「一発で死ぬゲーム」と、「攻撃を喰らうことが前提のゲーム」
何故ならもうとっくに6冊全部読み終わってしまったからです!結構な量だったと思うのだけど、コラム本だとちょっとした時間の合間に少しずつ読み進められるのでサクッと読み終わってしまいますね。
さて、今日は『桜井政博のゲームについて思うことX』から、2007年8月10日号掲載「わかりやすい攻略」を読んで私が長年思っていた「好きなアクションゲーム」と「そうでもないアクションゲーム」の差は何なのかが分かったという話です。
桜井さんがWiiのバーチャルコンソールでファミコンの『忍者龍剣伝』をプレイした時の話です。
このゲームは、プレイヤーキャラが攻撃を受けた時の反応が大きい割に無敵時間が短いため、敵を放置しておくとボコスカにやられてしまって難しい印象があったのだけど。早め早めに敵を倒して、敵の攻撃パターンと対処方法をしっかりと考えて攻撃を「避ける」ようにすると、サクサクと進めることが出来た……という話から。
しかし、最近のゲームは複雑になっているので、敵が多くなったり攻撃パターンがリアルになったりすると……「対処方法」が分かりづらくなるし。
逆に、初心者のために主人公を頑丈にしてゴリ押し出来るようにすれば「避ける」こともしなくなって、『忍者龍剣伝』で味わえるような“攻撃を喰らわない”努力の楽しさはなくなってしまう……という分析に繋がっていくのです。
“攻略の楽しさ”を味わってもらうには、どうしたらイイのか――――
この後、単行本化の際に追記された編集者さんとの対談コメントでは、「最近の子どもにファミコンのゲームを遊ばせても“一発で死ぬのがイヤ”って言われちゃうらしいですねー」という話もありました。
まず前提として……
このコラムが書かれた2007年は、『脳トレ』や『Wii Sports』が大ヒットしてDSやWiiが売れまくっていた時期です。逆に「ゲームらしいゲームはこれからどうなるんだろう」とまで言われていました。
また、桜井さん自身はこの頃は『スマブラX』の開発中で、2008年から『新パルテナ』の開発を始めるみたいなので……なるほど!この後に桜井さんが作る『新パルテナ』の、「パルテナ様が敵の特徴を教えてくれるシステム」はここから来ているのか!と思いますね。
さてと。
「一発で死ぬのがイヤ」というのが今日の主題です。
これ、「最近の子ども」どころか当時ファミコンを遊んでいた自分も思っていたんですよ。
ファミコン初期の頃までは、ゲームって「一発で死ぬ」のが普通でしたよね。『スペースインベーダー』だって『パックマン』だって『ゼビウス』だって『マリオブラザーズ』だって、敵の攻撃や敵に接触すると一撃でやられてしまうのが普通でした。そうでないゲームもあったのかも知れないけど、少なくとも主流は「一発で死ぬゲーム」でしたよね。
しかし、ファミコン中期の1985年くらいには随分と変わっていました。
『グラディウス』ではパワーアップによる「バリア」で一定回数前方の攻撃を防ぐことが出来ましたし、『魔界村』は一発目は「鎧が脱げる」だけで二発喰らったら死ぬゲームでしたし、『スーパーマリオブラザーズ』ではパワーアップによる「スーパーマリオ」になっておくと一発喰らってもチビマリオに戻るだけでした。
どれも1985年のゲーム。
自分もこの時期をリアルタイムに経験しているワケではないのでどれが最初だとかは分かりませんし、そこにはあまり興味がないんですが……この頃のゲームは「一発では死なないゲーム」への移行が行われていた時期だと思うのです。
そして1986年。
パソコンゲームのアドベンチャーゲームやRPGに影響を受けたと言われる『ゼルダの伝説』や『ドラゴンクエスト』も国内で大ヒットします。『ゼルダの伝説』はLIFE制のゲームですし、『ドラゴンクエスト』はHP制のゲームです。当然「一発で死ぬゲーム」ではありません。
んで……この辺から自分もリアルタイムに覚えていることですが。
1980年代後半になると、アクションゲームもほとんどが「LIFE制」になっていて、「何発かは喰らっても大丈夫」「LIFEが0になると死ぬ」「なので回復アイテムが重要」というゲームが主流になっていたと思います。桜井さんが遊んでいた『忍者龍剣伝』(1988年)もそうです。
自分は『スーパーマリオブラザーズ』や『ドラゴンクエスト』以後にゲームを始めたので、「LIFE制」が当たり前だと思っていました。
友達の家にある昔のゲームを発見して「一発で死ぬゲーム」だった場合、「うわ!昔のゲームだ!」と思っていましたし、実際に「一発で死ぬゲーム」には難しい印象を持っていました。この頃でもシューティングゲームは「バリアを張らなければ一発で死ぬ」のが普通だったので、シューティングゲームには今でも苦手意識があります。
しかし、これ……今になって考えれば……
アクションゲームが「LIFE制」になったのって、「複雑化」の始まりか、もしくは「別のジャンルになった転機」だったのかもって思うのです。
桜井さんは『忍者龍剣伝』を「昔のゲームはシンプルなので攻略方法が分かりやすい」例として挙げていましたが、私にとっては『忍者龍剣伝』ですら「何をしてイイかさっぱり分からない難しいゲーム」という記憶です。桜井さんのコラムを読んで初めて「そういうゲームだったのか!」と思ったくらいです。その時点で既にアクションゲームは「複雑になっていた」のか「別のものになっていた」んじゃないかと。
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「一発で死ぬゲーム」は、当然クリアのためには「一発も喰らってはいけない」ものです。だから、「一発も喰らわないで最後まで進める」ように作らなければなりません。もちろん難易度はそれぞれですし、プレイヤーの巧拙の問題もあるから、誰もがクリア出来るという話ではなくて……ゲームとしてそう作るよねという話です。
つまり……「一発で死ぬゲーム」は、「避ける」ことが前提のゲームになるんです。
敵に当たらないように、敵の攻撃を見切って、避けながら進むゲームになるんです。
だから……実は、“攻略方法”が最もシンプルで、プレイヤーにとって分かりやすいゲームだったんじゃないかと思います。敵の攻撃に当たる→「一発で死ぬ」→「当たってはダメなんだ」と気付く→避けることを覚える。
子どもの頃の私は、「避ける」ことを考えずにゴリ押しプレイしかしていなかったからその楽しさが分からなかったのだろうと。
では、「LIFE制のアクションゲーム」はどうかと言うと……ここでは話が分かりやすくなるように、「十発で死ぬゲーム」と喩えて話を進めましょう。
「一発で死ぬゲーム」をそのまま「十発で死ぬゲーム」に変えれば、それは確かにプレイヤーにとっては楽になりますけど。恐らくゲームを作る人はそうはしませんよね。それじゃ簡単すぎてしまうので、「六発は喰らうゲーム」とか「八発は喰らうゲーム」とかにすると思います。
つまり……「LIFE制のアクションゲーム」は、「喰らう」ことが前提のゲームになるんです。
ノーダメージでクリアするのは非常に難しく、ダメージを喰らいながら、クリアまで残りLIFEを尽きさせないようにプレイするゲーム……「残りLIFE」のやりくりという新しい要素が加わって複雑になっているのです。
プレイヤーが「九発までは喰らっても大丈夫!」と思っているのと同様に、作り手も「九発までは与えても大丈夫!」と敵の攻撃を容赦なく激しくしてしまえば……「一発で死ぬゲーム」も「十発で死ぬゲーム」も難易度は変わらないと言えるかも知れません。
いや……むしろ難易度調整のさじ加減は難しくなるでしょうし、プレイヤーとしてもなかなか死なないからと「ゴリ押し」プレイをしようとして“攻略方法”を考えなくなってしまうかも知れません。そうして、多くの人が挫折した『忍者龍剣伝』の出来上がり。
で……私は、「避ける」ことが前提のゲームが好きなんだなと分かったのです。
基本的には「一発で死ぬゲーム」。子どもの頃は苦手だったのだけど、“攻略方法”を考えて、敵の攻撃を見切って、「避ける」―――アクションゲームの中でも、今はそういうゲームが好きなんです。
厳密には「一発で死ぬゲーム」でなくても……『スーパーマリオブラザーズ』は「一発で死ぬ」か「二発で死ぬ」のでなるべく敵の攻撃に当たらないようにしますし、『ゼルダの伝説』だったらLIFEが満タンの時にしか剣ビームが出ないので「一発も当たらないように進む」のが普通ですし、桜井さんの作った『星のカービィ 夢の泉の物語』は一発喰らうとコピー能力が飛んでいってしまうので「一発も当たらないように進む」のが普通でした。
今になって……『ゼルダ』や『カービィ』のあの仕様は、「LIFE制になってもちゃんと敵の攻撃を避けてくださいね」という仕様だったことに気付きました。自分はこういうゲームが好きだし、LIFE制のゲームであっても攻撃を「避ける」ことが楽しいのです。
逆に、「喰らう」ことが前提のアクションゲームは……
今自分がプレイしている『閃乱カグラBurst』みたいな“ベルトアクション”は分かりやすいんですけど、「なんでかよく分からないけどいつの間にかダメージ喰らってる」「でもなんかよく分からないけどクリア出来ている」ことが多いので……クリアした時の「やったった!」感も、ゲームオーバーになった時の「あそこがマズかったんだ!」という反省も少なくて。
実は、同じように「アクションゲーム」としてカテゴライズされているゲームでも……「LIFE制」で「喰らう」ことが前提のアクションゲームは、昔からそんなに好きじゃなかったかもと気付いたのです。
もちろんこれは私の「好き/嫌い」であって、「良し/悪し」を語る気はありません。
また、『ゼルダ』や『カービィ』のように「一発喰らうことのペナルティがあるゲーム」もあるので、厳密に「このゲームはどっち」と分類できるワケではありません。全てのゲームを、ゴミの分別のように「燃える/燃えない」と分けていく気はありません。
重要なのはここからで。
「避けるゲーム」と「喰らうゲーム」の違いを考えてみて初めて。
私が「3Dアクションゲーム」が嫌いなのって、「3Dアクションだから」ではなくて、「喰らう」ことが前提のアクションゲームだからじゃないのか――――と気付いたのです。
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○ 「喰らう」ことが前提の3Dアクションゲーム
海外の3Dアクションゲームの中には、「体力が自動回復するゲーム」がありますよね。
「自動回復」というか、「連続で攻撃を喰らわなければゲームオーバーにはならないゲーム」。
アレを初めて見た時はビックリしました。
「LIFE制のアクションゲーム」ですら、「残りLIFEのやりくり」があって「もうLIFE少ないから一発も喰らえないぞ」という緊張感がありました。しかし、「体力が自動回復するゲーム」だとそれすらもありません。どうしてこんな仕様にしてるんだろうと疑問だったのですが……
そうしないと、全然面白くないゲームになっちゃうんですよね。きっと。
3Dだから、画面に映っていないところから急に狙撃されたりする。
プレイヤーは「攻撃を喰らう」ことで初めて敵の存在に気付けたり、敵の位置に気付けたりする。咄嗟に隠れて敵の攻撃をやり過ごせば体力は回復するので、そこから反撃が出来る―――
もし、これが「一発で死ぬゲーム」だったら狙撃された時点でゲームオーバーです(笑)。
「何?何?どこから撃たれたの?ワケわかんない!」と思ってしまって、全く楽しくないことでしょう。
じゃあ普通の「LIFE制のアクションゲーム」だったらどうかというと、「画面外からの狙撃」ですらダメージが蓄積されるのだから常に画面をグルグル回して敵がいないかを確認しながらでしか進めないゲームになってしまうことでしょう。テンポが無茶苦茶悪くなりそうです。
私がプレイした数少ない3Dアクションゲーム『レギンレイヴ』とか『新パルテナ』は「LIFE制の3Dアクションゲーム」で、私はとにかく「画面外から攻撃される」のがすごくイヤだったため、画面外から攻撃されても当たらないように常に「神速移動」や「回避」で動き続けていました。常に反復横飛びし続けている神と天使。すっげえダサイけど、こうしないといつの間にか攻撃喰らっててすぐにゲームオーバーになっちゃうんだもの……
だから、3Dアクションゲームにおける「体力が自動回復するゲーム」はものすごく“理に適っている”システムだと思うし、言ってしまえば究極の「喰らう」ことが前提のゲームだと思うんです。攻撃を喰らってから戦闘が始まり、「攻撃を喰らう」ことのペナルティが極めて低いゲーム。
それは言い換えれば、「避ける」楽しみは薄いとも言えて……
“理に適っている”と先ほどは書きましたけど、桜井さんのコラムにあった「主人公を頑丈にしてゴリ押し出来るようにすれば「避ける」こともしなくなって、『忍者龍剣伝』で味わえるような“攻撃を喰らわない”努力の楽しさはなくなってしまう」話にも通じるので……“攻略”の楽しみは薄れるのかもって思うのです。
○ 「避ける」ことが前提のアクションゲーム
桜井さんがあのコラムを書いた2007年とか2009年頃よりも、今の方が「一発で死ぬゲーム」って身近になっているんじゃないかなぁって思います。
例えば、2Dだったら『チャリ走』とか、3Dだったら『Temple Run』とか、“走り系アクションゲーム”は基本的に「一発で死ぬゲーム」ですよね。携帯電話からスマホに変わっても相変わらずたくさんの本数が出ているジャンルのゲームですし、ゲーム機でもダウンロード専用ソフトで結構な数が出ているジャンルですよね。
やっぱり「分かりやすい」んだと思うんです。
穴に落ちた、針に当たった、岩に潰された―――「一発死ぬ」ことで失敗の原因が分かりやすく、そこに“攻略方法”が生まれる。世代もゲーム経験の長さも関係なく、多くの人に楽しまれるというのはそこが理由なのかなと。
また、多くの人に遊ばれているとは言いませんけど……
ダウンロード専用ソフトが浸透して復活した「アクションパズル」のジャンルは、「一発で死ぬゲーム」が多いですよね。『ラビ×ラビ』だってそうですし、『クニットアンダーグラウンド』だってそうです。「アクションパズル」というジャンル自体が「攻略」に重きを置いているジャンルで、「一発で死ぬ」敵やトラップをどう突破するのか考えるのが楽しいんですもんね。「LIFE制」にして、そこをゴリ押し出来たら全然面白くないでしょう(笑)。
言ってしまえば、究極の「避ける」ゲームですし……“攻略方法”を考えるのが楽しいジャンルと言えるのかも知れません。ただ、「一発で死ぬ」代わりに「リトライが早い」必要はありますが。
私は以前からブログやTwitterで「2Dアクションゲームは好きだけど3Dアクションゲームは大嫌い」と公言して、それ故にイザコザも起こしてきました。色んなことも言われてきました。「現実は全て3Dなんだから、全てのアクションゲームは3Dであるべきでしょう!」と言われたこともあります。
でも、違います。今回考えてみて、ようやく分かりました。
というか……今までは、自分が「どうして3Dアクションゲームが大嫌いなのか」すら上手く説明出来なかったんです。その状況で「どうしてみんな3Dアクションみたいな面白くもねえゲームを作るし遊んでるんだろう」と言っていたのだから、そりゃ色んな人に怒られるワケですよ。「2Dアクションゲーム」と「3Dアクションゲーム」という区別では説明できないんです。
「避ける」ことが前提のアクションゲームと、「喰らう」ことが前提のアクションゲームは、別のジャンルのゲームなんです――――
2Dでもベルトアクションゲームだったら「喰らう」ことが前提だし、3Dでも『マリオ3Dランド』のように「避ける」ことを前提に変化していったシリーズもあるし(『マリオ64』→『マリオギャラクシー』→『マリオ3Dランド』と、マリオの耐久力が落ちていっている)。
「喰らう」ことが前提のアクションゲームは、「避ける」ことが前提のアクションゲームの上位互換ではありません。別の楽しさを提供するものだし、それはもう別のジャンルのゲームなんです。
全てのアクションゲームが「喰らう」ことが前提になってしまえば「避ける」楽しみは失われてしまいますし、「避ける」楽しさを求めている私が「喰らう」前提のゲームを遊んでも楽しくないワケですよ。そこはもう別物。「どうしてみんな3Dアクションみたいな面白くもねえゲームを作るし遊んでるんだろう」と私は思っていたけど、単にゲームに求めているものが違うだけの話なんです。
繰り返し書きますけど、これは私の「好き/嫌い」であって「良し/悪し」の話ではありません。
甘いものが好きな人もいれば、辛いものが好きな人もいる―――くらい別のジャンルのものだと思うんです。なのに、「アクションゲーム」と一つのジャンルに閉じ込めていたから誤解が生じる。カスタードクリームだと思って舐めたら練りからしだったみたいな悲劇が起こるのです。
いや、まぁ……「これはカスタード?それとも練りからし?」というゲームもあるからややこしいんですけど。「LIFE制の2Dアクションゲーム」だけど、「一発喰らうペナルティ」のある『ゼルダ』とか『カービィ』とかはまさにそうですし。逆に、「3Dアクションゲーム」でも画面外から攻撃されないゲームなら、「避ける」楽しみもあるんでしょうしね。
実は、そここそが「私のツボ」なのかも……?
| ゲーム雑記 | 17:53 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑
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