【2】
シン達が馬車を警護しながら待つこと十数分。ガイエンとナックが戻ってきた。盗賊のリーダーの姿はない。生かしたまま連れて行く必要はないので始末したのだろう。
全員が馬車に乗り込み、盗賊への対処で遅れた分を取り戻すため少しスピードを上げて移動を開始する。御者はナックが引き受け、ガイエンが得られた情報をシン達に説明した。
「つまり、あいつらはナックさんの運ぶ荷物が目当てだったと?」
「そのとおりだ。なんでも教会縁の物らしい。その荷がなんなのかは知らされていないようだったがな」
「それは何をとってくればいいか知らされていなかったってこと?」
「そうなる。故に護衛、御者もろとも皆殺しにした後、馬車を奪う算段だったようだ」
話を聞いたシンは一瞬ラシア達のことが関係しているのかもしれないと思った。ラシアの司祭任命は教会の正式な認定を受けて初めて有効になる。そのために必要な書類なり、証明印なりを運んでいるのかもしれない。
ツバキの質問への答えから盗賊に依頼した者はそれを確保し、同時にそれが狙いだと悟られないように関係のないものまで奪ってこさせようとしたのだろう。
偶然とはいえグリムホースという普通の商人より早い移動手段を持つナックの護衛についたのは正解だったようだ。
その後はモンスターに襲われることも、盗賊に遭遇することもなく、一行はベイルーンに到着した。
グリムホースにひかれた馬車が門を通る。
同じように門から入る馬車は多く、混雑はしているがそれ相応に賑わってもいた。
ベイルーンは小国であり、周りにある国も似た規模だ。エルトニア大陸は2つの大陸が繋がったような形をしており、ベイルーンは片方の陸地の中心付近に位置している。物の流れが集約する位置取りなので、大きな国から侵略行為を受けることもあったが、そのような時は小国同士が同盟を結び、協力することで他国の侵略を防いでいた。各国が選定者を保有しているため、同盟を結んだ国が集まった時の総戦力は大国を上回るとさえ言われている。
「ご苦労さん、また機会があったら頼むぜ」
門をくぐってしばらく道沿いに進み、道具屋の前で馬車は止まった。
例によって商人らしからぬ言葉使いでナックが礼を言い、依頼完了の証明書をガイエンに渡す。これをギルドに提出すれば報酬がもらえるという仕組みだ。
「さて、拙者はこの後キルモントへ向かうのだが、皆はどうするのだ?」
「俺とティエラはファルニッドに用があるんだ」
「私もキルモントに用がある」
道すがらこれからのことを話題に出したガイエン。キルモントは竜王の治める、ドラグニルが多い国だ。
正式名称は竜皇国・キルモント。
シュニーの話ではシンのサポートキャラクターNo.4、ハイドラグニルのシュバイドがいる国でもある。
話をしてみるとガイエンとツバキ、シンとティエラで目的地が違うようだ。
「ふむ、これはまた見事に別れたな」
「コンビっぽいのはわかってた」
出会いと別れが冒険者の常。今度は別の護衛依頼を受けてキルモントへ向かうらしい。ガイエンとツバキはシン達と会う前も何度か同じ依頼を受けていた。なのでキルモントまで一緒に行くようだ。
報酬を受け取った後は、それぞれ「縁があればまた会おう」「見かけたら声をかけて」と言い残してキルモントへと旅立っていった。あっさりしているが別の依頼で再会することもよくあるらしいので、そういうものだと割り切っているのだろう。
「で、この後はどう進む? やっぱり馬車かね」
「たしか普通の馬なら1ヶ月半、馬車なら2ヶ月はみないとだめだったはずよ」
「あらためて思うが、遠いな」
ガイエンたちと別れ、その後の足について話し合う。考えた末、馬車を購入することにした。どちらにしろ、シンとティエラはシュニーが合流してからも旅を続けるのだ。持っていて損はない。そんなわけでシン達は今、ギルドに紹介してもらった旅用の馬車を扱っている店に来ていた。
「なんというか、高性能って言ってもどれも似たり寄ったりな性能なんだな」
「いやいやお客さん、これには訳があるんでさ」
「そうなんですか?」
「ええ、ちょっとまえに国の方で馬車を大量に買っていきましてね。ここにあるのはその後残った素材で作った上に、数を揃えなきゃいけなかったもんで、どうしても似たり寄ったりになってしまったんですよ。素材次第では、もう少しましになるんですがね」
「なるほど素材か」
店にあった馬車を見ながらシンがつぶやいた言葉に、近くにきていた店主が答える。本当に性能がいいものは買われてしまって、急遽増産したらしかった。シンの評価ではあまり性能が良くないように見えたのも仕方がなかったようだ。ナックが使っていた馬車を思い出すが、あれはもう少し性能が良かったように思う。
「これは…………改造するしかあるまい」
「ちょっと待って、今何かよからぬことが聞こえたわよ?」
ボソリと呟いたシンの肩に手を置いて、ティエラが待ったをかける。今までの経験からろくなことにならないと予想したのだろう。顔は笑っているが目が笑っていない。
「ナンノコトデショウ」
「白々しいわよ。さあ吐きなさい。今度は何を仕出かす気なのかしら?」
「なんでそんなに警戒してるんだよ。ただちょっとばかし揺れを抑えて、車輪の動きを良くするだけだって」
揺れ対策と馬車を引く馬への負担軽減を考えた結果だ。もちろんわからないように細工するし、外見に大きな変化が出るわけでもない。実際に乗らなければ、変化を実感することはできないだろう。
「ほんとに? 馬なしで走ったり、空飛んだりしない?」
「せんわ!!」
できない、と言わないあたりがシンである。とはいえ馬車の設計は専門外なので、簡単にできるわけではない。
揺れ対策のバネや車輪のベアリングは鍛冶の領分なので手をつけやすいのだ。
「まあ、そのくらいならいいかしら」
「目立たないようにした方がいいだろうしな。俺だって少しは学習してるんだぜ?」
「相手がシンじゃなきゃ信じるんだけど」
「何気にひどいな」
反論できないのが痛いところである。
「というより馬車の改造なんてできたの?」
「少しだけな。本職じゃないからないよりましってくらいだが」
「ナックさんのより良くなるなら、歓迎するべきなんでしょうね」
なんだかんだで、ティエラも馬車の揺れにはまいっていたようだ。シンの非常識ぶりを見ていたので、どんな凄まじい改造がされるのかと思ったティエラも、改造理由を聞くと納得した。
ナックの馬車も揺れは少ない方だったが、慣れていないティエラにはつらいものだったのだ。
「改造はいいとして、どれにするの? 正直、私はどれがいいかなんてわからないんだけど」
「とりあえず中で寝れるくらいの広さは欲しいな。あれくらいか?」
「そうね。師匠も来るし、あの大きさなら荷物を入れてもいけると思う」
人数や荷物のことなどを考え、店舗の中で1番大きな馬車を指すシン。人数から見ても問題ないとティエラも同意する。
重量がある分馬車を引く馬も力がなければならないが、最悪ユズハに引いてもらうというてがあるのでどうにかなる。
「まいど! ところでお客さん、馬車を引く馬はもう手に入れてるんで?」
「いや、これから買いに行くんだ」
「馬を買うのは初めてですかな?」
「ああ、そうだ」
「だったら高い買い物をしてくれたお客さんにアドバイスを1つ。馬はなるべく足腰の強いやつにした方がいいですぜ。数をそろえるなら別ですが1頭で引くにはあの馬車はちと重いかと」
「ありがとう、参考にさせてもらう」
おそらく、挽曳馬のようなタイプがいいということだろう。馬車と乗る人数を考えればシンとしてもその方がいいと思った。
「そういえば、モンスターに引かせるっていうのはどうなんだ? 知り合いにそういうやり方をしてる人がいるんだが」
「まあ馬力が桁違いですしね。手懐けられればいいですが、難しいって聞きますよ?」
「だよな。情報ありがとな」
アドバイスをくれた店主に礼を言って店を出る。次の目的地は馬を扱っている店だ。
「さて次は……ん? この音は」
馬を買いに行こうと一歩を踏み出した矢先、シンの耳にチリンチリンと涼やかな音が届く。かつて設定していた、音声チャットで呼びかけられた時の着信音だ。操作はゲーム時と変わっていなかったので思考操作で呼び出しに応じる。
《もしもし、こちらシン。感度良好》
《シュニーです。こちらの依頼は終わりました。今どちらですか?》
《ベイルーンにいる。馬を手に入れたら馬車でファルニッドに向かうつもり》
ちょうどいいので現在地や、馬車は購入済みであることなどを伝える。
《そうですか。でしたら私がモンスターを捕獲しておきます。ベイルーンにはあと1日ほどで着くと思いますので待っていただいてもよろしいですか?》
《わかった。そういえば一応持ってたんだよな調教師》
《はい、なるべく力の強いものを連れていきますので期待していてください》
シュニーの張り切っている様子が目に浮かぶ。
シンがカシミアに勧められてジョブを手に入れた際に、シュニーも同行させて取得しておいたのだ。とるだけとって何もテイミングしていなかったのだが、予想外のところで役に立った。タイミングが恐ろしいくらい絶妙だったが、問題ないので気にしない。
《それと1つお聞きしたいことがあるのですが》
《なんだ?》
《月の祠を収納した際に何かなさったのですか? 何かやるだろうとは思っていましたが、月の祠が消えたので心配していたと言われました》
《ああ、なんか監視されてたし、ついてこられるのも面倒だったから魔術スキルでちょちょいと》
《なるほど幻影ですか。なかなか穏便ですね。シンのことですから周囲を更地にするくらいはするかと思ったのですが》
《コラ待て俺を一体何だと思ってる!?》
《以前はよくやっていたではないですか》
《いや、あれは俺を殺る気全開の相手だからであって、国の監視相手に初っ端からそんな暴挙はしないっての》
どうやらデスゲーム時代のことを言っていたようだ。たしかに、命を狙いにきた相手には手加減などしないが、ただ監視していただけの相手を問答無用で殺す気はない。そもそも、監視していたのは月の祠とシュニーであってシンではないのだ。
《シンがそう判断したのならそれでいいです。かく言う私もあえて何も知らないようにふるまいましたから、今頃上層部は大変でしょうけど》
《だろうな。当然隠蔽も使ったから俺たちの姿も見えてないわけだし。監視してたやつらには突然月の祠が消えたように見えて大慌てだろ》
幻影と隠蔽の多重使用。自分達は隠れつつ、他者には幻覚を見せるというポピュラーな使用方法だ。とはいっても使い手がシンなので使われた方はたまったものではない。隠蔽は武芸、魔術のどちらにも同じ名前のスキルがあるが、今回シンが使ったのは魔術スキルとしての隠蔽だ。武芸スキルより効果は下がるが、自分以外にも効果があるのでティエラも見えなくすることが可能となる。事実、工作員たちはまるで見えていなかった。
《彼らにはいい薬です。正直に言って口をそろえて誉めたたえておきながら、裏で監視と勧誘を繰り返すというやり方には頭にきていましたし。少しくらい騒ぎになっても自業自得でしょう》
不機嫌そうにシュニーは言う。もちろん、すべての国がそうだったわけではない。節度ある態度で接した国も多かった。だが、地殻変動によって混乱した大陸の覇権をめぐって戦力を集める国も同じくらい多かったのだ。シュニーがハイヒューマンの配下だったことを知って、自陣に組み込もうと躍起になった国は数えだすときりがない。
そんな経緯があるので、騒乱の収まった現在でも月の祠の監視が続けられていたのだ。監視をする国も人も今となっては当時を知る者は少ないが、ハイエルフであるシュニーにとってはそう昔のことではない。なので当時と比べれば格段に穏やかになった今でも、監視や勧誘には強い不快感を感じるのだ。
《なんか、聞いてたよりひどかったみたいだな》
《勝手に所有権を主張した国もありましたので。あのときは国ごと消して差し上げようかと思いました》
《お前が言うとシャレにならないな》
呆れたように言いつつも、そりゃシュニーも怒るわとシンは納得もしていた。自分たちの大切な場所や物を、他者が勝手に自分たちの物だと主張すれば腹が立つのは当たり前だ。
シュニーの性格ならその怒りは一入だろう。
《ま、今はもう気にすることはないな。あれはもともと俺個人の所有物だし、どこに持っていこうが俺の勝手だね》
たとえ月の祠が人々の希望になっていようが、こればかりは譲れない。
シンにとっても、月の祠は長い月日を多くの仲間たちと過ごしてきた大切な場所だ。相手が王だろうが何だろうが、差し出せと言われて素直に差し出す気など欠片もない。
《大方、月の祠が手に入ればシュニーもついてくるとか考えたんじゃねぇの?》
《いましたね、そういう人も。結婚を申し込んでくる方も大勢いましたが》
《……だろうな》
外見設定をしたシンがいうのもなんだが、シュニーの美しさは傾国の美女ともいえるレベルだ。それはもうモテただろう、というのは簡単に想像できる。シュニーと月の祠はセットで知られていたので、案外その美貌にやられて月の祠を手に入れようとした者も多いのかもしれない。
《まあ、当然か》
《嫉妬します?》
《そりゃあ、な》
ゲーム時代なら自慢するくらいはしただろうが、現実になってくると感じ方も変わる。面白くないと感じてしまうのは、シュニーから寄せられる好意をシンが少なからず感じていたからだ。それが主としてなのか1人の男としてなのかは判断の難しいところだが、できれば後者がいいと考えてしまうのは仕方のないことだろう。
《ふふっ、そうですか。嫉妬してくださいますか》
《なんでそんなに機嫌がいいのかね》
《察してください》
《なんだか手玉に取られてる気分だよ》
機嫌がいい理由など、察する以前の問題だ。本気でわからないと言えるのは鈍感さを極めたラノベ主人公くらいだろう。
シンも鈍いほうではあるが、さすがにそこまで極まってはいない。
《では宿が決まったら連絡をください。いつごろ着くかはまだわかりませんので。時間によっては直接宿に向かいます》
《了解。じゃあまたあとで》
多少打ち合わせをして心話を切る。馬の当てができたので馬を買いに行く必要はなくなった。
「なあ、馬車は手に入ったし一旦今夜の宿を探さないか? 馬車よりも選ぶのに時間がかかるかもしれないし、寝床の確保も重要じゃないかと思うんだが」
「急にどうしたの? 馬を買いに行くんでしょ?」
「シュニーから連絡があってな。馬代わりのモンスターを捕まえてくるから待っててくれってさ」
「さすが師匠。タイミングが絶妙ね」
シンの言葉に納得するティエラ。感心するところが違う気もするが、気にしたら負けな気がしたのでシンは何も言わない。絶妙すぎるというところには同意見だったが。
「とりあえず、馬の当てはできたし観光でもするか?」
「そうね、ただ通り過ぎるだけっていうのも味気ないし」
折角なので街を観光することにした2人。露店を見て回ると、さまざまなガラス細工が目を引いた。
頭に子狐を乗せたシンも別の意味で人の目を引いたが、ベイルリヒトで慣れていたので気にならなかった。
「ここの特産はガラスなのか」
「綺麗ね。ときどき何を表しているのかわからないのがあるけど」
ガラス工芸が盛んなようで、ガラスを扱っている店以外でも必ずと言っていいほど何かしらの作品が店頭に飾られていた。
店をいくつかはしごし、最後に立ち寄ったおしゃべり好きな女性店主からこの街で有名だという宿を紹介してもらう。折角なので、そこを今晩の宿にすることにした。
道順を教えてもらい宿に向かう。15分ほど歩いて着いたのはなかなかに立派な建物だった。見たところ木造のようだが、外壁は白く塗装され、周囲の宿とは明らかに存在感が違う。窓は全室ガラス張り。よく見れば、それらすべてが強度を上げるエンチャントを施されたガラスだということが分かる。
入口は大きく左右に開くタイプの扉で中と外を区切っていが、ここの扉もガラスが張られているので中の様子が窺い知れる。ファンタジーでよくある宿、というよりは現代のホテルと言った方がしっくりくるような佇まいだった。店の名は華鏡殿というらしい。
「すごいな。こんなにガラスを使った宿はベイルリヒトじゃ見なかったぞ」
「これもこの宿の売りの1つらしいわね。しっかり強化されたガラスだから、ちょっとやそっとじゃびくともしないくらいの出来って言ってたし」
「たしかにな。あれならハンマーで叩いても大丈夫だろ」
「でもちょっと高そうね」
建築スキルで外装の詳細を見ているシンと、つい値段の心配をしてしまうティエラ。店の前で突っ立っているわけにもいかないので、シンが先行する形で店に入る。さすがに自動ドアなどというものはなく、扉を開くのは自力だ。
中に入ると制服をピシッと着こなした従業員が声をかけてきた。紹介してもらった旨を伝えると多少割り引いてくれるとの返答が来た。本館は別にあり、こっちはお試し用の別館ということらしい。お試し用? と2人が疑問に思ったのは当然だろう。
「1泊銀貨4枚になります」
値引かれたはずなのに以前泊まった穴熊亭よりさらに銀貨2枚高い。やはり高級宿のようだ。ナックからの報酬があったのでそれぞれ1泊分払う。ユズハがいたので大丈夫かと思ったが、契約していれば大丈夫らしい。もちろん、何か騒動を起こしたら責任はシン持ちだ。
「高いだろうとは思ってたが、あのおばちゃん、俺たちが普通に払えるって見抜いてたのか」
「冒険者だし。お金持ってると思われたんじゃない?」
「まあ持ってるけど。依頼の報酬が一気に減るな」
一瞬で報酬の半分近くが消滅したのを見てシンはついそんなことを思ってしまう。実のところ盗賊に懸賞金がかかっていたので副収入があったのだが、それにしても高すぎる気がした。白金貨持ちが何を言う、と思うところだが、そのあたりの金銭感覚はまだまだあいまいなところがあるのだ。
「ベイルーンの名物みたいなものだから、1度は泊まっておくべきって話だったし。本館は1泊金貨1枚はするらしいからまだ良心的なんじゃない?」
「誰が泊まるんだか」
「たぶん、シンみたいな人でしょ。素材を売ったお金があるじゃない。正直に言うけど、今のシンってけっこうなお金持ちなのよ?」
「言われてみればそうか。つい依頼の報酬から考えちまってさ」
ティエラに指摘されて、自分が裕福な部類に入ることを思い出したシン。所持金の総額からすれば、銀貨4枚など些細な出費だ。
3日で依頼の報酬が消えてしまうような宿だが、紹介してくれた店主の話ではどうやらよりグレードの高い本館があるらしい。強化ガラスと言うのは高いようなので、施設の内容を考えれば銀貨4枚と言うのも安い部類なのだろう。
こういった名物は知っておけば話のタネくらいにはなる。折角の旅だ、少しくらい楽しんでもいいだろうとシンは気にしないことにした。
「さすがは高級宿。もうこれ普通にホテルだな。防音もしっかりしてそうだ」
「くぅ、もうしゃべっていい?」
「ああ、ここなら大丈夫だろ」
ユズハは街中というのもあって、ずっと我慢していたようだ。宿の壁は厚いようなので、喋っても大丈夫だろうとシンが判断したのを聞いてさっそくしゃべりだした。
割り当てられた客室に入ったシンが最初に感じたのはその質の高さだ。現実でいえば安めのビジネスホテルと言ったところだが、こればかりは仕方がないだろう。
比べるのは失礼だろうが、シンの唯一知っているこの世界の宿、穴熊亭よりは備え付けられている机や椅子、ベッドにいたるまでワンランク上だ。
さすがに月の祠の家具と比べるのはかわいそうなのでしないが。
「夕食まで時間があるし、武器の手入れでもするか」
荷物を床に置き、腰の刀を外して点検をする。
ゲームではほとんどしなかったが、こちらではなるべくするように心がけるべきだと考えるようになった。小さな刃こぼれや血糊による錆など、武器の劣化を速める要因が増えたからだ。もっとも、こまめな点検が必要なのは低級の武具がほとんどなのだが。
「きれー」
「これのレベルになるまでは苦労したからな」
刀身を包むオーラを見て、ユズハが率直な感想を言う。実際、武器ではなく芸術品と言われても納得してしまうような、神秘的な輝きを宿す刀身は実に美しかった。
生半可な腕では出せない輝きを見ながら、シンはかつての苦労を思い出す。
いつまでも見つめているわけにもいかないので刃の状態、柄や鍔の緩みなどを順番に確認していく。一通り確認が終わり、鞘に戻そうとしたところでドアがノックされた。
「シン、ちょっといいかしら?」
「ああ、今ドアを開ける」
ティエラの声が部屋に響く。
シンが立ち上がる前にユズハが人型になってドアを開けた。もちろん巫女服を着ている。
「あら、ユズハちゃん、今はその姿なのね」
「くぅ、シンにようじ?」
「ちょっと聞きたいことがあるのよ」
ユズハに続いてティエラが室内に入る。何か聞きたいことがあるようだ。
「で、聞きたいことってなんだ?」
「シンに以前分析をもらったじゃない? それについてなんだけど」
「何かあったのか?」
「些細なことかもしれないんだけど、ツバキのステータスを見たときにちょっと気になることがあって」
「気になることか」
ふと、ティエラが気になっていることについてある予想がシンの脳裏をよぎる。
「もしかして、分析を使った時にツバキの種族がときどき見えにくくなる……とかか?」
「え? シンもなの?」
驚くティエラ。どうやらシンの予想は当たっていたらしい。
正確にいえば見えにくくなる、というよりはノイズが走ると言った方が正しいだろう。種族の欄だけに走るそれは、ゲームでは見られなかった現象だ。ティエラは初めてだったようだが、シンの知る限り種族欄にノイズが走るのはツバキを含めて2人目だ。
「俺も気にはなってたんだ。だけどこれは俺もよくわからない」
少なくともシンの知識にはない。シンの場合、この世界に来た過程が過程なので、何か不具合でも出ているのかと思っていたのだ。なにせ、ツバキに会うまではノイズが走るのは1人だけだったのだから。
「師匠なら何か知ってるかしら」
「そうだな。どちらにしろ明日合流するんだし、その時にでも聞いてみるか」
同じように分析が使えるシュニーなら、何か知っているかもしれない。とはいえ、火急の用事でもないので明日に回すことにした。
「くぅ、むずかしいこと?」
「難しいというか判断がつかない、だな。推測はたてられるが確証がないんだよ」
ユズハに苦笑で返しながら肩をすくめる。
考え出すときりがないので、深く考えることはしないことにした。
「そういえば師匠はいつ来るの?」
「時間はわからないってさ。宿を教えたらそこに来るって話だ」
「そうなると今日はもう休んでも大丈夫ね。さすがに夜に来ることはないでしょうし」
「まあ、そうだろうな。そろそろ晩飯にしよう」
時間は午後6時過ぎ。夕食を取るには少し早いが、寝る時間も早いので問題ないだろう。
ユズハも一緒に食べたいと言ったので、夕食は部屋に持ってきて食べることにした。夕食は豪勢ではあったのだが、やはりパンは黒パンだった。どうやら白パンはかなり高級らしい。本館なら普通に出るそうだ。
その後は湯を頼んで身体を拭い、着替えてから眠りにつく。湯に関しては穴熊亭では有料だったがこちらでは無料だった。浴場はないらしい。穴熊亭もできるのは水浴びだったので、あまり違いはないように感じた。
明けて翌朝。
寝ぼけたユズハがシンの布団にもぐりこんできたが、子狐モードだったのでこれといったイベントもなく実に平和だった。無意識に頭を擦りつけてくるユズハを脇にどけ、顔を洗う。ホテルよろしく洗面台があった。さっぱりしたところでティエラが訪ねてきたので、昨日と同じく部屋で朝食を取る。
「さて、朝飯がくる前に聞いたところによるとシュニーは今日の午前中には着くらしい。俺は先に馬車の改造をするがティエラはどうする?」
朝食を取りながらティエラに話しかける。何もせずにいるのもどうかと思ったので、シンは馬車の改造をするつもりだった。
「せっかくだし、どんな風に改造するのか見てるわ」
「ユズハも!」
シンに自重を促していたティエラも改造に興味があるらしい。ユズハは言わずもがなだ。
なんだかんだで、未知の技術を見るというのはワクワクするものである。
宿をチェックアウトした後は、真っ直ぐ馬車を買った店に向かう。馬がまだなので馬車自体はまだ店に預かってもらっているのだ。
「いらっしゃい。おや、昨日の。馬は買えたのかい?」
「知り合いが調達してくれる段取りになったんですよ。なので馬車に一工夫しようと思いまして」
「へぇ、お客さん職人か何かなのかい? 冒険者だと思ってたんだがね」
驚く店主に冒険者だと返して、馬車のあるところへ移動する。まずは対象を一時的に浮かせる魔術スキルで車体が倒れないようにし、揺れ対策用のバネを設置していく。もちろん、そのままつけられないので車輪の軸周りにも手を加える。木や金属塊がグネグネと形を変えていく様は、見方によってはかなり不気味ではある。だが、その分作業スピードは早い。車体の下で行っている関係上、店主からも見えないのでササッと作業をしていく。すでに性能が周囲の馬車と比較にならないことになっていることに、シンは気付いていない。
そして、そんな光景を目をキラキラさせて見ているユズハと目が点状態なティエラ。作業内容自体はティエラにも何となく理解できた。しかし、シンの手の中でグニャグニャと形を変える金属塊を見て、口がふさがらない。学習してたんじゃなかったのかとつっこみたいところを、店主を気にしてなんとか我慢していた。
「ふう、後はベアリングの取り付けだけだな」
「(くぅ! シン、さっきのなに? 鉄がぐにゃぐにゃしてた!)」
よほど面白かったのか、ユズハが調教師バージョンの心話で話しかけてくる。鍛冶のときもそうだったが、物作りが好きなのだろうか。
「あれは鉄を加工するときに使う生産系スキルでな。やり方は使ってたらなんとなくわかった」
正確には生産系鍛冶スキル【成形】だ。本来はいくつかの決まったパターンしか作れないのだが、意識して使ってみたところ面白いように形を変えられた。馬車の改造自体はゲーム時の経験がそのまま使えたので、問題なく仕上がっている。
「シン、自重はどこに行ったのかしら?」
「あ、あれ? 今回は見られないように隠れたし、見た目は変わってないぞ。なんでそんなに怒ってんだ?」
「たしかにぱっと見たくらいじゃ、何が違うかなんてわからないわ」
「だろ? なら――――」
「でもね。明らかに不自然なところがあるのよ」
「ええと、なんでしょうか」
いつの間にか説教モードのティエラに、何かやらかしたかと頭をめぐらせるシン。残念ながら、ティエラを怒らせるような物は思い浮かばなかった。
「時間よ」
「時間?」
「そう時間。あのね、いくら作業が簡単でも馬車の改造が1時間とかからずに終わるわけないでしょうが! 早い、早いのよ!」
「ああ、なるほど」
「ああじゃなくて、もうちょっと真剣に受け止めて……」
口調は強いが声は小さいという、微妙に迫力がなくなる技を使いながらティエラがシンに注意する。ティエラは1時間と言ったが、かかっている作業はまだ15分ほどだ。考えてみれば、たしかに馬車の改造が僅か1時間ほどでできてしまえば一体どうやったんだという話になるだろう。効果や作業時の見た目を気にするあまり、作業時間を失念していたようだ。ゲーム時はどれだけ早くてもそうそう何か言われるわけでもなかったので、シンの頭からは完全に抜けていた。
「仕方ない、ベアリングの方はゆっくりやろう」
「お願いだからそうして」
ティエラの要望を受けて今度はゆっくりと作業を進める。こちらは車輪と軸の接合部を多少改造するだけなので、ゆっくりやってもそれほど時間はかからない。車体が僅かに浮いているので作業に集中できるのだ。
その後、4つの車輪すべてにベアリングを取り付け、改造は完了した。作業にかかった時間はバネの取り付けも兼ねて1時間半ほどだ。現在時刻は10時半になろうというところ。
馬車屋の店主に馬を連れてくると言って、一旦店の外へ出る。後はシュニーからの連絡待ちだ。時間もあったので昨日とは違った方向に足を伸ばす。露店を冷やかしながら1時間ほど過ごしたところで、シュニーからのコールが来た。
「シュニーから連絡だ。北門を出た先の森にいるらしい」
店をチェックアウトしてぶらぶらしている旨は伝えてあったので、すぐに北門へ向かう。感知領域を伸ばしつつ、門をくぐってさらに歩く。すでにシュニーの反応は補足済みだ。
「…………」
「くぅ、なにか、いる」
「どうかしたの?」
「あー、なんというか、行けば分かると思う」
喜び勇んで歩きだしたはずの両足が重い。ユズハの言葉にティエラが疑問を投げかけてくるが、行けば分かるとだけシンは言う。なぜなら、わざわざ口にしなくともこのまま進めばシンが困惑の表情を浮かべ、ユズハが少し警戒しているのかがわかるからだ。
シンの視界に移るマップ。そこに表示されているのはシュニーとその隣にいるモンスターの反応。
森に辿り着いたシン一行がシュニーを表すマーカーがある方へ向かっていると、次第にシュニーとモンスター反応の主の姿が見えてくる。
「シン、あれ、強いよ」
「ねぇシン。ほんとにあれ、なに? 私の分析じゃレベルどころか名前も見えないんだけど」
「まあ、そうだろうな」
シュニーがいても、モンスターから感じる危機感だけはどうしようもないのだろう。ティエラはシンの背後に隠れるように位置取り、ユズハは脱力していた体勢を正した。
「ただいま戻りました。心話でお伝えしたとおり、馬車を引かせるためのモンスターを連れてまいりました。このモノならシンが乗る馬車を引かせても問題ないでしょう」
非常に良い笑顔で自信満々に言うシュニー。その笑顔は万人を虜にするだろう魅力に溢れている。
しかし、肝心のシンはと言えば、これに馬車引かせる? え、マジで? と言わんばかりの視線を、シュニーの後方に向けていた。
「一応確認なんだが、どっから連れてきた?」
「近くに霊峰がありましたので、そこから」
「……さすがだ。さすがだよシュニー」
「お褒めにあずかり光栄です」
シンの心境としてはさすがシュニー、常識外れだ、という意味だったのだがいい方向に解釈したらしい。
「忘れてたわ。師匠って、シンのことになるとときどき暴走するのよ」
「できればもっと早く言ってほしかったな、その情報」
ティエラがあちゃーとでもいうように天を仰ぎ、シンはなんてこったとでもいうように片手で額を抑える。そんな二人を見てシュニーは首をかしげていた。
「まあ、連れてきちまったものはしょうがない。とりあえず、なんでそいつなのか聞いてもいいか」
「はい。シンの乗る馬車を引かせるということでしたので、ここはやはり神獣クラスのモンスターであるべきかと思いまして」
「いやいやいや、その発想はおかしい。どう考えてもおかしい! 一体どんな馬車引かせる気だよ!?」
シュニーの後ろで大人しくしているモンスターを指しながら、シンは叫ぶ。
その叫びももっともだろう。なにせ、すでにその体格が普通の馬車を遥かに超えているからだ。もし引かせるとしたら、その馬車は一軒家サイズになるだろう。
「もちろん、シンがそう言うだろうということも想定してあります」
「なに?」
シンのツッコミに冷静に返すシュニー。どうやら、見た目が立派と言うだけで連れてきたわけではないらしい。
あらためてシンはシュニーの連れてきたモンスターを見る。
シュニーが連れてきたモンスターは、その名をグルファジオという。
見た目は四足歩行型のモンスターで、歩く際に前傾姿勢になったとしても地面から頭の先までの高さは3メルほどある。馬車につないだところで前など見えないだろう。
馬の胴体ほどに発達した前腕に全身を覆う灰銀色の体毛、さらに筋肉の塊である太く強靭な尾を持ち、その迫力はかつて戦ったスカルフェイス・ロードに近い。加えて奇襲まで仕掛けてくる上級プレイヤー向けの強力な、もしくは凶悪なモンスターだ。その頭部は狼に似て、しかし所々に見える鈍く光る鱗がやはり別の生き物なのだと語りかけてくる。そして何より目を引くのは、グルファジオにはないはずの角。多少歪んでいるが、水晶のような濃淡のある緑色の角がその額から突き出ていた。そこからわかる事実は1つ。このグルファジオは特殊個体であるということだ。
だからなのかは不明だが、プレイヤーを見つけたら躊躇なく襲ってくるモンスターのはずなのに、まるでそんな気配を見せずにおとなしくしている。
分析で確認してみるとグルファジオ・ヤーデ、Lv.751とでた。本来、グルファジオの最大レベルは650のはずだが、特殊個体によくある、限界突破をしているようだ。人里に下りてくるようなことがあれば、間違いなく災害指定されるだろう。
「さぁ、やりなさい」
シュニーがそう言うと、グルファジオの身体を緑色の燐光が包み込んだ。時折聞こえるバチバチという音が、幻想的な光景に僅かな違和感を加える。
1分とたたないうちに燐光はやみ、1匹のモンスターが姿を表した。
分析でグルファジオであることは確認できるが、その姿は前足が後ろ脚と同じくらいになっている。尻尾も縮み、見た目は多少歪ではあるが少し大きな狼と言えなくもない。特徴的だった角も、額からほんの僅かに見えるくらいに縮んでいる。
「小さくなった?」
「はい。この能力がありますので、馬車を引かせても問題ありません」
「たしかにそうだが」
たしかに馬車を引かせる分には問題ないだろう。だが、シンにはそれ以前に気になることがあった。
「こんな能力持ってたか?」
グルファジオはもともと肉弾戦に重きを置いたモンスター。ユズハのように、変化を得意とするような特性はないはずなのだ。
「もともと待ち伏せや奇襲を好んだ習性を考えるに、特殊個体になったことで、よりそういったことに適した能力を持ったのだと思います。実際に、幻影や雷属性のスキルなどを使っていましたから」
それで済むのかと思わなくもないが、モンスターにまともな生物としての枠組みを当てはめたたところで意味はない。魔素から生まれたのだから、骨格くらい変えられるだろうと納得することにした。
「とりあえず、この姿ならたぶん大丈夫だろ。馬車はもう改造してあるし戻って出発しよう」
「そうですね。そうしましょう」
「はぁ、変に疲れたわ……」
「くぅ、くくぅ?」
「グル、グルアッ!」
ここで話をしていても時間の無駄なので、戻ってさっそく出発することにした。
ティエラはすでに疲れ気味だがそれも当然だろう。いくらシンとシュニーのやり取りが軽いものだったとしても、目の前にいたのは間違いなく神獣と呼ばれる類のモンスターなのだ。たとえ大人しくしていようが、周囲に巻き散らす威圧感は尋常ではない。姿の小さくなった今でこそ普通のモンスター程度の威圧感しかないが、元の姿となれば一般人なら気絶してもおかしくないだけの重圧がかかる。なんでもないように会話をしている二人がおかしいのである。
シュニーの訓練を受けていなければ、ティエラも気絶組の仲間入りをしていただろう。今も会話をするように鳴き合う2匹を見て、苦笑いをうかべるのが精一杯だ。
「疲れたには同意だ。俺もまさかこのレベルを連れてくるとは思わなかったし」
「何かおかしかったでしょうか?」
「師匠、普通馬車を引かせるのに神獣なんて連れてきませんよ」
「これでも妥協したのですよ」
『えっ……』
シンの場合どちらかというと疲れより驚きの方が強い。馬と言っておいたので、せいぜいグリムホースの上位種、ワンダーホースやさらに上のトライホースあたりだと思っていたのだ。どれも商人プレイヤーが馬車を引かせる定番と言えるモンスターで、レベルも200を超えないので難度が低い。その割に馬力があるので意外と人気だった。
しかし、ふたを開けてみればあきらかにオーバースペックの神獣である。しかも、本人いわく妥協したというから驚きだ。一体何を連れてくるつもりだったというのか。シンとティエラの声がハモってしまったのも仕方がないだろう。
「そこまでしなくてもいいんじゃないか?」
「まさか、お気に召しませんでしたか……?」
「待て待て、なぜそこで落ち込む」
「いえ、エレメントテイルと契約しているシンですから、もっと強いモンスターでないと気に入ってもらえないかと」
「くぅ? ぐーちゃんいらないの?」
「グルル!?」
変に気張らなくていい、という意味でシンは言ったのだがシュニーはこの程度で満足できるか、という意味に受け取ってしまったようだ。張り切りすぎである。
そして、そんな二人のやり取りを見て発したユズハの言葉に、グルファジオが驚きの声を上げる。その顔に浮かぶ表情から読み取れる言葉を形にするなら、「マジで!?」だろうか。さすがに神獣とまで言われた自分が、いらないと言われるとは思ってもいなかったらしい。
「いや、グルファジオも十分強力だからな。しかも特殊個体なんて俺もほとんど見たことないから不満なんてない」
「そう言っていただけると助かります。私個人としても賢いモンスターの方が、役に立つと思いましたので」
「と言うと、やっぱり俺たちの言うことを理解してるって考えていいのか?」
「はい。言葉を話すなどはできませんが、私たちの言うことはほとんど理解しています」
「グルッ!」
「まかせて、だって」
すかさずフォローを入れるユズハ。神獣クラスとなるとやはり知能は高いようだ。
ユズハはモンスター同士意思疎通ができるようで、グルファジオの言葉をシン達に伝えた。
「こちらが私の主です。失礼のないように」
「グル!!」
「よろしくな」
そう言ってシンはグルファジオの頭を撫でる。グルファジオは特に嫌がる様子もなく、気持ちよさそうに目を細めていた。
「ところで、こいつの名前って何て言うんだ?」
「カゲロウです」
「幻影を使うから?」
「はい。安直でしたか?」
「いや、いいんじゃないか。かっこいいと思うし」
たしかに安直ではあったが、悪くはないとシンは思う。ゲームや漫画でも時折見かける名前だ。
「グルゥ」
「気に入ってるって」
本人(本獣?)も気に入っているらしい。シンの頭上からカゲロウの背中へ移動したユズハが通訳してくれる。鳴き声とジェスチャーだけではわかりにくいこともあるので、非常に助かった。
「ではカゲロウ。お前に最初の任務を与える!」
「グルッ!!」
「それは、馬車を引くことだ!」
「グルアッ!!」
仰々しく告げたシンにやる気全開で答えるカゲロウ。ごねるかとも思ったシンだが、馬車を引くことに抵抗はないらしい。
シュニーとカゲロウを加えたシン一行は森から一旦ベイルーンに戻り、馬車を預けていた店の前にきていた。門をくぐる際に、シンがベイルリヒトでやったのと同じようにカゲロウも登録している。カゲロウの場合、ユズハと違って体格も大きく見た目も少々凶暴そうなので、首からテイムされたモンスターであることを示すプレートを下げている。吠える、暴れるなどした時は罰則があることを強く注意されたが、それは仕方のないことだろう。馬系のモンスターと違って、暴れる可能性が高いと思われたのだ。
そんなカゲロウを連れているおかげか、ティエラにシュニーという美女、美少女を連れているにもかかわらず、定番とも言えるチンピラ集団に絡まれるようなことはなかった。そういった連中は、総じて危機感知能力や空気を読む能力が低い。しかし、カゲロウを見てなお、絡んでくるような命知らずはいなかったようだ。
ユズハを頭にのせるシンを見て、カゲロウのテイマーだと思ったのだろう。美人エルフを二人も連れているのも当然、という空気がシン一行を見ている人々の間に生まれていた。
「お客さん、こりゃまたえれぇモンを連れてきたな」
「ちょっとした伝手がありまして」
「まさか、昨日見かけなかったあの別嬪さんかい?」
「まあ、そんなとこです」
「あっちの嬢ちゃんだけでも羨ましいってのに、やるなぁあんちゃん」
シン達とともに現れたカゲロウを見て驚く店主。そこまでは周りの人と同じだったのだ。だが、ティエラとシュニーを見て何を想像したのか、シンの肩をバシバシ叩いてきた。若干なれなれしくもあるが、ほとんど不快感を感じさせないあたり、さすがは商売人である。
現在、シュニーはスキルによって容姿を変化させている。金髪赤目で髪型もポニーテールにしてあり、いつもより活動的な印象があった。
だからというわけではないだろうが、道行く人からの視線の集まり具合がティエラやカゲロウの比ではない。
「そういう関係じゃないんだが……」
呼び方がいつの間にかお客さんからあんちゃんになっていた。下手に言い訳をしたところで、ニヤニヤしている店主は聞く耳を持たなそうだ。
シンは溜め息をつきながら馬車を引き取り、引くための器具をカゲロウに取り付けていく。元が馬用なので取り付けに手間取ったが、こっそりとスキルを使って調整し体裁を取り繕った。
「きつくないか?」
「グル」
カゲロウは首を縦に振って問題ないことをシンに伝える。シンが乗ったまま軽く走ってみても、ぎこちなさはなかった。普通の馬車よりは重量があるはずだが、カゲロウからすれば何の負担にもなっていないようだ。
「じゃあ、出発するか」
「くぅ!」
「グルッ!」
張り切るモンスター勢の声を聞きながら、馬車がゆっくりと走り出す。改造の成果か、揺れはかなり改善されていた。
「すごい、全然揺れないわ」
「ふっ、これぞ改造の成果だ。やってよかったろ?」
「この快適さを知ってしまったら、普通の馬車に乗れなくなりそうよ」
各自専用のクッションを敷いているので、振動によって尻が痛くなることはないだろう。普通の馬車の揺れを知っている者からすれば、天と地ほどの差がある。ティエラの言い分ももっともと言えた。
「なるほど、手を加えたのですね」
「ああ、もともとベアリング以外はおまけのつもりだったんだが、やってみたら思ったより手を加えられることがわかってな。馬車の揺れって長時間だと辛いし、この際だからやってしまおうと思ったんだ」
「さすがですね。王族用の馬車よりも性能が良いのではないですか?」
「そこまで本格的にはやってないんだが……」
「今の時代では、これほど揺れない馬車はないのですよ」
困ったようにシュニーは笑う。話からして、おそらく乗ったことがあるのだろう。
「この世界の長距離移動は、ほんとにハードだな」
「治安の問題もありますし、一歩間違えば命を失う危険もありますからね」
モンスターや盗賊も危険だが、普通の人にとっては野生の獣ですら十分脅威だ。だからこそ、護衛という仕事がある。護衛を雇えない者にとっては、本当に命がけなのだ。
「このメンバーで危険を感じることなんて、まずないと思うけど」
ティエラがポツリと呟いた言葉は、あまりにも真実を射ていた。
そもそも、神獣クラスのモンスターであるカゲロウに馬車を引かせている時点で、まともなモンスターはまず寄り付かない。相手の強さを計れない盗賊が出てきても、シンに盗賊を生かしておく気がなければカゲロウの胃袋に収まるか、挽き肉になるかの二択なのだ。
ちょっとした旅行気分であっても何も問題がない。
「シンと私がいる時点で、国家クラスの災害でも大抵は何とかできますからね」
「師匠、万能すぎです」
傲慢とも取れるセリフも、真実だから手に負えない。シュニーだけでも、すでに戦力としては国家クラスなのだ。ティエラが呆れてしまうのも無理はない。
「くぅ! ユズハもいるから大丈夫!」
「グルゥッ!」
シュニーのセリフに自分達もいるぜ! と主張する2匹。その光景は、シンに主人にじゃれつくペットを連想させる。
「なんとも、頼もしいかぎりだよ」
苦笑しながら発した言葉は、誰に聞かれることもなく街の喧騒にとけた。
「しかしまあ、目立たないように改造したのに、別の方向で目立ってるな」
「もうこればかりはどうしようもないわよ」
シュニーとティエラのコンビに人目が集まっていたのに加えて、カゲロウの存在だ。これで目立たないわけがない。
結局、シン達が門を出るまで周囲からの視線にさらされ続けるのだった。
ベイルーンを出発したシン一行。カゲロウの走る速度は通常の馬車とは比べ物にならず、しばらく走っていると周りには人の影がなくなっていた。
「ここまでくれば大丈夫か。シュニー、ちょっとこっちに来てくれるか? 聞きたいことがあるんだ」
「はい、なんでしょうか」
周囲の気配を探って、誰もいないことを再確認してからシュニーに声をかける。思い出したものの、街中では聞けない話があったのだ。
「すっかり忘れてたけどさ。カゲロウって霊峰じゃどんな位置づけだったんだ?」
そう、神獣の登場に驚いて失念していたが、カゲロウはたまたま見つけたから連れてきました、で済まされる存在ではない。
基本的なところでは、神獣はほとんどが自分のテリトリーを持っていて、滅多にそこから出てこないことが挙げられる。加えて、それぞれ眷属を従えていたりするので、ゲームならともかく現実ではおいそれと連れてこれるわけではないのだ。
「そうですね。良く言えば共生、悪く言えば居候でしょうか」
「は?」
シュニーの予想の斜め上を行く返答に、シンが間抜けな顔をしてしまったのも仕方がない。
居候。
それは神獣から想像するような単語ではない。
先に共生と言ったということは、同格の神獣がいるのだろう。
「それは、あれか? 他の神獣のテリトリーに住まわせてもらってた、とか」
「はい。たしかに戦いでは役に立っていたようですが、霊峰はミストガルーダを頂点に統率がとれています。なので、カゲロウが役に立つようなことはそう多くなかったようです。カゲロウは、これといった眷属や自分のテリトリーは持っていないようでした」
かなり特殊な形態をとっていたようだ。もともと、神獣がテリトリーとしている場所に、他の神獣が出現することはない。ゲームではないのだからありえないわけではないが、そういうものだと認識しているシンは強い違和感を感じてしまう。
「心話による意思疎通でわかったのはこのくらいです。ユズハほどはっきりとわかるわけではないので、私の知っている情報と照らし合わせたものですが」
「なるほど。ユズハ、頼めるか?」
「くぅ、まかせて」
明確な意思疎通ができるユズハに、どういう事情があったのか聞いてもらう。グルグル、くーくーという会話が数分続いた。
聞こえていた会話に興味が出たのか、ティエラも御者台のそばに腰かける。
「わかった」
「よし、さっそく聞かせてくれ」
「えっとね。今はミストガルーダ? がれいほうを治めてるけど、もともとはカゲロウのお母さんと半分こしてたんだって。でもお母さんが冒険者に倒されて、カゲロウだけ助かったみたい」
「冒険者に、か」
シンもゲーム時代は同じようなことをしていたので肩身が狭い。
もちろん、この世界で無暗に神獣クラスのモンスターを狩ろうなどとは思っていないが。
「必死に逃げて、エルフの女の子に助けてもらったって言ってる。そのあとは頑張って強くなって、霊峰に戻ったんだけど、お母さんのてりとりーはもうなくなってたから戦う時だけ手助けしてたって」
「なるほど、エルフに。だから、対面した時に私に対して敵意が少なかったんですね」
カゲロウと初めて出会った時のことを思い出したのか、シュニーが納得したように頷く。
「戦って、屈服させたんじゃないのか?」
「手合せはしましたが、どちらかといえば腕試し程度の軽いものでした」
「シュニーはすごく強くて、懐かしい匂いがついてたからついてきたんだって」
どうやら全力を出さずとも、相手の強さがわかるようだ。
「懐かしい匂いっていうのは?」
「ティエラの匂いだって言ってる」
「え?」
シンが気になったところを指摘すると、予想外の答えが返ってきた。それを聞いてシンの中にもしや、という考えが浮かぶ。
「助けてくれたエルフの女の子が、ティエラ……でいいのかね」
「くぅ、そうみたい」
まるでマンガのような展開だが、こういったことは現実でも意外とあるものだ。シンが来なければ、つながるはずのない縁だっただろう。
「えっと、そんなことあったかしら……」
助けられた、と言われたティエラは記憶を探るように目を閉じた。すぐに思い当たることが出てこないようだ。
「グル」
「100年以上前って言ってるの」
「私が子供の時ね…………そういえば、怪我をしていた子犬を助けたことがあったような」
ティエラの年齢が推測できるような情報が飛び出したが、事情が事情なので誰も突っ込みはしない。
カゲロウの元の姿から子犬を連想するのは難しいが、幼生体のときはそこまで凶悪な姿はしていなかったのだろう。馬車を引いている姿をさらに小さくすれば、納得できなくもない。
「確か、ひどい怪我をしてたわね。私だけじゃどうしようもなくて、母さんに頼んだのよ」
「グル」
「恩人、だって」
ティエラの匂いをつけているシュニーについていけば、会えると考えたらしい。
「それでテイムされたのか。でも会えるとはかぎらんだろ」
ただ匂いをつけた者についていけば会える、と考えるのは短絡的すぎるだろうとシンが指摘する。
ユズハによると、あのまま戦ったとしても勝てないことは理解していたらしい。ならばと、自分の勘を信じたようだ。
ちなみに、シンに大人しく撫でられていたのも、秘めた強さの一端を感じ取っていたからだとか。スキルで制限していても、カゲロウクラスのモンスターになると完全には隠しきれないようだ。シュニーとは比べ物にならない威圧感を感じたと、ユズハが伝える。
「大人しかったのはそのせいか」
さすがに見ず知らずの人間に、おいそれと触らせはしないそうだ。といっても、今の面子なら誰でも問題ないようだが。
「でしたら、主の資格をティエラに譲渡しましょうか」
「大丈夫なのか? レベル的に」
「本人たちが受け入れていれば、問題ありません。実証済みです」
せっかくだからとばかりに、ティエラに提案するシュニー。シンがシステム的な疑問を挙げるが、すでに解決済みのようだ。
「あの、師匠。話を進めているところ悪いんですが、私、調教師のジョブなんて持ってませんけど」
破挌どころではない話が進んでいるが、もちろん契約するためには専用のスキルがある。そして、それを使えるのは調教師だけだ。
「この場合、譲渡って言うよりは変則的な契約みたいな物だと思うぞ。一旦契約解いて、再契約するんだろ?」
「はい。契約を解かれたモンスターは野生に戻りますので、別の調教師と契約することもできます」
当たり前のように言っているが、それはこの世界が現実だからだ。ゲームならそんなことはできない。契約解除と同時にモンスターが野生に帰るのは同じだが、再契約など不可能なのだ。野に帰ったというメッセージの裏にあるのは、消滅の2文字である。
もちろん、シンが当たり前のように話したのも、ゲームのように消滅することはないだろうという推測が元になっている。
「いえ、ですからジョブがないんですって」
「大丈夫です。この方法ならティエラがジョブを持っている必要はありません」
「えっと、どういうことですか?」
シュニーの言葉に困惑するティエラ。これはジョブの獲得条件を知らないが故の困惑だ。
THE NEW GATEにおいて、調教師の職を得るには主に3つ方法がある。
1つ、極低確率で発生するモンスター側からの契約申請を受諾すること。
2つ、ジョブ取得と同時に獲得するスキル【主従契約】を他のプレイヤーから譲り受けること。
3つ、ジョブ獲得クエストをクリアすること。
今回、ティエラの場合は1に該当する。本来は戦って倒す一歩手前まで追い詰めなければならないのだが、カゲロウに戦う気がないのでそのまま契約となる。「極」の字がついていることからわかる通り、ゲーム時代では1の方法でジョブを得たプレイヤーはほとんどいない。六天の調教師兼召喚士のカシミアですら経験したことがない、と言えば多少はその確率の低さがわかるだろう。ちょっとした反則のようにも見えるが、だからといって特に特典があるわけではない。
ほとんどのプレイヤーは知り合いにスキルをもらう2か、真面目にクエストをして手に入れる3の方法で取得していた。
「なるほど、たしかにそれなら私にもできますね」
シュニーの説明を受けて、ティエラも納得する。
「じゃあとっとと済ますか。カゲロウ、ストップだ」
馬車を止めて、一応全員が外に出る。カゲロウは馬車を引くための器具を取り外して、元の姿になった。
「では、まずは契約を解除します」
そう言ってシュニーが手を伸ばすと、カゲロウが頭を下げてその手に触れた。
「汝の行く末に光を」
「グル……」
シュニーが契約解除の言葉を唱える。するとシュニーとカゲロウを淡い光が包み、数秒で消えた。これによって、それぞれに刻まれた契約印が消えるのだ。
「さあ、次はティエラの番です」
「は、はい!」
緊張しながらも、ティエラはカゲロウの前に立つ。
今のカゲロウは、何の制限も受けていない状態だ。その体から放たれる威圧感は、たとえカゲロウ自身が抑えていても一般人を怯えさせるには十分。その巨体と相まって、ティエラはまるで地面に押し付けられるような錯覚を感じた。
「グルゥ……」
「だ、だいじょうぶ。やれるわ」
心配そうに鳴くカゲロウに微笑み返して、ティエラは気を落ち着かせる。カゲロウに敵意はない。その瞳も、よく見ればティエラを心配して揺れていた。
深呼吸して、ティエラはまっすぐにカゲロウを見る。次の瞬間、頭に流れ込んでくる情報の奔流。ティエラの体を金色の光が包み、数秒で消える。
取得したスキルに導かれるように、ティエラは契約の言葉を発する。
「我、汝とともに歩むことを願う」
「グル……」
ティエラの言葉に答えるように、カゲロウが鳴く。それと同時にティエラとカゲロウ、それぞれの左腕に何かの花をかたどった刺青が浮かび上がった。
「あれは……おっと」
ティエラの刺青の模様が、ほんの一瞬、シンの記憶をざわつかせる。
しかし、直後にティエラが足元をふらつかせた。考えを中断して、倒れかかったところを抱きとめる。思考がそれたからか、記憶のざわつきは波が引くように消えていった。
「大丈夫か?」
「ごめん、なんだか力抜けちゃって」
本来なら主従契約は弱らせた相手に使うスキルだ。レベル差もあって、身体に思わぬ負荷がかかったのだろうとシンは判断した。
疲れたというティエラを荷台で休ませ、カゲロウに馬車を引くための器具をつけ直す。カゲロウはティエラを心配していたが、本人から疲れただけなので休んでいれば大丈夫、と言われると素直に馬車を引き始めた。
「なあ、シュニー。ティエラにカゲロウを譲ったのって、やっぱり守り手にするためか?」
馬車が進み始めて20分ほどたったころ。ティエラが眠ったのを確認して、シンは口を開いた。
「はい。仰るとおりです」
聞かれることはわかっていたのだろう。特に驚くこともなく、シュニーは返答する。
「この先、常に私たちがそばにいるとは限りませんから」
平坦な声でシュニーは言う。カゲロウが懐いているというのも理由の一つではあるが、本命はこちらだ。
シュニーはシンについていくが、ティエラの場合、必ずしもついていく必要はない。今回こそ少々強引に連れてきたが、用事が終わった後は自由にさせるつもりだった。どうするかはティエラ次第なのだ。
しかし、もしついてくるのなら、どうしても戦闘力という不安要素がある。現在、ティエラのレベルは59。モンスターや盗賊との戦闘で多少上がったとはいえ、まだまだ低い。ステータスは言わずもがな。シンとヴィルヘルムによってパワーレべリングを行ったラシアの方が、遥かに高いのだ。装備で補うにも限界がある。
だからこその主従契約。主となった人物は、配下のモンスターを自分のそばに一瞬で呼び出すことも可能だ。カゲロウがいれば、それだけ危険は減らせるだろう。
ついてこないのなら多少は安全かもしれない。だが、ティエラが月の祠の関係者だとばれてしまった時の保険が必要になる。どれだけレベルを上げても、選定者が出てくればティエラには対処不可能だ。カゲロウではオーバーキルになる可能性が高いが、カゲロウが戦うようなときはすでに非常事態だろう。そうなった場合、殺られる相手は非道な手段を用いているだろうと予想できるので、そこはティエラ次第だ。
また、ティエラならば、カゲロウを使って悪事を働くようなこともないだろう。
ティエラの選択でどのように対処するか決めようと思っていたのだが、意外なほど簡単に解決してしまった。もちろん、間接的にティエラをどうにかすることは十分可能なので、そこにはまた別の対処が必要だが。
「といっても、こういう結果になると見越していたわけではありませんけど」
「そりゃ、神獣がただのエルフに懐くなんて、普通は考えないよな。馬車を引かせるのに神獣つれてくるとも思わなかったが」
「本当はミストガルーダ狙いだったのですが」
「霊峰のトップじゃん。それは生態系とかテリトリーとか、いろいろとヤバそうだからやめとけな」
さすがにテリトリーの主を連れてくるのは、問題がありすぎる。
「ティエラが残ることを選んだときは、また別のモンスターを探しましょう」
「別に神獣にこだわらなくていいからな? また今回みたいなことに引き寄せられそうだし」
今回のことというのは、もちろんカゲロウのことだ。
もちろん狙ってやったわけではなく、完全に偶然の産物だ。とはいえ、ここまで上手くいくと逆に疑ってしまうのが人のさが。一連の出来事に、ある種の作為性を感じてしまうのだ。
シンがシュニーに馬の代わりを頼み、シュニーが訪れた場所でティエラに縁のある神獣に出会う。神獣はハイエルフであるシュニーと付着した匂いにティエラを連想し、ついてくる。そして、ティエラと契約を結ぶ。
ただの偶然で済ませるには、出来すぎだろう。
「しっかし、なんだか決められた通りに動いてるみたいで、落ち着かないな」
「悪い気配はしませんが」
良い意味でとれば、導かれていると言えなくもない。見方によっては手のひらで踊らされているともとれるが、現状では判断のつけようがなかった。
「そこだよ。悪意というか、お前たちをはめてやるぜ、みたいな思惑が見えないから余計に変な感じなんだ」
「戦力、という意味では私たちに不利益はありませんからね」
今のところ、シンたちには大きなデメリットはない。あくまで、今のところは(・・・・・・)、だが。
「ま、考えてもわからんか」
「こればかりは、予想がたてられませんからね。何か起こった時はその場で対処するしかないでしょう」
「それしかないか。先に言っとくが、俺はこの世界にきて日が浅い。場合によっては判断がつかないこともあるかもしれないわけで」
「そうですね。以前とは違うことも多いので、対処が難しいこともあるかもしれません」
「それで、だな。ぶっちゃけ、本当にヤバいときはシュニーが頼りだ。よろしく頼む」
「っ! ……お任せください!」
シュニーが頼り。
その言葉を聞いたシュニーは、雷に打たれたように動きを止めた。そして、僅かな沈黙の後、しっかりとした声で返答する。やる気に満ち溢れた表情は、いつにも増してその美貌を輝かせていた。
実際に頼りにしているので、やる気を出してくれるのはいいことだとシンは思った。ただ、シンの一言は、自身が思っていたよりも効果があったらしい。
髪の間から見える、エルフ特有の長い耳が時折、ピクリピクリと震えているし、頬も少し赤みを帯びている。口元も何かを耐えるようにヒクついているが、よく見れば口角が上がりそうになるのを我慢しているのがわかる。
「シュニー? 大丈夫か?」
シュニーの予想外の反応に驚いたのはシンだ。シュニーから自分に向けられる感情はわかっているつもりだったが、これほどの反応が返ってくるとは思っていなかった。シュニー、と言ったのも月の祠に引き込もり状態だったティエラやモンスター組では、いざというときの対処能力に大きな差があるという考えもあったからだ。
もちろん、シンの中の信頼度に関してはシュニーが他の追随を許さないのだが、何か変なスイッチを入れてしまったのだろうか、と不安になるシンだった。
「大丈夫です。なにも問題ありません…………………………くっ、不意打ちです、卑怯ですよ」
シンへと返事をしながら、シュニーはかすかな声で心情を吐露する。それは馬車の走行音に紛れ、シンの耳には届かない。
シュニーも乙女なのだ。待ち焦がれた相手に、これほど近くで、自分が頼りなどと言われて嬉しくないはずがない。
頼りにされる。その時を一体どれほど待ったか。こうして隣りにいられる喜びを、理解してくれる者はこの場にはいない。やる気とは裏腹に、ニヤけそうになる顔を無理やり引き締め、どうにか体裁を保つのに精一杯だった。
「まあその、なんだ。よろしくな」
瞳が潤み、頬の赤さと相まって妙な艶っぽさが出てきたシュニーから視線をそらし、シンはカゲロウへ指示を出す。通常の馬車の1.5倍ほどだった速度を、2倍まで引き上げると、それに合わせて周囲の景色が流れる速度が上がる。顔に当たる風も強くなった。
顔が赤くなってなきゃいいが、と思いながらシンは前を見つめていた。
◆◆◆◆
比較的走りやすい道を進むこと1週間。モンスターや盗賊に襲われることもなく、旅は順調に進んでいた。ベイルーンからは、大きく広がる森林地帯――ラルア大森林と呼ばれているらしい――の外側をなぞるように馬車を走らせていた。
カゲロウの走る速度のせいで馬車の消耗が激しかったが、職人の腕が良かったのか壊れるまでには至っていない。とはいえ、ファルニッドに着いたら整備する必要があるだろう。
「ここまで来るのに1週間。普通ならありえないわね」
地図を見ていたティエラがポツリと呟く。普通の馬車なら、早くても5分の1程度しか進んでいないはずの時間で、すでに5分の4近く走破している。移動前に施した改造のおかげで揺れがほとんどなく、スピードを出してもティエラたちが酔う心配がなかったのも大きい。
普通の馬車で同じことをすれば、恐らく1時間も持たないだろう。主に搭乗者が。
「この速度にも、すっかり慣れちゃったし」
「もっと早くできるんだがな。そうすると馬車がもたん」
「ちょっと怖いから、これ以上はやめて……」
現在、時速にして60kmほどだろうか。地形の関係上、必ずしもそれだけの速度を維持しているわけではない。とはいえ、ティエラが慣れてきてからは、おおむね普通の馬車の3~4倍ほどの速度で走っている。カゲロウの場合、速度を維持するためのスタミナも桁はずれなので、とにかく早い。
その速度はこの世界の住人のほとんどが体験したことのないものだ。馬に乗ったことがある者なら、多少は反応が違うくらいだろう。
今でこそなんでもないという顔をしているティエラだが、シンがスピードを上げた当初は、早い早いと連呼しながら顔を青くしていた。シンとシュニーが落ち着いているのを見ていても、恐ろしかったらしい。
「このペースなら、あと2、3日くらいか」
「そうね。そのくらいだと思うわ」
のんびりとした会話とは裏腹に、馬車は猛スピードで草原を走る。モンスターだけでなく、動物も馬車を見ると即座に逃げていくのが印象的だ。
「モンスターが自分から道をあけるのなんて、初めて見たわ」
「引いてるのがカゲロウだからな。無謀どころの話じゃないし」
そう言いつつカゲロウに指示を出す。指示に合わせてカゲロウが走る方向を変える。ジグザグに走りながら大きな窪みを回避し、馬車は軽やかに草原を駆け抜けていく。
草原を抜けてさらに1日。進行方向に森が見えてきたところで、シンの感知圏内にいくつかの反応があった。
「シュニー、ティエラ。前から何かくる。一応警戒してくれ」
カゲロウにスピードを落とすよう指示を出しながら、荷台にいる2人に声をかける。
ユズハは相変わらず、シンの頭の上だ。言われるまでもなく警戒態勢である。
「これは……何かに追われてる?」
視界に映るマップを見ながら、誰にでもなく呟く。速度からして、馬に乗っているのだろう。人が走るよりも速く、複数の反応がシンたちのいる方へ一直線に向かってきていた。
その背後に、モンスターの反応を連れて。
「追われていますね」
「あの、当然みたいに言われてもわからないんですけど」
「ん~、見えない……」
すでに感知圏内に入っていたようで、シュニーがシンと同じ判断を下す。
ティエラとユズハはわからないようだ。まだ数ケメル先なのだから当然である。
「このままいくと、かち合うな。道それとくか?」
「え、助けないの?」
「純粋に襲われてるだけとは、考えにくい構図なんだよ」
難しい顔をしながら、シンはティエラに向かってくる相手のことを説明する。
逃げてくる人数は5人。中心にレベル40と200越えの人物を据え、その周囲をレベル150台の3人が囲む形で走ってくる。
後ろから追っているのはLv.430のガーディアンゴーレムが3体。シンの記憶が確かなら、ガーディアンゴーレムはダンジョンの門番や、財宝の守護役をしているモンスターのはずだ。少なくとも、無差別に人を襲うことはない。
その特性が生きているのなら、逃げてくる5人は追われるだけのことを仕出かしているということになる。
「なるほど。へたに助けると私たちに被害がくるのね」
「そういうことだ。まあ、ゴーレム系のモンスターってときどき暴走するやつがいるから、断言はできないんだけどな」
今回のように、執拗に相手を追ってくるパターンはその可能性が高いともいえる。同時に、近くにシンたちの知らない、ゴーレムが守るような何かがある可能性もあった。
「もう一つ可能性を挙げるなら、ゴーレムが守っている秘法なりアイテムなりを彼らが盗んで逃げている、でしょうか」
「それが一番厄介なんだよな」
宝箱を守っているゴーレムなどは、アイテムを持ち逃げしようものなら地の果てまでも追ってくる。最も関わりたくないパターンと言えた。
「暴走してるだけなら、見ればわかるんだが」
暴走状態のゴーレムは、全身からコアの発する魔力を放出しているので一目瞭然なのだ。問題は、それが目視でないとわからないところにある。
「分析では見分けがつきませんからね」
暴走ゴーレムとして正式登録されているものを除いて、分析では普通のゴーレムは暴走状態と通常状態の区別がつかないのだ。
「……予測で話を進めてもしょうがない。本当に襲われてるなら助ける。襲ってくるなら返り討ち。それ以外は臨機応変でいこう」
「わかりました」
「了解よ」
「くぅ」
念のため最悪のパターンを想定して準備をする。御者はシン。シュニーとティエラは幌の中に身を隠す。
「一応、全員外套を着てくれ。逃げてくるのがどっかの貴族、なんてパターンは勘弁だが、もしそうなら顔を覚えられたくない」
外套を取れと言われば幻影スキルで誤魔化すので、ないよりまし程度だが。
「そろそろか。カゲロウ、スピードを落としてゆっくり頼む」
「グル」
しばらく道沿いに進み、ゴーレムのあげる土煙が見え始めたところで、馬車のスピードを落とす。シンは馬に乗った鎧の男たちを、スキルによって強化された視力で確認した。
「…………これは、厄介なパターンだな」
ため息を吐きながら一言。シンの視界に映った光景からの推測だ。
視線の先で、男たちの乗った馬がシンたちの前に姿を現す。先導するように、まず1騎。鎧姿の男が乗った馬が飛び出してきた。続いて低レベル男と護衛らしき男を乗せた馬が現れ、少し遅れて殿の2騎が駆けてくる。
いかにも戦闘慣れしていそうな鎧の男たち。それに対し、低レベルの男は煌びやかな質感の服を着て、何かをわめいていた。その体は、肥満の一言。その手には銀色に輝く杯を持っていた。
分析がその杯の名前を表示する。それを見たシンは、盛大に顔をしかめた。
「襲われているわけでは、なさそうですね」
「シュニーの予想が当たりだ。あのわめいてるやつ、腐毒の聖杯をもってやがる」
それは一定ランク以上のダンジョンの祭殿にある宝箱。そこからランダムで手に入るアイテムの1つだ。
状況から鑑みて、シュニーが言った通りアイテムだけ回収して逃げているのだろう。
「ちょっと行ってくる。防御は任せた」
アイテムボックスからカードを取り出しながら、シンは馬車を降りる。次の瞬間には、隠密スキルで姿を消した。
御者台には、シンの代わりにシュニーが座る。距離があるので逃げてくる側からは2人の動きは見えていない。
姿を消したまま、シンは逃げてくる男たちに接近した。すると、低レベルの男が馬蹄の響きにも負けない声量でわめき散らしているのが聞こえてきた。
「何をやっとる! 追いつかれそうではないか! もっと早くできんのか!?」
「生憎とこれが限界です!! そいつを捨てれば帰ってくれるんじゃないですかねぇ!!」
前を見たまま、護衛の男が答える。その顔は、この状況が男の本意ではないことをハッキリと示していた。並走しながら他の男たちも観察すると、誰もが同じように顔を歪めている。
「クソっ、権力を笠に着た豚野郎め。あんなことがなけりゃ、ここで捨ててやるものを」
シンの強化された聴覚が、先導する男の呟きをとらえた。
(何か事情がありそうだな。となると、全員殺って終わりってわけにはいかないか)
理由はわからないが、護衛の男たちは自分から協力しているわけではないらしかった。こうなると、全員を叩きのめして、というわけにはいかなくなる。
シュニーの乗る馬車とも距離が近づいてきていた。
「おい! あの馬車! あれを囮にして逃げろ! 少しは時間が稼げるだろ!!」
「なっ!? ふざけるな!! 自分が何を言ってるのかわかっているのか!?」
「ふざけているのはお前たちだ! 私が帰らなければどうなるか、理解していないわけではあるまい!!」
馬車を見た低レベル男が発した一言に、護衛の男が怒鳴り返す。さすがに腹に据えかねたようだ。
(弱みを握られてるってとこかね。あの馬鹿野郎だけどうにかしても、解決にはならないか)
2人のやり取りを見ながら、どう行動するかを決める。
怒鳴り返す低レベル男だけ亡き者にすることもできた。しかし、それでは護衛の男たちの立場が悪くなるだろう。
分析で見た低レベル男の職業は神官だ。教会関係者と見て間違いない。態度と見た目から考えると、それなりに高位の神官なのかもしれない。
そこまで考えたところで、シンの脳裏に孤児院の面々が浮かんだ。
(……まさか、こいつが例の豚野郎じゃないよな)
先ほどの豚野郎発言も手伝って、低レベル男の素性に確信的なものを抱いてしまうシン。確証はないので手は出さないが、少なくともこのままアイテムを持ち逃げさせるという選択肢はない。
(アイテムを偽物にすり替えてっと)
低レベル男が抱えた杯を、ささっと偽物と交換する。見た目だけそっくりになるという、ネタアイテムがあるのだ。
腐毒の聖杯をカード化してアイテムボックスにしまう。アイテムをシンが奪ったことで、ガーディアンゴーレムのターゲットはシンに移った。それに気付かせないために、しばらく男たちと並走する。
《シュニー、ゴーレムが馬車を襲って、俺たちが逃げ出すっていう光景を幻影スキルで作れるか?》
《できますが、逃がすのですか?》
《こちらさんにも事情があるみたいだ。諸悪の根源は場違いな約1名》
《なるほど、了解しました。何かされても反撃は控えた方がよろしいですか?》
《そうしてくれ》
シュニーと心話で打ち合わせをする。馬車の方をよく見れば、カゲロウが普通の馬の幻影を纏っていた。男たちの目には、ただの馬にしか見えないだろう。カゲロウは目立つので、シュニーが気を利かせたようだ。
「車輪だ! 車輪を壊せばすぐには逃げられん! すれ違いざまに壊せ!!」
「お前というやつは!!」
シンがいろいろと行動している間に、低レベル男の主張はよりひどい方向へ向かっていた。もちろん、護衛の男は断ろうとした。しかし、低レベル男の言葉で最終的には腰に下げていた剣を抜き放つことになった。
その顔は苦渋に満ちていたが、それでも剣を納めようとはしない。護衛の男が守ろうとしているものは彼、もしくは彼らにとって、その手を汚してでも守りたいものなのだろう。
男の剣は、すれ違いざまに片方の車輪を破壊し、馬車を走行不能にした。
「……すまん」
微かに漏れた呟きと苦しみに歪んだ表情が、男の心情を如実に表していた。
「難儀だな……」
駆け去っていく男たちを見送りながら、シンは呟く。振り返る男の目には、破壊される馬車と逃げ惑うシンたちが映っていることだろう。
「さて、片づけるか」
背後に迫るガーディアンゴーレムに向き直り、構えを取る。
ガーディアンゴーレムにアイテムを返すという手もあるが、腐毒の聖杯は悪用されると非常に危険だ。なので、ガーディアンゴーレムたちには悪いがここで回収しておくことにした。
「せっかくの素材だ。馬車の改造に役立たせてもらおうか」
シュニーに周囲の警戒と隠蔽を頼み、ガーディアンゴーレムへと意識を向ける。
ガーディアンゴーレムはシンを前にしても、怯むことなく突進してきた。生物でないが故に、気配による威圧は効果がない。全長3メルにもおよぶ巨体が、土煙を上げながらシンへと迫る。
「しっ!!」
突進の勢いそのままに繰り出された拳をかわし、すれ違いざまに刀を振るう。ガーディアンゴーレムのに向けて放たれた斬撃は、ゴーレム系モンスター特有の高い防御力を難なく突破し、その左足を切断した。
バランスを崩して倒れ込むガーディアンゴーレムのコアめがけて、シンの追撃が走る。足を切断した直後に方向転換し、背後から胴体部分の中心に位置するコアを、シンの繰り出した刺突が貫く。苦しむように身体を動かすガーディアンゴーレムだったが、シンが刀を捻りコアを裂くように砕くとゆっくりとその動きを止めた。
止めを刺すために動きの止まったシンに、残っていた2体のガーディアンゴーレムが襲いかかる。コアに刀を差したままのシンに、2体はそろって鉄槌のごとき拳を振り下ろした。
「ふっ!!」
シンは刀を手放し、振り返りざまに右の拳を振るう。無手系武芸スキル【鋼弾き】を纏った拳は、霞むような勢いでガーディアンゴーレムの拳とぶつかり合った。直後に響くのは金属の塊をぶつけ合ったような鈍い音。シンの拳はわずかな拮抗も見せずに、ガーディアンゴーレムの1メル近い拳を弾き返していた。その反動で、拳を弾かれたガーディアンゴーレムは仰け反るように体勢を崩す。ぶつかり合った拳には大小さまざまな亀裂が走っていた。
シンは体勢を崩したガーディアンゴーレムには目もくれず、右拳を振った勢いのまま体を捻る。そして、僅かな差で迫っていたもう1体のガーディアンゴーレムに、スキルを纏った左手で掌底を繰り出す。
無手系武芸スキル【透波】――身体の内部を破壊する振動波が、シンの手のひらからガーディアンゴーレムの拳へと伝わる。威力が強すぎたのか、ガーディアンゴーレムの体がわずかに震えたかと思うと、一瞬の間をあけてその半身が吹き飛んだ。粉々に砕けた破片の中に、コアも混ざっていたらしく、残った半身は壊れた人形のように地面に倒れる。
「これは……生き物には使えないな」
粉々になったガーディアンゴーレムを見ながら、シンはつぶやく。相手が生物なら、見るに堪えない光景が広がっていたことだろう。
要練習と脳内メモに記して、最後の1体に向き直る。仰向けに倒れていたガーディアンゴーレムは、他の2体が倒されてもまるで怯んだ様子はない。起き上がると同時に、ただ愚直にシンに拳を向けてくる。
シンはその拳が届く前に、ガーディアンゴーレムに向けて魔術を放つ。
土術系魔術スキル【アーススピア】――放たれた魔術は即座に効果を発揮し、ガーディアンゴーレムの真下から土が盛り上がると同時に、槍となって標的に襲いかかった。シンの魔力によって強化された土槍は正確にガーディアンゴーレムのコアを貫き、その機能を停止させる。
「土術系初級の魔術スキルで、レベル400越えのゴーレムが一撃か」
ゴーレムの数が多かったので、実験がてら2つのスキルを試してみたシン。【透波】はゴーレムのような防御力の高いモンスターには有効そうだ。ただし、生物に使うと非常にグロテスクな光景が広がりそうである。使ってみた感覚では、威力の調節は可能なようだった。
【アーススピア】はシンの魔力のせいか、かなり高威力になっていた。威力の上昇自体はわかっていたことだが、レベル400クラスのゴーレムの防御力を易々と突破するとは思っていなかった。なにせ、土術系魔術スキルで最初に会得するスキルなのだ。罠に奇襲にと使い勝手はいいが、ここまでの威力はなかったのである。この世界に来た時はスキルの発動くらいしか試せなかったのだが、これは訓練が必要だとあらためて認識したシンだった。
「さて、素材素材っと」
判明したことを脳内でまとめ、素材の回収に移る。とはいっても、やることはゴーレムと砕けた破片をアイテムカード化するだけである。ガーディアンゴーレムからは魔鋼鉄と、少量ながらオリハルコンが取れるので小さい破片までしっかりと回収しておくのを忘れない。
すべてを回収すると、シンはシュニーたちのところへ戻った。
「お疲れ様でした」
「そっちもな。壊されたところはどんな感じだ?」
「右側の車輪が完全に破壊されています。あとは地面と接した際に車軸も折れてしまいました」
シュニーたちは馬車から降りて待機していた。車輪を壊すという内容をシュニーも聞いていたようで、先に馬車から降りて幻影を展開していたらしい。
馬車は車輪が破壊され、荷台の片側が地面に倒れこんでいた。バランスを崩して地面に触れたときに荷台の重さに耐えきれなかったようで、車軸が完全に折れている。スピードを出していたのも影響しているのだろう。よく見れば、かなりガタがきていた。
「見事に折れてるな。この際だ、もっと頑丈にするか」
スキルによって荷台を浮かせ、折れた車軸を取り外す。これ幸いと、アイテムボックスの肥やしとなっていた馬車用のパーツを引っ張り出す。専門でないと言ってもそこは生産職。スキル上げにと、作ったはいいがため込むしかなかったパーツ、というのが有り余っているのだ。
壊れた車輪と車軸の代わりを取り出し、手際良く交換していく。同時に振動を軽減する改造も施す。新しく取り付けられたパーツは、見た目こそ木材という感じだ。しかし、その表面にはその筋の人間、それも熟練の職人でなければ気づけないような不自然な光沢が見て取れた。
それがアダマンティンコーティングの輝きであると知るのは、この場ではシンとシュニーだけである。
「完成だ」
「……何か、変な気がする」
「気のせいですよ」
ティエラがその観察力で違和感を見定めようとするが、さすがに知識が足りなかったらしく断念していた。さりげなく、シュニーが意識をそらしたのも原因かもしれない。
修理が終わるとすぐに出発だ。修理する前よりも性能が格段に上がった馬車は、悪路をものともせずに突き進んでいく。
移動すること、さらに2日。ついに一行はラルア大森林の先、ファルニッドへと到着した。
シンたちがいるのはファルニッド南東部。ラルア大森林という大規模森林地帯と隣接しているせいか、鬱蒼とはしていないものの、国境を越えても森と呼んで差し支えない光景が広がっていた。植生が違うのかラルア大森林はジャングルに近い鬱蒼とした森で、小動物程度が暮らしていそうなのどかな印象を受けるのが国へと続く森だ。
森が広がっていると言ってももちろん国境はあり、シュニーいわく警備部隊もいるらしい。
当然だが、国へと続く道は整備されており、道なき道を突き進むような必要はない。平原からファルニッドへと続く街道を、ゆっくりと進んでいく。ここでスピードを出すと不審な奴と判断され拘束されるそうだ。
到着の連絡をするために、シュニーがメッセージカードを飛ばしていた。
「ん? 誰か来るな。けっこうレベルが高い」
森の中の道を進みはじめて10分ほどたったころ。誰かが森の中を馬車の方へと、一直線に向かって進んでくるのをシンは察知した。人数は2人。レベルはそれぞれ210と179だ。
「先ほどジラートにメッセージを送りましたから、迎えでしょう」
ハイヒューマンを名乗って会うわけにはいかないので、信頼できる者に案内をさせるよう頼んだらしい。シュニーは2人組に覚えがあるらしく、さりげなくシンの隣に腰かけた。
迷いなく進んでくる様子とシュニーの態度から、迎えだと判断し馬車を止めて待つ。数分で森の中からビーストの2人組が姿を現した。
「やはり、あなたが来ましたか」
「はい。初代より命を受け、参上しました」
シュニーの声に反応したのは灰色の髪と深い緑色の目を持つ、精悍な顔つきの男だ。その立ち姿に隙はなく、何かあれば即座に対応できるようにしているのがわかる。見た目は20代後半ほどで、この世界基準ならレベルの割には、かなり若いようにシンには感じられた。
「そちらの方が、例の?」
「ええ、そうです。ここで紹介するのもなんですから、先にジラートのところまで案内を頼みます」
「承知しました。先導します。こちらへ」
男は返事とともに馬車の前へ移動した。男が進む速度に合わせて、シンは馬車を走らせる。
「クオーレも元気そうですね」
「はい! シュニー様もお元気そうでなによりです」
はきはきとした口調で答えたのは、クオーレと呼ばれた女性。先に話しかけてきた男と同じ、灰色の髪と深い緑色の瞳を持った美少女だ。髪はセミロングほどの長さだが、シンには首の後ろの部分だけ伸ばしているのが見えた。軍人のような喋り方をするせいか、同性にもてそうな印象を受ける。
親しげな様子から、シュニーと2人は昔から交流があるようだ。
「付き合い長いのか?」
「彼女が生まれるときに立ち会いました。稽古をつけたこともあります」
「へぇ……選定者か?」
「多少意味合いは違いますが、選定者と言ってもいいだけの実力はありますよ。なにせ、ジラートの直系ですから」
「なに!? ……ってそりゃそうか。ビーストなら曾孫どころか玄孫、いやそれ以上がいてもおかしくないな」
本来の寿命から考えれば、ジラートが妻を娶って、子をなしていてもおかしくはない。エルフやピクシーのように何百年単位で生きるわけはないのだから。
「ん? 着いたかな」
しばらく走ると、男は城壁の前で止まるように合図をしてきた。シンが城壁を見ると、その一部がただの壁に見えるようにカムフラージュされていることが分かる。
どうやら、隠し扉のようだ。広さは馬車が一台通れるほどで、高さもあまりない。今回のような、お忍びで来る相手を通すための門なのだろう。警備についている兵士も選定者のようだった。
「馬車はどうされますか?」
「この際だし、カード化するか」
現在では存在するかも怪しいパーツを使って改造したので、念のためアイテムボックスにしまう。改造時に言っていた、売るという選択肢はすでになくなっていた。
馬車ひきの任から解放されたカゲロウは、当たり前のように体を小さくしティエラが抱えていくこととなった。
ジラートのいる離れには、馬車を止めた広場から地下道を通っていくようだ。同じような作りの建物に入り、そこから地下へと進む。
「なんだか、私だけ場違いな気がする」
「何を言う、月の祠の従業員は立派な関係者だ」
案内される道すがら、緊張気味のティエラにシンは声をかける。100年も店にいたのだから、シンからすれば十分身内である。
シンの記憶通りなら、ジラートもあまり細かいことを気にするタイプではないので問題はないはずだ。
「ティエラのことは伝えてありますから、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「そうだとしても、すぐにリラックスなんて無理です……」
一般人からすれば、これから向かう先にいるのは一生に一度会えるかというレベルの人物。委縮するのが普通である。シュニーという存在の近くにいたからといって、他の面々とも同じように接することができるわけではない。
「覚悟を決めなさい。着きましたよ」
話しているうちに地下道の出口に着いたようだ。出口を隠す役割を持った建物から出た先には、日本の武家屋敷のような建物がその存在を主張していた。
門はないが、瓦の屋根に障子と時代劇にも使えそうな本格的な造りだ。
「こちらへ」
言葉少なに男は先をうながす。玄関で靴を脱ぎ、縁側を通って屋敷の奥へと進む。
屋敷の一番奥の部屋の前で、案内の男は足を止めた。
「シュニー殿御一行をお連れしました」
「おう、入れ」
返事を受けて男は障子を開ける。部屋の中にいた人物は3人。
そのうち、シンが知っているのは一人。正面に座っている狼型のハイビーストにして、サポートキャラクターNo.3。ジラート・エストレアだけだ。
シンから見て左側に象型、右側に亀型のビーストが据わっているが、こちらはシンの記憶にはない。どちらもレベルは255。腹心の部下と言ったところだろう。
男にうながされるまま、シン、シュニー、ティエラは部屋の中へと入る。もちろん、ユズハとカゲロウも一緒だ。
シンを中央、少し下がってシュニーとティエラが左右に座ると、ジラートがその口を開いた。
「よう、主殿。生きて会えるとは思ってなかったぞ」
この世界に来て初めて聞くジラートの声は、シンの聞き慣れた、低く深い声だった。
◆◆◆◆
「こっちこそ、生きてるとは思わなかったぞ」
ジラートの第一声に合わせるように、シンも言い返す。
左右に座るビーストと違い、現在ジラートは人型だ。顔には皺が増え、髪は白くなっている。
しかし、見た目こそ老いを感じさせていても、その体から発せられる気配は微塵も衰えていないようにシンには思えた。少なくとも、そう簡単に死ぬようには見えない。不遜な口調も相変わらずのようだ。
「くくく、そりゃそうだ。ワシもなんで生きているのかわからんのだからな。突然ぽっくり逝くんじゃないかと周りが心配しているくらいだ」
「いやそれ、笑えねぇから」
冗談になっていないことを言いながら、豪快に笑うジラート。シンのツッコミにうなずきつつ、左右に座るビーストたちも呆れたように溜息をついていた。
「さて、つもる話もあるが先に紹介しなきゃならんやつらがいる」
そう言って、ジラートはシンたちを案内して来た男女を自分とビーストたちの間に座らせた。
「こいつが現獣王、ウォルフガングだ。そして、こっちがウォルフガングの娘、クオーレ」
「ウォルフガング・エストレアと申します。以後お見知りおきを」
「クオーレ・エストレアと申します! お会いできて光栄です!」
ジラートに紹介され、2人はそれぞれ頭を下げる。
ウォルフガングは落ち着いた様子だが、クオーレは少し興奮しているようだ。
「で、そっちの2人がわしの腹心。ヴァンとラジムだ」
「王の右腕、ヴァン・クー」
「王の左腕、ラジム・ドルク」
2人はそれだけ言い、静かに頭を下げる。どちらも先ほどの呆れていた様子は消え、厳粛な気配を纏っていた。
名乗りからヴァンが象、ラジムが亀のビーストだとわかる。座っている位置は、それぞれ腕に対応していたらしい。右がヴァン、左がラジムだ。
「俺はシン。既に聞いているかもしれませんが、ハイヒューマンです。よろしくお願いします」
シンも名乗り、頭を下げる。低姿勢なせいで、そこに人々の間で語られる超越者としての威厳はない。
もとより、偉そうにするつもりなどないのだが。
「くく、いつものように話せばいいぞ主よ。ここじゃ、謙っても得はない」
「いや、会って早々、王にため口とかねーから。つか普通に名前で呼べ。お前はもともとそんな呼び方してなかっただろうが」
「久しぶりの再会だ。このくらいの冗談は許してもらいたい。それに、お前さんは自分がどれほどでたらめな存在かわかっとるだろ。なら、こういう反応が返ってくることもわかるはずだ」
「ったくこいつは。まあ、俺たちがしたことを知ってるなら、わからなくはないがな」
この世界の住人にとって、ハイヒューマンとは伝説の存在であり、同時に畏怖の対象でもある。
都市を火の海に沈めた、神獣を狩って回ったなど、普通は冗談だと思うようなことを実際にやってのけた存在だ。
そして、その光景を見てきたエルフやピクシーなどの長命種は今だその多くが存命であり、その力の強大さはしっかりと伝えられているのである。
そのうえ、配下であるシュニーやジラートの桁はずれな実力を目の前で見せつけられれば、それを従えていた存在の強大さが嫌でも想像できてしまう。
国を治める者からすれば、機嫌をとるために頭を下げるくらいなんでもない。王自ら接待するくらいの勢いなのだ。
「とりあえず、気まぐれで国を消すとかしないから普通に接してくれ。こう、友人に話しかける感じで」
「よろしいので?」
「むしろこっちから頼む」
開き直っていつもの口調でウォルフガングに話しかけるシン。
ウォルフガングが確認をとると、即座に返答した。伝承でいろいろと仕出かしたことが知られているのはわかっている。だが、シンからすれば何かした覚えも――ゲーム時代以外でだが――ないのに敬われるようなもので、非常に居心地が悪かった。
ゲームのときのように、ハイプレイヤーとして尊敬されるのとはわけが違う。
「クオーレさんに、ヴァンさん、ラジムさんも同様にお願いします」
「いいのですか!?」
「お嬢、少し落ち着け」
「だがヴァン、本人がいいって言ってるんだぞ!」
クオーレのはしゃぎっぷりは、アイドルにあったファンのような印象をシンに与えた。初めて会ったときは凛とした佇まいだったのだが、今は見る影もない。凄まじいギャップである。
「シン殿は我らが初代獣王ジラート様の主たるお方。敬語など使わず、呼び捨てにしていただいてかまいませぬ」
「貫録があるんで、つい」
クオーレをなだめるヴァンに変わり、ラジムがシンに話しかけてくる。ジラートが忠誠を誓う相手に敬語を使われるのは、調子が狂うのだろう。
「じゃあ、一番楽な話し方にするから、ラジムたちも一番話しやすいようにしてくれ。俺にとってはそれが一番楽だからさ」
「シン殿がそう言われるなら、そうさせていただこう。それがしにとってはこれが一番楽ゆえ、了承願いたい」
武人気質な人物、という印象を受けていたので断られるかと思ったが、意外と融通がきくようだ。王たるジラートが遠慮していないので、それもあるのかもしれない。
「ところでシン。そろそろ、そっちの嬢ちゃんと神獣について聞きたいんだがな」
多少打ち解けたところで、ジラートがティエラたちに目を向けて言う。ユズハとカゲロウが神獣だということは、既に見破っているようだ。
「紹介が遅れてすまん。彼女はティエラ。月の祠で店番をしてもらってたんだ」
「初めまして。ティエラ・ルーセントと申します。月の祠にて、お世話になっております」
部屋に入る前の挙動から打って変わって、礼まで完璧にこなすティエラ。緊張していた姿はどこへやら。肩肘張ることもなく、自然な態度でファルニッドの面々と相対している。
緊張しすぎて、シンとは別の意味で開き直ったのかもしれない。
「それとこっちの子狐がユズハで、そっちの子狼がカゲロウだ。一応伝えておくが、種族はエレメントテイルとグルファジオな」
「ほう」
「まさか、伝説の……?」
「か、かわいい……」
シンの横で小さくなっているユズハと、ティエラに抱えられたカゲロウを交互に見て、にやりと悪戯小僧のような笑顔を向けるジラート。
それとは対照的に、ウォルフガングとクオーレは目を見開いて驚いている。若干、クオーレの驚く方向が違う気がしたシンである。
ヴァンとラジムは大きく反応をすることはなかったが、小さくうなずいているところを見ると、さすがはハイヒューマンとでも思っているのだろう。
「相変わらず、話題には事欠かないな」
「別に狙ってるわけじゃないぞ」
「くく、退屈しないのはいいことだぞ。さて、つもる話もあるが長旅で疲れもあるだろう。嬢ちゃんは一般人みたいだしな。一旦部屋に案内させる。風呂で身を清めたのち、皆で食事としよう」
今回は軽い自己紹介にとどめるようだ。時間的には午後4時半と言ったところ。シンやシュニーはともかく、ティエラはさすがに疲れを見せていたので気遣ってくれたようだ。
ウォルフガングとクオーレは一旦仕事に戻り、食事のときに合流するらしい。
「ああ、そうだ。シン、ちょっとこっちへ」
移動を始めようとしたところで、ジラートがシンに声をかけた。
「なんだ?」
「パーティを組んでくれ。あとで話がある」
「わかった」
どうやら何か内密な話があるようだ。旧世代バージョンのパーティ編成を行い、いつでも心話可能にしておく。
部屋へはヴァンとラジムが案内してくれるらしい。
それぞれ個室で、武家屋敷らしく畳に箪笥といった内装だ。掛け軸まであった。
《シン。さっそくで悪いが、ちょいと付き合ってもらえるかい?》
《ああ、そっちに行くから待っててくれ》
シンが部屋について内装を眺めていると、さっそくジラートから心話がきた。なぜだか、あまりいい予感がしない。とはいえ、聞かないわけにはいかないので、マップを頼りにジラートのもとへと向かう。
余談だが、シンの視界に映る簡易マップ。いつの間にかゲーム時のようなマップ作成機能が復活していた。おかげで、武家屋敷内の構造は丸わかりである。
「お、いたいた」
マップを確認しつつ進んでいると、縁側に座りながら庭を見ているジラートを発見した。家に合わせたのか服装が着物になっている。
「来たか。まあ座ってくれ。茶はもうすぐ来る」
「じゃあ、遠慮なく」
用意してあった座布団に座り、ジラートの視線を追うようにシンは庭に目を向ける。それなりに広い庭は池や庭石、草木をうまく配置しており、こういったものに詳しくないシンでもなんとなく良いものなのだろうと思える出来だった。
シンが庭を見ていると、シュニーが茶器を持ってやってきた。準備していたのはシュニーだったらしい。
「さて、何から話すか」
「ジラートの建国武勇伝なら、シュニーから聞いたぞ」
「おいおい、先に言っちまったのか。自慢してやろうと思ってたんだがな」
「あなたのことです。誇張した内容を話すと思ったので、客観的に見たありのままを伝えておきました」
残念がるジラートに、微笑しながらシュニーが返答する。気心知れた者同士の、遠慮のない応酬だ。
「仕方ない。ワシの武勇伝は置いておくか。代わりにシンのことを聞かせてくれ、メッセージは受け取ったが細かいことまでは書かれていなかったのでな」
「そうだな、シュニーには言ったが実は――――」
シュニーのときと同じように、これまでどうしていたのかを説明する。
「なるほどな。どおりでいくら探しても、手がかり一つ見つからないわけだ」
事情を聞いたジラートが呆れたようにうなずく。ジラートとて少なからずシンの捜索はしていた。シュニーと情報を共有していたので、手がかりの集まらなさ具合もよく知っている。
「にしても、シンも面妖なことに巻きこまれてるな」
「まったくだ。まあ全部が全部、悪いことってわけでもないのが救いだよ」
やれやれ、とでも言いたげな口調でジラートは言う。当事者としてはやれやれどころでは済まないため、シンは軽くながした。
「そうか。そうだな。少なくともワシにとっては良いことだ」
「ジラート?」
ジラートの纏っている雰囲気が変わる。シンの感じる肌を刺すような感覚は、ジラートの纏ったオーラによるものだ。
「そろそろ本題に入ろう。シン、ワシはお前さんに伝えなければならんことがある」
「……なんだ?」
シンの頭にある予想が浮かぶ。しかし、それを顔に出すことなく静かに聞き返した。
「ワシは、もうすぐ死ぬ。長くはない。恐らく一月と持たないだろう」
「どういうことだ?」
少なくとも目の前にいるジラートは一月やそこらで死ぬようには見えない。むしろ、数十年単位で生き続けてもおかしくないような肉体と、相応の覇気を纏っている。
「数週間前から違和感を感じていたんだが、シュニーのメッセージを読んで確信した。ワシの中の、止まっていた時間が動き出したようだ。まるでシンが帰ってくるのを待っていたようにな」
シュニーも言っていた言葉だ。
「この世界に神がいるなら、ワシの願いを聞き届けてくれたのかもしれん」
「願い?」
それが本題の内容なのだろう。ジラートは真っ直ぐにシンを見て、口を開く。
「勝負だ、シン。ワシは……お前と戦いたい」
「ジラート……お前……」
残りの寿命が短くなっている状況で、戦えと言う。
全てを言葉にしなくとも、ジラートの言いたいことはシンにはよくわかった。
(戦いの中で、死ぬ気か)
ジラートは戦士だ。職業ではなく、生き方としての。
だからこそ、考えずにはいられなかった。主であり、同時に最強の戦士であるシンとの戦いを。
ゲーム時代では決して叶うことのなかった、一対一での決闘を。
自分の拳は、技は、超越者を相手にどこまで届くのか。獣王ではない、サポートキャラクターとしてでもない。ただ一人の戦士として、高みへと挑みたかったのだ。
「最後の願いだ。受けてくれるな?」
最後の命を燃やすのにこれほど相応しいのもはないと、ジラートの瞳が告げている。老いてなお燃え盛る闘志を前にして、シンに受けないという選択肢は存在しない。
たとえ、それが死へと続く道だとしても、かつてともに歩んだ相手の願いだというのなら、受けて立つのがシンの務め。
初代獣王の最後を飾る相手として、シン以上の適役はいない。
「……わかった。受けて立つ」
ジラートの目を見返し、承諾する。
2人の目に悲壮感はない。
まるで来るべき時が来たような、そんな感覚を共有していた。
「…………」
覚悟を決めて向き合う2人を、シュニーは静かに見つめていた。
胸の内のすべてをさらけ出すジラートを、羨ましく感じながら。

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