けんこう処方箋

 うつ病の患者さんとどう接したらよいか――。家族の方からよく聞かれる。今回はケースの紹介を通して考えてみたい。

 恵美さん(仮名)39歳、主婦である。夫は食欲がなく、痩せてひどく疲れている様子なので、かかりつけ医に診てもらうと、「うつ病かもしれない」と精神科の受診を勧められた。

 しかし、夫は「検査しても悪くなかったから何でもない、精神科に行っても仕方がない」と、聞く耳を持たない様子だ。一人息子の高校受験も関心が無いようにみえる。「息子が私立高校へ行きたいと言っているけれども、学費をどうしようかしら?」と相談しても何もしてくれない。

 つい、「子供の将来のことも考えてください」と声を荒らげてしまう。そんなやり取りの中で、夫はますます落ち込んでいった。

 ここ数日は、精神科に行くどころか、仕事も遅刻、欠勤がちだ。夜もろくに眠っていないらしい。「たまに散歩でもして息抜きをしてみたら」と勧めたが、夫は表情を曇らせるだけだ。

 「あなたなら大丈夫よ」と優しく励ましても、ますます落ち込んで会話をしなくなる。恵美さんまでも気分が落ち込む。

 その後、夫が会社の上司から「何でもないにしても、医師の診察だけは受けるように」と受診を強く勧められ、私のところへ来たのは、かかりつけ医に勧められてから1カ月も経った後だった。

 家族がまず直面するのは「いかにして受診をさせるか」だ。「眠れない」「体が重い」など、本人がつらく感じていることに焦点を当てて受診を勧めることだ。このケースのように職場との連携が功を奏することもある。

 次に家族が陥りやすいのは、良かれと思って気分転換に外出や運動、時には旅行や湯治を勧めることだ。うつ病の人は何事に対しても興味を失い、楽しさも感じなくなる。だから、勧められても気の向かないことをやらされているに過ぎない。励ましも同じだ。

 うつ病の人々は「性も根も尽き果てて」いる。その状態で励まされても応じることができない。

 こうした家族の行動は、不安がその根にあることが多い。だからつい、患者本人に決断や意見を求めてしまう。不安は伝染する。家族もうつ病のことを知って不安を払拭(ふっしょく)する必要がある。

 うつ病の多くは薬がよく効く。そんなに悲観的になることはない。うつ病を知って、回復までの時間を「待てること」が大事だ。

イラストイラスト・佐藤博美

 

(朝日新聞北海道版 2014年9月10日掲載)

斎藤利和 (さいとう・としかず)

札幌医科大学名誉教授 1948年美唄市生まれ。札幌医科大卒業、98年から2014年まで同大精神神経医学講座教授。日本精神神経学会理事などを歴任、国際アルコール医学会前理事長。7月、札幌市中央区に「幹(みき)メンタルクリニック」を開業予定。

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