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世界一の空飛ぶ船、救難飛行艇US-2 - 渡邉陽子

辛坊アナを救助した救難飛行艇として一躍有名に

昨年六月、ヨットでの太平洋横断中に遭難したアナウンサーの辛坊治郎氏らを救出して一躍脚光を浴びたUS–2。機体の上半分は翼のある航空機、下半分は船という個性的な外観。飛行機と船の両方の特徴を持ち、陸上だけでなく海面にも着水できる純日本製の救難飛行艇だ。運用しているのは、海上自衛隊の第71 航空隊。一九七六年に新編された、飛行艇を運用している海上自衛隊唯一の部隊である。第71航空隊は岩国基地に所属しているが、厚木基地でも二十四時間、三百六十五日待機している。救難に向かう場所によって岩国と厚木のどちらから出るのか決まるのだ。隊員たちは一年のうち合計で二カ月ほどは厚木基地にいることになるので、部隊の全隊員が一堂に会するという機会はない。

主な任務は二つ。まず遭難した航空機や船舶等の捜索・救助など、洋上における救難業務がひとつ。もうひとつは都道府県知事などの要請による、離島などからの患者輸送という災害派遣である。患者輸送にはヘリコプターが利用されることが多いが、US–2の航続距離は四千五百kmと、約二千km先のSOSに応えられ、患者輸送に使われている自衛隊の航空機の中でも群を抜いている。ほかの機種と航続距離を比較してみると、CH–47Jは五百四十km、大型燃料タンク化され長距離輸送能力向上を図ったCH–JAは千四百三十kmである。US–2の航続距離がいかに優れているか一目瞭然だ。辛坊氏は遭難時、海上保安庁から「これから迎えに行くけれど三日かかる」と言われたという。US–2がぎりぎり往復できる場所だったことが、辛坊氏らの命を救ったと言っても過言ではない。小笠原諸島などのように東京から約千km離れた場所から一刻を争う急病患者を輸送するのに、滑走路もヘリポートも不要なUS–2はまさに命綱なのだ。

世界で水陸両用の航空機を製造し運用しているのは、日本、カナダ、ロシアの三カ国のみ。しかし長距離が飛べ、波が高く荒い外洋に着水し遭難者をピックアップできる能力を持つ飛行艇と、その飛行艇を使いこなせる搭乗員の錬度を持っている部隊となると、第71航空隊が世界唯一と言える。

全長と全幅はいずれも約三十三m、全高約十m。全高の三分の一相当、波高三mの荒波にも着水でき、最大離陸重量が四十七・七tもありながら短距離での離着水が可能。その距離、なんと着水は約三百三十m、離水は約二百八十mというから、国際線の発着する民間空港の滑走路が三千m級であることを考えれば、この距離がいかに短いかわかるだろう。二〇〇九年にフィリピンで行われたARF災害救援実動演習(注:ASEAN地域フォーラム災害救援実動演習)にて世界デビューを果たした際は、その性能を初めて目の当たりにした各国関係者から絶賛されたという。弱点らしい弱点といえば、漂流物の多い洋上ではエンジンを破損する恐れがあるため離着水できないこと。東日本大震災では津波で流された無数のがれきに阻まれ、滑走路を利用して任務に当たったという。

あまりに多大な犠牲を払った開発の歴史

US–2の製造元である新明和工業の前身は、創業から一九四五年までに二千八百機以上の航空機を生み出した川西航空機。飛行艇「二式大艇」を造った会社でもある。戦後は「波浪に弱い」という飛行艇の弱点の克服と、離着水時の速度を大幅に低下させるための高揚力装置の開発に尽力し、一九七〇年に対潜哨戒機PS–1が海上自衛隊の正式機として承認された。一九七九年までの間に二十三機を製造したが、着水してソナーを使うのではなく航空機にレーダーを装備することが可能になると、その任務はP–3Cへ移り、発注は打ち切りとなる。

あまり知られていないが、このPS–1の運用は殉職者の歴史でもあった。決して多いとはいえない製造数のうち六機が機体のトラブルで破損、なんと三十五名以上もの隊員が命を落としている。しかも八年という短い期間の間にすべての事故が起きている。飛行艇という航空機を安全に飛ばすことがいかに困難か、この数字が如実に表している。隊員たちにとってもPS–1に乗ることは誇張なしに命がけだったのだ。

その後はPS–1の後継機として救難を目的とした水陸両用の飛行艇開発が始まり、PS–1にはなかった「脚」を取り付け陸地への離着陸も可能なUS–1が誕生。第航空隊が新編され、一九七六年七月、房総半島沖の太平洋上で負傷したギリシャ船の船員の救助が初任務となった。一九八七年には機体のエンジン出力をパワーアップしUS–1Aと改称、二〇〇四年までに二十機製造された。

US–2はUS–1Aの改造開発という名目だったが、実際には「離着水時の操縦性改善」、「搬送者の輸送環境の改善」、「洋上救難能力の維持向上」という三大課題をクリアするという、ほとんど新規開発に近いものだった。二〇〇四年三月に試作一号機が完成、二〇〇七年三月に正式に部隊配備された。

なお、US–2は火器を一切搭載しておらず、完全な丸腰である。その状態で、救助の要請があれば相手の国籍に関わらず助けに向かう。

救助は十一名のクルーによるチームプレー

US–2は正副操縦士各一名、救難航空士一名、機上救助員三名、機上救護員二名、機上整備員二名、機上電測員一名という計十一名のクルーが乗り込み任務を遂行する。機長は正操縦士か救難航空士の階級が高い方の隊員が務める(パイロット=機長ではないのだ)。クルーのうち機長と正副操縦士の三名が幹部自衛官、ほかのクルーは海曹となっている。

救難航空士は捜索のプランを立て、各クルーに指示したり航空機の誘導を行ったりするほか、US–1Aでは単独で配置されていた通信士の役割もこなす。操縦 席には正副操縦士が並んでいる。操縦は正操縦士が行い、副操縦士は管制官とのやりとりを担当するほか、安全に関する注意を払う。US–1Aを操縦していた隊員がUS–2を操縦するには機種転換し、US–2の操縦資格を得なければならない。また、US–2の操縦士には哨戒ヘリSH–Jからの転換組も少なくない。

波高三mとなれば、操縦席の窓は波に覆われて視界がきかなくなるだろう。一瞬たりともじっとしていることのない洋上に着水する恐怖心はないのかひとりの操縦士に尋ねたところ、「着水よりも離水のときのほうが怖さを感じる」という意外な返事だった。着水の際は高い波と波の間を狙って降りられるし、無理だと思ったら何度でもやり直せる。しかし一度着水してしまうと、前方から三mの波が来たら、その奥の波はもう見えない。それが離水するときだったら、深くえぐれているような波があってもわからない。そのため離水の判断も難しいし、恐怖心との闘いでもあるというのだ。ではその恐怖心をどうやって克服するのかといえば、日頃のたゆみない訓練と「勇気」なのだという。これほど精密な機体を制御できる技量を持つ操縦士が最後に拠りどころとするもの、それは自身の「勇気」なのだ。

パイロットのすぐ後ろには、計器監視と燃料管制を担当する機上整備員が座る。往復の距離や天候などから燃料を考慮し、現地でどれくらい捜索活動ができるか時間を計算するのも機上整備員の役目。通路を挟んで救難航空士の隣に座るのは機上電測員。レーダーを使って要救助者の捜索を行ったり、エリアに行くまでの間に接近してくる航空機がないかなどをチェックする、US–2の目の役割を担っている。赤外線は気温によって見え方がまるで違うため、状況に合った的確な調整をし、目標を少しでも早く探知できるようにする。また、要救助者を探していると、つい近くに集中して遠くが見えなくなりがちだという。そこをフォローするのも機上電測員の大事な役割だ。

飛び立ったUS–2が洋上救難を行うには一連の流れがある。そろそろこの辺りのはずという目的地周辺まで来たら、高度を下げて捜索に入る。大きくせり出した窓から、あるいはスポットという装置で、波間に漂う要救助者を探す。発見したら救命具を投下し着水、そして救助した後離水、帰投となる。

文にすると簡単そうだが、実際は、対象を発見しても即着水というわけではなく、まずは波高を測定して着水できるのか否かを判断する。着水可能の場合は、機上救助員による直接救助ができる。直接救助にはボートによる救助、機上救助員が泳いで助けに行く泳者救助、救命索を発射して浮舟に結び、その索をクルーが引っ張る救命索救助、そして対象に対して接舷する接舷救助という四種類のうちから、そのときの状況に応じて最適な救助法を選択する。

そしてもしも着水不可の判断が出た場合、もちろんそのまま何もせずにUターンするわけではない。まずは物量投下の必要性の有無を判断し、不要の場合は上空で待機して船舶等を誘導する。必要と判断した場合は、ハッチ型、弾倉型、物量傘、浮舟といった形状のゴムボートの中から最適なものを投下、次の救援が来るまでそれに乗り込んで待ってもらう。

着水してから本領発揮となるのが、遭難している人を助けに行く機上救助員だ。ボートによる救助の場合、機体が着水してパイロットがプロペラの出力を調整し、海面に浮かぶ機体が風や潮流に流されないようにしている間に、機上救助員たちが機内後部の限られたスペースで手際よくゴムボートを組み立てていく。荒れた外洋での救助を行える、彼らのダイバーとしての能力はきわめて高い。要救助者はパニックを起こしている人よりもぐったりしている人のほうが圧倒的に多いそうだが、訓練では遭難者役がわざと暴れたり機上救助員にしがみついたりと、あらゆるケースを想定して行っている。外国人を救助した場合は言葉が通じず困ることもあるとか。

要救助者を無事US–2まで引き上げたら、今度は准看護士の資格も持つ機上救護員の出番となる。洋上で体力を消耗した人を看護するほか、急患輸送で医官が同乗している場合は、その補佐を務める。救護だけでなく、現場に到達するまでの見張り、現場付近での捜索、要救助者のいる地点に印をつけるスモークやマーカーを落とすタイミングを判断し、号令をかけるのも機上救護員の仕事だ。また、漁船などにけが人がいるなどという場合は、機上救助員と一緒にボートで船まで行ってその後の処置を判断することもある。船の遭難や船舶火災などでは一度に複数の負傷者が乗ってくるので、あらかじめ機上救護員も増員して出ていく。

洋上救難で現場まで赴いても、予想以上の波高で着水を断念することもある。そういう場合は何種類かある間接救助を行うのだが、やはり降りられないという悔しさが操縦士だけでなくクルー全体から伝わってくるという。無理もない、遠いところでは片道二千近い距離をはるばる助けにきて、いざ現場では天候不良や波高が高すぎるせいで着水できないなど、機内の空気も肉体も重苦しくならないほうがおかしい。

輸出や民間での活用等、広がるUS–2の可能性

岩国基地に戻ったUS–2は、散水装置で機体を洗浄して塩分を取り除く。離着水する航空機は一度のフライトごとに洗浄する、まめなケアが不可欠なのだ。

二〇一四年三月末現在、US–2の救助実績は出動件数九百八十件以上、救助人員九百六十名以上となっている。

インドがUS–2の導入を検討しているという話もあるが、ただ買えばいいというものではない。クルーや整備員の養成には時間がかかるし、そもそもその養成機関がインドにはない。高性能な機体ではあるが、その機能を十二分に生かす技術を得るのがいかに困難であるか、US–2を知れば知るほど思い知らされることになるだろう。だがメイド・イン・ジャパンの救難飛行艇が他国の追随を許さない突出した能力を持っていることをふまえると、輸出が非現実的と断言するのは時期尚早かもしれない。また、山林火災の消防飛行艇など、民間への転用でさらに活躍の場が広がる可能性を秘めている機体でもある。ときに飛行機雲を描き、ときに波しぶきを上げて滑走するUS–2に、今後も注目だ。

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