今年のノーベル賞は神経科学に関連深い内容が対象になって、世界的にも脳科学への関心が高まっている様子が感じられる今日このごろです。私も、10月中旬に日経バイオテクにノーベル賞関連コラムを書かせていただきました。
2014年度ノーベル賞と脳科学の未来(前編:生理学・医学賞、脳内GPS機能を担う神経細胞の発見)https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20141016/179589/
2014年度ノーベル賞と脳科学の未来(後編:化学賞と全世界の脳科学研究をめぐる動き)https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20141016/179596/
(日経バイオテクには、アカデミック版というのもあり、ac.jp、go.jpドメインからですと、安価で記事が読めるようです。http://nbt.nikkeibp.co.jp/bio/bta/)
さて、今回は、日本の脳科学プロジェクトであるBrain/MINDS(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト、通称「革新脳」)について、こんなこと書いてもよいのか、という辛口の批評を行ってみたいと思います。日本のこのプロジェクトについては、数週間ほど前に、ようやく本格的なホームページが立ち上がっています。研究成果を説明するものでなく、構想を説明するだけのホームページなのに、とても仕事が遅いです。
日本語:http://brainminds.jp/
英語:http://brainminds.jp/en/
(まず、このホームページは、http://brainminds.jp/の方を、英語にするべきでしょう。)
ヨーロッパのHuman Brain Projectでは、それに異議を唱える神経科学者の人達が、公の場で、Human Brain ProjectのHenry Markramさんの目標は、「Fraud」だと明確に書いたり言ったりしています。「Fraud」、日本語で言えば、「詐欺」「不正」だと、抗議しているわけです。日本に巨大科学プロジェクトがあったとして、科学者が「詐欺」という刺激的な言葉を使って、公に抗議することを許容するような文化があるのでしょうか。そんなこと言ったら、科学者コミュニティから村八分にされて、干される、潰される。日本の科学者コミュニティには、こういう文化があるのかもしれません。少なくとも、こうした批判ができる寛容で健全な科学研究環境を熟成することが大切だと、私は思います。
日本の生命科学系の巨大プロジェクトの一般的な問題点
日本の生命科学系の巨大プロジェクトで、私が思い起こすのは、まず、1990年代に米英を中心に行われた「ヒトゲノム計画」への貢献度の低さがあります。もう1つは、「タンパク3000」と称する蛋白質の立体構造解析プロジェクトで好熱菌のタンパクの構造を解いたものの、数を稼ぐだけに終わってしまったことでしょうか。これらについては、様々な議論が可能であるとは思いますが、多くの課題、問題点が指摘されていました。
ヒトゲノム計画については、当時、慶応大の清水信義氏が、「日本のトップランナー清水信義が説くヒト「ゲノム」計画の虚と実」(2000年) という本の中で、東京大学(当時)の御子柴克彦氏と中村祐輔氏を、名指しで批判したことなどがあり、話題になりました。
「研究費を巡る行政の矛盾、一流の研究者が育たない学 閥の壁、業績を公正に評価しない日本のアカデミズム、遺伝子情報を求め迷走する大企業、国家プロジェクトとしての自覚がない日本という国…。」
その他には、リーダーとして自らやその関係者の名誉や権益を求めることには懸命でも、本気になって特定科学プロジェクトのみにそのエフォートを集中していなかったというリーダーとしての基本的な態度に欠陥があった。そして、研究者にそうしたアクションを取らせ、研究体制を構築させてしまう日本の行政のあり方も問題であったと思われます。
タンパク3000についてもネイチャーの英文記事や中村桂子さん(生命誌研究館)の朝日新聞の記事などで、その問題が大きく論じられました。
その様子を伝えるブログ記事1
その様子を伝えるブログ記事2
「米国では必要性や実現可能性を検討するが、日本ではそれらなしにいきなり大型プロジェクトが開始され、評価が生かされずに次に進んでいく。税金の投入や成果も問題だが、そこに大勢の若者が投入されることも気になる。これでは科学の本質を深く考える科学者が育たない。学問と社会の行く末を見つめ、難しさにたじろぎ、悩みながらも重要な課題に挑戦するのが科学者である。」(中村桂子氏 http://buu.blog.jp/archives/50339835.htmlから引用 )
更に、これなどは、数を稼ぐこと(数値目標)にこだわってしまう日本の官僚主導型のプロジェクトの矛盾が表出したものではないか、と思われるわけです。これなども、事前に科学者コミュニティで深い議論をすれば、もう少し有用なことができたのではないか、という反省はあるのではないでしょうか。
こういうプロジェクトで感じるのは、やはり日本のリーダー的科学者のリーダーシップの自覚のなさや基本的姿勢の問題の問題です(以前に拙ブログ「深刻だが気づかれていない問題」でも指摘しました)。そして、他の科学技術行政でもしばしば指摘されている一部の御用学者と官僚的な行政との間での権益の癒着、秘密裏に何かを計画することで「後出しジャンケン」みたいなことをやるといった倫理とアカウンタビリティの欠如、科学的なメリットではなく個人的な人間関係(コネ)が最初にあって、それを前提にして科学研究の具体的プロジェクトを提案する、などが、このような問題点の背景にあったとみることができると思います。
Brain/MINDSの中心課題となるコモンマーモセットのプロジェクトを見ていても、これらと全く同じような雰囲気があるのです。
マーモセットを考える
コモンマーモセット(Callithrix jacchus)が、小型で取り扱いが容易で、繁殖力が比較的高い、そして高次の脳機能をもつサル(霊長目)であるということから、脳科学の実験動物として利用できる。そして、これを米国のBRAINイニシアティブや欧州のHuman Brain Projectに対応する日本の巨大?脳科学プロジェクトのメインテーマにしたというのが現状なのでしょう。今年10月中旬のNatureにコモンマーモセットの日本の野心的なプロジェクトについての紹介がでていたことは、ご存知の方も多いと思います。
Marmosets are stars of Japan’s ambitious brain project
http://www.nature.com/news/marmosets-are-stars-of-japan-s-ambitious-brain-project-1.16091
この記事、一見、日本のプロジェクトを好意的に紹介するプロモーション記事のように見えるのですが、最後の方で、NIHのAfonso Silvaさん(http://neuroscience.nih.gov/Lab.asp?Org_ID=510)が、コメントしています。
“I would love to see one single important disease studied in great depth,” “Validating the approach on that one disease will then enable the project to be repeated in other diseases.”
なぜ、この人がコメントしているのだろう、という素朴な疑問もありますが、これはある意味で批判的なコメントなのでしょう。あるいは、日本の研究者がこの人の口を借りて、何か都合のよいことを言わせたという見方もできると思いますが。。
要するに、マーモセットを使って、どんなことができるのか、1つの例(ケーススタディ)で見てみたいというのです。グラント審査みたいな非常によい模範的なコメントだと思います。その過程で、様々な問題点がでてくるでしょうし、解決策も見つかるかもしれない。逆に、うまくいかなくて、絶望的になるかもしれない。結局、マウスなどの他の動物を使ってわかっている以上の知見は、ほとんどでてこなくて、お金だけ使って、基本的に美術作品を掲示するだけの膨大な確認研究に終わる可能性もある。もちろん、「牛馬的研究(牛でわかったことを馬で研究する)」というのも、考え方によりますが。。
マーモセットという方便
コモンマーモセットについては、いろいろと話題になって、この動物の研究をすると、良いポストに就任できたり、研究費が沢山入り、ハッピーになるということで、多くの人の関心を集めているものと思います。また、ポストポスドク問題で、職が見つからない人なども、これに関わると大切に扱われそうな雰囲気がある。こういう理由で、日本では話題になっているのだと思いますが、米国では話を聞くこともないので、関心をなかなか持ちにくい。一度、レクチャーでも聞いてみたいものです。マーモセットの切片を抗体で染めただけで、日本で良いポストが見つかるのなら、私もやってみたいです。
こういうのも、この材料を宣伝することで、研究費とポストという権益を獲得することができるという社会的背景があるのではないか、と思います。そして、日本の場合は、このやり方が直接的あるいは間接的に、そして陰湿的に、排他的である、という問題があると思います。こういうのは、特に若手研究者の「ヒラメ化」(上ばかりを見て陳腐化する)をもたらし、日本の学術の「(悪い意味での)ガラパゴス化」(閉じられた小さな世界でのみ通用するように独自に進化する)につながる可能性があるので、注意するべきことだと思います。
マーモセットの実験は再現できるのか
そもそも、マーモセットについて、調べようとすると、詳細に説明している適切なウェッブサイトが見つからないし、資料などあっても、「都合のよいこと」しか、書いてない。
http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n1038_01.pdf
十分な説明責任を果たしていないのではないでしょうか。何か、隠し事でもあるのでしょうか。物事には、都合のよいこともあれば、悪いこともある。その現状を率直に認めることで、どう解決していけばよいのか、そういう研究やアイデアを求めることが大切であるわけです。この動物は、つがいで100万円近くするらしい。もちろん、自分で繁殖していれば、そんなことはないでしょうが。。この価格を聞いただけで、とんでもない、というイメージがあります。何か論文を出しても、それが本当なのか、世界中の誰も再現できないでしょう。そもそも、マウスのように増えないし、動物が入手できないのです。これでは、再現性のない微妙な結果ばかりが報告されそうです。そして、その結果を信じたらよいのか、誰もわからない。特に、統計学的に微妙な結果が多くでてくる神経科学や動物行動学では、データの数を増やすことが大切でしょう。でも、そんなこと、どこにも書いてないです。
マーモセットの印象操作
この世の中では、説明の仕方で、いろいろ印象が変わるというのは常です。科学なんていうのも、そういうものです。同じことを説明するにも、違う説明の仕方 をすれば、印象が良くなったり、悪くなったりする。論文の書き方でも、同じデータを使っても、その並べ方や説明の仕方で、良いジャーナルに掲載されるか、 されないか、決まってしまうという面がある。科学的な発見や研究なんていうのは、かなり印象操作が大切になっているものです。
マーモセットの説明の仕方を見ていると、まずマカク(旧世界ザル)などの他のサルと比べる。そして、マーモセットの優越性を主張するわけです。
http://www.ciea.or.jp/division2.html
私が見てみたいのは、マウスとの比較表でしょうか。そのうちに、作ってみようと思っているのですが。。他のサルと較べて、マウスと較べないというのは、1つの印象操作なのでしょう。また、霊長目を用いた研究を実施する時には、欧米では大問題になると思われる動物実験の倫理的課題についても、あまり騒ぎにならないように巧みに回避しようとしているのではないか、という態度があるように感じます。
マーモセット・コネクトームの本気度
岡野栄之先生ら(慶応大学)のNeurosci Researchの解説(総説?)を見ると、こんなことが書いてある。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0168010214001904
「A new method of serial EM, developed by Prof. Jeffery Licht-man’s laboratory at Harvard University (http://www.hms.harvard.edu/dms/neuroscience/fac/lichtman.... will be used to map neu-ral connections (connectomes) at nanometer resolution. This andsimilar EM-based technologies have enabled researchers to quan-titatively map the precise location of cells, synapses and evenorganelles in a certain micro-domain of the brains (Bock et al., 2011;Briggman et al., 2011; Chklovskii et al., 2010). However, quantifica-tion of the EM-based micro-connectome for the entire marmosetbrain is not realistic within the limited time period of Brain/MINDS.Thus, Brain/MINDS will focus on mapping the brain regions that areintimately involved in higher brain functions or associated withdisease. It is important to develop new technologies that connectand integrate the EM-based microscopic mapping with the light-microscopy-based mesoscopic mapping.」
こんなものも誤魔化しみたいな感じがする。適当にその高次機能に関わると言われてきている場所の小さなブロックを作って、切片を沢山作って、写真を撮影し、リコンストラクションして、少しばかりの神経細胞のコネクトームと称する「美術作品」を見せる。こんな結果であっても、堂々と成果だと発表できるような書き方だと思うのです。科学的にメリットのないこんな提案でしたら、例えば、NIHのグラント申請では、落選確実でしょう。
実は、私の現在のプロジェクトの1つも、Lichtman研のシステムを使わせてもらっていますが、電顕の予約が一杯、更に切片を集めるテープが入手できない とか、で困難な状況にあるのです。本家がこんな状態なのに、マーモセットなど真面目にやる余裕があるとは思えないです。是非ともやってみたくなるような ワクワクとするような具体的構想がないと、なかなか難しいのではないか、と感じます。(違うのだと言う人がいたら、是非、反論して欲しいです。)
コネクトームでは、対象が小さいほど、容易に研究しやすいという利点はあるでしょう。一方、脳での神経活動を見たりする技術の適用は、マーモセットの脳が小さいということは、利点にもなりえますが、欠点にもなりうることを明確に指摘するべきでしょう。
モデル動物としての欠陥?
以前、どこかで目にしたことがあったのですが、私が最近、気にしていること。詳しい方がおられたら、是非、教えて欲しいと思いますが、「キメラ」の話です。マーモセットのキメリズムの問題ですが、ここに割合とよくまとまった記事がでています。どういう証拠から、そういうことを言っているのか、というのは、オリジナル論文をご覧になるとよくわかると思います。
http://johnhawks.net/weblog/reviews/genomics/primates/marmoset-chimerism-2014.html
要するに、お腹に2つ、3つの赤ちゃんA, Bがいた場合、個体Aの細胞が、別の個体Bに入り込んでくるというのです。血液系の細胞については確実で、体細胞については、以前考えられていたほ どでもないが、そういう状態があるのではないか。更に、不思議なことに、生殖系列も、キメラになっている。というのです。つまり、Aが+/-で、Bが-/-だったら、Aの+/-の細胞がBに入り込んでくるというわけです。この現象はとても興味深いですが、実験動物として使うという場合、深刻な問題を意味していることは、モデル動物を使っている研究者なら、わかると思います。
文献上は、脳などの神経系について、調べたという報告はないみたいです。こういうのは、GFPを組み込んだ形質転換動物を作って、それがどこで見られるか、こういう実験があると、簡単にわかるでしょう。既に、やっているのでしょうか。でも、結果によっては、発表すると、このモデル動物の根幹を揺るがすような事態になりそうです。いずれにしても、どんな結果でも、この疑問に答えているような論文を見てみたいものです。
最後に
実は、マーモセットについて、もう少しまとめて何か書いてみようと、考えているのです。このブログは、そのたたき台にするために書いたという意図があります。私自身は、全然、扱ったことのない生き物ですが、そういう観点から、素朴な疑問点、問題点、更に、研究体制や研究組織の問題を含めてですが。。日経バイオテクに「脳科学」に関するコラムを連載したという経験、金澤一郎氏が翻訳を監修したという「Principles of Neural Science」に、日本人として、名前が最も多くでてくるという研究者であるという過去(現在は落ちぶれて、消えていくだけ)。更に、このBrain/MINDSプロジェクトとは、全く利益相反関係がない、こういう気軽な立場ですので、いろいろなことを忌憚なく書けるはずです。もし、こういう問題がある、こういうことを指摘して欲しい、問題はあるがそれを無視してもすごい、という点があったら、是非、お知らせください。
============================
次回のブログの更新は、年末を予定しています。
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2014年度ノーベル賞と脳科学の未来(後編:化学賞と全世界の脳科学研究をめぐる動き)https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20141016/179596/
(日経バイオテクには、アカデミック版というのもあり、ac.jp、go.jpドメインからですと、安価で記事が読めるようです。http://nbt.nikkeibp.co.jp/bio/bta/)
さて、今回は、日本の脳科学プロジェクトであるBrain/MINDS(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト、通称「革新脳」)について、こんなこと書いてもよいのか、という辛口の批評を行ってみたいと思います。日本のこのプロジェクトについては、数週間ほど前に、ようやく本格的なホームページが立ち上がっています。研究成果を説明するものでなく、構想を説明するだけのホームページなのに、とても仕事が遅いです。
日本語:http://brainminds.jp/
英語:http://brainminds.jp/en/
(まず、このホームページは、http://brainminds.jp/の方を、英語にするべきでしょう。)
ヨーロッパのHuman Brain Projectでは、それに異議を唱える神経科学者の人達が、公の場で、Human Brain ProjectのHenry Markramさんの目標は、「Fraud」だと明確に書いたり言ったりしています。「Fraud」、日本語で言えば、「詐欺」「不正」だと、抗議しているわけです。日本に巨大科学プロジェクトがあったとして、科学者が「詐欺」という刺激的な言葉を使って、公に抗議することを許容するような文化があるのでしょうか。そんなこと言ったら、科学者コミュニティから村八分にされて、干される、潰される。日本の科学者コミュニティには、こういう文化があるのかもしれません。少なくとも、こうした批判ができる寛容で健全な科学研究環境を熟成することが大切だと、私は思います。
日本の生命科学系の巨大プロジェクトの一般的な問題点
日本の生命科学系の巨大プロジェクトで、私が思い起こすのは、まず、1990年代に米英を中心に行われた「ヒトゲノム計画」への貢献度の低さがあります。もう1つは、「タンパク3000」と称する蛋白質の立体構造解析プロジェクトで好熱菌のタンパクの構造を解いたものの、数を稼ぐだけに終わってしまったことでしょうか。これらについては、様々な議論が可能であるとは思いますが、多くの課題、問題点が指摘されていました。
ヒトゲノム計画については、当時、慶応大の清水信義氏が、「日本のトップランナー清水信義が説くヒト「ゲノム」計画の虚と実」(2000年) という本の中で、東京大学(当時)の御子柴克彦氏と中村祐輔氏を、名指しで批判したことなどがあり、話題になりました。
「研究費を巡る行政の矛盾、一流の研究者が育たない学 閥の壁、業績を公正に評価しない日本のアカデミズム、遺伝子情報を求め迷走する大企業、国家プロジェクトとしての自覚がない日本という国…。」
その他には、リーダーとして自らやその関係者の名誉や権益を求めることには懸命でも、本気になって特定科学プロジェクトのみにそのエフォートを集中していなかったというリーダーとしての基本的な態度に欠陥があった。そして、研究者にそうしたアクションを取らせ、研究体制を構築させてしまう日本の行政のあり方も問題であったと思われます。
タンパク3000についてもネイチャーの英文記事や中村桂子さん(生命誌研究館)の朝日新聞の記事などで、その問題が大きく論じられました。
その様子を伝えるブログ記事1
その様子を伝えるブログ記事2
「米国では必要性や実現可能性を検討するが、日本ではそれらなしにいきなり大型プロジェクトが開始され、評価が生かされずに次に進んでいく。税金の投入や成果も問題だが、そこに大勢の若者が投入されることも気になる。これでは科学の本質を深く考える科学者が育たない。学問と社会の行く末を見つめ、難しさにたじろぎ、悩みながらも重要な課題に挑戦するのが科学者である。」(中村桂子氏 http://buu.blog.jp/archives/50339835.htmlから引用 )
更に、これなどは、数を稼ぐこと(数値目標)にこだわってしまう日本の官僚主導型のプロジェクトの矛盾が表出したものではないか、と思われるわけです。これなども、事前に科学者コミュニティで深い議論をすれば、もう少し有用なことができたのではないか、という反省はあるのではないでしょうか。
こういうプロジェクトで感じるのは、やはり日本のリーダー的科学者のリーダーシップの自覚のなさや基本的姿勢の問題の問題です(以前に拙ブログ「深刻だが気づかれていない問題」でも指摘しました)。そして、他の科学技術行政でもしばしば指摘されている一部の御用学者と官僚的な行政との間での権益の癒着、秘密裏に何かを計画することで「後出しジャンケン」みたいなことをやるといった倫理とアカウンタビリティの欠如、科学的なメリットではなく個人的な人間関係(コネ)が最初にあって、それを前提にして科学研究の具体的プロジェクトを提案する、などが、このような問題点の背景にあったとみることができると思います。
Brain/MINDSの中心課題となるコモンマーモセットのプロジェクトを見ていても、これらと全く同じような雰囲気があるのです。
マーモセットを考える
コモンマーモセット(Callithrix jacchus)が、小型で取り扱いが容易で、繁殖力が比較的高い、そして高次の脳機能をもつサル(霊長目)であるということから、脳科学の実験動物として利用できる。そして、これを米国のBRAINイニシアティブや欧州のHuman Brain Projectに対応する日本の巨大?脳科学プロジェクトのメインテーマにしたというのが現状なのでしょう。今年10月中旬のNatureにコモンマーモセットの日本の野心的なプロジェクトについての紹介がでていたことは、ご存知の方も多いと思います。
Marmosets are stars of Japan’s ambitious brain project
http://www.nature.com/news/marmosets-are-stars-of-japan-s-ambitious-brain-project-1.16091
この記事、一見、日本のプロジェクトを好意的に紹介するプロモーション記事のように見えるのですが、最後の方で、NIHのAfonso Silvaさん(http://neuroscience.nih.gov/Lab.asp?Org_ID=510)が、コメントしています。
“I would love to see one single important disease studied in great depth,” “Validating the approach on that one disease will then enable the project to be repeated in other diseases.”
なぜ、この人がコメントしているのだろう、という素朴な疑問もありますが、これはある意味で批判的なコメントなのでしょう。あるいは、日本の研究者がこの人の口を借りて、何か都合のよいことを言わせたという見方もできると思いますが。。
要するに、マーモセットを使って、どんなことができるのか、1つの例(ケーススタディ)で見てみたいというのです。グラント審査みたいな非常によい模範的なコメントだと思います。その過程で、様々な問題点がでてくるでしょうし、解決策も見つかるかもしれない。逆に、うまくいかなくて、絶望的になるかもしれない。結局、マウスなどの他の動物を使ってわかっている以上の知見は、ほとんどでてこなくて、お金だけ使って、基本的に美術作品を掲示するだけの膨大な確認研究に終わる可能性もある。もちろん、「牛馬的研究(牛でわかったことを馬で研究する)」というのも、考え方によりますが。。
マーモセットという方便
コモンマーモセットについては、いろいろと話題になって、この動物の研究をすると、良いポストに就任できたり、研究費が沢山入り、ハッピーになるということで、多くの人の関心を集めているものと思います。また、ポストポスドク問題で、職が見つからない人なども、これに関わると大切に扱われそうな雰囲気がある。こういう理由で、日本では話題になっているのだと思いますが、米国では話を聞くこともないので、関心をなかなか持ちにくい。一度、レクチャーでも聞いてみたいものです。マーモセットの切片を抗体で染めただけで、日本で良いポストが見つかるのなら、私もやってみたいです。
こういうのも、この材料を宣伝することで、研究費とポストという権益を獲得することができるという社会的背景があるのではないか、と思います。そして、日本の場合は、このやり方が直接的あるいは間接的に、そして陰湿的に、排他的である、という問題があると思います。こういうのは、特に若手研究者の「ヒラメ化」(上ばかりを見て陳腐化する)をもたらし、日本の学術の「(悪い意味での)ガラパゴス化」(閉じられた小さな世界でのみ通用するように独自に進化する)につながる可能性があるので、注意するべきことだと思います。
マーモセットの実験は再現できるのか
そもそも、マーモセットについて、調べようとすると、詳細に説明している適切なウェッブサイトが見つからないし、資料などあっても、「都合のよいこと」しか、書いてない。
http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n1038_01.pdf
十分な説明責任を果たしていないのではないでしょうか。何か、隠し事でもあるのでしょうか。物事には、都合のよいこともあれば、悪いこともある。その現状を率直に認めることで、どう解決していけばよいのか、そういう研究やアイデアを求めることが大切であるわけです。この動物は、つがいで100万円近くするらしい。もちろん、自分で繁殖していれば、そんなことはないでしょうが。。この価格を聞いただけで、とんでもない、というイメージがあります。何か論文を出しても、それが本当なのか、世界中の誰も再現できないでしょう。そもそも、マウスのように増えないし、動物が入手できないのです。これでは、再現性のない微妙な結果ばかりが報告されそうです。そして、その結果を信じたらよいのか、誰もわからない。特に、統計学的に微妙な結果が多くでてくる神経科学や動物行動学では、データの数を増やすことが大切でしょう。でも、そんなこと、どこにも書いてないです。
マーモセットの印象操作
この世の中では、説明の仕方で、いろいろ印象が変わるというのは常です。科学なんていうのも、そういうものです。同じことを説明するにも、違う説明の仕方 をすれば、印象が良くなったり、悪くなったりする。論文の書き方でも、同じデータを使っても、その並べ方や説明の仕方で、良いジャーナルに掲載されるか、 されないか、決まってしまうという面がある。科学的な発見や研究なんていうのは、かなり印象操作が大切になっているものです。
マーモセットの説明の仕方を見ていると、まずマカク(旧世界ザル)などの他のサルと比べる。そして、マーモセットの優越性を主張するわけです。
http://www.ciea.or.jp/division2.html
私が見てみたいのは、マウスとの比較表でしょうか。そのうちに、作ってみようと思っているのですが。。他のサルと較べて、マウスと較べないというのは、1つの印象操作なのでしょう。また、霊長目を用いた研究を実施する時には、欧米では大問題になると思われる動物実験の倫理的課題についても、あまり騒ぎにならないように巧みに回避しようとしているのではないか、という態度があるように感じます。
マーモセット・コネクトームの本気度
岡野栄之先生ら(慶応大学)のNeurosci Researchの解説(総説?)を見ると、こんなことが書いてある。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0168010214001904
「A new method of serial EM, developed by Prof. Jeffery Licht-man’s laboratory at Harvard University (http://www.hms.harvard.edu/dms/neuroscience/fac/lichtman.... will be used to map neu-ral connections (connectomes) at nanometer resolution. This andsimilar EM-based technologies have enabled researchers to quan-titatively map the precise location of cells, synapses and evenorganelles in a certain micro-domain of the brains (Bock et al., 2011;Briggman et al., 2011; Chklovskii et al., 2010). However, quantifica-tion of the EM-based micro-connectome for the entire marmosetbrain is not realistic within the limited time period of Brain/MINDS.Thus, Brain/MINDS will focus on mapping the brain regions that areintimately involved in higher brain functions or associated withdisease. It is important to develop new technologies that connectand integrate the EM-based microscopic mapping with the light-microscopy-based mesoscopic mapping.」
こんなものも誤魔化しみたいな感じがする。適当にその高次機能に関わると言われてきている場所の小さなブロックを作って、切片を沢山作って、写真を撮影し、リコンストラクションして、少しばかりの神経細胞のコネクトームと称する「美術作品」を見せる。こんな結果であっても、堂々と成果だと発表できるような書き方だと思うのです。科学的にメリットのないこんな提案でしたら、例えば、NIHのグラント申請では、落選確実でしょう。
実は、私の現在のプロジェクトの1つも、Lichtman研のシステムを使わせてもらっていますが、電顕の予約が一杯、更に切片を集めるテープが入手できない とか、で困難な状況にあるのです。本家がこんな状態なのに、マーモセットなど真面目にやる余裕があるとは思えないです。是非ともやってみたくなるような ワクワクとするような具体的構想がないと、なかなか難しいのではないか、と感じます。(違うのだと言う人がいたら、是非、反論して欲しいです。)
コネクトームでは、対象が小さいほど、容易に研究しやすいという利点はあるでしょう。一方、脳での神経活動を見たりする技術の適用は、マーモセットの脳が小さいということは、利点にもなりえますが、欠点にもなりうることを明確に指摘するべきでしょう。
モデル動物としての欠陥?
以前、どこかで目にしたことがあったのですが、私が最近、気にしていること。詳しい方がおられたら、是非、教えて欲しいと思いますが、「キメラ」の話です。マーモセットのキメリズムの問題ですが、ここに割合とよくまとまった記事がでています。どういう証拠から、そういうことを言っているのか、というのは、オリジナル論文をご覧になるとよくわかると思います。
http://johnhawks.net/weblog/reviews/genomics/primates/marmoset-chimerism-2014.html
要するに、お腹に2つ、3つの赤ちゃんA, Bがいた場合、個体Aの細胞が、別の個体Bに入り込んでくるというのです。血液系の細胞については確実で、体細胞については、以前考えられていたほ どでもないが、そういう状態があるのではないか。更に、不思議なことに、生殖系列も、キメラになっている。というのです。つまり、Aが+/-で、Bが-/-だったら、Aの+/-の細胞がBに入り込んでくるというわけです。この現象はとても興味深いですが、実験動物として使うという場合、深刻な問題を意味していることは、モデル動物を使っている研究者なら、わかると思います。
文献上は、脳などの神経系について、調べたという報告はないみたいです。こういうのは、GFPを組み込んだ形質転換動物を作って、それがどこで見られるか、こういう実験があると、簡単にわかるでしょう。既に、やっているのでしょうか。でも、結果によっては、発表すると、このモデル動物の根幹を揺るがすような事態になりそうです。いずれにしても、どんな結果でも、この疑問に答えているような論文を見てみたいものです。
最後に
実は、マーモセットについて、もう少しまとめて何か書いてみようと、考えているのです。このブログは、そのたたき台にするために書いたという意図があります。私自身は、全然、扱ったことのない生き物ですが、そういう観点から、素朴な疑問点、問題点、更に、研究体制や研究組織の問題を含めてですが。。日経バイオテクに「脳科学」に関するコラムを連載したという経験、金澤一郎氏が翻訳を監修したという「Principles of Neural Science」に、日本人として、名前が最も多くでてくるという研究者であるという過去(現在は落ちぶれて、消えていくだけ)。更に、このBrain/MINDSプロジェクトとは、全く利益相反関係がない、こういう気軽な立場ですので、いろいろなことを忌憚なく書けるはずです。もし、こういう問題がある、こういうことを指摘して欲しい、問題はあるがそれを無視してもすごい、という点があったら、是非、お知らせください。
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次回のブログの更新は、年末を予定しています。
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