PsychHack -サイクハック-

日常に役立つ心理学やちょっと楽しい豆知識的な心理学の研究についてご紹介します。ニュースなどの時事問題に絡めてご紹介することも。

シリアを目指した北大生は異常だったのか?―メディアの報道と学術的な話―

北海道大学の男子学生(26)が、イスラム過激派組織「イスラム国」の戦闘員になるためシリアへの渡航を計画した事件。警視庁公安部は、就職活動の挫折などで疎外感を募らせた学生が、過激派組織という「非日常」に居場所を求めたとの見方を強めている。

 

出典:イスラム国:「非日常」への逃避か 北大生、疎外感募らせ - 毎日新聞

 

皆さんは、上述の記事部分を読んで、記事中の北大生に対してどう思われたでしょうか。記事の続きは、まるで彼が「普段から異常な人間であった」かのように続きます。

 

「頭が良くて成績優秀。一方で、トランプゲームをしながら『戦争だ』『殺すぞ』などと冗談で過激な言葉を発する。テンションが高すぎて、周囲から浮いていた」。学生をよく知る北大の友人はそう話す。

 

さて、本当に彼は“異常”な人間だったのでしょうか。彼が異常であったかどうかは本人や周囲の人間しか知る由もありませんが、一方で、こうしたイスラム国へ行く人々がどんな人かに関する研究も進んでいます。

 

War
War | Flickr - Photo Sharing!

 

警察の見方は正しいのか?

いくら普段の生活が上手く行かなかったからといって、警察が言うように「危険な非日常に居場所を求める」などという事が起こりうるのでしょうか。

 

例えば、2006年に発表された研究では、イギリスに生まれてもイスラム教徒であることにアイデンティティを感じている人々は、ジハードや殉教に対して共感的な視点を持ちやすいことが分かっています。

 

こうした研究に加え、2014年にBorumは「過激な運動や過激な集団に対して、テロリストは主義主張の意味や意義に感じ入っているだけではない」と述べており、「(集団に)所属しているという感覚や、(人々と)繋がっている感覚も重要なのだ」と述べています。

 

北大生の彼が本当に居場所を求めて遠いシリアの地を目指していたのかは不明ですが、その可能性は必ずしも否定できません

 

どんな人が戦地を目指すのか?

他にもヨーロッパに残された数多くの裁判記録やニュースの記録を分析した結果、BakkerとSilkeはそれぞれ別々の研究によって、以下のような社会的属性がジハードの参加者や急進主義者に特徴的であることを明らかにしています。

 

・10代後半から20代

・242名中、女性はたった5名しかいない

・中産階級から上層階級

・高等教育を受けた人

これは日本の研究ではありませんが、まさに日本の現状とそれほど違わない状況が欧州にもあったわけです。

 

戦地を目指す人は異常者なのか?

日本のメディアの多くは、今回の北大生の“異常性”を取り上げるような行動を数多く取り上げました。本当に彼が異常だったのかは不明ですが、少なくとも心理学の一般論としての答えは「戦地を目指す人は異常か?」という問いに対してNOと述べています。

 

まず、Borumは「研究を見る限り、精神病に関する知識はテロへの対処や防止には専門的な援助をすることはほとんどないだろう」としていますし、Silkeも「テロリストに関する大部分の研究からは、テロの加害者は心理的に異常とは言えない」としています。

 

つまり、戦地へ向かうという行動は(他の人には一見そのプロセスは分からなくとも)しっかりとした考えを持って、本人が選択し、論理的に行動した結果だと言えるのです。

 

安易に特定の人物を異常者だと決めつけるのは、倫理的な観点以上に論理的な視点から見ても良くないと言えるでしょう。

 

読み物案内

今回は、BPS Research Digest: The psychology of violent extremism - digestedから本文を抜粋して引用しました。

 

出典元では他にも「なぜ過激な主張が生まれるのか、過激な主張をするのはなぜなのか」といった分析や研究もご紹介されています。英語ですが、貴重な資料なので興味のある方はぜひ。