Return to the talk Return to talk

Transcript

Select language

Translated by Satoshi Tatsuhara
Reviewed by Natsuhiko Mizutani

0:11 ほんの数分前 ここから10ブロックの所で こんな写真を撮りました オックスフォードにあるグランドカフェです なぜ撮ったかといえば 1650年にイングランドで はじめて開業したコーヒー店だからです すばらしく由緒ある店です これをお見せしたいと思ったのは 歴史あるイングランドで スターバックスみたいなものを 紹介したいからではなく イングランドのコーヒー店が これまで500年にわたって 知的創造の発展と普及 つまり啓蒙運動の 中心的役割を担ってきたからです

0:47 啓蒙運動の発生にあたって コーヒー店が大きな役割を果たした背景に 出される飲みものが絡んでいました なぜなら コーヒーや紅茶が 英国文化に浸透するまで 上流階級も 一般大衆も 朝から晩まで毎日 酒を飲んでいたからです 昼間から好んで酒を飲んでいました 朝食でビールを少し 昼食でワインを少し 特に1650年ごろにはジンを飲み 夜はビールとワインで仕上げました 水が安全ではなかったので 衛生的な正しい選択でした つまり コーヒー店ができるまでは 市民全員が一日中 酔っぱらっていたといえます 一日中 酒を飲んでいたら そういう方もいらっしゃるでしょうが どうなるか想像がつくでしょう ところが たるんだ生活をカフェインで覚醒すれば いいアイデアが浮かぶようになります 頭が冴えて注意深くなります ですから イングランドで紅茶やコーヒーを飲み始めて 素晴らしい革新が起きたのは当然なのです

1:48 コーヒー店が重要な理由は他にもあります それは空間構造です さまざまな経歴の人たち さまざまな分野の専門家が この空間を共有します マット リドリーが言う アイデアがセックスする空間です 夫婦が寝るベッドのようであり ここでアイデアが交じり合います この時代に生まれた膨大な数の革新を紐解くと その歴史のどこかにコーヒー店が関わっています

2:12 この5年間 多くの時間を費やして コーヒー店について考えてきたのは こんな疑問の答えを 探し求めているからです 「良いアイデアはどこで生まれるのか?」 どのような環境から たぐいまれな革新や たぐいまれな創造が生み出されるのか? 創造性をはぐくむ環境とか 空間とはどのようなものか? そこで私は コーヒー店のような環境を調べたり インターネットのように革新が相次ぐ メディア環境を調べたりしてきました その歴史が始まった地を訪れたり 生物学的な革新が次から次に生じる サンゴ礁や熱帯雨林といった 生物環境も訪れ こういったあらゆる環境で 共通して見られる徴候を 探し求めてきました 私たちの生活、組織、環境などに応用したときに もっと創造的で革新的にできるような 共通のパターンは あるのでしょうか? いくつかありましたが

3:12 これを理解し これらの本質を真に理解するためには 従来の比喩や表現に見られる アイデアの創造を 特定の概念に結びつけるような 多くの思い込みを 捨てる必要があります アイデアが生まれる瞬間を 表現する言葉は豊富にあります 「閃光が走る」 「脳天を打つ」 「神が舞い降りる」、「ひらめいた!」 「光が灯る」 などがありますね。 見て分かるように 全ての概念が大げさに誇張されていますし いずれの概念も アイデアは単独で存在し 素晴らしい光を受けた瞬間に 浮かび上がることを前提にしています

3:55 でも実際は 個別要素のネットワークだと 申し上げたいのです そう考えてもらったほうがよいのです 頭の中ではそうなっているからです 脳内で協調を取りながら伝達し合うニューロンの 新しいネットワークが 新しいアイデアなのです 今まで構築されていなかった新しい組み合わせです では どんな環境に置かれた脳が 新しいネットワークを構築しやすいのでしょう? 実は 外界に見られるネットワーク構造は 脳内のネットワーク構造と 似通っていることが分かっています

4:28 好きな逸話があります 1650年代から時代は下り 最近の素晴らしいアイデアにまつわる お話です ティモシー プレステロという素晴らしい人物が デザイン ザット マターズという組織を運営しています 途上国での幼児死亡率といった悲惨で 猶予のない問題に取り組むため 設立された組織です こんなことで困っていました どこであっても 近代的な新生児用の保育器を使い 未熟児を暖めてやることで その環境の幼児死亡率を半減できます その技術はすでに存在します どの先進国でも一般的なものです 問題なのは それを4万ドルで購入して アフリカにある中規模の村に 送ったとしても 1年や2年はとても役に立ちますが その後は どこか調子が悪くなって壊れてしまい 壊れたまま放置されます 予備の部品の流通システムもなく 4万ドルの装置を修理するような 現地の技術者もいないからです お金をつぎ込んで 援助や最新機器を送っても無駄になる そんな問題に行き当たるのです

5:40 プレステロたちは良く考えて 途上国で十分に行き渡っているものは何か? という点に注目し ビデオも電子レンジも あまりないけれど 車を走らせるための メンテナンスはうまく行われていると気づきました どこでもトヨタのハイラックスが 道を走っていますから 車をメンテナンスする技術者ならいるようなので こう考えました 「車の部品だけで 新生児用の保育器を作れないだろうか?」 出来上がったものがこちら 改良型保育器です 西洋諸国の近代的な病院にあるような 普通の保育器と一見同じですが 中身はすべて車の部品です ファンを使い ヘッドライトを熱源にして ドアベルを警報装置にしています カーバッテリーで動作します トヨタ店舗から予備部品を入手できて ヘッドライトを修理できるなら この保育器を修理できます 素晴らしいアイデアですが 私が言いたいのは この話が アイデア創出の示唆にあふれていることです 4万ドルの最新保育器のような 先端技術の結晶を 飛躍的アイデアだと思いがちですが 身近に落ちている何らかの部品でも 組み立てられることが多いのです

6:46 私たちは人からアイデアをもらいます コーヒー店で偶然会った人からアイデアをもらって 新しい形態に縫合して 新しいアイデアを生み出します そうやって革新が起きるのです つまり革新や熟考とは何かについての 概念を一部変える必要があります 熟考といえばこんな姿でした こちらはケンブリッジ時代のニュートンとリンゴです 像はオックスフォードにあります 座って熟考したり リンゴの落下を見て 万有引力の法則に気づいたりします でも 歴史的にみると革新を生み出す空間とは 実はこのような姿をしています 酒場での政治的な集まりをホガースが描いたものです 当時のコーヒー店もこのような様子でした 混沌とした状況で アイデアが飛び交い さまざまな立場の人が集まって 新しく 面白く 予測不能な衝突が生まれていそうです より革新的な組織を作りたいなら 変に思えてもこれに少し似た空間を作ったほうがいい 皆さんのオフィスをこうしたほうがいい それが私のメッセージです

7:43 この分野の調査では 自己申告があてにならないという 問題があります どこで良いアイデアを思いついたか 最高のアイデアはどう生まれたかを 聞くときの話です 数年前にケビン ダンバーという偉大な研究者は やり方を変えて 監視に基づく手法で 良いアイデアが生まれる場所を調べました 世界中の研究所をたくさん訪れて 研究者全員の挙動を 全てビデオ撮影しました 顕微鏡の前に座っているところや 冷水器の脇での同僚との立ち話も 会話を全て記録し どこで一番重要なアイデアが生まれたか 見つけ出そうとしました 研究室の科学者のイメージといえば 顕微鏡ごしに何かを垂らして サンプル細胞の状態を見ながら 「ひらめいた!」と叫ぶというものですが

8:33 ダンバーが実際にテープを見てみると 実は 重要な飛躍的アイデアのほとんどは 研究室の顕微鏡を前に一人で思いつくのではなく 毎週開かれる研究室の会議で 生まれていました 会議では 全員で最新データや成果を持ち寄り たびたび 失敗、エラー、 観測信号に含まれるノイズなども持ち寄っていました 私は こういった環境を 「流動的ネットワーク」と呼んでいます ここに さまざまなアイデアが集結し 立場や興味を異にする人たちが集まり 互いに意見を交えるのです この環境こそ 革新につながる環境です

9:10 まだ別の問題もあります 誰もが短期間で 革新を遂げたことにして 「ひらめいた!」瞬間の物語として伝えたがります 「立っていたら突然浮かんだ」 と言いたいのです でも実際に 過去の記録を調べてみると 重要なアイデアの多くに とても長い熟成期間があったことが判明しました 「ゆっくりとした予感」と呼べるものです 最近よく 予感や直感や 一瞬のひらめきについて耳にしますが 実際には 素晴らしいアイデアは ときに何十年も 心の奥でくすぶっています 興味を引く問題に気づいていても それを解き明かす術が全くないのです ずっと何かの問題に取り組んでいても 別の興味を引くものが気になるのに 決して解決できないのです

9:59 ダーウィンはうってつけの例です 彼は自伝の中で 自然淘汰のアイデアを 思いついた いわゆる 「ひらめいた!」瞬間を記しています ダーウィンは 1838年10月の研究中に 人口に関するマルサスの著書を読みながら まさに突然 頭の中に 自然淘汰の基本アルゴリズムが浮かび 「ついに 取り組むべき理論を見つけた」と言ったと 自伝に書いています 10年か20年ほど前に ハワード グルーバーという偉大な学者が その時代のダーウィンのノートを調べ返しました ダーウィンが残した膨大なノートには どんな小さなアイデアや予感も記されていました グルーバーの調査によれば マルサスの著書を読んでいた1838年10月の 「ひらめいた!」瞬間よりも ずっと何か月も前から 自然淘汰の理論ができ上がっていたようです それが分かる記載があるのです ダーウィンの言う「ひらめいた!」瞬間より前の記述から 彼の著書の内容をすでに読み取れるのです つまり ダーウィンは アイデアや概念を手にしながら まだ完全には考え抜けていなかったことが分かります 優れたアイデアはこのように生まれるものであって 少しずつ長期に及んでいるのです

11:09 ここで厄介な問題があります どうすれば アイデア創出までの 長い熟成期間を辛抱できる環境を作れるか? 上司にこう言うのは大変です 「有用で素晴らしいアイデアがあります 2020年ごろに使えるようにします 取り組む時間をいただけませんか?」 グーグルのようないくつかの企業では 革新を生むために20%の時間を割いています 予感を育むための組織的なシステムだといえます これはとても重要なことです また 自分の予感を 他者の予感に結合させることも重要で よくあることです 半分ずつアイデアをもつ二人が 適切な環境で出会うと 足し算以上の結果が生まれます 考えてみると 私たちは普段から 知的財産権保護の価値を話題にしています つまり防衛手段を築いたり 研究開発を秘密にしたり 何でも特許にしたりします アイデアを価値あるものとして残し アイデア創出を奨励し 文化をもっと革新的なものにするためです ただ 言っておきたいのですが アイデアの結合をもたらす要因についても せめて同じぐらい重要視するべきです 保護の話だけではだめです

12:13 そこで こんな話があります 示唆に富んだ 革新に関する素敵な話で 思いもよらない成り行きから どのように革新が生まれるか教えてくれます 時は 1957年10月の スプートニクがまさに打ち上げられた直後 米国メリーランド州のローレルにある ジョンズホプキンズ大学付属の 応用物理研究所でのことです 月曜の朝 スプートニクが軌道を回っている というニュースが飛び込んできました ここは専門バカの巣窟で 物理屋は 誰もが 「え〜!嘘だろ 信じられないよ」という気持ちでした 研究所にいた 20代の研究者が二人 食堂のテーブルで 他の多くの研究者に混じって雑談していました ガイアーとウェイフンバックの二人です どちらかがこう言いました 「だれかこいつの音を聞いてみた? 今 宇宙で人工衛星が飛んでいるんだ 当然何か信号を送っているから チューニングしたら聞こえるかも」 何人かに尋ねて回ると 「思いつかなかった おもしろいね」 と誰もが言います

13:18 実は ウェイフンバックはマイクロ波受信技術の 専門家でしたから 研究室には増幅器が付いた 小さなアンテナもありました 二人はウェイフンバックの研究室に戻り 装置をいじり始めました 今でいうハッキングでしょうか 2時間ほど経つと 受信可能になりました 実はソ連は 追跡しやすいように スプートニクを設計していたのです ちょうど20メガヘルツですから 簡単に合わせられます ソ連は嘘だといわれたくなかったので 見つけやすくしていたのです

13:46 二人が座り込んで耳を傾けていると 研究室に人が集まりだして 「いいね!聞かせて?すごいよ」なんて言われました そしてすぐ「歴史的瞬間だ 聞いたのは米国で初めてだろうから 記録しておこう」と考えて 大きくかさばるアナログのテープレコーダーで ピー、ピーという小さなビープ音を録音し始めました さらに 録音した小さなビープ音ごとに 日時を記載しておきました そして 「あれ? 周波数がわずかに変動しているな ドップラー効果を利用して計算すれば 衛星の移動速度が わかるかもしれない」 と思いました しばらく考えを暖めると 専門分野の違う 何人かの研究者に尋ねました こう返ってきました 「すごいね ドップラー効果の変化率が分かれば 衛星がアンテナに 一番近い位置と 一番遠い位置が分かるよ これはすごいよ」

14:44 その後 許可が下りました 職務外のプロジェクトという位置づけを改め 導入直後で最新の 部屋いっぱいの大きさの UNIVACコンピュータの使用許可を得ました 計算を重ねながら 3、4週間かけて 地球をまわる衛星の正確な軌道を 描き出すことができました ある日の食事中の思いつきからスタートして 片手間の作業で かすかな信号音を聞いて それだけの所から たどり着いたのです

15:11 2週間後 上司のフランク マクルアが 二人を呼んで尋ねました 「君たちがやっているプロジェクトのことで ちょっと聞きたいことがあるんだ 位置が分かっている地上から 地球を回っている衛星のいる位置を 計算できたんだから 逆はどうだろうか? 衛星の位置が分かっているときに 地球上での位置を知ることができないだろうか?」 考えてから答えました 「できると思いますよ ちょっと計算してみましょう」 検討してから 上司のところに戻り 「こちらのほうが簡単です」と伝えると 上司は言います 「それはいいね 新しい原子力潜水艦を 作っているのだけど 太平洋の真ん中で潜水艦の位置を把握できないと モスクワ上空に向けて 正確にミサイルを発射するのはとても難しいんだ 衛星をたくさん打ち上げて潜水艦を追跡すれば 太平洋の真ん中で位置を把握できるのではないかと 思っていたんだよ この問題に取り組んでほしい」

16:08 こうしてGPSが誕生しました 30年後 ロナルド レーガンは GPSを開放してオープンプラットフォームとしました 誰もがこれを足掛かりとすることができ 誰もが参加して このプラットフォームの上に 創造と革新につながる 新しい技術を構築していけます まさに誰でも何でもできるように 開放されているのです 間違いないことがあります この会場の少なくとも半分は ポケットに入った携帯から 宇宙に浮かぶ衛星と通信しています そして 間違いなく 誰か一人は その携帯と衛星を使って 近くのコーヒー店の場所を探したはずです (笑) 少なくとも 昨日か先週か

16:52 (拍手)

16:55 これは オープンイノベーションという体系の持つ 素晴らしく 思いがけない 創発的で 予測不可能な力について学べる 良い事例なのです 正しく構築すれば 構築者すら予期しなかった 全く新しい方向に導いてくれるのです 先ほどの二人の男たちは 予感や湧きあがる情熱のままに ただ突き進んでいるだけでしたが やがて冷戦に立ち向かうこととなり 時を経て ソイラテを飲みたい誰かの 手助けをすることになったのです

17:23 (笑)

17:25 このようにして革新は起きるのです 心がつながればチャンスは訪れます

17:29 ありがとうございました

17:31 (拍手)