったシンだが、扉を開いたのも閉めたのも男性の騎士だった。
――――フェイゼル・アーディット Lv.175 聖騎士
見た目は金髪碧眼の優男といった風貌だが、職が聖騎士だ。恐らくはこの男も選定者なのだろう。ヴィルヘルムも公表されている以上の選定者がいるだろうと言っていた。
あまりそちらに意識を向けるわけにもいかないので、すぐに意識を前に向けた。部屋の中央には品の良いテーブルと椅子があり、1人の女性が座っていた。
美しい女性だ。鮮やかな金色の髪を頭の後ろで結っているが、それでも背中まで届いている。シンを見つめる瞳はルビーを思わせる深紅。スタイルもよく、ある部分はティエラにも匹敵するだろう。
ただ、その服装は姫というイメージからはかけ離れていた。上半身は胸から腹までを覆うタイプの皮鎧と、その上から羽織った白地のジャケット。下半身は赤いホットパンツと膝まである同色のロングブーツだ。
ジャケットはボタンを一つも止めていないので、皮鎧で押し上げられた胸の谷間がシンの位置からでもよく見えた。どう考えても王女のする格好ではない。
――――リオン・シュトライル・ベイルリヒト Lv.230 魔剣士
とはいえ、表示される名前とレベル。伝わってくる気配から、彼女がシンを除けばこの室内で最も強いことは分かる。シンは戦闘を想定した服装なのだろうとあたりをつけた。どうやら、一戦交えるのは避けられないようだ。
「よくきてくれた。私はリオン・シュトライル・ベイルリヒト。この国の第2王女だ。よろしく頼む」
「冒険者のシンと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
自己紹介をしつつ頭を下げる。
「おや、なかなか様になっている。私はあまり礼儀を気にしないたちでね。作法は気にしなくていい。気軽にリオンと呼んでほしい」
「……ではリオン様と」
王女が礼儀を気にしないのはまずいんじゃないだろうかと思わなくはないが、さすがにシンもそれを言うのは避けた。下町によく出没し、冒険者顔負けの活動をする王女だ。そんなこともあるだろうと自分を納得させる。見た目は王女の名に恥じない美しさだが、あまり王族の威厳は感じられない。親しみやすい雰囲気を持っていた。それが王族としてプラスなのかマイナスなのかは意見の分かれるところだろう。
「お嬢、初対面でそれはいかんでしょう。困惑してますよ」
「いずれは轡を並べるかもしれん相手だ。王族だからと変に壁を作るよりはいいだろう?」
「っ……シン、悪いが王女はこういう方だ。身分は気にせず気軽にやってくれ」
「はぁ……がん、ばります?」
王女というよりは、人当たりのいい冒険者といった方がいいのではないかと思ってしまうシン。ガドラスも何やら口調が砕けていた。どうやら、これがこの主従のいつものやり取りのようだ。
困惑しつつもちらりとフェイゼルに視線を向けると、我関せずとばかりに部屋の備品のごとく直立不動を保っていた。
「ええと、とりあえず私が呼ばれた理由をお聞きしたいんですが」
「む、堅苦しい言葉は使わなくてもいいのだぞ?」
「いえ、そういうわけにも」
本人が許したからと言って、周りが同じように受け取るとは限らない。王女に悪意がなくとも、監視者もいるのだから変に馴れ馴れしく話して、後でそれを理由に何か言われても困るのだ。
「まあシンがそう言うなら仕方ない。今日呼んだ理由だったな。既に大まかな内容はバルクス殿から聞いていると思うが、例のスカルフェイスの件だ。レベルは359で、これを使っていたらしいな」
そう言って、リオンは足元に置いてあった巨大なケースを開ける。そういうのはメイドさんの仕事では? と思うシンだが、生憎とこの部屋にはメイドなど1人もいない。ついでに言うなら、お茶などの準備もされていない。
リオンが取り出したのは、以前シンが見たスカルフェイスの持っていた大剣だ。女性が持つには重すぎるはずだが、リオンはなんでもないとばかりに片手で持ちあげている。
「……たしかに、あの時のスカルフェイスが持っていたものですね。装飾と刀身を覆うオーラに覚えがあります」
かなり印象に残っている相手だったので、武器の方もしっかりと覚えていた。そういえばと戦闘中にし忘れていた【鑑定】スキルを発動させる。ここで初めて、シンは大剣が伝説級だと知った。
銘もあり、【ムスペリム】というらしい。
「うむ、相当な手練だったと思うが?」
「そうですね。武器がもう少し脆ければ、逃げるしかなかったと思います」
「これと打ち合えるだけでも相当な業物だったのではないか?」
当時装備していた数打が柄だけになった話も聞いているのだろう。見た目からしてもシンの持っていた数打は刀身部分は1メルを少しこえる程度しかない。対してムスペリムは2メルはある肉厚の刀身を持ち、剣幅も数打の数倍ある。よほどの業物でなければ、まともに打ち合えるとは思わないだろう。
「旅の途中でたまたま手に入れたんです。一応希少級くらいの性能はあったと思いますが」
本当は一般級を強化しただけなのだが、この世界で武器の最大強化がどれほどの価値なのかわからないので無難な方にしておいた。希少級ならば件のムスペリムとも打ち合えなくはないし、無理をして壊れてしまうのもうなずけるはずだ。
「今は普通の武器を?」
「いえ、ベイルーンに向かう護衛依頼を受けていたんですが、途中で盗賊に襲われまして。そいつらの持っていた武器が魔剣だったので、今はそれを使っています」
盗賊の持っていた物は基本的に討伐した者に所有権がある。今使っている武器のことも調べられている可能性があったので、辻褄合わせに利用させてもらった。
「なるほど、魔剣ならば君の使用にも耐えられるだろうな」
「だといいのですが。手に入れてから実際に使用したことがほとんどないので、まだ何とも言えませんね」
「馴染ませてはいるのだろう?」
「一応は」
ああ、戦う流れだ。
そう思いながらシンはリオンと言葉をかわす。モンスターから武器、さらにその習熟。自然な流れではあるが、こう戦闘関連の話が続くとその流れででは一戦、という話になるんじゃないかと考えてしまう。
「ふむ……」
「…………?」
てっきり、じゃあ一戦とでも来るかと思えば、一つ頷いて黙り込むリオン。シンとしては、どうすればいいのか判断に迷う反応だ。
「ええと、どうかしたんですか?」
「いや、うむ。やはり君は違うな」
「違う、ですか?」
話の流れが見えず、オウム返しに疑問を投げる。
「君のようにいきなり頭角を現す冒険者は大概が選定者だ。ガドラスのときもそうだったが、その能力が上級に値すると判断された時は王宮に呼ぶのが通例になっている」
「まあ、理解できます」
「ただ、中にはそれを利用してこちらの選定者を暗殺しようとする輩もいる」
「……そりゃまた物騒な」
なら自分をいきなり王女に合わせていいのかよ、とシンは問いかけたくなる。だが、話はまだ続くようだったので口を挟まずにいた。
「君にもそういう疑いを持つ者がいたんだが、どうやら大丈夫そうだ」
「疑いを晴らすようなことを言った覚えはありませんが」
「当然だ、私の勘だからな」
「えー」
つい素の口調が出てしまった。それも仕方がないだろう。国に害をなすかもしれない相手の判別を勘に頼るなど聞いたことがない。外れたらどうするというのか。
「素が出たな」
「そりゃ、でますよ。もっとこう、具体的な証拠とかないと周りが納得しないでしょうし」
「問題ない。私は【直感】のスキルもちだ。生まれてこのかた、勘を外したことは一度もない。それに、これでも一国の王女の1人だ。人を見る目は養っているつもりだよ」
してやったりと微笑むリオンの言葉を聞いて、シンは【直感】にそんな効果あったっけと考えてしまう。あくまで戦闘補助のスキルだったはずだ。どちらかというと女の勘といった方があっているような気がする。
(……まさか、女の勘を【直感】が強化してんのか?)
ついそんなことを考えてしまうシンである。
「まあ、1番の決め手は月の祠の紹介状を持っていることだけどね」
「ですよねー」
現状では最強の身分証明書だ。もとより、ほとんど疑ってはいなかったらしい。リオンの勘はあくまでおまけのようだ。
「複製などできないし。シュニー殿が暗殺をもくろむような輩に紹介状を渡すなどありえん。奪った可能性もなくはないが、紹介状持ちは盗難への対策が尋常ではないからな。いまだに誰一人奪われた者はいないという話だから、今回は最終確認のようなものだったのだ」
「なるほど、ではここからが本題ですか?」
「そうなる。単刀直入に言おう。私と勝負してほしい!」
「いやお嬢! 仕官の話が先でしょうが!!」
勝負を挑んできたリオンにすかさずガドラスが割り込む。どうやら打ち合わせとは違ったようだ。
「何を言うガドラス。やはり本当の実力は刃を交えてからではないと正確に判断できないだろう?」
「それにしたってもうちょっと言い方ってもんがあるでしょう。どこに私と勝負だ、なんて言って冒険者に戦いを挑む王女がいるんですか」
「おしとやかな王女は姉上の担当だよ」
「担当って……」
何やら苦労しているようである。
「王女様の願いですから断りはしませんけど、出来れば武器は訓練用でお願いしたいんですが」
シンの武器もそこらの鈍とは一味もふた味も違うが、さすがに伝説級と正面から打ち合ってはどこまでもつかは不明瞭だ。
「わかっている。騎士の使っている武器を貸しだそう。壊しても構わない」
「ならいいんですけど。さすがにそれと打ち合うのは勘弁していただきたいので」
そんなことを言いつつ、もっと危険な武器がアイテムボックスに眠っているのは秘密だ。
「では、さっそく訓練場に向かうとしよう」
意気揚々と歩きだす王女。言葉とは裏腹に歩く姿は隙がなく、優美だ。立ち振る舞いだけを見ていたら、誰もあんな性格だとは思うまい。片手に持った例のムスペリム入りの巨大ケースがなければだが。
「お嬢……」
「……大変ですね」
「わかってくれるか」
肩を落とすガドラスに同情してしまうシンだった。
◆◆◆◆
シン達が訓練場に向った少し後。部屋に残ったフェイゼルは、シン達の気配が遠ざかったのを感じて肩の力を抜いた。
自分でも気づかぬうちに緊張していたらしく、かなり筋肉が強張っているのを感じる。1度深呼吸をして脱力。多少ましになったのを感じて小さく息を吐く。
「疲れているようだな」
「まあね」
フェイゼル以外、誰もいないはずの部屋にどこからともなく男の声が響く。話しかけられたフェイゼルは驚くことなく返事を返した。声の主はフェイゼルの同僚だ。
「緊張するような相手か」
「うん、さすがは紹介状持ちだね」
どこか疲れた笑顔を浮かべてフェイゼルは声の質問に答える。フェイゼルの役目。それは自身の持つスキルによって相手の情報を得ることだ。
「見えたか?」
「見えた。けどたぶん、ステータスを誤魔化してるね」
彼、今まで来た人の中で一番まともじゃないよ。
そう続けてフェイゼルは声の反応を待った。
「それほどか?」
「間違いないね。一応名前はシンで、レベルは200。職業は侍。ただ、近くで実際に顔を合わせた感想を言わせてもらえれば、情報が書き換えられてるだろうね」
相手の能力を暴くことに特化した選定者であるフェイゼルだからこそ確信が持てた。リオンやガドラスは気付かなかった、シンの実力。その身から漏れる力の一端を、正確に感じ取っていたのだ。実際はレベル以外はそのままなのだが。
「この僕が満足な情報を一つも得られないなんて不覚だけど、これだけは言える。彼は強いよ。僕らの想像の及ぶ以上に」
「おまえがそこまで言うとはな。この件は王に報告しておく」
「頼むよ。できれば、無闇にちょっかいは出さないように伝えてくれると助かるかな。ヴィルヘルム君の時みたいに、愚か者たちが動いたら大変だ。少なくとも、僕は彼とは戦いたくないね」
「それはこちらでも手を打とう。上級選定者を敵に回すわけにはいかない」
その言葉を最後に声は聞こえなくなった。報告に行ったようだ。
「やれやれ、今日はもう帰りたいな」
生きた心地がしなかった。
そう呟いて、フェイゼルも部屋を後にした。
◆◆◆◆
フェイゼルから恐れられているとはつゆ知らず、シンはリオン達とともに騎士の使う訓練場に足を運んでいた。
「一応確認なんですが、まさか兵士達が訓練してる中で戦うんですか?」
「いや、私達が戦うとなれば呑気に訓練などさせるわけにはいかない。今日は演習で半数が出払っているし、残りは自分達に割り振られた仕事についている。のぞけないとは言えないが、大勢の中でということはないな。シンは戦いを人に見られたくないタイプなのか?」
「わざわざ手の内をさらすのは遠慮したいっていうのが本音です。ギルドでは誰もいない訓練所で戦いましたし」
「ほほう、慎重なのだな」
「冒険者ってそういうものじゃないんですか?」
騎士と違い、ソロで動くことも多い冒険者はいざというとき切り札の1つや2つ用意しているものだとシンは思っていた。
「どちらかと言えば、力を誇示して名声を得ようとするやつのほうが多いな。実力が認められれば、俺のように仕官することもできる」
「そういうものですか」
「もちろん、切り札を隠し持ってるやつやおまえのように手の内を見せないやつもいるがな」
シンの疑問に元冒険者であるガドラスが答える。珍しくはないようだが、どうやらシンのようなタイプは少数派らしい。
「私個人としてはシンのようなタイプが好ましいな。力さえあればいいという者はどうも好きになれない。力を持っているからこそ、その使い方をしっかりと考えねばならないのだから」
「力を持つ者の義務……ってやつですか」
「強者の義務だ。選定者は必ずしも戦闘力が高いわけではないからな。力ある強者だと自覚した時、その力が自分や周囲にどんな影響を与えるのか、常に考えなければならない。それが望んで得たものでなくても、いつかは考えなければならないことだ」
私は王族だから、そういう考え方の下地ができていたというのもあるのだがな、と最後に付け足して、リオンは苦笑した。
もとより王族とはその言動が周囲に影響を与える存在だ。ある意味では、選定者といえなくもない。だからこそ、王族としての教育はリオンに正しく力ある者のあり方を学ばせていた。
同時に、自分が姫と呼ばれる存在とは真逆の立ち位置だと教えることにもなった。力を制御するために日夜剣を振り、戦うことを義務付けられる。作法や稽古ごとよりも軍事知識を教えられる。剣だこの出来た手を見て、それが一国の姫の手などと思うものはいないだろう。
「大変ですね」
「他人事のように言うが、シンとてわかっているだろう?」
「俺は国に仕えているわけじゃないですからね。冒険者は気ままなものです。それに四六時中そんなこと考えてたら疲れますし、何事もほどほどにですよ。じゃないと、気が休まらないじゃないですか」
リオンの考えを否定する気はシンにはない。事実、そういう考えを持って行動することは大切だ。だが、持っている力も置かれた立場も人それぞれ。自覚せずに好き勝手する者もいれば、自覚してなお好き勝手に動く者もいる。その後どうなるかは、神のみぞ知るというところだろう。
もちろん、シンはすべてを天に任せるようなことはごめんなので、それなりに考えて行動しているつもりだ。うまくいっていると言えるかどうかは、微妙なところであるが。
「そう言えるところは、少し羨ましくもあるな」
「まあ、何かあったらあったで、面倒なのは変わりませんが」
「軍に入れば、少しは面倒事が減るかも知れんぞ? 将軍とは言わんが、それなりに高い地位が約束されているからな」
「代わりにいろいろとおまけがついてくるじゃないですか。申し訳ありませんが、遠慮させていただきます」
さりげない勧誘をさらっとかわす。自由に動けなくなる軍になど入る気はない。貴族や王族などといった身分制度のない世界で生きてきたシンにとって、彼らの考えは理解の範疇を越えている。ファンタジー系のゲームや漫画ではある意味お馴染だが、その知識だけで知った風な口を利けるほど自惚れてはいない。
「残念だ。上級選定者はなかなか会えるものでもないのだがな。っと、着いたか」
シンがうなずくとは思っていなかったのだろう、さして残念そうでもない顔をしながらリオンは肩をすくめる。目指していた場所についたのか、周囲にあるものと大差のない扉の前で足を止めた。
「ここが?」
「戦いを見せたくないという要望だからな」
そういうと、リオンは扉を押し開ける。その先には冒険者ギルドで見た転移ポイントがあった。
「転移するんですか?」
「そうだ。ギルドでもそうだったのではないかな?」
どうやら転移ポイントについてはギルドも王城も共通らしい。
転移した先は、ギルドの時とは違い半径100メルほどの円形の広場だった。
「ギルドの訓練場とは作りが違うんですね」
「選定者同士の戦闘を前提に作られたといわれている。人目もないので存分にやれるぞ。実をいうとシンが何も言わなくとも、ここで行う予定だったのだ」
さすがにそこは考慮していたようだ。力試しとはいえ、選定者にとって『少し』の力が一般兵にとっても『少し』である保証はない。
「いわれている、ですか?」
「それ以外の用途がなかなか見つからなくてな。転移ポイントは栄華の落日以前の技術で、我々もまだ完全に解明できていない。ここも何のために作られたのかは、実はわかっていないのが現状だ。ただ、かなり頑丈な作りでな。過去の訓練場だと考えられている」
なるほど、とシンは思う。妙だとは思っていたのだ。転移の魔術が失われたといわれているにもかかわらず、当たり前のように転移ポイントが設置されていたことが。転移ポイントの製作には転移の術式が必要なのだ。
(なるほど、もとはどこかのギルドハウスなのか)
この世界でギルドと言えば冒険者ギルドを指す。だが、ゲームだったころはいくつものギルドが存在し、それに応じた数のギルドハウスが存在した。その規模や様式はギルドによって様々。城を作ったり、店舗がそのままギルドハウスだったりと同じものはひとつとしてなかった。そして、転移ポイントはギルドハウスの標準装備の1つだったのだ。
図書館の妙にレベルの高い強化もギルドに設置されていたものなら納得できる。恐らく、あれもギルドの設備を流用しているのだろう。
「さて、では始めよう。まずは好きな武器を選ぶといい。着替えが必要ならこちらで用意するぞ?」
「いえ、このままで大丈夫です」
どうやらバルクスとの一戦のようにそのまま即バトル、というわけではないらしい。
シン達が転移した先から数メルの場所に、剣や槍が用意されていた。鉄製だが刃引きがされているので、一応訓練用と言えるだろう。選定者の膂力で振った場合、少々どころではすまない怪我になるだろうが。
「では、これを」
いくつかある武器の中から、シンは標準的な片手剣を選択した。手入れはきちんとされているようだが、訓練用だからかあまり質はよくない。
リオンの方は肉厚の大剣を選んだようだ。2メル近い刀身を持つそれを、木の枝でも振るように振り回している。
「リアルで見ると違和感がありすぎるな」
ゲームなら違和感などないのだが、モンスターならともかく、標準的な女性の細腕で身の丈ほどもある剣を振りまわしている光景はリアルで見ると非常に違和感があった。
本人は準備運動のつもりなのだろう。大剣が一閃するたびに空気を切り裂く音がシンの耳に届く。
いつまでも見ているわけにはいかないので、シンも軽く剣を振って体をほぐしておくことにした。
互いに準備が整ったところで、訓練場の中央で武器を構える。
「実力を確かめる戦いだ。ある程度力を出してもらうぞ」
「お手柔らかに」
やる気満々のリオンに、苦笑いでこたえる。
審判はガドラスが務め、どちらかが相手を抑え込むか、致命傷だと判断される一撃が入ったら終了だ。もちろん、致命傷といっても寸止めである。2人の実力ならそれくらいは造作もない。
「では、始め!!」
『ッ!!』
ガドラスの掛け声とともにリオンは前に出る。右肩に担ぐようにして構え、最短距離でシンに斬り込む。
対するシンも同様にリオンに斬り込んでいた。斜めに叩きこまれる大剣に、腰だめに構えた剣を振り抜く。まともに打ち合えば強度で劣るシンの剣が折れるのは間違いない。ゆえに、打ちつけるのは大剣の腹の部分だ。ギンッ! と甲高い音を立ててリオンの大剣がシンからそれる。
さらに一歩踏み込み、シンはリオンの懐に飛び込もうとした。しかし、次の瞬間シンの眼前にリオンのブーツの裏が迫る。
「うおっ」
咄嗟に首を倒し、繰り出された蹴りを回避するシン。追撃するように放たれた拳もかわし、一旦距離をとる。
どうやら大剣が迎撃されると同時に武器から手をはなし、体術による反撃に出たようだ。シンのそらした大剣は振り下ろす力の方が大きかったのだろう、斜めに地面に刺さっていた。
一般人なら反応できない速度。選定者の能力があればこその高速戦闘だ。
「慌てることなく今のをかわすか。多少驚かせるくらいはできると思ったんだが」
「いや驚いてますよ。いきなり武器捨てて格闘戦とか、予想してませんて」
戦闘中に武器を手放すことがないとは言わないが、戦闘開始直後に行うことはまずない。選定者でなければ間にあわずに切り捨てられているだろう。思い切りがいいにもほどがある。
「当然のようにかわしておいてよく言う。次はそうはいかんぞ」
地面に刺さった大剣を抜き、構えるリオン。その構えは実に堂に入っていた。選定者としての能力に甘えず、鍛練をこなしてきた者の構えだ。
「次はこちらから行きます」
言ってシンはリオンに向かって距離を詰める。
今のシンはジラートからの情報をもとに、ステータスにある程度の制限をかけた状態だ。制限による能力制限で、STRとAGIが500ほどになっている。近接重視の上級選定者であるリオンと打ち合うなら、このくらいでいいはずだ。
シンは体当たりするくらいの勢いで突っ込み、剣の鍔元でリオンの大剣を押しこむように動く。鍔迫り合いとなった状態で、さらに剣を押しこんでいく。
「私と力比べか」
「これでも腕力には自信があるんですよ」
ギリギリと音を立てる武器を挟んで、シンとリオンは言葉をかわす。
押していたシンの剣が止まる。どうやらシンの言葉を受けて、リオンは腕力勝負を受けて立つことにしたらしい。リオンの細腕に力が込められる。同時に突進の勢いで押されぎみだった大剣が動きを止めた。
時間をかければ押し切れるかもしれないが、その前に手を打たれるのは明白だ。
(STR500で押し切れないか。さすがジラート。推測は当たりだな)
上級選定者のステータスは、高い項目でも500前後というジラートの推測は当たっていたようだ。
「腕力は互角かな?」
「そうみたいですね」
互いにバックステップで距離をとる。
シンは正眼、リオンは上段に構えた。
「スキルを使ってもいいぞ。遠慮はなしだ」
「では、お言葉に甘えて」
リオンとシン、使用するのはどちらも補助系武芸スキル【操気・活閃】だ。
シンは正眼の構えから剣を腰の左側へ移動させ、柄に近い刀身部分に左手を添えると腰を落とした構えをとる。鞘なしの居合の構えだ。対するリオンは構えを変えずにその場にとどまる。シンの目にはリオンの体を覆うオーラが研ぎ澄まされていくのが見えた。
補助系武芸スキルによる強化は使用時のステータスを基に算出されるので、現状でシンとリオンの間に強化による能力差はほとんどない。
あるとすれば、それはスキルに頼らない技量の差だ。
「シッ」
先に仕掛けたのはシンだ。動かないリオンに対して、摺り足で間合いを詰める。そして、リオンの間合いの一歩手前から地面を滑るようにその間合いへと飛びこむ。本来の形とは言えないが、それでも一般人からすれば認識するのも難しい速度で剣はリオンに向けて突き進む。
そんなシンの繰り出す斬撃には眼もくれず、リオンは大剣を振り下ろす。研ぎ澄まされた気の爆発による瞬間的な加速。その速度はシンの一撃を上回る。
まともに受ければ命にかかわるだろう。そんな頭上から迫る大剣を、踏み込んでいた左足に力を込めることで体を反らして回避する。大剣を振り下ろしたばかりのリオンは武器の重さゆえにすぐには動けない。そこにシンは横薙ぎを仕掛けるが、リオンはしゃがみこむことでそれを回避する。
「ふっ!!」
同時に身体を捻って足払い。
シンが足を浮かせて回避するも、リオンの追撃は止まらない。回転した勢いを殺さぬまま地面から大剣を抜き、さらに一回転。足払いの勢いをそのまま大剣を振る力に変える。空気を切り裂く音とともにシンめがけてお返しとばかりに横薙ぎを繰り出した。
地面からわずかに飛んだだけだったシンは、再度地面を蹴りつけて大剣の間合いから逃れる。
一撃が外れたと見るや、リオンは勢いがついたままの大剣をピタリと止めた。遠心力に引っ張られそうなものだが、リオンに体勢を乱した様子はない。近接戦タイプの選定者というのは伊達ではないようだ。
(てか今の、かわせなかったら普通に死ねた気がする……)
殺意こそないが、脳天にリオンの大剣を受けて無事でいられたとは思えないシン。今のリオンの動きを見れば直前で寸止めしてくれただろうことはわかる。だが、大剣の地面への突き刺さり具合を見ると些か不安がぬぐえなかった。
現状、シンは防御力に関するステータスには制限をかけていない。ゲームだったころなら、さきほどの大剣の一撃を受けても掠り傷一つ負わないだろう。とはいえ、生身でそれを試す勇気はシンにはない。
「どうやらお互い、似たタイプのようだな。反応速度も同じくらいか」
「そうですね。決着をつけるのは難しそうですし、このくらいでお開きにしません?」
「そうか? もう少しやりたいところだが」
リオンは不完全燃焼のようだ。
「訓練用の剣だと、どこまで力を込めていいのかわかりにくいんですよ。リオン様の剣も曲がってますし」
訓練用の剣ではシン達の力に耐えられない。その証拠に、リオンの持つ大剣は鍔元から30セメルほどのところでへの字に近い形で曲がっている。よく折れなかったと褒めていいだろう。
シンの持つ剣も刀身が歪み、大剣と打ち合った部分が欠けている。
「む、やはりもたなかったか」
「少なくとも、身体能力に関してはお互いよくわかったと思いますが」
「いいんじゃないですか? 腕力はお嬢と互角、その上あの反応速度。様子見としちゃ十分でしょう」
「あまり無理強いをするものでもないか。わかった。手合わせはここまでにしよう。私のわがままに付き合ってもらって感謝する」
2人の戦う様子を見ていたガドラスが助け船を出したことで、手合わせは終了となった。あのままヒートアップさせるのはマズイと、直感で悟ったのだ。
ガドラスとて上級に近い選定者だが、2人の攻防は目でこそ追えるものの、反応できるかといわれると断言できないだけの領域に差し掛かっていた。訓練場にきてからまだたいして時間がたっていないにもかかわらず、戦いを止める方向に持っていったのもそのためだ。
リオンの動きについていける時点で、並みの選定者でないことは確定している。上級選定者と判断しても問題はない。
「では、戻ろうか。その剣は元あった場所に置いておけばいい」
「わかりました」
シンはもはや使い物にならなくなった片手剣を元あった場所に戻す。戦いを始める前からもたないだろうとは思っていた。最初の打ち合いで砕けなかっただけもうけものだったのだが、打ち合った角度が良かったのだろう。
「ところで、少々伺いたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「なんであの剣を持ってきてるんですか?」
訓練場に向かうときも当たり前のように持ってきていたので、訓練用の剣でいいと言われた時から変だと思っていたのだ。
「これか。……話は変わるのだが、ベイルリヒト王国には男性が女性に求婚する際に剣を贈る習慣があってな」
「……それはまた――――――物騒な」
リオンには聞こえないようにシンはつぶやく。
それはあれか? 浮気したらたたっ斬れってことか? と邪推してしまう。
「なんでも、もし浮気などしようものなら叩き斬られたらしい。今では形式しか残っていないがな」
「……マジなのか」
正解だったらしい。
側室とかどうしていたんだろうと、どうでもいい疑問が浮かんでしまった。
「それでだ。実は私の寝室の壁に突き刺さったこれなんだが、私への贈り物ということにしてもらいうけたんだ」
「それは、無理がないですか?」
「問題ない。そうすれば合法的に私の物になるからな!」
「意外と腹黒いっ!?」
茶目っ気を見せるリオンだが、本当のところはリオンの身体能力についてこれる武器がなかったため、件の大剣に白羽の矢が立ったというのが実情らしい。上級選定者の全力に耐えうる武器というのは、今の世界ではなかなかお目にかかれない。あったとしても、大概は腕の立つ冒険者や名だたる騎士などが保有しているのだ。
ベイルリヒト王国でリオンの全力に耐えられたのは、国を象徴する宝剣だけ。しかし、リオンが出るたびに宝剣を持っていくわけにもいかないので、どうしたものかと頭を悩ませていたようだ。スカルフェイスのもっていた大剣は耐久力も申し分なく、呪いなどもかかっていなかったのでこれ幸いと手をまわしたらしい。
加えて言うなら、持ち主だと名乗り出る者がいた場合もいろいろと考えていたようだ。
「確認なんですが、俺ってリオン様に求婚してることになってます?」
「うむ、そうなるな」
「大剣を吹っ飛ばした件については、本当に偶然なんですけど……」
「わかっている。私としても強引な手段をとる気はない。シンが国に仕えてくれれば心強いが、へたに機嫌を損ねて余所に行かれては元も子もないからな。上級選定者は味方になれば頼もしいが、敵に回ると厄介極まる。できれば他の国に仕官してほしくもないが、こればかりは本人の意思次第だ」
「今のところ、どこかに仕官する気はないんですがね」
「むしろどこにも所属していない方が怖いという者もいる。いつどうなるか予想がつかないからな。そういうのを嫌う者は意外と多いぞ?」
上級選定者は個でありながら軍と渡り合える存在だ。だからこそ、首輪のついていない状態が恐ろしいようだ。
「一応、冒険者ギルド所属ですが」
「あそこはペナルティを恐れなければすぐに脱退できるからな。まあ、シンが例の紹介状を持っていることをギルドで明かしてくれたおかげで、先走りしそうな者達を抑えられたのだが」
「そうなんですか? 門のところで衛兵に見せてますから、そこからばれたのかと思ってました。ギルドもそんな感じでしたし」
「もちろんそこからも情報は得ている。ただ、衛兵に見せた時点では偽物の可能性も0ではない。しかし、冒険者ギルドのマスターが認めたとなれば話は違ってくる。本物と見分ける方法があるからな。判断材料にするなら、より確定した情報が望ましいのはわかるだろう?」
「たしかにそうですね。というか、その先走りしそうだった人たちは何をしようとしていたんですか?」
何となく予想はつくが、あえてシンは質問してみた。
「寝室に剣が突き刺さった件で罪人として捕え、そのままなし崩しに国に仕えさせようとしていた」
「……まあ、わざとではないとはいえ、一歩間違えば死人が出てもおかしくはないですからね」
壁に突き刺さったのは、ひとえに幸運のたまものだ。
「それはそうだが、その原因となったスカルフェイスは特殊個体だったのだろう? なら、手を抜けるような状況ではなかったはずだ。そのまま逃がしていればどれほどの被害が出たかわからない。あのときは特殊個体を相手にできるような冒険者がほとんどいなかったからな。情報がそろうまで被害は出続けただろう。むしろ私が礼を言いたいくらいだ」
「はあ、とりあえず罪人認定されないならいいです。動きにくくなりますから」
「ふふっ、そんなことでいいのか? ここは恩を売れるところかもしれんぞ?」
「王族に恩を売る度胸はないですよ。それで、結局その話が大剣とどうつながるんです?」
「ああ、つまりだな。これを譲ってほいんだ」
そう言って、ムスペリムの入ったケースを持ち上げてみせるリオン。
「ええと、さっきの話じゃ既にリオン様の物になっているのでは?」
「たしかにそうだが、あれは例の先走ったやつらが懐に納めるのを阻止するという意味合いが強くてな。私の管理下に置いて手が出せないようにしていたのだ」
「なんかもう、ダメダメですね」
「こちらとしても、否定のしようがない」
上層部も一枚岩ではないらしい。貴族という特権階級によく見られる、腐った部分というのが存在するようだ。
「つまり、婚約ではなく贈り物ということにしてリオン様は正式に強力な武器を手に入れ、俺は国からのちょっかいを回避できると」
「もちろん、剣の代金は私の個人資産からしっかり出す。こちらのメリットが多いのも十分理解している。だが、どうか、これを私に譲ってほしい!」
最後の方は懇願だった。何か、過去に扱える武器がなかったせいで悔やむようなことがあったのかもしれない。そうシンに思わせるだけの必死さが、リオンから感じられた。力だけあっても、それに見合う武器がなければ本当の力は発揮できない。リオンはそれを理解しているようだ。
「こっちとしては今まで通り冒険者家業を続けていきたいだけなので、変なちょっかいをかけられないならそれでいいです。ただ、できたら国の図書館の許可がないと入れないゾーンに入れるようにしてほしいんですが」
「本当にそれでいいのか? 取引にもなっていないのは私だって理解している。遠慮はしないでほしい」
この世界の常識に当てはめれば、伝説級の武具の取り引きとしてはありえないと言っていい。それだけの価値が伝説級の武具にはあるのだ。
「今、俺がほしいのは金ではなく情報です。武器と違って、情報は金さえ出せばどうにかなるものでもないんですよ」
「それは私もわかるが。ふむ、なんというか、欲がないのだな。シンは」
少し呆れたようにリオンは言う。たしかに情報は時に黄金にも勝る価値がある。ただ、伝説級の武具に見合うような情報など、そうそうあるものではない。リオンとて閲覧許可のあるゾーンに足を運んだことはあるが、皆目見当もつかなかった。
「スカルフェイスを倒したのはシンだ。突き刺さった場所を考えなければ、本来所有権はシンにある。これ一本で、おそらく一生遊んで暮らせるほどの大金が手に入るだろう。むしろ金を積んでも手に入れられるかわからない代物だ。それをほとんど執着なく譲ってくれるというは、何か裏があるのかと逆に勘ぐってしまいそうになるな」
「それだけ俺が情報に価値を見出してるってことです」
シンの言葉に何やら訳ありかと推測するリオン。しかし、それはここで追及することではないと疑問を口にすることはなかった。
「では取引成立、でいいんですよね?」
「もちろんだ。実を言うともう何度か使っていてな。馴染んできたところだったのだ」
「…………」
もらう気満々だったんですね、とは言わないシンである。
シンとは無関係として接収してしまってもわからなかったはずだが、それをせずにきちんと頼むところには好感が持てた。面倒な話をなしにできるなら、シンにとっては伝説級の大剣くらい安い物である。
「許可証については後日届けさせよう。宿泊している宿はどこなのだ?」
「西区にある穴熊亭という宿屋です」
「わかった。ガドラス、手配を頼む」
「了解です」
リオンが話しかけると、今まで会話に入ってこなかったガドラスが答えた。
「シン殿。この度の件、俺からも礼を言わせてもらう。これでお嬢も心おきなく戦えるだろう」
「いえ、礼を言われるほどのことじゃないですよ。互いに利益のある取引でした。あと、一応確認なんですが、例の先走りした人達? がそちらの網をくぐりぬけてきたときは撃退してしまってもいいんですよね?」
「それについてはこちらも気をつけるが、遠慮なくやってくれ。上級選定者を脅迫するような馬鹿はもういないと思いたいが、そういった奴ほど自分にとって都合の悪い部分を見ようとしないからな」
シンが確認をとると、ガドラスが力強くうなずいた。やったらやったでそれを理由に処罰するのだろう。
「前例が?」
「ある。以前、シンと同じように上級選定者と認定されるほどの実力者がいたんだが、一部の馬鹿どもがそいつの身内を人質に取っていうことを聞かせようとしたことがあってな」
「……正直に感想を言っても?」
「遠慮なく言ってくれ」
「馬鹿ですね」
「そう思うだろう? ちなみにその貴族は主犯から実行犯まで全員殺されている。屋敷も全壊した。ちょっかいかけられた奴は、そのへん容赦なくてな。といっても、本人がやった証拠はないんだが」
「うわぁ……」
相応の報いを受けたようだ。ちなみに世間的には反乱を起こそうとした貴族を王国軍が討伐したことになっているらしい。
「ま、まあこっちとしちゃいままで通り過ごせればいいので、そこはお願いしますね」
「ああ、お嬢ほどじゃないが、俺も力を尽くす」
しっかりとうなずくガドラス。その隣でリオンも任せろとうなずいていた。それでも動く者は動くだろうが、王族が確約してくれているというのは大きい。ダメ貴族がいたら通報しようと決めたシンだった。
「あまりすぐに帰すと、強引な連中がうるさいのでな。お茶でも飲んでいってほしい。例のスカルフェイスの話を聞かせてくれないか?」
「そのくらいでしたら」
そのくらいならいいだろうとシンはうなずきを返す。転移ポイントを使って城に戻ると、転移ポイントのある部屋にはすでに人がいた。初老に差し掛かろうという男性にしては小柄な人物だ。白と青をメインにしたカソックを見るに神官、それもそれなりに高位とわかる雰囲気をまとっている。
違和感があるとすれば、現れたリオンに目もくれずに転移ポイントの操作盤をいじっていることだ。
転移ポイントに設定された行き先が多いときは、神官がしているように操作盤で行き先を指定する。以前冒険者ギルドでバルクスと戦った時にそういった操作がなかったのは、行き先の訓練場がギルドマスター権限がないといけない場所だったことと、すでに行き先が固定されていたからだ。
ギルドマスター権限が発動していない通常状態では一般向けの訓練場のみなので、こちらも選択の余地はない。
「あれはグレリール枢機卿? 一体何を」
「神官がいるんですか」
疑問を口にするリオン。教会とのパイプ役かな、とグレリール枢機卿と呼ばれた人物に視線を向けるシン。
しかし次の瞬間、分析によって表示されたステータスにシンは顔を強張らせた。
――――グレリール・ダレス Lv.161 神官
――――付与:魅了・Ⅳ 混乱・Ⅲ
ゲーム時代なら厄介な状態異常程度ですむそれらが、リアルとなった世界では非常に危険なものだというのは誰でもわかること。
そんな状態異常を2つもつけた人物が、転移ポイントの操作盤をいじっている。
「魅了と混乱を受けてるぞ!! そいつを止めろ!!」
叫ぶと同時にシンは駆けだそうとする。しかし、シンが一歩を踏み出すよりわずかに早く、グレリールの操作が完了した。
「う゛っ!?」
シンの視界がぐにゃりと歪む。通常の転移では感じない不快感が過ぎると、シンの周りの光景は一変していた。
「……マジか」
シンの周りを囲むのは一言でいえば廃墟だった。ボロボロの家屋と散乱した残骸が、人の存在を否定する。
シンは補助系スキル【千里眼】で周囲の情報を集めようとしたが、かすかに魔力を感じる薄い靄のようなものが遠くまで見通すことを阻害していた。
住宅地だったのか完全な倒壊を免れている建物は多い。とはいえ、その大半が壁に大穴があいていたり、2階部分が吹き飛んでいたりと明らかに風化による倒壊とは程遠い状態だ。視界の届く範囲には砕けたガラスや馬車の残骸。そして、明らかに人や馬のものではない足跡が見て取れた。
「ぅ……一体、何が」
シンが振り向くと、リオンが体を起こしたところだった。ガドラスやグレリールの姿は見えない。飛ばされたのはシンとリオンだけなのか。他の2人は別の場所に飛ばされたのか。今のシンには判断できない。
「どうやら、どこかに飛ばされたみたいです。リオン様は何か知りませんか?」
「転移か……あの転移ポイントから飛べる場所でこの荒れ具合……恐らく、いや間違いなく聖地カルキアだな」
「まさか、危険なモンスターが跋扈しているっていう?」
「そのまさかだ。ここのモンスターに私達を始末させようとでも思ったのかもしれないな」
聖地内にはレベルが500を超える強力なモンスターが常時徘徊しているという話だ。いくらリオンが上級選定者といえども、何の備えもなしに放り込まれて無事でいられる保障はない。
隣りにシンがいなければ、の話だが。
「ここにいたのは私達だけか?」
「はい、少なくとも近くにはいないはずです」
「なら、こっちに飛ばされたのは私達だけだろう。一度の転移で複数の場所に送ることはできないからな」
「つまり、2人は向こうに残ってるわけですか」
危険地帯に自分ごと飛ばす、というような特攻ではないようだ。
「とりあえず、カルキアから出ることを目標に動きましょう。誰かに心話は使えますか?」
「いや、生憎と冒険者カードはもっていないんだ。シンはどうだ?」
「一応使える相手はいますが、現状を伝えてもらってもガドラスさん以外に信じてもらえるかは何とも。取り次いでもらえるかもわかりませんし」
心話を使えることはあまり吹聴したくなかったが、さすがに今は緊急事態。素直に使えることを伝える。だが、正攻法で行けば間違いなく門で足止めを受けるだろう。シュニーが正体を明かせば別だろうが、そこまでさせる気はない。シュニー・ライザーと直接連絡が取り合えるなんてことが知られれば、ただの上級選定者という扱いではすまないだろうと予想できるからだ。
そんなことを考える余裕があるのは、シンが行動を共にしている時点でリオンの安全が確保できているからなのだが。
「向こうがどうなっているのかだけでも知りたいところだ。とはいえ、城に向かわせたところでどうしようもないか。グレリール枢機卿はガドラスが取り押さえているだろうから、シンに迷惑がかかることはないと思うが」
「俺も驚きましたよ。まさか、神官があんな物騒な状態異常をつけているとは」
ゲームならアバターの操作ができないだけですむが、こっちの世界ではそうもいかないはずだ。少なくとも、まともな精神状態を維持することなどできないだろう。加えて、このタイミング。シンとリオンが訓練をする時を狙っていたとしか思えないタイミングだった。
「何が起こってるんだか」
シュニーへと心話を飛ばしながら、シンはそうつぶやいた。
お知らせです。
この度、本作『THE NEW GATE』が書籍化します。
詳しくは活動報告にて。

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