話半分で聞いてください

口ベタによる一生懸命

新幹線で飲む酒

大人になった今や、旅の楽しみといえば観光よりなにより、酒である。旅先で飲む酒は無論格別だが、移動の新幹線で飲む酒というのもまた良いものである。特段旨いものを口にできるからというわけではなく、限られた時間でそこでしか飲めない酒をやれる、というのが良い。食べ物や酒の匂いを他の乗客に振りまいてしまうのは忍びないけれども、旅人にだけ犯すことを許された罪だと思い、気にしないようにしている。



子供の頃、家族旅行で乗る新幹線は、いつも個室の席を使っていた。「うるさく騒ぎ立てる幼い子供の自分が、周りの迷惑になるから個室を抑えている」と親には言われていた。その為か、隣の車両のズラッと縦横整列された席に座る大人たちに憧れた。自分には入ることを許されない場所に座っていたからだ。私はデッキからその車両の中をよく眺めていたのだが、一人で静かに酒を飲みながら駅弁を食べる人に特に惹かれた。独特の世界観を持っているような気がした。大人らしい大人とは、こういうものなのではないかと考えた。


座席のテーブルを引っ張り出して、駅弁を左手、缶ビールを右手に置いてみたかった。初めて1人で新幹線に乗り、酒を飲んだのはいつだったか。大学3年の時だと思う。貯めたバイト代で京都へ一人旅へ行った。お腹が空いていたので深川めしスーパードライを買った。汁をかける形式の深川めししか知らなかったので、炊き込みタイプは初体験だった。美味しいには美味しいのだが、これが憧れの「新幹線酒」の正解なのか分からず、フワッとした満足感を得て、ひと缶のビールとともにそれはあっけなく終わってしまった。

今振り返れば、お酒も旅もまだ知らないことばかりだったので、食事と酒の組み合わせは微妙だし、昼から米粒なんて食べてしまっている。そんなことをすれば、お腹いっぱいで眠くなり、色々と旅先でまわれないほか、夜の飲みに支障をきたしてしまうのに。今では酒のアテには、だるま弁当みたいなおかずがたくさん入っているタイプが好ましいと思うようになった。お腹にたまらず長くじわじわと飲めるからだ。


新幹線で飲む酒は好きだが、知らなければ良かったと、時折悔やむことがある。なぜなら、恋しくてたまらなくなるためだ。旅とセットなのでお金もかかるし時間も要する。やりたいと思っても、簡単に叶えられる望みではない。何度も言うが、大して旨いというわけではないにも関わらず。

まあ、おそらく新幹線で飲む酒に求めているものは、美味しさとかではないのだ。行きの新幹線では、旅先での楽しい時間を想像するが、酒はその浮かれ気分を盛り上げる。帰りの酒は、旅の思い出に浸る感傷的な思いを慰める。そういう気持ちになれるのが良いのだ。これがあるから、旅はやめられないんだよな。