ストライクゾーンが広い人と狭い人が居るようだ。
広い人は幸せそうだし、狭い人は不幸そうに見える。
狭い人にとって、街はブスとババアだらけの地獄のような場所だからだ。
同じ環境でも、天国と感じている人と、地獄と感じている人が居る。
沸点が低い人は、いろいろなことに大笑いして、楽しそうに過ごしている。
沸点が高い人は、多くの時間をつまらなそうに、小馬鹿にしたように過ごしている。
ストライクゾーンの狭い人はすぐ人のことをブスやババアと言うので、女から嫌われるし、
笑いのハードルが高い人は、ウケを狙った人のことを上から目線で失笑するので、避けられるようになる。
でも私が言いたいのは「嫌われる」「避けられる」といったような外的要因の話ではなくて、
本人の楽しさの話だ。
ブス地獄、退屈地獄に暮らしている人間の方が、明らかに不幸だろうという気がする。
嫌われなかったとしてもだ。
そしてハードルが高い感性になってしまう原因として大きいのが、コンテンツだと思う。
テレビで美人ばかり見る。AVでサービスの良い美人ばかり見る。比較すると、身近な女子が愛想なしのブスに見える。
お笑いを観る。映画を観る。比較すると、友達がつまらなく見える。誰もが退屈な人間だ。
家族や友達や恋人との縁に恵まれている人は、人間との接触と、コンテンツとの接触のバランスが、良い状態に保たれている。
しかし人間関係に恵まれていない人は、コンテンツとしか接触しないアンバランスな状態になりがちで、
それがハードルの高い感性につながり、より人間を嘲笑しがちになり、遠ざけているような気がする。
孤独が悪だとは言わない。何を選ぶかはそれぞれの自由だと思う。
嫌われることを避けろとも言わない。生きている限り誰かには嫌われるし、嫌われることを恐れて媚び回っていると病気になる。
コンテンツに触れてる(孤独)かどうかと、 面白みを感じる沸点ってそんなに相関関係あるかな? 個人差がありすぎて何とも言えない。 俺はぼっち拗らせがちなオタクだと思ってるけど...
そういう人は、「誰かを馬鹿にしたり蔑む」行為自体に大いに娯楽性を見出してるんでしょ あとはそういうのとは別に、日常の小幸感を得るよりも、1回の特別な幸せを求める人もいる