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リベレイション 作者:tempester08

7 別れ

「結構ムズイ」

 木戸がハンドルを握りながら、ガチガチになっている。
 助手席から客観的にみているからこそ、アドバイスができるというものだ。
 実際俺が運転したら、木戸と変わらなくなるだろう。

「力抜け。前傾姿勢になってるぞ」
「マジでか。こ、こう……?」

 木戸が肩の力を強引に抜いて、背もたれに体を預けた。
 ハンドルを無駄に微調整する必要があるのかなんて思ったが、本人は真剣だ。
 あまりグダグダ言わないでおこう。

 俺も脱出したことに安堵して、周りの景色を見る余裕も出てきた。
 いつも通りの寂れ具合の街並みだ。
 普通の住宅街。二階建てやらマンションが立ち並ぶ一角に、俺たちの高校はあった。

 サイドミラーで後ろを見た。
 高校からたくさんの『奴ら』が沸き出ている。

 この辺ももう駄目だろう。
 それより、色々あり過ぎた。

 後部座席から柏田が身を乗り出してきた。
 顔が近すぎて、若干ビビる。

「警察署ってどこにありましたっけ? あまり記憶にないんですが」

 それもそうだろう。
 普通に過ごしていれば、警察に厄介になる機会はない。

 隣の木戸は運転で余裕がない。
 俺がカーナビで警察署を検索する。

 カーナビを操作すると、現在位置と目的地が表示された。
 目的地までの距離がはじき出された。

「五キロか」
「これを遠いとみるか、近いとみるか」
「笹瀬川」

 後ろから杏奈も笹瀬川もカーナビを覗き込んできた。
 二人に挟まれて、柏田が唸っている。

「車なら時間なんてかからないだろ」
「どうかしらね。今は車が空いてるからいいけど、どこかで車が一台でも放置されていたら、もうこの車も放棄するしかないわ」

 なるほど。
 この状況下で通常通り運転できるとは限らない。
 一台でも『奴ら』と事故ったら、その車は止まる。
 そうなれば大渋滞だ。

 そこに『奴ら』が襲い掛かれば、ひとたまりも無い。

「いや、そうでもないだろう。横道にそれればいい。裏から警察署を目指せばいいんだ。何も表通りから進む必要はない」

 俺の案に杏奈が反論した。

「えぇ。でももし狭い道で挟まれたら終わりじゃない?」
「そこは機動力を生かしてだな……」
「そんなテクニックが今の木戸にあると思う?」

 隣では必死の形相でまっすぐ進む木戸が目に入った。
 ないな。その前にバックの練習もした事が無いんだ。
 挟まれたら死んでしまう。
 そう思ってやっていないと駄目らしい。

「あの、もう進めないんですけど……」

 木戸がブレーキをゆっくりかけて、軽自動車を停止させた。
 大通りに差し掛かったところで、俺たちは立ち往生する事になった。

「これは、ひどいな……」

 大通りは滅茶苦茶になっていた。
 ニュースとかで見る玉突き事故が至る所で発生していた。
 爆発炎上している車もある。

 人はいないが、『奴ら』はいた。
 もうもうと燃え盛る車の陰に、うようよといる。

 今現在、俺たちは音を垂れ流している。
 エンジン音が『奴ら』を呼び寄せ、こちらに来ていた。

「おいおいおい。マズイぞ!」
「木戸戻りなさい!」
「ババババ、バック!?」

 完全にパニックになった木戸は、そのまま何の操作もする事なくアクセルを踏みぬいた。
 急激な発進の重力が、全身にのしかかった。

「うぉ!?」

 マジか。
 まっすぐ進んでやがる。
 ぶつか――!

 ガシャァン! と俺たちの乗る軽自動車はトラックの横っ腹に激突した。
 エアバックが作動して、車の中は白い袋で一杯一杯になっていた。

 そこまで距離がない事が幸いした。
 エアバックもちゃんと作動したし、打ち身程度だ。

 エアバックに顔を突っ込みながら、木戸が謝った。

「ご、ごめん……!」
「良いから出るわよ! もうこの車は駄目!」

 笹瀬川は左側から扉を開けて脱出した。
 杏奈は右。
 俺と木戸も何とか脱出する。

「木戸、もうパソコンは捨てなさい!」
「うぅぅ……」

 笹瀬川の命令に仕方なしと言った風に木戸は従った。
 それでも自分のパソコンだけは捨てないようだ。

 大通りからたくさんの『奴ら』が俺たちを狙っていた。

「行くぞ――て、柏田は!?」
「え!?」

 杏奈が車の中を覗き込んだ。

「気絶してる!!」
「なんだとぉ!?」

 杏奈をどかして、後部座席から中を見た。
 運転席と助手席の間で、柏田はぐったりしていた。

 くそ。
 場所が悪かった。
 勢いよく頭から突っ込んだな。
 それにこいつは、身を乗り出して遊んでいた。

 事故った拍子に慣性の力で吹っ飛ばされたか。

 こいつは残せない。
 こいつが覚醒すれば、確実に戦力になる。
 今この場で死ななくても、こいつがいなくなれば、絶対その内死ぬんだ。
 それを思えば、人一人くらい抱えたまま逃げるのだって余裕だ。

 柏田の足を引っ張りだし、外に出した。

「二人とも早く!」

 杏奈がせかす。
 待て。
 慌てさせるな。

 背中と膝裏に腕を通し、柏田を抱え上げた。
 こいつがチビで助かった。
 それでも予想以上に気絶した人間というのは重い。

「後ろ!」

 木戸が叫んだ。
 夢中で後ろに蹴りを入れた。
 柔らかい何かを捉えた感覚。

 『奴ら』の腹を蹴った。
 振り返り見れば、『奴ら』がうじゃうじゃと群がっている。

 無我夢中で走る。
 木戸と笹瀬川は先に住宅街に入っていた。

「杏奈、先に行け!」

 その言葉を聞いて俺たちを待っていた杏奈が、二人を追いかけはじめた。
 くそ。
 あいつはやっぱり早い。
 追いつけそうにない。

 これでは足を引っ張るだけだ。

「先に行ってくれ! 後で合流しよう!」

 笹瀬川は立ち止まり、即断してくれた。

「明日の五時! 近くのショッピングモールまで!」
「了解!!」

 杏奈が振り返ったが、笹瀬川に手を引かれて進んでいく。
 それでいい。
 秀が命を賭して守ったものだ。
 そう簡単に落としては困る。

 曲がる杏奈たちに対して、俺はまっすぐ進んだ。
 ここからは別行動。

 俺の命は、抱える少女にかかっていた。





 正直言ってどうやって生き残ったのか覚えていない。
 抱えた柏田の重みと後ろから迫る死の脅威。後ろからだけではなく、ときおり『奴ら』は前からも出てきた。
 住宅地も大通りと変わらず、『奴ら』は存在していた。

 どこをどう曲がって、どう進んだのかすら覚えていない。
 必死で、文字通り必死で走った。
 心臓が破裂しそうでも、足を止める事だけはしなかった。

 肺が酸素を求めても、脳が止まったら死ぬと警鐘を鳴らしていた。
 筋肉が悲鳴を上げた。日ごろの運動不足が悔やまれた。
 こういうことになるなら、俺も陸上部なりなんなり入っておくべきだった。

 そういう後悔も、生きているからこそできる醍醐味というものだろう。

「あーあ、どうすんだよ。これ」

 兎にも角にも、俺は杏奈たちと別れた後、生き残る事だけはできていた。
 スマホを見ると時刻は午後五時前。
 ショッピングモールに待ち合わせとしているが、あと24時間しか(・・)ない。

 ここがどこら辺かは、少しわかり辛いが、ショッピングモールはここから少し遠いだろう。
 こういう時、スマホの地図アプリは役に立つ。

「オォォォ……」

 俺は今現在、公園にいた。
 ここがどういう名前の公園かは分からない。
 俺はこの地域の出身ではないから、地理には詳しくない。

 遊具の一つである山の型をした滑り台の頂上にいる。俺の言葉で言うなら『富士山』の遊具だ。
 階段とかがある訳では無く、ただ反りのある坂があるだけの滑り台だ。

 経験者は分かるかもしれないが、このタイプの滑り台は助走をつけないととても登り辛い。
 ただ歩いて登ろうとしても、相当下半身の力が必要になる。

 それはただ人に襲い掛かる『奴ら』には難しい作業だったようだ。

「ゴフッ……!」

 『奴ら』は遊具の中腹で体勢を崩して、顔面からこける。
 角度のある坂はそのまま『奴ら』を下まで滑らせ、頂上の俺たちを絶対防御してくれていた。

「これで、一応は何とかなったが……」

 滑り台の周りにはかなり多くの『奴ら』がいた。
 今も俺たちを喰い殺そうと滑り台を上ろうとしている。

 だが、それも不可能なようだ。
 基本フラフラしているような連中だ。この坂はきついらしい。

 柏田を抱えてこの坂を上りきったところで、俺も限界を迎えていた。
 これ以上今は動きたくないし、安全地帯を確保したという事で、一旦休憩だ。

 静寂に包まれた公園の中で、『奴ら』が寄ってくる。

 今なら脱出できない事も無いが、その内きつくなるかもしれない。

「ま、俺一人だけの話だったらだがな」

 まだ気絶している柏田が起きれば、この状況を打破できる。
 しかしながら、そろそろ動けなくなる時間だ。
 春先の太陽だ。そろそろ沈む頃合いになる。
 太陽の角度も心許なくなり、辺りは暗くなり始めている。

 こうなれば移動は難しい。
 一晩、屋根も壁も無い場所で過ごすことになるだろう。

 春の外はまだ寒い。
 寝る事もままならないに違いない。

 すると、柏田が身じろぎして目を覚ました。 
 上半身を起こして、周りを見渡す。

「あぁ、もしかして……?」
「見たとおりだ」
「チッ。寝てたのか。やっちまった。他の人たちは?」
「後から合流する予定だ」
「合流、ね」

 柏田が周りを見る。

「あっちがどうなってるかはともかく、ボク達も中々にヤバいんじゃないかな。朝田先輩」
「今だけは大丈夫だ」
「笹瀬川先輩は今をどうにかしろって言ってたけど、こればっかりは先の事が心配になるよ」

 今も下では『奴ら』がこの滑り台を上ろうとしている。
 いつか登ってきそうで、肝が冷える。

「待ちか、突破か」
「突破に一票だぜ」
「その心は」
「今はこの数だからまだボクが、本気(・・)を出せば殺れる。でも、これより多くなると、突破は先輩を犠牲にする事になる。何より大事なのは自分の命だ。間違っても他人の命じゃない。その辺は理解してほしいな、朝田先輩。冷血漢とか言われても困る」
「当たり前だ。それくらい分かってる」
「よかった。で、それを踏まえるとですね。これ以上ゾンビ君たちの数が増えるのは困るんですよ。一点突破するときに、ゾンビ君たちに厚みが出ると困る。非常に困る。それはボクの生存率も下がるし、朝田先輩なんてあっという間にゾンビ君だ」
「だろうな。だが、この後暗くなるぞ。それはどうする気だ?」
「近くにボクの家があります。僕たちの最終目的は生きる事らしいけど、サブミッションに親に会う事も含まれてるんでしょ? 最初にボクの家に行きましょうか? 武器もありますよ」
「武器?」
「事情があるんですよ」

 柏田は立ち上がって、『奴ら』を見下ろした。
 腰に下げた包丁を二本取り出す。交差させた包丁の禍々しさと言ったらない。

「時は金なり。時間は有限です。生きるための時間を無駄にしてはいけませんよ。朝田先輩」
「まさに、その通りだ」

 俺も金槌を持って、柏田の隣に並んだ。

 そう。
 時間は大切だ。
 それは分かっている。

 でも。でも。
 俺はこんな事思っていいはずないのに。
 楽しくなり始めていた。

 今までの無味簡素で、刺激のない生活は無くなった。
 今は何をするにもスリルに溢れ、俺を楽しませてくれる。

 人を殺し過ぎて、感覚が麻痺してしまったのだろうか。
 金槌から伝わる衝撃ももはや生きるための糧となった。

 生きるためならば何をしても良い。
 躊躇してはならない。

 もはやあれは人ではない。
 それ以外の何か。

 柏田が何故躊躇しないのか少しだけわかった気がする。
 それも想像にすぎないが。

「なぜおまえは殺せる」
「そこに戦いがあるから」
「単純だな」
「ボクはこの世界が大好きだ」

 それだけ言い残して、柏田は満面の笑みを浮かべて突撃した。

「いい! いいよ! 君たち! やっぱりこれが生きてるってことなんだ!」

 柏田は狂喜乱舞して、『奴ら』の真っただ中に飛び込んだ。
 囲まれながらも、まるで後ろに目があるかのように正確に『奴ら』を仕留めていった。

 俺は坂を駆け下りて、一人の老人の頭をぶん殴った。

「ははっ!」

 普段ならこんな事できるわけもない。

 でも、今なら免罪符がある。
 俺も襲われている。
 命を狙われている。

 なんて、楽。

 笑いながら小さな子供の脳天を叩きつぶした。

「先輩、うるさいですよ」
「お前だって、笑ってばっかだぞ」
「これが笑わずにいられますか!?」

 柏田は体術を絡めて『奴ら』を圧倒する。
 これ以上暴れても良い事はないか。

「ここが潮時だぞ」
「もうか。命あっての物種か。ここは従うとしましょう。こっちです。先輩」

 柏田家に案内してくれるらしい。
 一点突破して『奴ら』を抜ける。
 こいつらは足だけは速くない。

 気を付ければ、きちんと対処できる。
 問題なのは、数と自分自身がパニックになる事だ。

 経験は積んでいる。

 あとは、武器の問題だ。
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