この写真の記憶がない。
お点前しているのは南米の留学生。
医学部である。
教えた記憶はある、何しろ痺れるということを知らない。
彼女は大きな体で私の上に落ちてきた。
痺れきっていたのに立ってしまう。
それがこんな大寄せでお点前を披露している。
当時の八ミリで撮ってくれた彼とは目出度く結婚、今はメキシコで幸せにお子さんたちと暮らしているとお手紙を貰う。
彼女の周りで、赤ちゃんが泣いている。
動じないで最後までお点前を完結したという。
教えるときは、スペイン語苦労した!
私が記憶にないのは、この時にいなかったのである。
この写真をみて、今日思いだす。
左足が曲がらなくなる。
癌だと切断の時代。
救急で女子医大の整形外科に、
何しろ、足が曲がらなくては歩けないのを知った。
色々な検査をするが何もわからず。
教授は開いてみないと何も言えないと脅かす。
当時はどこに行っても病院中知り合いであった。
毎年我が家に下宿してくる女医さんがいたからである。
父も事務方であるが職員であった。
母もどういう訳か各科の教授と婦長とツーカー訳は分からないが、
これでたくさんの人が癌から生還した。
初釜も家内が一人で頑張る。
生徒さんたちも、
家内のお父さんの歯医者の大学の学生さん。
この当時は私たちも若く、学生さんも沢山来ていた。
そんな大変な時に、私は全身麻酔で足の関節をバラバラにしてその中にある邪魔なものを取り除いた。
傷は30センチ、
手術が終わり、うちに下宿していた主治医が膝にあったものを寝ている私の前に持ってきてくれた。
黒くないでしょ!!
これは生き返るような一瞬。
真っ白だ。
一応詳しく調べますが、悪性でない安心してという。
こんなものでも膝の中に固まれば曲がらなくなるのかと、
この病気の名前は聞いたが忘れてしまう。
何しろ、この後も3年おきに手術。
30台で完治した。
それで私は何があっても教室は休まないで来た。
いつ突然お稽古ができないという事態が起こるか分からなかったからである。
私が三月も教室を休んだら、
私が皆さんを心配でベットで寝ていられない。
2週空いても初心者は分からなくなるのである。