7 別れ
「結構ムズイ」
木戸がハンドルを握りながら、ガチガチになっている。
助手席から客観的にみているからこそ、アドバイスができるというものだ。
実際俺が運転したら、木戸と変わらなくなるだろう。
「力抜け。前傾姿勢になってるぞ」
「マジでか。こ、こう……?」
木戸が肩の力を強引に抜いて、背もたれに体を預けた。
ハンドルを無駄に微調整する必要があるのかなんて思ったが、本人は真剣だ。
あまりグダグダ言わないでおこう。
俺も脱出したことに安堵して、周りの景色を見る余裕も出てきた。
いつも通りの寂れ具合の街並みだ。
普通の住宅街。二階建てやらマンションが立ち並ぶ一角に、俺たちの高校はあった。
サイドミラーで後ろを見た。
高校からたくさんの『奴ら』が沸き出ている。
この辺ももう駄目だろう。
それより、色々あり過ぎた。
後部座席から柏田が身を乗り出してきた。
顔が近すぎて、若干ビビる。
「警察署ってどこにありましたっけ? あまり記憶にないんですが」
それもそうだろう。
普通に過ごしていれば、警察に厄介になる機会はない。
隣の木戸は運転で余裕がない。
俺がカーナビで警察署を検索する。
カーナビを操作すると、現在位置と目的地が表示された。
目的地までの距離がはじき出された。
「五キロか」
「これを遠いとみるか、近いとみるか」
「笹瀬川」
後ろから杏奈も笹瀬川もカーナビを覗き込んできた。
二人に挟まれて、柏田が唸っている。
「車なら時間なんてかからないだろ」
「どうかしらね。今は車が空いてるからいいけど、どこかで車が一台でも放置されていたら、もうこの車も放棄するしかないわ」
なるほど。
この状況下で通常通り運転できるとは限らない。
一台でも『奴ら』と事故ったら、その車は止まる。
そうなれば大渋滞だ。
そこに『奴ら』が襲い掛かれば、ひとたまりも無い。
「いや、そうでもないだろう。横道にそれればいい。裏から警察署を目指せばいいんだ。何も表通りから進む必要はない」
俺の案に杏奈が反論した。
「えぇ。でももし狭い道で挟まれたら終わりじゃない?」
「そこは機動力を生かしてだな……」
「そんなテクニックが今の木戸にあると思う?」
隣では必死の形相でまっすぐ進む木戸が目に入った。
ないな。その前にバックの練習もした事が無いんだ。
挟まれたら死んでしまう。
そう思ってやっていないと駄目らしい。
「あの、もう進めないんですけど……」
木戸がブレーキをゆっくりかけて、軽自動車を停止させた。
大通りに差し掛かったところで、俺たちは立ち往生する事になった。
「これは、ひどいな……」
大通りは滅茶苦茶になっていた。
ニュースとかで見る玉突き事故が至る所で発生していた。
爆発炎上している車もある。
人はいないが、『奴ら』はいた。
もうもうと燃え盛る車の陰に、うようよといる。
今現在、俺たちは音を垂れ流している。
エンジン音が『奴ら』を呼び寄せ、こちらに来ていた。
「おいおいおい。マズイぞ!」
「木戸戻りなさい!」
「ババババ、バック!?」
完全にパニックになった木戸は、そのまま何の操作もする事なくアクセルを踏みぬいた。
急激な発進の重力が、全身にのしかかった。
「うぉ!?」
マジか。
まっすぐ進んでやがる。
ぶつか――!
ガシャァン! と俺たちの乗る軽自動車はトラックの横っ腹に激突した。
エアバックが作動して、車の中は白い袋で一杯一杯になっていた。
そこまで距離がない事が幸いした。
エアバックもちゃんと作動したし、打ち身程度だ。
エアバックに顔を突っ込みながら、木戸が謝った。
「ご、ごめん……!」
「良いから出るわよ! もうこの車は駄目!」
笹瀬川は左側から扉を開けて脱出した。
杏奈は右。
俺と木戸も何とか脱出する。
「木戸、もうパソコンは捨てなさい!」
「うぅぅ……」
笹瀬川の命令に仕方なしと言った風に木戸は従った。
それでも自分のパソコンだけは捨てないようだ。
大通りからたくさんの『奴ら』が俺たちを狙っていた。
「行くぞ――て、柏田は!?」
「え!?」
杏奈が車の中を覗き込んだ。
「気絶してる!!」
「なんだとぉ!?」
杏奈をどかして、後部座席から中を見た。
運転席と助手席の間で、柏田はぐったりしていた。
くそ。
場所が悪かった。
勢いよく頭から突っ込んだな。
それにこいつは、身を乗り出して遊んでいた。
事故った拍子に慣性の力で吹っ飛ばされたか。
こいつは残せない。
こいつが覚醒すれば、確実に戦力になる。
今この場で死ななくても、こいつがいなくなれば、絶対その内死ぬんだ。
それを思えば、人一人くらい抱えたまま逃げるのだって余裕だ。
柏田の足を引っ張りだし、外に出した。
「二人とも早く!」
杏奈がせかす。
待て。
慌てさせるな。
背中と膝裏に腕を通し、柏田を抱え上げた。
こいつがチビで助かった。
それでも予想以上に気絶した人間というのは重い。
「後ろ!」
木戸が叫んだ。
夢中で後ろに蹴りを入れた。
柔らかい何かを捉えた感覚。
『奴ら』の腹を蹴った。
振り返り見れば、『奴ら』がうじゃうじゃと群がっている。
無我夢中で走る。
木戸と笹瀬川は先に住宅街に入っていた。
「杏奈、先に行け!」
その言葉を聞いて俺たちを待っていた杏奈が、二人を追いかけはじめた。
くそ。
あいつはやっぱり早い。
追いつけそうにない。
これでは足を引っ張るだけだ。
「先に行ってくれ! 後で合流しよう!」
笹瀬川は立ち止まり、即断してくれた。
「明日の五時! 近くのショッピングモールまで!」
「了解!!」
杏奈が振り返ったが、笹瀬川に手を引かれて進んでいく。
それでいい。
秀が命を賭して守ったものだ。
そう簡単に落としては困る。
曲がる杏奈たちに対して、俺はまっすぐ進んだ。
ここからは別行動。
俺の命は、抱える少女にかかっていた。
◇
正直言ってどうやって生き残ったのか覚えていない。
抱えた柏田の重みと後ろから迫る死の脅威。後ろからだけではなく、ときおり『奴ら』は前からも出てきた。
住宅地も大通りと変わらず、『奴ら』は存在していた。
どこをどう曲がって、どう進んだのかすら覚えていない。
必死で、文字通り必死で走った。
心臓が破裂しそうでも、足を止める事だけはしなかった。
肺が酸素を求めても、脳が止まったら死ぬと警鐘を鳴らしていた。
筋肉が悲鳴を上げた。日ごろの運動不足が悔やまれた。
こういうことになるなら、俺も陸上部なりなんなり入っておくべきだった。
そういう後悔も、生きているからこそできる醍醐味というものだろう。
「あーあ、どうすんだよ。これ」
兎にも角にも、俺は杏奈たちと別れた後、生き残る事だけはできていた。
スマホを見ると時刻は午後五時前。
ショッピングモールに待ち合わせとしているが、あと24時間しかない。
ここがどこら辺かは、少しわかり辛いが、ショッピングモールはここから少し遠いだろう。
こういう時、スマホの地図アプリは役に立つ。
「オォォォ……」
俺は今現在、公園にいた。
ここがどういう名前の公園かは分からない。
俺はこの地域の出身ではないから、地理には詳しくない。
遊具の一つである山の型をした滑り台の頂上にいる。俺の言葉で言うなら『富士山』の遊具だ。
階段とかがある訳では無く、ただ反りのある坂があるだけの滑り台だ。
経験者は分かるかもしれないが、このタイプの滑り台は助走をつけないととても登り辛い。
ただ歩いて登ろうとしても、相当下半身の力が必要になる。
それはただ人に襲い掛かる『奴ら』には難しい作業だったようだ。
「ゴフッ……!」
『奴ら』は遊具の中腹で体勢を崩して、顔面からこける。
角度のある坂はそのまま『奴ら』を下まで滑らせ、頂上の俺たちを絶対防御してくれていた。
「これで、一応は何とかなったが……」
滑り台の周りにはかなり多くの『奴ら』がいた。
今も俺たちを喰い殺そうと滑り台を上ろうとしている。
だが、それも不可能なようだ。
基本フラフラしているような連中だ。この坂はきついらしい。
柏田を抱えてこの坂を上りきったところで、俺も限界を迎えていた。
これ以上今は動きたくないし、安全地帯を確保したという事で、一旦休憩だ。
静寂に包まれた公園の中で、『奴ら』が寄ってくる。
今なら脱出できない事も無いが、その内きつくなるかもしれない。
「ま、俺一人だけの話だったらだがな」
まだ気絶している柏田が起きれば、この状況を打破できる。
しかしながら、そろそろ動けなくなる時間だ。
春先の太陽だ。そろそろ沈む頃合いになる。
太陽の角度も心許なくなり、辺りは暗くなり始めている。
こうなれば移動は難しい。
一晩、屋根も壁も無い場所で過ごすことになるだろう。
春の外はまだ寒い。
寝る事もままならないに違いない。
すると、柏田が身じろぎして目を覚ました。
上半身を起こして、周りを見渡す。
「あぁ、もしかして……?」
「見たとおりだ」
「チッ。寝てたのか。やっちまった。他の人たちは?」
「後から合流する予定だ」
「合流、ね」
柏田が周りを見る。
「あっちがどうなってるかはともかく、ボク達も中々にヤバいんじゃないかな。朝田先輩」
「今だけは大丈夫だ」
「笹瀬川先輩は今をどうにかしろって言ってたけど、こればっかりは先の事が心配になるよ」
今も下では『奴ら』がこの滑り台を上ろうとしている。
いつか登ってきそうで、肝が冷える。
「待ちか、突破か」
「突破に一票だぜ」
「その心は」
「今はこの数だからまだボクが、本気を出せば殺れる。でも、これより多くなると、突破は先輩を犠牲にする事になる。何より大事なのは自分の命だ。間違っても他人の命じゃない。その辺は理解してほしいな、朝田先輩。冷血漢とか言われても困る」
「当たり前だ。それくらい分かってる」
「よかった。で、それを踏まえるとですね。これ以上ゾンビ君たちの数が増えるのは困るんですよ。一点突破するときに、ゾンビ君たちに厚みが出ると困る。非常に困る。それはボクの生存率も下がるし、朝田先輩なんてあっという間にゾンビ君だ」
「だろうな。だが、この後暗くなるぞ。それはどうする気だ?」
「近くにボクの家があります。僕たちの最終目的は生きる事らしいけど、サブミッションに親に会う事も含まれてるんでしょ? 最初にボクの家に行きましょうか? 武器もありますよ」
「武器?」
「事情があるんですよ」
柏田は立ち上がって、『奴ら』を見下ろした。
腰に下げた包丁を二本取り出す。交差させた包丁の禍々しさと言ったらない。
「時は金なり。時間は有限です。生きるための時間を無駄にしてはいけませんよ。朝田先輩」
「まさに、その通りだ」
俺も金槌を持って、柏田の隣に並んだ。
そう。
時間は大切だ。
それは分かっている。
でも。でも。
俺はこんな事思っていいはずないのに。
楽しくなり始めていた。
今までの無味簡素で、刺激のない生活は無くなった。
今は何をするにもスリルに溢れ、俺を楽しませてくれる。
人を殺し過ぎて、感覚が麻痺してしまったのだろうか。
金槌から伝わる衝撃ももはや生きるための糧となった。
生きるためならば何をしても良い。
躊躇してはならない。
もはやあれは人ではない。
それ以外の何か。
柏田が何故躊躇しないのか少しだけわかった気がする。
それも想像にすぎないが。
「なぜおまえは殺せる」
「そこに戦いがあるから」
「単純だな」
「ボクはこの世界が大好きだ」
それだけ言い残して、柏田は満面の笑みを浮かべて突撃した。
「いい! いいよ! 君たち! やっぱりこれが生きてるってことなんだ!」
柏田は狂喜乱舞して、『奴ら』の真っただ中に飛び込んだ。
囲まれながらも、まるで後ろに目があるかのように正確に『奴ら』を仕留めていった。
俺は坂を駆け下りて、一人の老人の頭をぶん殴った。
「ははっ!」
普段ならこんな事できるわけもない。
でも、今なら免罪符がある。
俺も襲われている。
命を狙われている。
なんて、楽。
笑いながら小さな子供の脳天を叩きつぶした。
「先輩、うるさいですよ」
「お前だって、笑ってばっかだぞ」
「これが笑わずにいられますか!?」
柏田は体術を絡めて『奴ら』を圧倒する。
これ以上暴れても良い事はないか。
「ここが潮時だぞ」
「もうか。命あっての物種か。ここは従うとしましょう。こっちです。先輩」
柏田家に案内してくれるらしい。
一点突破して『奴ら』を抜ける。
こいつらは足だけは速くない。
気を付ければ、きちんと対処できる。
問題なのは、数と自分自身がパニックになる事だ。
経験は積んでいる。
あとは、武器の問題だ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。