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リベレイション 作者:tempester08

8 悪鬼羅刹

 基本は戦わない事が、生き残る道であることに疑いの余地はない。
 ならばこそ、『奴ら』は耳しか聞こえないという事を使う事で、生存率は飛躍的に上がる事になるのも必然である。

 口元に人差し指を当てて、柏田に暴れるなというサインを送る。

 住宅街の十字路に差し掛かったところで、『奴ら』の一体と鉢合わせした。
 ビックリし過ぎて声を出す寸前までいった。

 しかしそれでは駄目だ。

 口を覆い、柏田を制止する。

 戦わない。
 戦わない事だ。

 静かに、素早く、移動する。
 『奴ら』が通り過ぎるまで静かにしておく。
 目の前の女のゾンビはそのままゆっくりと、十字路の奥へ消えていった。

 呼吸すら忘れるほど、空気は固体化し、肺に入らなくなる時間だった。

「こっち」

 柏田が慎重に足を進める。
 この期に及んで戦わせろと言わないようだ。

「あいつは殺さなくてよかったのか」
「必要な時だけ戦う。強者は無駄に力を振るわないのだ」
「カッコいいな」
「でしょ?」

 柏田は振り返ってニヒッと笑う。

 だが、欲を言えば殺しておいてほしかった。
 この先、あの一体が障害になった場合、後悔する事になる。
 でも戦闘をすれば、どうしても音が出る。

 悩ましいものだ。
 圧倒的矛があるからこそ出る案だ。
 最強の矛が無ければ、こんな考えは出ない。

 柏田という存在は、選択肢を与えてくれる。
 俺一人ではどうしようもないが、こいつがいれば何とかなるんだ。
 欲は出さない。
 今生きているだけで儲けものだ。

 住宅街を歩くこと少し。 
 隠れたり、『奴ら』を避けたりしながら、柏田の家を目指す。

 このあたりの人は、何故かもういない。
 避難してしまったのだろうか。
 それとも『奴ら』となって、どこかへ消えたか。

 俺たちと同じように警察へ保護を求めていったのなら、無駄な心配はしなくても良い。

「そろそろだよ」

 少し下を向いていたので、この家の大きさが良く分からなかった。
 後ろを振り向くと、一軒の家の塀が延々と続いている。
 滅茶苦茶デカイ家だ。

 純和風という感じの平屋。

「こっちだよ」

 ちょいちょいと手を招いている。
 お嬢様だったのか。
 そうは見えなかったから、少し驚いて止まっていた。

 家の扉の表札を見て、驚愕した。

「柏田組だと!?」

 マジかよ。
 指定暴力団じゃないか。
 この県が指定している特別危険な暴力団の一つだ。

 ニュースでも発砲事件がどうとかやっている危険な連中だ。
 柏田がそこの娘。

 別に柏田なんてどこにでもある名前だからどうも思っていなかった。
 だが、こいつの物怖じのしなさ。
 破格の強さ。

 納得がいったというか、環境が元々殺伐としていたんだ。

「ビックリした? 誰か連れてくることなんてなかったから緊張するな」
「……だろうな。誰も来なかっただろ」
「そうだね。暴力団だから」

 門をくぐって、柏田が包丁を抜いた。
 バカみたいに広い平屋や庭に、一般人とは思えない見た目の連中がうようよしていた。
 それも『奴ら』となっている。

「お前たちもダメだったか……」
「柏田……」
「先輩、門閉めて。こいつらは全員ここで殺してやる」

 指示に従って、門を閉めた。
 ガチャンと重厚な音がして、簡易的な砦が完成した。

 その音に反応して、一斉にヤバい兄ちゃんたちが振り返った。
 視線で殺されそうだ。
 落ち着け。

 あいつらに意志がある無いにかかわらず、これは生理的な反応だ。
 音に反応しただけ。

 決して殺意がある訳では無い。
 違うわ。殺意はあるのか
 俺たちを喰おうとしている。

 目にはいるだけで十人はいる。
 金槌を手に取った。

「先輩、道場に行くよ。付いて来て」
「道場……?」

 道場まであるのかこの家は。
 俺たちの走る音に反応して、暴力団が追いかけてくる。
 最悪の光景だ。

 相乗効果でさらに怖くなっている。
 一角を曲がると、小ぢんまりとした建物が見えた。
 木造のいかにも道場ですと言う感じの建物だった。

 そこに土足で踏み込んでいく。 
 本来なら怒られてしかるべきなのだろうが、非常時である。
 大目に見てほしいが、無理だろうな。

 道場の中に入り、柏田は奥へ向かった。
 カーテンを開け、日が暮かけるなか目一杯光を取り込もうとしている。

 赤い夕陽の光が道場を照らす。
 そして柏田は奥に飾られていた一本の刀を手に取った。

 刀?

「本物なのか……?」
「見てのお楽しみだよ」

 柏田が唇を舌でなめた。
 妖艶な雰囲気だ。妖艶というより、ただただ恐ろしかった。
 目が、沈んでいる。

 すると、後ろからまた土足で踏み込んでくる輩がいた。

「き、来た……!」

 おっかないお兄さんたちが、ガンつけながらゆっくり歩いて来ている。

 柏田が鞘から刀を抜いて、そのまま鞘を放り捨てた。
 両手で刀を構え、そのまま刀を引いた格好を取る。

 美しい。
 一本筋が通ったように感じた。

「お前たち、今日まで世話になった」

 柏田が贈る言葉を残す。

「だが、それも今日までだ。ボクの中の衝動はもう止められない。その一助となれることに感謝して、死ね」

 弾かれた様に柏田の体が前進した。
 挙動を最小限に抑えられたすり足だった。
 音も無く接近すると、刀を一閃した。

 太刀筋は見えなかった。
 それほど速かった。
 結果は火を見るよりも明らかだった。

 一人の人間の首を斬り飛ばすというのは、どれほどの技量が必要になるのだろうか。想像もつかない。
 首が宙を舞い、血が噴き出す。
 天高く舞い上がった血に汚れないように、柏田は素早く移動する。
 続けざまに刀を振る。

 心臓を穿ち、ねじり上げ、叩き落す。

 血が噴き出し、『奴ら』が道場の床のシミと化す。

 ここで、ようやく疑問が出てきてしまった。

「血が、噴き出す……?」

 なんだ。この違和感は。
 そりゃ、今みたいに人を斬っていれば血は傷口から噴き出すだろう。

 当たり前の事だ。
 でも、でもでも。

 俺は『奴ら』というのを、ゾンビの類だと感じ取っている。
 ゾンビというのは定義的には、死んだあと何故か動き続ける屍の事だ。

 死んでいるのになぜ動くという説明はなく、死してなお動くのか、それとも生き返るのか。
 それは分からない。

 それでもだ。
 それでも。

 柏田が舞う。
 猟奇的な笑みを浮かべながら、かつての家族同然であった連中を切り殺す。
 もう血を避けるのも面倒になったようだ。
 その小さな体にたくさんの血を浴び、刀を振るう。

 道場が血の海になる。
 それを後ろのでただ眺める。

 鬼神の如き強さの柏田が、刀を一回振るたび、一人殺す。
 骨があるはずなのに、なんなく切断して、部位破壊を容易にしていた。

 あっという間に数人を殺した。
 それでもすべてを殺す事は出来ない。
 それは人の領域を超えている。

 柏田の横を通り過ぎて、俺に向かってくるガタイのいいヤクザが来た。
 落ち着け。
 何がどうあれ、戦うしかない事は明白だ。

 今後、柏田におんぶにだっこで生きていけるとは、俺だって考えてはいない。
 絶対この両手を血に染める時が来る事だけは確かだ。

 それに俺の両手はすでに汚れている。
 たくさん殺した。
 仕方ないとはいえ、殺したことに変わりはない。

 後悔に暮れる間もなく、時間は過ぎていく。
 無情に過ぎる時の中で俺たちは決断し、戦わなくてはならない。

 それは形はどうあれ、日常でも非日常でも変わらない。
 何かしらの形で俺たちは戦い、勝負を挑む。

 スケールが変わっただけで、やる事は変わらない。
 ジャンルが変わっただけだ。

 命のやり取りをしているだけ。
 野生に返り咲いた。

 ただそれだけなんだ。
 これが、動物界の正しい姿だ。
 狩り狩られ。
 ただただ純粋な力の勝負。

「なんだ簡単なことだ」

 金槌を強く握った。
 何の事はない。
 この地球上の覇者は人間だ。

 そこにぽっと出の奴らに負けてなるものか。
 支配者たる所以は、道具の使用にある。

 使える物はすべて使って、生き残って見せる。

 気合を入れ直し、一気に『奴ら』の頭をぶち抜いた。
 『奴ら』の頭から血の華が咲き狂う。

「オォッ!!」

 手首を返してすぐさま頭を殴る。殴る殴る。
 なにがどうあれ。

 心臓が動いていようが!
 脳が機能しているかもしれないが!

 その事実を受け止めるのは、後だ。
 今は生き残る。
 命を脅かす連中に躊躇する必要はない。

 それが自然界の定め。

 目の前の人間だった奴が崩れ落ちた。
 もう死んだんだろう。

 次の奴に行こうとした時には、柏田が先に殺していた。
 柏田が真剣で背中から心臓を貫いていた。
 刺された奴が血を吹き出し、倒れた。

「邪魔するな」

 柏田に睨まれ、身がすくんだ。
 本気の目だ。

 狩る側の目。
 柏田は本気で、俺が一人殺したことに怒っている。
 なぜそこまで怒るのか。

「後ろに下がってて」

 首をクイッと動かし、下がれと動作で促される。

 命令には従う。
 柏田が戦った方が良いだろう。
 でも邪魔しているわけじゃない。

 金槌では危ない。
 ここは剣道の道場のようだ。

 木刀ならいくらでも置いてあった。
 走って取りに行く。

 金槌は捨てて、一本の木刀を手に取った。
 ずっしりとした重さだ。
 学校で使った竹刀とは違う。
 高級品のような密度。
 訓練用と言った方が良いだろうか。

 木刀の種類にはそんなに詳しくないが、木の種類で重い軽いがあるような気がする。
 これは重いと思う。
 人を殴ってもそう折れはしない。

「邪魔はしない。俺は俺の命を守る」
「それが邪魔だっていうんですよ」

 柏田が『奴ら』から距離を取って、苛立ち交じりに喋った。

「お前の邪魔って言う定義が分からない」
「ボクの獲物を取るな」
「お前が討ち漏らしたんだろうが」
「チッ!」

 本当に苛立っているようだ。
 正論に反論できなかったようだ。

 それでも柏田の獅子奮迅の働きは変わらない。
 あと数人。
 暴れているから、集まってきているが、その内殺せる。

 柏田の機嫌は取っておくべきだ。
 ここで暴れて、柏田がキレたら今後が危ぶまれる。

 ここは後ろの下がり、守りに徹するだけが吉だ。
 道場の端っこに寄って、木刀を構えるだけにする。

 柏田は道場のど真ん中で囲まれないように立ち回っている。
 大声を出して、自分に注意をひきつけていた。

「セァァァ!!」

 風切り音が刀から発生する。
 『奴ら』の腕が切られ、断面から出血している。
 これまた勢いが良い。

 やはり。
 危惧していたことが起こっている。

「最後の一体!!」

 ズバッと斬って、柏田は十人以上を全滅させた。
 足元に転がる人だったものの残骸。むせ返る血の匂い。

 この血の量こそが――。

 柏田がバッと振り返った。
 俺を指さしている。悪鬼羅刹を思わせる形相だ。

「今度からはボクがやる。ボクの獲物を取らないように」
「あ、あぁ。悪かった」
「分かればよし」

 柏田は血振りをして、鞘を拾い上げて刀をしまった。

「だが、俺が殺したのは、お前の討ち漏らしだ。そういう場合はどうする? 俺は黙って殺されろってことか?」
「む……」
「お前の意思は尊重する。お前の強さは俺の生存率に直結するからな」

 だが、と前置きして柏田を指さした。

「自分の失敗を棚上げして、他人を一方的に罵倒するな。腹が立つ」
「むぅぅ……」

 キッと睨むと、柏田は悔しそうな顔をした。

「全部殺したいのはいい。なら全部殺せ。それが完璧にできるなら、俺だって楽ちんだからな。でもそれは難しい。それくらい分かるだろ」
「まぁ……」

 柏田は不貞腐れたように、道場の床を蹴った。

「お前は殺したい。俺は自分の命を守りたい。利害は一致する。なのに軋轢が生まれる。何故か分かるか」
「もうわかりましたよ。ボクが悪いです。ごめんなさい」
「それでいい」

 柏田が刀を腰に差した。
 周りを見る。
 この道場ももう使い物にならないだろう。
 こんなに血で汚れてしまってはな。

「どこか違う部屋に行こう」
「そうですね」

 死体を乗り越えて、屋敷の中を歩く。
 移動の最中、当然のように無言だった。
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