毎日メディアカフェ:「知ろうとすること。」在家のすすめ−−糸井・早野対談詳報(2)

2014年11月06日

共著「知ろうとすること。」の執筆課程などについて話す糸井重里さん(奥)と早野龍五・東大教授=東京都千代田区で2014年10月29日、徳野仁子撮影
共著「知ろうとすること。」の執筆課程などについて話す糸井重里さん(奥)と早野龍五・東大教授=東京都千代田区で2014年10月29日、徳野仁子撮影

 ◇「知ろうとすること。」ではなかった題名

 −−ここで会場にクイズです。本の題名は糸井さんに任されました。糸井さんは当初、ある題名を思いつき、それを上回る題名がなければ、そのままにしようと思っていました。その後、糸井さんは「知ろうとすること。」という完璧なコピーを思いつき、それが題名になりました。そこで問題です。糸井さんが当初、腹案として持っていたのは次の四つのうち、どれでしょうか。

 (1)「はやのさん」

 (2)「素人がすること。」

 (3)「真実をつぶやく。」

 (4)「調べてわかった福島のこと」

 −−糸井さん、正解をお願いします。

 糸井さん 正解は(1)番です。外した皆さんを悪くいうわけではないのですが……、いや悪くいってしまうのですが、(1)以外はかっこわるいですね。

 どれも内容を言おうとしているのですが、そんな本が売れるとは思わない。この本の魅力は早野さんの魅力なんですよ。雑誌の2冊目と同じように、これは削ってもいいやと思いながらしつこく聞いていたのが、宇宙が生まれた時の話なんです。まとめるときにどうしても文脈上、入らないなら「俺が入れられるようにする」というくらい入れたかった。

 早野さんがいたから、宇宙の話もできるわけで、今年とか来年売れなくても10年後に売れる本にしたかった。それなら「はやのさん」というタイトルでこういう人がいて、こういうことをしましたという本にしたら原発、放射線コーナーに置かれなくて「ああ、こんな本が震災、原発事故をきっかけに出たんだね」って思ってもらえる。

 早野さん そんなこと一言も言わなかったよね(笑い)。

 糸井さん (2)は今のタイトルのベース音ですね。(3)は露骨だよね。挑戦的なんだよな。僕らは挑戦的じゃないし、僕は一切論争したくない人間なので、こんな言い方はしない。(4)は新潮社側の提案に近いと思います。新聞の小見出しみたいです。作った側は(1)で満足ですが、もっといいのができたので、そちらにしました。

 −−(1)だったら早野さんはOKしたのでしょうか。

 早野さん しなかったでしょうね(笑い)。そんな本が売れると思わないし。そうだ。「知ろうとすること。」の最後に「。」をつけるのはなぜなのか、あらためて聞きたいです。

 糸井さん 「。」は額縁の代わりみたいなもので、これ用に作った言葉だという感じが出るかなと思ってつけました。「。」はこれでおしまいですよという意味で、言葉としてどっかに飛んでいかない感じがします。どっちも感覚の問題なんですけど。

 毎日メディアカフェは完全に飛んでいく言葉だけど、飛んでいっていいんです。もし、毎日メディアカフェって本が出るとしたら、「。」が必要になるかもしれない。

 −−「はやのさん」というタイトルには「。」がないですが。

 糸井さん わざわざ「。」をつけなくても、本のためにこさえた言葉だとわかるので「。」を外しています。

 ◇田崎さんと小峰さん

 −−ここで会場にお越しの田崎さんと小峰さんにコメントを頂きましょう。

 田崎さん 物理学者をやっています。2011年の3月はへろへろしていまして、夜中にベッドの中で早野さんのツイートを読んで「自分にできることは何にもないなぁ」と思っていたのですが、早野さんのご活躍をみながら「何かをみんなに伝えること」なら自分ができることがあるかもしれないと思うようになりました。

 情報発信のときは「なるべくスキャンダラスでなく、より脅かさず……」というのを目指していたと思います。事故から15カ月たったころウェブで「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」を公開して、その後、単行本も出しました。このときにどんなことを書くべきか。何を書くのか。かなり一生懸命考えました。状況が変われば何を発信すべきか、その内容も変わってきます。

 その後、菊池さんと小峰さんの本や今回の糸井さんと早野さんの本も出て、私の本は役割を終えつつあると感じています。

 小峰さん 私はミュージシャンで、実家が福島県郡山市にあります。一度は福島がなくなっちゃったかなと思ったのですが、5年くらい前に菊池さんと知り合って、ツイートからいろいろ知って「そんなに慌てなくてもいいのかな」と思ってきた一人です。ミュージシャン仲間には気持ちが先行している方がいるのですが、私は「本当のところはどうなっているのか」が知りたくて、いろんな勉強会に足を運んできました。

 その中でもっとわかりやすく、文系の私でもわかる本がないかなと探していたら田崎さんの本が出た。もう、これでいいなと思いました。でも、私のマネジャーが「難しすぎる。数式が出てお手上げだ」というので、菊池さんと数式が出てこない本を作ろうと決めました。本当は昨年末には出ている予定だったのですが……。とりあえずタイトルは「きくちさん」にしなくてよかったなと(笑い)。

 「知ろうとすること。」でお二人が語っている話を読むと、「ああ先にこっちを出してほしかった」と思いました(笑い)。震災はもちろん起こってはいけない悪いことですが、こういう本が出て、人のつながりができたことは良かったと思います。ぜひ一緒に私たちの本も読んでください。

 ◇出版後、早野さんがとった行動

 −−出版後の反響を教えてください。

 糸井さん 相当、注意深く、丁寧に作ったつもりの本です。文庫で出すことは決めていましたので、初版は万単位で印刷されましたが、売れるかどうかはわからなかった。ところがなんか勢いが感じられたので、これは「足りなくなるかもな」と思いました。そういうふうに売れるということはうれしいのだけど、考えていませんでした。

 あと、思ったより早野さんが宣伝に協力的なんです(笑い)。これが一番の誤算で、早野さんはそんなに一生懸命やらないだろうと思っていたら、僕より先にどんどん走り始めたので……。早野さんのツイートをどんどんリツイートするようにしています。自分でやった仕事をあんまり押しつけたことはないのですが、今回は初めての経験です。ちょうど、おばちゃんが子供の手にあめ玉を握らせてるような感じですかね。

 昨日は阿川佐和子さんにあげました。2冊持っていって「なんで2冊」って聞かれたから「絶対に人にあげたくなるから。パピコと同じだから」ってあげました。この押しつけがましさが、なんかできてしまった。

 最初に2人で「パンフレットの良いやつを作ろう」と話していた思いが残っているのかな。今まではこんなことはないですね。自分の本を宣伝するのはどっかで照れるものなのですが、今回は思いっきり早野さんが先に走っていますからね(笑い)。

 早野さん 次は走っている僕が(笑い)。初めに文庫で出そうとしていると話を聞いたのが今年の5月か6月くらい。それで着地点が見えた感じはしました。文庫で出るというので覚悟が決まりました。

 そうは言っても「御用学者」と金を出せばなんでもやる「資本主義の手先」がくっついて出す本(笑い)。だから、相当あしざまに言われるだろうというのも覚悟した。現に一部で言われていることも知っています。

 でも、頂いた感想や書評を見ていると、皆さん本当に素直に読んでくださっていて喜んでいます。発売日前に重版も決まりました。2人のツイッターのフォロワー数を足すとかなりの数になって、そこで知った方も多いと思うのですが、本当はそれ以外の方に読んでいただきたい本です。

 震災の後、どういうメディアを使って情報を得ていたかという調査を見るとインターネットは低い。ツイッターはネットのなかで比較すれば1番の情報源にはなったと思いますが、本来届いてほしいと思っているのは、インターネットで情報を得ていない方。やっぱり活字メディアはネットとは違う層に広がる力を持っているかもしれない。ネットとは異なる層に届いてほしいです。

 ◇「飽きちゃう」ことを前提にやろう

 −−イベントタイトルにもあるように、ここからは今後の被災地や福島とどう向き合うかを考えていきます。まずは糸井さんに宮城県気仙沼市での活動を振り返っていただきます。

 糸井さん 初期の段階からしつこく言っているのは「自分たちが何かできるものだと思わずにやりたい」。今でもそう思って、この方針は守っています。

 あと「飽きちゃう」という言い方が失礼なのはわかっていますが、みんなはもう飽きています。僕も飽きるんです。同じ話、状況でずっと進むわけではない。仮設住宅に入居された方も「仮設」であることには飽きています。出たいと思って生きているわけです。飽きてしまうのは前提なんです。「飽きないでください」「忘れないでください」とどんなに叫んでも変えるのは無理です。だから「飽きること」を前提にやろうというのが、最初からの約束。地元の人たちともそれを言いながら付き合っています。

 「まだやっているの」とか「何しにきたの」と言われるのが夢ですね。そろそろ近づいています(笑い)。「ただ遊びにきてくれるって最高だね」って言われます。

 でも、まだ用事はあるんです。会社全体をおいて、さようならを言いたいプロジェクトがあります。それが「気仙沼ニッティング」です。これはニットのハイクオリティーブランドです。お客さんも増えている。編んでいる人と買いたい人がつながっているから続いていくだろうと思っています。

 あとはツリーハウスプロジェクトですね。海だけでなく、東北の山にも目を向けたい。現地の伝統や歴史、特産物にとらわれない形で遊んで、何かを残せないかなというので始めました。何年かかるかわかりませんが、100のツリーハウスを作りたいなと。

 福島はどうしても、「ついで」じゃなくて何かやりたいと思っていました。「スパリゾートハワイアンズ」(福島県いわき市)に岩手県陸前高田市と気仙沼の被災者と一緒に「被災者、被災地を訪れる」といった交流をやりました。バスを仕立てて、行きました。東北なのに福島だけ別勘定になっているのが嫌だったんですね。そうじゃなくて、そろそろ、こういうことが言えるようになったし、沿岸部で一緒に活動ができないかなと考えています。

 ◇0からプラスに

 早野さん (CERNに連れて行った)福島高校のことは相手があることなので、まずはこちらが空回りしないようにと思っています。表紙は福島高校で合宿をしていて、その時に校舎で撮影したものです。彼らは来年また3月にフランスに行って、そこで今のプロジェクトを発表し、論文を書かせようと思っています。プロジェクトは個人線量計を全国各地の高校に配って、国外の高校生にも配って、普段どの程度被ばくしているのかというのを解析して、まとめるというものです。僕はそのアドバイザーです。

 震災が起きたからできたことで、生徒たちに何かプラスの経験をしてもらいたいと思って始めました。彼らも前向きにやっています。その前向き感が表紙から感じられると思います。若い力には期待したいです。

 僕は現地に住んでいない人間で、時々行ってお邪魔する。現地の方、特に一緒にやってきたお医者さんたちが迷惑になることはしないようにしようと思っています。これが一番です。

 一方で、東京大教授という肩書も背負っています。なんらか行政との橋渡しをする仕事もしています。僕も飽きがくるときがあります(笑い)。3年半たって、引き継げるものは行政に引き継ぎたいし、制度化すべき点などを話し合っています。

 ◇「福島のお米キットを販売したい」

 −−糸井さん、福島のお米の話を……。

 糸井さん そうでした(稲穂を準備)。これ、うちの会社の隣のビルの屋上でつくったお米なんです。福島の米農家の藤田(浩志、ツイッター:@kossyvege)さんのところのモミを使って、牛乳パックに土を入れて苗を作ってそれを植えて。とうとうここまで実りました。福島のお米を僕らが育てて何をやりたいかっていうと、検査済みの意味がわかりたい。0だというお米を育てて、食べてみましょうと。

 福島の林業とも組み合わせて、家に田んぼを作るというキットを販売しようと思っています。家にバケツで育てるよりも、農業らしいキットを作ってみたい。福島の田んぼセットが名物になるかもしれないですよ。「ベクレルが……」と脅かすムードだけじゃなくて、自分の手で実際に育てたお米を食べて「へたくそだな〜」と言うのもいいし、じっと見てお米育てることはすごいことなんだと感じるのもいいと思います。

 僕は桃を食べているだけでも怒られますからね。お米を育てたらどうなるか知りませんけど(笑い)。日本中に福島の測ったモミが届いて、育って「きょう炊きました」っていう報告があったらうれしいじゃないですか。そういうのを来年はやりたいと思っています。

 早野さん 桃食って怒られたのは表紙の撮影の時ですよ(笑い)。

 糸井さん そうそう、プロのカメラマンを連れて行ったときで、そいつが撮るものだからすごくコマーシャルっぽいんですよ(笑い)。いまだに「どっからその金でているんだ」とか書かれるし。うまく撮りすぎなんです。

 −−最後に一言ずつ、対談を聞いた方にむけたメッセージをお願いします。

 糸井さん 僕自身は数字も理屈も覚えていません。人に説明するためじゃなかったら、僕は僕がわかればいい。論争するために生きていないので、「なるほどなぁ」って思えるかどうかを大切にしています。

 例えば月旅行に行ったとしますね。そうすると「じゃあ月と地球との距離はいくつだ。まさかそんなこともわからずに月に行ったのか」というのが今の風潮ですよね。でも、普通の人にとってそんなことはわかるわけがない。だって、いま子供を育てているとか、自分のホームページを作っているという人たちにとって、そんな数字を覚えている必要はないのです。でも、すごく知りたかったから知ったのです。それで納得しました。

 普通は「そんなことも知らないの」にやられてしまう。熱心にそれだけやっている人に「このデータも知らないのか」と言われたら心が揺らぎますよね。そのデータはどこから来ているのかとかを調べている人の生活というのは仏教でいえば「出家」なんです。僕らは「在家」なんで、朝晩のお勤めをしていればいいんです。出家同士の宗教戦争に巻き込まれれば、巻き込まれるほど、危ないところに興味が出る。もっと興味を持てば、早野さんのところに来るかもしれないですね。

 でも在家は「何か説明しろ」といわれてうまく説明できないのはダメじゃないんです。それくらいの軽い気持ちで、自分の問題として捉え直してほしい。これは、そのための本です。「こいつ、こんなこともわからないで聞いているんだ」と思ってもらえればいい。在家のすすめです。

 早野さん やりにくいよね。ここまで言われると(笑い)。

 糸井さん 出家の勧め(笑い)。

 早野さん ひたすら数字を見てきた人間からいうと、役割が違うんですよね。この役割が違う2人が組んで本を出すことができたのが良かったと思っています。

 僕から一言言うとすると、ネットやソーシャルメディアを上手に使ってください。のめり込むと悪い気分になります。嫌なことをたくさん読まされます。でも、うまく使うと、とってもポジティブな気持ちになることもあるし、ポジティブな結果を出すこともできます。しょせん、ネットは小さな現実離れをした世界なんですよ。そこで論争をして勝った、負けたといっても、福島の現場にはまったく関係ない。気軽に楽しく、熱くならず、ポジティブにいろんなことを考える道具として使っていきましょう。人をののしる場としては使わないようにします。

 起きてはいけないことが起きて、WBCや給食陰膳検査をやってもプラスにはならない。マイナスが0に近づくというだけです。今後はプラスになることを考えていきたい。お米を買うとか、本を買って周囲に配っていただくとか(笑い)。いろいろとポジティブにいきたいと思います。皆さんも上手に使ってポジティブな気持ちになりますように。(拍手)

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