【2014年ノーベル物理学賞】「青」に魅せられた結晶屋~天野博士の実験物語
2014年のノーベル物理学賞に輝いた「青色発光ダイオード」。
受賞者のひとりの天野浩博士は開発当時、
修士の学生として、実験の最前線に立っていた。
高品質の窒化ガリウム結晶にたどり着くまでには、
どんな試行錯誤があったのか。
当時使っていた装置の前で、天野博士と一緒に振り返ろう。
こんにちは福田大展です。25日に放送されたニコ生「誰でもわかる今年のノーベル賞」では、「元結晶屋見習い」として物理学賞を解説しました。誰でもわかったかはさておき・・・ツイッターでこんなコメントをいただきました。
感激です。ありがとうございます。先日、天野博士にお会いし、当時使っていた装置の模型の前で取材しました。今回のブログでは、そのときに聞いたマニアックな実験の話を紹介します。
まずは前回の記事「『青』に捧げた人生~なぜ30年もかかったのか」のおさらいです。詳しく知りたい方は、リンクが貼ってある記事をお読みください。発光ダイオードを光らせるためには、まずはきれいな結晶をつくるところから始まります。「結晶」とは、原子や分子が繰り返しのパターンを持って規則正しく並んだ物質のこと。雪の結晶や塩の結晶、鉱石の結晶などは、馴染みがあるかもしれません。きれいな結晶を作る研究分野を「結晶成長」と呼んでいます。
きれいな結晶を作る方法は、おもちゃのブロックに例えることができます。基板という大きなブロックの板に、小さなブロックを1つずつくっつけていきます。実際の実験では、宝石の名前で聞いたことがあるかもしれない「サファイア」の基板の上に、「窒化ガリウム」を積み上げました。
なぜ窒化ガリウムを使ったのでしょうか? 実は、青く光らせられる材料は理論的に予測できて、限られていました。その候補として挙がったのが、「窒化ガリウム」「セレン化亜鉛」「炭化ケイ素」の3種類。多くの研究者は扱いやすくて早く実現しそうな「セレン化亜鉛」と「炭化ケイ素」に飛びつきました。しかし、赤崎先生と天野博士は"扱いにくい"と考えられていた「窒化ガリウム」にこだわりました。その理由は、「タフ」だから。「社会の役に立つには、丈夫な材料でなくてはいけない」というのが、赤崎先生の信念でした。また、基盤の候補もいろいろありましたが、最も硬くて丈夫で耐性に優れているという理由で、サファイアが選ばれました。
天野博士の赤崎研究室での最初の仕事は、世界でただひとつの装置を組み立てること。当時ドクターだった先輩と2人で、装置を設計し始めました。使えた研究費は200万ほど。知り合いの先生から余った装置を譲り受けて足りない費用を穴埋めし、半年かけて完成させました!
上の写真の装置がその模型です。装置の名前はMOVPE装置。MOVPEとは有機金属化合物気相成長(Metal-Organic Vapor Phase Epitaxy)を略したもの。平たく言うと、有機金属の気体を原料にして結晶を作る装置です。
結晶成長というと、水から氷を作るように「液体から固体に」変えるのを想像するかもしれません。しかし、今回の実験では「気体から固体に」変えます。実際の実験ではサファイアの基板の上に、窒素原子を含む「アンモニア」と、ガリウム原子を含む「トリメチルガリウム」のガスを吹き付けて、窒化ガリウムの結晶を成長させます。
それでは、装置の「心臓部」を見てみましょう!黒い部分がサファイアの基板を置くところ。その真上に伸びている透明の管から、原料のガスが噴き出します。装置を取り巻く銅のパイプに電流を流して、基板の温度を制御します。ちなみに、この銅のコイルも手作りなんです。
この装置の中に何度も改良を重ねた工夫が詰まっているんです! 結晶を成長させるときの大事なポイントは、「原料を噴きつける速さ」と「原料を噴きつける場所」。順番に見ていきましょう。
1つ目のポイントは「原料を噴きつける速さ」です。実験を始めた当初、噴きつける速さは遅くても大丈夫だと考えていました。その後、他の大学の教授から「ガスは超高速で流さなきゃいけない」とアドバイスを受け、装置を改良しました。
いきなりですが、目の前に誕生日のケーキが運ばれてきました。炎を揺らめかすろうそくの数は31本。大きく息を吸い込んで肺を膨らませて!・・・その後あなたはどうしますか? 口を大きく広げて「はぁぁ~~!!」。それとも、口を小さくすぼめて「ふぅぅ~~!!」。よほど肺活量が多い人でない限り、口を小さくすぼめると思います。その方が勢い良く消せますからね。
それでは実際の実験に戻ります。原料を噴きつける速度を速くするには、2通りの方法があります。まずは、原料そのものの流す量を増やす。つまり肺活量を鍛える方法です。しかし、原料の流す量を増やすように装置を改良するための経済的な余裕はありませんでした。そこで、もうひとつの「口を小さくすぼめる」方法を選びました。
装置に原料を流し込む部分をよく見ると、原料を流す管が4本あります。改良前の装置では、この4本の管の出口が別々に上の方にありました。この装置を改良して4本の出口を1本にまとめ、ストローのような細い管に。さらにその管を延ばして、サファイア基板の真上に持ってきたんです! この方法で原料を噴きつける速さが速くなり、毎秒2cmから毎秒110cmになりました。
2つ目のポイントは「原料を噴きつける場所」です。
最初は、基板を水平に置いていましたが、ガスをきれいに流すために台を削って、基板を斜めに。さらに、原料を流す石英の管をバーナーで炙ってわずかに曲げたり、基板の台の位置を微妙にずらしたりして、噴き出し口の位置を調節。うまくいかないときは、管をくるっと一周させてみたり、いろんな形を試したそうです。
まさに職人の世界です。ところで、物理の世界では、物理の専門家を「物理屋」、その中でも結晶成長の実験をする人を「結晶屋」なんて言ったりします。
結晶屋の実験は繊細です。そう簡単にはいきません。原料のガスを流す前に、装置の中を真空にするのですが・・・
実験で使っていたサファイア基板の大きさは約1cm四方で、厚さは1mmもありません。顕微鏡で使うカバーガラスのように軽いものです。一番最初に原料のガスを流し始めるときに、急にガスが噴き出ると、簡単に飛んでいってしまします。飛ばないようにするためには、ガスをゆっくり流し始めるしかありません。
私も学生時代に結晶成長の実験をしていたのですが、流量をデジタル制御できる「マスフローメーター」という機器を主に使っていました。さらにハイテクな装置では、原料を流す速さも温度も、あらかじめ設定したプログラムを走らせると自動で制御できました。しかし、当時はそのような機器はありません。つまみを回す微妙なさじ加減で調節する「流量計」を使っていました。回し始めるときに、手が震えそうですね!
結晶屋の実験は地道です。そう簡単にはいきません。実験前のサファイア基板は、ピカピカに磨いてあるので無色透明です。しかし、失敗した実験後の結晶は、表面が凸凹になるので光が乱反射し、「磨りガラス」みたいに白くなるそうです。天野博士はよく実験中の装置をのぞいて、こう思ったそうです。
当時の天野博士の生活は、11時ごろに実験の準備を始めて午後に2回ほど実験し、日が変わった深夜1時ごろに帰宅。土日も休まずに、そんな生活を毎日続けていました。一年間で休むのは正月のみ。スクーターを3時間ほど走らせて、静岡県浜松市の実家に里帰りしました。
修士1年で赤崎研究室の門を叩いてから1年10カ月。積み上げた実験の回数は1500回を超えていました。そして、日が沈みかけた夕方ごろ、そのときは突然やってきました。
実験を終えたあとの装置に近づいて結晶をのぞくと、いつもの「磨りガラス」とは違う透明な結晶が見えました。
窒化ガリウムの高品質結晶を作ることには成功しました。しかし、それでも世間は冷たいままでした。青色発光ダイオードを作るためには、プラス(+)の電気を帯びた「p型」の結晶を作る必要がありました。
天野博士が風当たりの強さを実感したエピソードがあります。1989年秋、軽井沢で開かれた化合物半導体国際会議。会議で発表する価値があるか否かを判断する論文委員での出来事でした。「そんなもん面白くないよ!絶対に発表させちゃいけない」。ある委員が激しく拒絶しました。そのときは結局発表できず、滑り込みでポスター発表だけすることができました。
「結晶がきれいになれば、物性が変わる」。赤崎先生の信念が実を結び、高品質の窒化ガリウムはこれまでとは異なる性質を示しました。1989年に「p型」の結晶を実現させてダイオードを作成。世界初の青色発光ダイオードが実現しました。天野博士はこう振り返ります。
天野博士は世界初の「青」を、達成感やうれしさよりも、風当たりの強さを乗り越えた安堵感とともに眺めました。
「赤崎先生に言われた印象に残っている言葉はありますか?」。私は取材の終わり間際に尋ねました。天野博士を奮起させるような前向きな言葉が返ってくるだろうと想像していましたが、返ってきた答えは意外なものでした。
2カ月ごとに開かれる報告会で、いつも言われたそうです。窒化ガリウムの高品質結晶を作るまでに積み上げた実験の回数は1500回超。この赤崎先生の言葉を聞いて、「1500」の数字の重みがほんの少しだけ実感できた気がしました。天野博士が思い起こした言葉は後ろ向きな言葉でしたが、天野博士は両側の頬を持ち上げて目尻にしわを寄せ、満面の笑みを浮かべていました。
気がつけば、天野博士は取材の間ずっと笑顔でした。私はその笑顔を眺めながら想像しました。どれだけ失敗が続いたときも、赤崎先生に「磨りガラス」と言われたときも、天野博士は今と変わらず、目尻にしわを寄せてほほ笑んでいたのではないでしょうか。実験が楽しくてたまらなかったんだろうな。
それでは最後に、私が魅せられた一推しの結晶をご紹介します! (今回のノーベル賞の研究とは関係ありません。汗)
なんということでしょう!見てください!この美しいフォルム。タイトルは「森の夜明け」(冗談)。まるで誰かが作った彫刻の作品のようですが、違います。名前は「黄鉄鉱」。自然にできた鉱石なんです。なぜ自然にこんな美しい形になるのでしょうか?不思議ですね。人間も力まずに自然体でいられたら、こんな風に凛々しく生きられるのかもしれませんね。
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