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福島の壮年さん、拝見致しました。
御文を都度引用しての明快で痛快な、また、希望に溢れた論述にも感じられて、私なんかは再び溜飲の下がるような思いです。
ちよさんのコメントも、頷きながら拝見しました。
個人的には、「一切言い訳をしない」という点で、どら猫さんには後々少々疑問を抱いていたのが正直なところでした。
私は、どら猫さんご夫妻の「新出発」というのは、ご自分達が糾弾された記事がネット上に残っていても、それに左右されず&影響を受けず、力強く前進していくという事だと以前から思っていて、ご夫妻はまさしくそうした「新出発」の途上だとしか思っていませんでした。
でも、後になって、ご本人が削除依頼を何度かされ、その証拠のために人様のブログコメ欄に内容を全て書き込みされ、更には糾弾記事を書いた方に対する悪感情まで書き込んだ事を知り、「一切言い訳しない」という部分から外れているのではないかと感じていました。
これで本当に「新出発」と言えるのかどうか……信じていた事が再び疑問のフリダシに戻った気持ちさえしていました。
ご夫妻の「新出発」を信じていたからこそ、この件には基本関係ない自分にはもう“口出し”する事はないだろうと思っていたんすけど、その「新出発」自体に疑問を抱いてしまう状況になり…複雑でした。
福島の壮年さんもちよさんもおっしゃってますが、「同志誹謗」の住処になってしまったんじゃないかと思えるくらいの(記事や)コメ欄の書き込みがいつまでもいつまでも続くその状況に、疲弊する思いでいたのも正直なところっす。
それと、余計な事かもしれないんすけど、“糾弾記事の削除が今回の件のゴール(収束)”というような内容は、一体誰が取り決めたのでせう??
双方で決めた約束事なのでせうか?そうじゃないっすよね。
個人的に、一方が勝手に設定した取り決めみたいなものに感じています。
なぜだか、「これだけ譲歩してるのに」とか、「逃げ道を作ってあげてるのに」とかいう言葉がちらほら見える事が、この件が異様に続く不可思議さに輪をかけているよう感じていました。
まあ、これは余談でした。すみません。
どら猫さんご夫妻には、“「一切言い訳しない」真の「新出発」”を強く強く望むと共に、それを陰ながら祈らせて頂きますm(_ _)m
思いのほか長くなって申し訳ありませんでした。
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