5 目的地
別棟には会議室など、職員に重要な施設が揃っている。
それはもちろんのこと職員室もだ。
その他、事務員が常駐する部屋などあまり生徒が寄り付かない。
別段使用する個所でもないので、小さな建物となっている。
そこまで移動するのも大変だった。
B棟を一回まで駆け下り、素早く静かに地上を移動した。
視界に入る『奴ら』。
生きている心地がしなかった。
行く手に『奴ら』が現れた時は、心臓が止まったのではないかと思うほど、ビックリした。
だが柏田が速攻で仕留める。
振り返る柏田の顔には余裕と侮蔑が見て取れた。
鼻で笑われた。
それでも、こいつは戦力になる。
にっこりと笑い返し、先に進んだ。
職員室の扉を開ける時が、一番緊張した。
放送室と職員室は併設されている。
つまり、放送の段階でここが襲われたという事だ。
一番最初に『奴ら』は、ここを訪れた。
でもここには武器がある。
刺又だ。
「ここにあるよな?」
独り言には誰も反応しない。
これは俺が悪い。
極力声は出さない方が良い。
でもだ。武器が少ない現状、手に入れておきたい。
「ボクにはそんなもの必要ありませんけどね」
知ってるよ。そんな事。
柏田は素知らぬ顔で、ガラリと扉を開けた。
「なっ……!?」
何やってんだ。
中には大量の『奴ら』がいてもおかしくないんだぞ。
「ふむ、つまんないです。誰も居ませんよ」
「本当か……!?」
「ほら」
中に入り込んだ。
本当に人っ子一人いない。
先生たちは全員この場から逃げてしまったようだ。
鍵という鍵を閉めて、完全に密室にする。
今この場はほぼ安全地帯だ。
柏田以外、一斉に安堵の息を吐いた。
それぞれ勝手に席に着いた。
テレビがあったので、状況を確認した。
真っ先にニュース番組が放映されていた。
それも緊急番組だ。
柏田以外食い入るように見守る。
内容は俺たちが把握する事情と変わらない。
何故か噛まれた人間が、他の人間に襲い掛かる。
中継画面には全国各地の様子が放映され、ニュースキャスターが襲われている瞬間も流れていた。
キャスターは落ちついて行動するように促し、戸締りに気を付けろと言っただけで、番組は終了した。
他の番組に変えてみたが、どこもやっている内容は変わらない。
これ以上音声を垂れ流すのは得策じゃない。
テレビを消すと、沈鬱なムードが漂った。
「どこも同じみたいね」
杏奈が口火を切った。
顔はまたしても蒼白になっている。
笹瀬川は少し腫れぼったい目で頷いている。
木戸も同じだ。
カバンからパソコンを出して、ネットにつないでいる。
「ネットもその話題で持ちきりですね」
「ま、そうだわな」
ニュースでもやっていたが、この事件は世界レベルだ。
どこの国でも同時多発的にこの病気が蔓延している。
一介の高校生にこれを解決する力はない。
誰も喋らない状況が何秒か続いた。
そこで、柏田が話し始めた。
「皆さん知り合いみたいですけど、ボク知らないんで。自己紹介くらいしてくれると助かるんですけど」
まったくだ。
俺だってそこまで知っているわけではない。
笹瀬川は小学生まで一緒だったが、中学からは違う。
下の名前も覚えていない。
「朝田久志だ。二年」
「同じく二年の神田杏奈よ」
「私も二年。笹瀬川鋭利」
「お、俺も二年。木戸卓」
柏田は頭を掻いた。困っているようだ。
「あら。皆さん先輩だったんですね。困ったな。皆年上か。結構失礼な態度取ってたからなぁ」
自覚があったのか。
「ボクは柏田凛です。さっきまでの事は水に流して、先輩方! 特に朝田先輩」
「いいよ、別に」
手をひらひら振った。
柏田はニッと笑って、職員室の奥の方を指さした。
「あっちに刺又ありましたよ。二本だけ」
柏田は奥へ行って、二本だけ刺又を持ってきた。
「男衆が使ってください? それが良いですよね?」
「そうね。筋力的考えても、デブの木戸の方が良いかもしれないわね」
「酷いな……」
木戸が若干引き気味な顔をしている。
笹瀬川は黙っていれば、それなりに可愛く見えるのだが。
如何せん、ズバズバ言う物言いが心に来る。
木戸はうなだれ、柏田から刺又を受け取った。
金槌より弱いだろうが、リーチの長さはいい。
当分使える武器だ。
それに殺さなくていいのも良い感じだ。
良心の呵責に悩まなくていい。
それを考えると、目の前の柏田という女子は恐ろしい。
何故あそこまで殺せる。
目があった。
「なんですか?」
ここは直球だ。
後々、禍根を残すべきじゃない。
「何故、そこまで強い……?」
若干、質問が悪かっただろうか。
柏田は悩んだような顔をする。
「強いと言われても。ボクが強いのは当たり前です」
そうか。
もういいや。
使える奴だと判断すれば、こいつの変な行動も目を瞑れる。
こいつはこの集団の中で最強だ。
こいつの働き次第で、俺たちの生存率が変化する。
「まぁいい。一緒に行動するか?」
「……う~ん。どうしよう」
迷うのか。この状況で。
まさか一人で行動しようなんて考えてるんじゃないだろうな。
「ボクの分のゾンビ君を残してくれるならいいですよ」
「残す残す。存分にやってくれ」
「オッケー。朝田先輩は話が分かるね!」
機嫌がよくなったようで、柏田はそこらにあったティッシュで体をふき始めた。
返り血を浴びてえらいことになっている。
体をふきながら柏田が会話する。
「ボクがいれば、死にはしないんじゃないですか? 囲まれたら流石にヤバいけどね」
「そう願うよ」
女子三人は奥へ行って、柏田の清掃を手伝うようだ。
俺と木戸だけ取り残された。
「よく生き残ったな」
「そっちこそ」
さぼり常習犯として、俺たちはよく会話していた。
俺は適当に時間を潰し、木戸はなにやらパソコンを弄っていた。
「なんかすんげー情報とかねーの?」
「ないなぁ。そんな都合のいいものが転がってるはずないだろ」
「それもそうか」
こんな会話も日常的に繰り返されていた。
そんな事も懐かしい。
テレビをもう一度つけて、音を最小限にした。
テレビでは全世界の現状が報道されていた。
どこもかしこも酷いものだ。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。
誰かが誰かを喰らい、そいつが『奴ら』と化す。
数分、ニュースを見ながら待っていると、杏奈たちが戻ってきた。
柏田だけジャージに着替えていた。
緑色のダサいジャージだ。
学校指定のジャージなんて、基本ダサいが。
ジャージの上からベルトを巻いて、隙間に包丁を差している。
どこかの剣客のようだ。
肌にうっすら残る赤い痕が、妙に生々しい。
「それで、これからどうする? ここに立てこもる?」
杏奈がそう提案した。
だが、それは悪手かもしれない。
「ここは別棟の二階よ? もしも囲まれたら逃げ道がないわ。すぐにでも移動した方が良い」
笹瀬川がそう反論した。
しかし杏奈も負けない。
「逃げ出してもそっちの方が危ないかも」
「たられば何て今は意味ないわ。今を生きないと、いつか死ぬの。先の事ではなくて、今を考えた方が良いわ」
そう言われて杏奈が納得したような顔をした。
職員室の出入り口は二か所。
この両方を押さえられたら、流石に柏田がいても突破は難しい。
「相手は即死属性持ちだからね。気を付けないと」
木戸が念を押す。
ゲームに例えるところが、あいつらしい。
木戸が数台パソコンを持ち出した。
カバンの中に突っ込んでいる。
「何してんの?」
「その内俺のパソもバッテリー切れるから。予備を貰っておこうかと」
「無いとダメなのか?」
「スマホないと困るのと同じ?」
「別に俺は困んないけど……」
「例えだよ。例え。社会人が携帯無かったら困るだろ? 俺はパソが無いと困るの」
俺たちの会話に笹瀬川が割り込んできた。
ギンと木戸を睨みつけている。
「持ってくのはいいど、邪魔だけはしないでよ」
「し、しないよ……?」
何故疑問形。
そわそわしながらも、パソコンを詰め込んでいる。
全員座って車座になった。
もうそろそろ昼だった。
先生たちの手荷物を漁って、弁当などを勝手に拝借した。
食べながら話す。
「これからどうする?」
笹瀬川が真っ先に意見を出した。
こういう時は助かる。
「脱出ね」
「向かう先は?」
「……それは応相談ね」
笹瀬川は困ったような顔を浮かべて、サンドイッチに齧り付いた。
「その前に、俺たちだけで行くんですか?」
木戸が手を挙げて発言した。
確かに。
「他に、生き残りはいないのか?」
「それが分かったら苦労しないわよ」
杏奈が勝手知ったるようにくつろいでいる。
お茶を入れて、笹瀬川と柏田に渡した。
俺と木戸の分はないようだ。
立ち上がって、木戸の分もお茶を入れてやる。
お礼を木戸からいただき、席に着いた。
柏田が手を挙げた。
笹瀬川が話を促す。
「ボクは戦えるならどうでもいいど、居るかも分からない人を探しに行くのは嫌だな」
「感情に直球な奴だ」
「正直者なんだよ、朝田先輩」
柏田は誰かの弁当を一つ食べきると、確保していたもう一つの弁当にも手を付け始めた。
ここにいる全員高校生だ。
食欲の化け物と言っていい。
全員二つ目に手を付け始めた。
黙々と食べる。
最後の晩餐みたいになっている。晩餐じゃないけど。
あと何回ご飯が食べられるか分からないのだ。
もしかしたら、もう二度と食べる機会は訪れない可能性もある。
「やっぱり」
笹瀬川が喋り始めた。
「保護を求めるのが良いと思うわ。警察とかに行きましょう」
「それはいいが。かなり遠いぞ」
「そこがネックね。外にも『奴ら』がいるとなれば、簡単には移動できない」
「自転車が限界があるよ」
杏奈が移動手段の限界を上げた。
自転車では、もしもの時、厳しいだろう。
うんうん唸っていると、ケロッとした風に柏田が提案した。
「別に車使えばいいじゃないですか。適当に借りましょうよ」
何を馬鹿なことを言っている。
と思ったが、あながちそうでもない。
もはや法的なものは関係ない。
今は生き残ることが重要なのだ。
躊躇して死んでしまいましたでは、話にならない。
「はい! 運転したいです!」
木戸が真っ先に手を挙げた。
誰も運転なんてしたことはない。
皮算用してもしょうがない。
車のキーがあったらの話だ。
幸い、ここには五人も人がいる。
もしかしたら車のキーもあるかもしれない。
「探す、か?」
恐る恐る提案した。
皆一様にうなずいた。木戸はやる気満々だった。
がちゃがちゃと机の中を漁る。
本当にあるのか分からないものを探すというのは、中々に苦痛だ。
時間が迫っているかもしれない。
すぐにでもここを出ないと、取り返しのつかない事になる可能性もある。
全員で探すこと数分。
木戸が嬉しそうに手を掲げた。
「あった!」
「大きな声出すな」
笹瀬川が注意した。睨まれた木戸は、一転して落ち込んだ顔になった。
騒がなければよかったのに。
しかし見つけたのは大きな功績だ。
「これで、車は確保できたな」
「やったね」
杏奈もほっと胸を撫で下ろしている。
「あとは、行き先だけか」
テレビでは外に出ないで下さいと言うニュースで溢れかえっている。
それに逆行しようとしている。
不安が無い訳では無い。
それでも。
死ぬわけにはいかない。
理由はない。
でも死にたくない。
当たり前だ。
当たり前なんだ。
生きていたいし、死にたくない。
当たり前の欲求だ。
「まずは目的を持つ事よ」
笹瀬川がそう提言した。
「何もやる事が無いと、私たちというチームは瓦解するわ。各自、最低限の目標はあるでしょ?」
それは生きたいという事だろうか。
「それをすり合わせるの。チーム全体の意志として、何か目標を立てる。意義がある人?」
黙って聞いていた柏田が笹瀬川に質問した。
「それは複数あってもいい?」
「できるだけ一個が良いわ。あっちにこっちに行くことになったら、本末転倒よ。最終目的は生き残ること。道すがら、何かする。何もする事が無いと、人間やる気が無くなるわ」
杏奈が「親」と言った。
「両親に会いたい」
誰もが黙った。
笹瀬川も少し黙りこんだ。
口に手を当てて、何かを考えている。
親か。
確かに、さっき連絡したが安否確認はできていない。
普段は鬱陶しいだけだが、こういう時になるとそうでもないかもしれない。
肉親だ。
心配にもなる。
だが生きているとは思えない。
この状況を生き残るには、相当の運と実力がいる。
もっと具体的にあげるなら、武力だ。
俺たちは『奴ら』に対して、圧倒的に武力が欠けている。
現代社会で圧倒的多勢に対して、刺又で挑む奴があるか。
考えが跳躍していると、笹瀬川が決を採った。
「親に会いたい。これでいいかしら?」
特に異議は出なかった。
「どこに向かう?」
「警察署」
杏奈が代案を出した。
「それか自衛隊駐屯所?」
「ここらへんに駐屯所なんてあったか?」
木戸がパソコンで調べる。
「海沿いにあるみたいですよ」
「どっちに行く?」
笹瀬川が考える。
そこで思い出した。
「そういえば、さっき自衛隊のヘリを見た。秀は」
そこで言葉を飲み込んだ。
少し気持ち悪かった。
でもここでそんな弱音を吐いても仕方がない。
「秀は何かの任務かもしれないって」
「……なるほど。ライフラインの維持の任務か。その線はアリね」
笹瀬川の総合的な意見を待つ。
「警察署に行きましょう」
「何でですか? 自衛隊の方が強そうじゃないです?」
柏田が鉄砲の形を作って、「バァーン」と言った。
「自衛隊が任務に出ているなら、治安維持に駆り出されてるのは警察よ。それなら最初から警察を頼った方が良い」
「なーる」
柏田が納得したように、背もたれに体を預けた。
最終確認をする。
「運転は木戸。任せた」
「任された」
「目的地は警察署だな」
「えぇ」
簡単だ。
生き残る。
これが肝要だ。
「行こう」
命を賭けた戦いが、始まる。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。