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視点・論点 「過労死は告発する」2014年03月05日 (水)
関西大学教授 森岡孝二
過労死とは労働者が過重な業務で身心を壊して死亡するか、重度の障害を被ることを言います。今では誰でも知っていますが、過労死という言葉が広く使われるようになったのは、1988年からです。この年、労災問題に取り組む弁護士グループによって、「過労死110番」の全国ネットワークが開設されました。
それから25年以上経ち、過労死の労災認定では行政でも司法でも一定の前進がありました。政府も過重労働による健康障害防止のために対策をいろいろ打ち出してきました。それにもかかわらず、過労死の労災申請件数は、若者に広がる過労自殺を含めると、減るどころかむしろ増え続けています。
図表1をご覧ください。これは厚生労働省の資料によって近年における過労死の労災請求件数の推移を、脳心臓疾患等による過労死と精神障害等による過労自殺に分けて見たものです。これを見ると、とくに過労自殺の労災請求件数が大幅に増えていることが分かります。
図表2は、50代、60代では過労死が多いのに対して、過労自殺は40代以下の若い層に多いことを示しています。最近では30代、20代、さらには10代に拡がっています。
ではなぜ過労死・過労自殺はなくならないのでしょうか。過労死の最大の要因は、睡眠不足と疲労の蓄積を招く長時間労働です。男女の全労働者の平均労働時間はこの20年余りの間にずいぶん短くなりましたが、それは女性を中心にパート・アルバイトの短時間労働者が大幅に増加した結果にすぎず、フルタイム労働者に限ると、平均労働時間はこの20年ほどほとんど変化していません。5年毎に実施される総務省「社会生活基本調査」によれば、男性の正規労働者の週労働時間は、この10年間では51時間から53時間になって、週当たり約2時間長くなってさえいます。
図表3を見てください。フルタイム労働者についての国際比較では、日本の男性の労働時間は、欧米諸国より週当たりで10時間(年間ベースでは約500時間)長いといえます。
このことは労働時間に関する限り、日本は途上国や新興国に近く、先進国とは言えないことを意味しています。フルタイム労働者にかぎれば、日本の女性も働きすぎです。2011年で見ると、日本では女性の週労働時間は男性より9時間も短いにもかかわらず、欧米諸国のどの国の男性よりも長時間働いています。
厚生労働省は、過労死の判断基準に関して、発症前1か月間に100時間、または発症前2か月~6か月の平均で1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働をしている場合は、業務と発症との関連性が強いと言っています。平たく言えば月80時間以上の残業は過労死ラインの労働時間だということです。月80時間以上の残業は、週に置き直せば20時間以上の残業、残業を含む週労働時間でいえば、60時間以上の労働にあたります。
「労働力調査」の2013年平均結果によれば、週60時間以上働いている人は、自営業者や家族従業員を含めれば578万人います。雇用された者に限れば411万人です。いずれにせよ、週60時間以上の労働時間を過労死ラインと見なすなら、日本には過労予備軍がいまなお数百万人いることになります。そうだとすれば、過労死が依然として多発しているのも不思議ではありません。
仕事による過労やストレスが強まっているのは長すぎる労働時間のせいだけではありません。これにはグローバル化や情報化などの経済活動の変化も影響しています。
たとえば情報化ですが、ここ2、30年、職場では、インターネット、パソコン、携帯電話、Eメールなどの新しい情報通信技術が働き方を大きく変えてきました。仕事のスピードが速くなり、財やサービスの種類とともに仕事の量が増え、研究開発や納期や取引における時間ベースの競争も強まってきました。また、新しい情報ツールは、家にいても、旅先でも、仕事がどこまでも追いかけてくる状態を生み出し、経済活動の24時間化と相まって、仕事にともなう精神的ストレスを高める一因になってきました。情報化にともなう働き方のこうした変化は、過労自殺などストレス性の疾患が増加する一因になっていると考えられます。
雇用の非正規化や労働組合の弱体化の影響も無視できません。
パート・アルバイト・派遣・契約社員などの非正規労働者の比率は若者ほど高く、15歳から24歳までの若年層では非正規比率は5割を超えています。非正社員が増えるなかで、正社員の間でも、労働基準の底が抜けたように、酷い働かせ方/辞めさせ方が広がってきました。またそのなかでブラック企業の横行や、職場のいじめ・パワハラの増加が問題になってきました。こうしたことも若者の間で鬱病や過労自殺などの精神障害が増加している背景になっています。
過労死・過労自殺が依然としてなくならないなかで、2011年11月18日、「過労死弁護団全国連絡会議」と「全国過労死家族の会」が呼びかけて、衆議院第一議院会館で「過労死防止基本法制定実行委員会」(略称:「ストップ!過労死」実行委員会)の結成総会が開かれました。
そこでは、(1)過労死はあってはならないことを国が宣言する、(2)過労死をなくすための国・自治体・事業主の責務を明確にする、(3)国が、過労死に関する調査・研究を行うとともに総合的対策を実施する、という趣旨の法律を制定するために100万人署名と、国会議員および政党への要請活動に取り組むことが決められました。
これ以降、今年の2月4日までに170名から250名規模の院内集会が8回開かれ、毎回多数の国会議員や代理の秘書の方が出席されました。昨年6月には、すべての主要政党を含む「過労死防止基本法の制定を求める超党派議員連盟」の世話人会が発足し、現在、126名の国会議員がこの議連に参加されています。署名は現在までに54万筆を超え、意見書採択の地方議会は、兵庫県、島根県、和歌山県、宮崎県の4県議会をはじめ80議会にのぼっています。
そういうなかで、昨年12月、臨時国会の会期末に、超党派議員連盟の世話人会がとりまとめた「過労死等防止基本法案」が、野党共同提案のかたちで衆議院に提出され、現在は与党・自民党の党内調整が終わるのを待っているところです。
基本法とならずに、対策法となる可能性もあります。政局は予断を許しませんが、現在開会中の通常国会で過労死防止対策法が成立するという期待が高まっており、またそうなることを願っています。