6 鍵
別棟を出るとすぐそこに駐車場がある。
職員室から出て行ってすぐに駐車場に向かった。
今まで確信が持てていないのは、奴らが本当に目が見えていないかという事だ。
耳、聴覚だけで動いているのなら、やりようはある。
しかしそれを確認するには、並大抵ではない覚悟がいる。
「誰が最初に行く?」
笹瀬川が駐車場の現状を見て、誰か立候補を求めた。
駐車場にはそれはたくさんの『奴ら』がいた。
グラウンドからこちらに移動してきたのだろうか。
真相は分からないが、事実はたくさんの『奴ら』がいるということだ。
『奴ら』の視力が生きていれば、確実に見つかって、殺される。
ペンを投げて実験をしたが、まだ確実な確証は得られていない。
それは笹瀬川も同様だった。
恐らく耳しか聞こえていないはずなのだが、どうも自信が無い。
誰かが行かなくてはならない。
姿を現し、『奴ら』の視界に入る実験。
襲われなければ生きられるし、視覚がゼロだという確証が得られる。
恐ろしい賭けだ。
命を賭けている。
いや、今現在、昇降口から駐車場を覗いているこの状況も、命がけなのだ。
いつ『奴ら』が通ってくるか分からない。
早く動かないと、後悔する羽目になるかもしれない。
動け。行動するんだ。
誰かが行かなければならないのなら、一番犠牲になっても問題ない奴が行くしかない。
それは紛れもなく、俺だ。
「俺が行く」
「久志……!?」
杏奈が進み行く俺の肩を掴んだ。
「何であんたが行くのよ。まだ相談してないじゃない」
「その時間がもったいないんだ。そうだろ? 笹瀬川」
「そうね。行ってくれるなら助かるわ」
「笹瀬川さんまで……!?」
杏奈の手を振り払い、俺は刺又を持って駐車場へと足を進めた。
できるだけ音は立てない。
心臓の鼓動すらうるさかった。
史上最高レベルで心臓が高鳴っている。
これが恋……?
なんてアホなこと考えていないとやっていられない。
たくさんの車が立ち並ぶ。その間を『奴ら』が闊歩していた。
ゆらゆら。
目的が見えない。
ただ歩いているように見える。
突き進む。
ゆっくり。
じっくり。
ごくりと唾を飲み込んだ。
うるさい。
ばれたらどうする。
呼吸も止める。
ぐっとこらえた。
駐車場に足を踏み入れた。
『奴ら』が車の陰から突然姿を現した。
「……!!」
心臓が飛び出るとはこの事か。
致死性の物体が俺の前を通る。
まるで圧倒的強者に睨まれているようだった。
指の一本たりとも動かせない。
しかし。
『奴ら』が俺に襲い掛かってくる様子はない。
『奴ら』が俺を素通りして、駐車場のどこかに消えていった。
これなら。
足元に転がる石ころを拾った。
音をたてないように下手投げで、石を投げる。
地面に引かれていった石ころは、カツンとよく響く音を奏でた。
反応が起こった。
『奴ら』が音の発生源に向かって、ゆっくりとだが移動し始めたのだ。
これで、確定か……?
秀がいれば断言してもらえるのに。
……居ない奴の事を考えても仕方がない。
笹瀬川も居る。
この現場を見ていたはずだ。
後ろを振り返る。
手を振って、こちらに来いと合図した。
全員ゆっくり、足音を立てずに移動を開始する。
それぞれ武器を持って、油断なく俺の所まで来た。
「見えていないわね……」
笹瀬川もそう思ってくれたようだ。
それもそうだろう。
現在進行形で俺たちは姿を曝しているのに、『奴ら』は襲ってきているように見えない。
その辺をフラフラして、ただ歩いているだけだ。
杏奈が木戸の肩を叩いた。
木戸はコクリと頷いて、車のキーを取り出した。
ここからがネックになるだろう。
◇
出発する前に笹瀬川が作戦の危うさを示してきた。
「一番厄介なのは、恐らく音になるでしょうね」
この時点で『奴ら』は耳しか聞こえないという仮説は成り立っていた。
だからこそ、笹瀬川は危機を感じていたのだ。
「『奴ら』は唯一である聴覚をフルに使ってくるわ。それは私たちよりも鋭敏な感覚かもしれない。そして、問題になってくることがあるわ」
「足音?」
木戸が首をひねって疑問を解消しようとしているが、笹瀬川は首を横に振った。
「確かについて回る問題だけど、これは注意すれば最小限に抑えられるわ。私は今、目の前のことを言っているのよ」
「というとなんですか? ここからの脱出を言ってるんですか?」
柏田が早く行こうと言わんばかりに、職員室の扉に手をかけていた。
「それもある。だいたい『奴ら』の数の問題は解決されないわ。ここを出るにも命がけになる。けど、車を使うにはクリアしないといけない、一つの関門があるわ」
「俺、頑張って運転しますけど?」
「察しが悪いわね。その前の話よ」
笹瀬川が木戸のポケットに手を突っ込んで、車のキーを取り出した。
「これ、何に見える?」
「車のカギだろ」
「そう、車のカギ。赤外線タイプの。遠くから開錠が可能ね。これは利点の一つよ。けど、車のタイプによっては、障害が発生する場合がある」
一拍置いて笹瀬川が喋り倒す。
「まず私たちはどれがどの車か特定する必要がある。それは難しくないわ。このボタンをポチッと押せば、勝手に開錠される。あとは開いた車に飛び込むだけ」
「それの何が問題なんだ?」
遠まわしで話しているため、何を言いたいのか分からない。
しかし杏奈は何かに気付いたように、「あ!」と言った。
「気づいたわね」
笹瀬川がパチッと指を鳴らした。
「なんですか? ボク分からないんですけど」
柏田がムスッとした顔になる。
俺も分からないから、戸惑いを隠せない。
「見たことない? このタイプのカギで車を開けると、ピッピって車が音を出すところ」
「……そういえば」
確かにそういう場面は見たことがある。
「音が出るならまずい。『奴ら』に気付かれるぞ」
折角、車を使うという案が出たのに、今更こんな障害が出てくるとは。
「音が出ないタイプもあるはずよ。それに賭ける?」
確証の無いものに命を預けたくはない。
笹瀬川がニヤッと笑った。腹黒い笑いだ。
「案はあるわ」
実に頼もしい奴だ。
◇
木戸は早速キーのボタンを押した。
そして一つのミニバンがハザードランプを数回点滅させて、ピッピと音を出した。
『奴ら』が黒いミニバンに殺到する。
『奴ら』がほどよく、車に集まってきた。
笹瀬川が次の準備を促した。
「木戸、次よ」
「アイアイサー」
木戸は二つ目のキーを取り出した。
次はオレンジ色の軽自動車が開錠された。
しかし、開錠音が鳴り響いた。
電子音は空気を振動させ、『奴ら』の知覚に届いたみたいだ。
三つ目のカギはない。
ここはあの軽自動車に乗り込むしかない。
「ムーブ、ムーブ!」
笹瀬川が命令を出す。
簡単な英単語だから分かる。
意味を考えている内に、逆に冷静になれた。
動け。移動するんだ。
『奴ら』は黒いミニバンに移動していて、軽自動車からは距離が遠い。
距離にして三十メートル程度。
数秒で着く距離だ。
陸上選手の杏奈が真っ先に、後部座席に乗り込んでいる。
扉を開けて、笹瀬川と柏田を呼んでいる。
早くしないと、『奴ら』が来る。
走れ。走れ。
そこで、電撃的に致命的な失敗を思い出した。
「クソッ!」
気づいたからにはやらないといけない。
なんて浅い失敗。
車に全て目を奪われた。
軽自動車を素通りした。乗り込めない。少なくとも今は。
車に乗ろうとしない俺に対して、木戸が「早く乗れ!」と叫ぶ。
「門が開いてないんだ!」
それだけ言いながら、門まで疾走する。
くそ。刺又が邪魔だ。
しかしこれが俺の命綱。
門までたどり着くと、鍵がかかっていた。
しまった。鍵がついているのか。
南京錠だ。
カギなんて持っていない。
後ろを見た。
エンジン音がかかり、車に群がる『奴ら』と俺に来る『奴ら』に二分されている。
どれだけ引っ張っても南京錠が開く訳が無い。
腰に差していた金槌で南京錠を殴る。
「ッ! 壊れねぇ!」
何度も殴る。
ガンガンと金属音が周辺に鳴り響く。
後ろの『奴ら』が俺の位置を補足しているはずだ。
焦りが俺の背中を這いずり回った。
ぞわぞわする。
死が間近にまで迫っている感覚。
「ぶっ壊れろ!!」
狙いも定かでは無い一撃が、南京錠に激突した。
金属部分を割り、鍵が外れる。
後ろを振り返った。
すぐそこまで来ている。
立てかけた刺又を手に取って、一体の『奴ら』を押し込んだ。
体勢を崩し、転ばせる。
先頭の奴を狙ったので、後方にいた奴は躓いて転んでくれた。
「ラッキー……!」
少しだけ時間が稼げた。
その間に門を開く。
「ぬぅおらぁぁあああああああ!!」
横開きの門を一気に開かせる。全身の筋肉を使って、重い門が開いた。
よし。これなら車一台分は通れる。
しかし振り向いたとき、俺は死を確信した。
なんでこんなに近くに。
目の前に一体『奴ら』がいた。
「オォォォ……!!」
大口を開けて俺に噛みつこうとする。
俺は『奴ら』の両肩に手を押し返す。
しかし力はこいつの方が強い。
『奴ら』の顔が俺の間近まで来た。ガチガチと顎を閉じたりしている。
喰う気だ。
凄い力で押し込んでくる。
もう駄目かと思った時、パッパー! とクラクションが鳴らされた。
目の前の『奴ら』が音の方向を向いた。
今だ。
「オラァ!」
片足で『奴ら』の腹を蹴って、距離を取る。
腰に下げていた金槌を手に取って、思いっきり頭をぶん殴った。
一度ではなく、二度殴る。止めは車の衝突だった。
徐行レベルの速度だったが、それでもかなりの衝撃だったように思える。
『奴ら』は少し吹っ飛んで、動かなくなった。
車の激突が止めになったようだ。
窓から木戸がこっちを見て叫んだ。
「早く乗ってくれ! 『奴ら』が来てる」
「分かった!」
開いてる席は助手席だけのようだ。
車の反対側に回って、すぐさま乗り込む。
刺又は大きすぎて、置いて行かざるを得なかった。
「オーケーだ。飛ばしてくれ!」
「おっしゃ!」
オートマの車だったようだ。
これならゴーカートと変わらない。
アクセルとブレーキ踏むだけで、勝手に進んでくれる。
木戸はアクセルをふかして、一気に門を潜り抜けた。
バックミラーを見ると、大量の『奴ら』が俺たちを追いかけてきていた。
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