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リベレイション 作者:tempester08

4 正しいくぎ打ち機の使い方

 一階を目指しながら階段を下りていると、激しい足音が二階の階段付近まで聞こえてきた。
 誰かが走っている。

 どうするか迷っていると、杏奈が先に階段を駆け下りていった。
 武器も何も持っていないくせに、無駄にアクティブだ。
 もうそろそろ慣れてきたということだろう。
 慣れ、か。

 この状況になんて慣れたくない。

 階段を駆け下りる杏奈の背中を追いかける。
 二階まで降りると、包丁を持った小さな女の子と鉢合わせした。

 包丁と女の子のコラボは是非、台所で見たかった。
 学校の廊下で包丁を持ち、返り血を浴びている女の子を見た瞬間、体が固まった。

「なっ……!」
「ゾンビ君じゃないみたいですね。つまんないです」

 余裕綽々といった体で、女の子は階段を上っていく。
 すると、また階段を上ってくる人がいた。

 少女はたくさんの『奴ら』を引き連れていたのだ。
 ゆっくりではあるが、階段を上ってきている。

 一も二も無く逃げ始める。
 階段を駆け上がり、一階に行くことを放棄した。

「マジかよ……!」
「最悪……」

 杏奈も毒づく。

 階段を上りきると、その場で待ち構えた。
 こっちは階段の上側だ。ちょっとほうきで押すだけで良い。殺す事はない。
 勝手に死んでくれることを祈る。

「オラァ!」

 叩くというより、押す。
 上ってきそうな『奴ら』の体をほうきで突いて、階段から落とす。
 突かれた『奴ら』は、階段を転げ落ちて、他の『奴ら』も巻き添えにした。

 ドタタッと嫌な音がした。人が階段を転げ落ちる音など聞いた事が無かったが、あまり聞きたくない部類の音だった。
 一旦はこれで落ち着いた。
 しかしすぐに違う方向から悲鳴が上がった。

「む、戦いの気配! いざ行かん」

 包丁を持った小さめの女の子が、二階の廊下の奥へと駆けだす。
 早い。
 廊下にも『奴ら』がいるにもかかわらず、するすると間を縫うように走っている。
 そしてあわよくば、喉を斬って殺している。
 すれ違いざまのその一撃には、芸術性があった。

 完璧な抜き打ち。
 包丁がここまでの凶器だと思っていなかった。

 喉を掻っ切り、少女は走り抜ける。
 すぐに見えなくなった。

 廊下の奥では今も叫び声がしている。
 女の子が助けに行ったのに、男の俺が行かないなんて、あっていい事なのか。

 杏奈と視線を交わした。
 こういう時、秀ならどうするだろうか。

 秀。
 話したい。

 声を出してくれよ。
 でもできないよな。
 分かってる。

 死んでしまったんだ。俺が殺した。
 胸に穴が開いたように、痛む。
 空洞が出来て、その中に鉛を流し込まれた様に、胸が重かった。

 これが殺人の重さ。

 本当ならここですべて吐き出したい。気持ち悪い。
 でもそんな事していたら、『奴ら』の餌食だ。

 幸い、廊下の連中は音のする方に反応している。

「もしかして、音にしか反応しないのか?」

 さっきまで身を隠しながら行進していたが、それは奴らには当然のように視覚があるからだと思ったからだ。

「ちょっとそのペン貸してくれ」
「え、いいけど」

 杏奈はは胸ポケットから一本の黒ボールペンを俺に渡した。
 百円で買える安物で普通のボールペンだ。
 これでいい。無くしても後悔するものではない。

 廊下の角から、ボールペンを窓ガラスめがけて投げつけた。
 カツンという音が、同心円状に伝播した。
 叫び声しかしない校内に、もう一つの音が混じった。

 近くにいた『奴ら』が音に敏感に反応した。
 音がした方に振り返り、そのまま窓ガラスに突き進み、止まることなく壁にぶつかった。

「これで証明されたな」
「目が見えてない?」
「多分な」

 もっと言えば、触覚も無いかもしれない。嗅覚、味覚もだ。
 それほど『奴ら』の動きは単調だった。

「助けに行くか。今は一人でも多い方が良い」
「……そうね」

 有無を言わさずゆっくり、焦らず、歩き出した。
 杏奈も音を出さない方が良い事は理解していた。

 それでも小走りになり、その内全力疾走になる。
 タタタッと駆け出し、今も悲鳴上がる元へ。

 数体の『奴ら』の横を潜り抜け、戦場へとたどり着いた。

 そこでは何体もの『奴ら』が群がり、3人の人を襲っていた。
 一人はさっきの包丁を持った少女。

 たった一本の包丁でバッサバッサと首を斬り、止めにもう一撃首筋に包丁を突き立てる。

 まったく躊躇が無い。
 殺人だと思っていない節があるようにすら思えた。

 例えるなら、蚊を殺すような。
 そんな感じで『奴ら』を殺している。

 『奴ら』を斬る少女の体は真っ赤に染まっている。
 その後ろでほとんど何もできていない奴が二名。
 それでも男の方は頑張っている。

「さささ、笹瀬川さんもやってよ……!」

 男は金槌を振り廻し、『奴ら』の頭を砕いている。
 あれはいい武器だ。
 リーチこそ短いが、一撃必殺の威力を秘めている。

 しかし男の体は脂肪で肥え太り、あまり動きが良くない。
 比べるまでも無いが、少女の方が活躍している。

 それにあいつ知っている。
 サボりすると、偶にパソコンいじってる木戸だ。

「木戸!」
「あぁ! 朝田君! 助けてくれ、もう限界だ」

 神でも降臨したかのような目で見られても困る。
 木戸の後で固まっているのは、学年で一番頭がいい笹瀬川か。
 懐かしい奴と会うものだ。

 二人とも金槌を握っているが、笹瀬川の方は何もできていない。
 目の前の光景についていけていない。
 そんな風に感じた。

「ん、来ましたね。ここは私の独壇場です。邪魔しないでいただきたい」

 包丁少女はまた一人に止めを刺した。
 さも当然のように殺している。
 動きも軽やかだし、違和感が全くない。

 普段から訓練している者の動きだ。
 素人目から見ても達人の域にいると感じた。

 派手に暴れる少女に『奴ら』が群がる。
 少女は包丁を巧みに操り、『奴ら』を刺し貫く。

 その手さばきは感嘆に値した。
 ため息が出るほどだ。
 恐らくだが、肋骨の間を縫って、心臓を破壊している。

 包丁を引き抜くと、噴水のように血が噴き出した。
 少女はひょいとそれを避けて、掌底で顎を殴った。
 ぐらりと『奴ら』が倒れた。

「すげぇ……」

 殺人に恐怖感を抱いていない事もだが、あの動き。
 ほれぼれする。
 あいつに本格的な武器を与えたらどうなるのか。
 想像もできなかった。

 その時、ドンと肩を叩かれた。

「あんたも行きなさいよ。男でしょ!」

 杏奈が俺の肩を叩き、突き飛ばす。
 つんのめるが、それをどうにか制御して、ほうきで一体の『奴ら』を殴った。

 くそ。ほうきじゃ決定打にならない。
 何かほかの武器が欲しい。

「笹瀬川!」
「え……」
「それ寄越せ!」
「それって……?」
「そのハンマーだよ! 金槌!? 何でもいいから俺に貸せ!」
「わ、分かった……」

 笹瀬川はひょいと金槌を投げてよこした。
 ほうきを投げ飛ばし、両手で金槌をキャッチした。
 全長二十センチほど。
 先端には金属部分。
 正真正銘金槌、ハンマーだ。

 これだけ点が小さければ、人を殴った場合どうなるか。
 やってみればわかる。

 秀を殺すわけじゃない。
 心は楽だった。

 ただ生き残るため、人を助けるため。
 そう思えば、この殺しも正当化されるのだろうか。

 分からない。
 法律には詳しくない。
 それでも危険なのは『奴ら』の方だ。

 噛まれるだけで『奴ら』、俗にいうゾンビになってしまう。
 躊躇していたら、俺も『奴ら』になる。秀と同じように。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

 後ろから全力で『奴ら』の内の一体の後頭部を殴った。
 何かを砕く感触が手に伝わってくる。
 二度とやりたくないような感触だ。

 石を殴ったような。それでいて少しだけ柔らかい。そんなものを殴ったような感覚。
 最悪だった。

 でも、それでも、効果はてき面だった。
 殴った奴の頭は陥没して、行動不能に追い込んだ。
 続けざまに金槌を振るう。

 ゴッと嫌な音がする。
 舌打ちされた。
 包丁少女だ。

「私の取り分だ!!」

 少女は次々に『奴ら』を刺し殺す。
 体中で赤くない場所は無いくらい汚れていた。

 そして俺が一体でも『奴ら』に攻撃すると、激高する。
 まるでおもちゃを取られた子供のように。

 不安定な少女を見ながら、それでも尻込みする訳にはいかない。

 金槌を振るっていると、杏奈も戦闘に参加してきた。
 俺が捨てたほうきを手に取って、『奴ら』を殴りまくる。
 それでも『奴ら』はそう簡単には止まらない。

 それをわかったのか、杏奈はすぐに攻撃方法を切り替えた。
 足元を狙い、転ばす事に終始し始めた。
 足を引っ掛け、すくい上げる。
 奇しくも、俺が秀を殺した方法と一緒だった。

 あまり見たくない。
 顔をそむけ、目の前の『奴ら』を殺す事に集中する。

「木戸、大丈夫か!?」
「ももも、もう無理……! 死ぬ!」

 木戸はもうパニック状態だった。
 多数の『奴ら』に囲まれ、打つ手なしの状態だ。 
 金槌を振るっているが、もうやけくそになって、頭を狙っていない。
 ブンブン振るだけだった。

「来るなぁ! 来るなぁぁっ!」

 脂肪ででっぷり太った腹が揺れる。
 その後ろでは借りてきた猫のように大人しくなった笹瀬川。

「笹瀬川、しゃんとしろ!」

 それでも、あまり反応が無い。
 まだあそこまで行けそうにない。

「ちびっ子!」
「誰がチビだコラァ!」

 包丁少女が一体の『奴ら』を刺し殺した後、こっちを睨んできた。 
 禁句だったようだ。

「あいつら守ってやれ!」

 少女はチラッと笹瀬川と木戸を見たが、興味なさそうにまた殺戮に戻っていった。

「マジかよ……! 無視ってなくないか……!?」

 金槌で殴る。前へ行こうとするが、『奴ら』の数が多すぎる。
 一人殺すのだって時間がかかる。
 あの包丁少女のように俺は強くない。

 すでに息が切れいている。

「ハァッ……くっそ!」

 前に進めない。

「笹瀬川さん!」

 杏奈も叫ぶ。

「笹瀬川ァ!」

 そこでようやく笹瀬川がはっとした。
 きょろきょろして、状況を把握しようとしている。

 だが把握した所で、できる事はない。
 今は木戸が全力で金槌を振るっているから、何とかなっているだけだ。
 もうすぐ壁際まで追い込まれる。
 そうなれば、絶対死ぬ。

 笹瀬川が肩から下げたカバンに手を突っ込んだ。
 くぎ打ち機だ。ガス式のくぎ打ち機。
 しかしあれでは近づかないと、くぎが発射されない。

 最近のくぎ打ち機には安全装置がかかっている。
 くぎを打ちたい対象に接触しないと、くぎが発射されないのだ。
 間違ってもくぎが飛んでいくことはない。

 しかし笹瀬川はすぐに左手に金槌を握った。
 右手にくぎ打ち機、左手に金槌。

 武装するが、前に出ようとしない。
 震えている。
 駄目だ。
 結局は人を殺すと言いう覚悟が無いと、『奴ら』は倒せない。

「包丁女!!」
「チッ、うっさい人ですね」

 包丁少女がもう一本、腰から包丁を取り出した。
 二本握ってそのまま渦中に飛び込んでいく。
 回転でもするかのように舞い、あっという間に三人も殺した。

 本当になんなんだ、あいつ。

「ざっとこんなもんかな。ボクの実力は」

 くるりと包丁を弄び、木戸と笹瀬川の前に躍り出た。
 いいぞ。
 あの鬼のように強い女がいれば、何とかなるという安堵感がある。

 それでも数は増える一方だ。
 派手に暴れているし、すぐに移動した方が良い。

 それに一人強い奴がいても、全てをカバーできるわけではない。
 一体の『奴ら』が笹瀬川に襲い掛かっている。

「包丁!」
「ボクは柏田だ!!」
「柏田!」
「今は無理だって!」

 柏田という包丁少女は、もう一体『奴ら』を刺し殺す。
 だが焼け石に水。
 とても自分以外の身を守れる状況じゃない。

 なお笹瀬川に近づく。笹瀬川は尻餅をつきそうになるのを必死でこらえ、『奴ら』を思い切り睨んだ。

「……あぁ!!」

 決死の覚悟で左手に握った金槌で、『奴ら』の膝を殴った。
 『奴ら』の体勢が崩れ、膝をついた。

 笹瀬川はすぐに右手のくぎ打ち機を、『奴ら』の額に当てた。
 確かに、あれなら安全装置が解除される。

 バシュというガスが抜ける音がした。
 撃ち抜かれた『奴ら』は、仰向けに倒れた。
 額にはくぎが一本刺さっていた。

 そろそろ『奴ら』の数も打ち止めになってきた。
 逃げるなら今だ。

「おい、逃げるぞ!」

 殺すのではなく、ただ体勢を崩すだけを目的に『奴ら』を殴った。
 これでいい。
 柏田のように上手くはやれない。

「……仕方ありませんね。そろそろ潮時みたいですし。満足しました」

 柏田は最後の一体を切り殺し、包丁をしまって走り出した。

 その後ろでへろへろになっている木戸も、何とか走り始めた。
 笹瀬川も独り言をつぶやきながら、涙を流している。
 罪悪感を感じているのだろうか。

 それが普通だ。
 しかし乗り越えなくてはならない。
 これからこれが日常になる。

「杏奈も行こう」

 杏奈も引き連れて、階段を駆け下りた。
 俺たちは別棟の職員室に逃げ込むことになった。
日間118位でした。
『リベレイション』をこれからもよろしく。
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