2014年11月05日

ストローブの新作『共産主義者たち』がヨーロッパ各地の映画祭で続々と公開!

 ストローブの新作『共産主義者たち』がヨーロッパ各地の映画祭(ロカルノウィーンエストリルベルフォール)で続々と公開されている。

 インターネット上の情報からは、細部までうかがい知ることはできないが、マルローの小説『侮蔑の時代』を基に撮影したショットに、ユイレとストローブ時代の過去の映画5作品(『労働者たち、農民たち』、『フォルティーニ/カーニ』、『早すぎる、遅すぎる』、『エンペドクレスの死』、『黒い罪』)から引用したショットをミックスした作品のようだ。

 日本で上映されるのはいつになるか分からないけれど、目にできる時に備え、マルローの『侮蔑の時代』に関しては、日本語訳を読み終えた。残念ながら、僕が入手した新潮文庫の『侮蔑の時代』からは名高い「序文」が省かれていたので、「序文」に関しては英訳を入手した。ユイレとストローブ時代の過去の映画5作品に関しては、『労働者たち、農民たち』と『早すぎる、遅すぎる』の2作品はまだ不勉強な状態のため、ここ数日、『労働者、農民たち』の原作『メッシーナの女たち』の英訳の該当箇所を精読しているところだ。『早すぎる、遅すぎる』は、まず必要な資料を集めるところから始めなければならない(フランス語のスクリプトは入手している。英独伊もどこかにあるはずだ)。

 ところで、ストローブの新作『共産主義者たち』で引用されている5つの映画は、その全てが紀伊國屋書店でDVD化されていない。この事実を僕たちは、重く受け止めなければならないと僕は思う。欧日協会発行の『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』の冊子に蓮實重彦氏が寄せた「厳格であることの自由」という一文に由来する「厳格」や「厳密」という言葉に心を奪われ続け、ストローブが頻繁に口にする「共産主義のユートピア」という言葉を聞き逃してきた日本の映画人たちは、もうそろそろ、ストローブが時代遅れの「共産主義」を口にし続けている意味を、本気で考え始めるべきではないか。

 僕はストローブとゴダールが、80歳を過ぎた今でも映画監督として生きていることに、心を打たれることはない。僕が心を打たれるのは、彼らが年老いてなお、「社会主義」や「共産主義」という言葉をタイトルに掲げて映画を作っている点である。ヌーヴェルヴァーグが社会変革の運動であるのだとしたら、ヌーヴェルヴァーグはまだ死んでいない。ストローブとゴダールとともに、ヌーヴェルヴァーグは生きている(ユイレとストローブがヌーヴェルヴァーグの映画監督だと言ったら皆さんは驚かれるだろうか。僕からすれば、彼らほどヌーヴェルヴァーグの運動を体現している映画監督は存在しないのだが)。

 ストローブが新作の『共産主義者たち』と『アルジェリア戦争!』を抱えて日本に来てくれたら嬉しいのに。僕がパリでストローブとお会いした印象からは、彼を日本に招くことができるのはここ数年が限界だと思う(お体の状態を考えると、ファーストクラスでないと難しそうだ)。どうしたら彼に日本の土を踏んでもらうことができるだろう。日本の映画祭ではお金にならない企画は通らないのだろうか。ストローブによれば、妻のユイレは「私たちの映画は日本の人たちのためにあるのかもしれない」と口にしていたらしい。彼女は僕たちのことを、買いかぶっていたのではないだろうか。

(持田 睦)
posted by Uoh! at 12:34| Comment(0) | ユイレとストローブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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