「アーティストとエンジニアに境目はない」~『Art Hack Day』受賞チームに見る、感性と技術の理想の関係
2014/11/04公開
『Art Hack Day』受賞チーム「書の更新」。左から國本怜氏、谷口真人氏、吉永益美氏、小副川健氏、藤元翔平氏 (C)3331α Art Hack Day
真鍋大度氏や落合陽一氏らの活躍により、日本でもメディアアートと呼ばれる芸術表現の認知が広がってきている。プログラミングなどの技術を備えたアーティストが徐々に増えている一方で、アーティストの感性とエンジニアの持つ技術が、相補的な関係として語られることも多い。
アーティストとエンジニアの理想的な関係とは、どのようなものなのか。感性と技術が一つの作品として、うまく昇華するための条件とは――。
日本初の「アートに特化した」ハッカソンイベント『Art Hack Day』で審査員賞を受賞した「書の更新」チームへのインタビューを通じて、アーティストとエンジニアの理想の関係を探った。
書道の「過程」にある情動を映像と音楽に
「書の更新」は、音楽家の國本怜氏、プログラマーの谷口真人氏、書家の吉永益美氏、ハードウエアエンジニアの藤元翔平氏、データサイエンティストの小副川健氏の5人からなるチーム。今年8月23、9月6~7日の日程で開催された『Art Hack Day』の中で、書家の筆圧や筆の動きを計測し、リアルタイムに音楽と映像に変換して表現する作品『Motion in Emotion # calligraphy』を制作した。
開催初日のアイデアソンで、國本氏が日ごろの音楽活動の中で感じている問題意識を吐露したところから、すべては始まった。
「ライブ活動やCD製作といった、ルーチンワーク化した音楽活動に疑問を持ち始めていたので、何か新しい音楽表現ができないかと考えていました」
まず興味を示したのは谷口氏。輪は徐々に広がり、その中の1人に書家の吉永氏がいた。
「吉永さんと話す中で、音楽と書には精神性を重視するという共通点があると気付きました。ただ、音楽にはCDという完成された『作品』とともに、ライブコンサートという『過程』を表現する様式がありますが、書には完成した『作品』はあっても、年始の書初めのような限られた形でしか、ライブにあたるものがない。書く『過程』をフィーチャーしたものが、もっとあってもいいのではないかと考えました」(國本氏)
それは、フランス・ルーブル美術館にも出展するなど国際的に活躍する吉永氏が、普段から感じていたこととも一致した。
「海外では芸術への関心や意識も高く、作品制作の意図や経緯、過程を大切にしています。そこを的確に汲み取った國本さんの視点はすごいと思いました」(吉永氏)
こうして作品のテーマは、書の「過程」にある書家の情動をいかに表現するかに決まった。筆圧や筆の動きと、ピアノを弾く時のタッチの強さや音程の類似性など、話を重ねるほどにアイデアは積み上がり、雪だるま式に大きく膨らんでいった。
「できないことは勉強して補う」気質が5つの個性を一つに
メンバー5人の技術を駆使して書の「過程」を映像・音楽化した作品『Motion in Emotion # calligraphy』 提供:3331α Art Hack Day
完成した作品には、5人それぞれが持つ技術力が遺憾なく発揮されている。
藤元氏がレーザーカッターなどの技術を使って精密な筐体を作製、上部にアクリル板を張り、接地面に加圧センサーを挟んで筆圧を測定する。測定したデータはopenFrameworksを使って解析し、OSCで國本氏の音楽のシステムへと送られる。
筐体下に設置されたWebカメラで撮影した画像情報は、小副川氏の画像解析システムへ。画像処理ライブラリであるOpenCVを使って、筆が今どこの位置にあるのか、どれだけの速さで動いているのかなどを解析。1秒間に20回の頻度で、國本氏の音楽、谷口氏のグラフィックのシステムへそれぞれ送信する。
映像を担当する谷口氏は、ゲーム制作エンジンのUnityを使って、受け取ったデータをグラフィックへと変換するシステムを構築。墨の跡が時間軸に沿って奥から手前へと流れる映像を、白いスクリーンに映し出した。
一方の國本氏は、グラフィカルな統合開発環境であるMAX/MSPとシークエンサーソフトのAbleton Liveを使い、筆の位置で音程を、速さでリズムを、半紙の中に占める墨の割合で和音を、筆圧で音量と音質を変えるシステムを制作。西洋音楽の理論をベースにした音楽で情動を表現する役割を担った。
誰一人、どの技術が欠けても成り立たない作品。だが、立ち上げ当初から、それぞれが持つ技術的なバックグラウンドについて尋ね合うことは、ほとんどなかったという。
「話したのは、ほとんどが作りたい作品についてのアイデア。それでいて5人の技術がここまでかみ合ったのは、奇跡的な出来事だったのは確かです。ただ一方で、エンジニアの『できないことは勉強して身に付けるもの』という気質が念頭にあったからこそ、ということも言えるかもしれません」(國本氏)
アーティストの「やりたいこと」と出会い、技術は活かされる
「アーティストの『やりたいこと』と出会うことでエンジニアの技術は最大限に活かされる」と話す小副川氏(右)と國本氏
普段、大手SIerでデータサイエンティストとして働いている小副川氏は、これまでにもたびたび、ハッカソンに参加してきた。その動機を次のように語る。
「自分の技術の研鑽だったり、普段の仕事では使わない技術を使う機会を求めていたりと、理由はいろいろあります。でも一番は、今回のような奇跡的な出会いに期待しているということです。エンジニアには一般的に、技術の使い道になるような明確な『やりたいこと』がない人が多い。ハッカソンに出て『やりたいこと』のある人と出会うことで、自分の技術は最大限に活かされると感じています」
今回の『Art Hack Day』に関しても、エンジニアリングとアートの相補的な関係に可能性を感じて応募したという小副川氏。
「でき上がった作品は期待以上のものだったし、期待していた以上の出会いもあった。最初に感じていた可能性が間違いではなかったと確信できたことは、大きな収穫でした」
それはアーティストの側から見ても同じ、と吉永氏が続ける。
「エンジニアの方は視点が細やかだし、自分の感情を言葉で表現することができる。今まで書道ひと筋で来た自分にとっては、同じ世界を違う角度から見ることで、新たな可能性を見いだすことができると実感することができました」
「奇跡」が起きるための条件は、お互いの尊重とプライド
センサ付きの筐体上で書を書く吉永氏。作品の性質を考え、普段とは違うタッチを心掛けたという 提供:3331α Art Hack Day
吉永氏が強く意識していたのは、今回のプロジェクトにおける作品とは、自分が書いた書そのものではなく、それが変換された先にある映像と音楽であるという点だ。
「見ている人に映像をより楽しんでもらうために、普段の自分のタッチではなく、筆をより長く紙に置くよう意識しました。でも、それは皆さん同じこと。おそらく、それぞれがちょっとずつ自分のやり方を削って、全体として一番いい状態にもっていくことを考えていたのではないでしょうか」(吉永氏)
うまくいった理由は「お互いの尊重、尊敬があったから」。メンバーが口を揃えてそう言うところ、國本氏はもう一つ、「全員のプライドの高さも成功のカギだった」と指摘する。どういうことだろうか。
「例えば藤元さんでいえば、センシングしやすくするためにもう少しタッチを長くしてくださいと吉永さんにリクエストすれば、話はスムーズにいくはずです。しかしそれはせずに、吉永さんにできるだけ自由に書いてもらうことを優先して、足りない部分は自分の技術と努力で補うというスタンスにこだわった。全員がそういう責任感とプライドをもってやっていたことが、結果として全体のクオリティを上げたという気がします」
全員がアーティスト性を備えていることが理想
『Art Hack Day』のイベントコンセプト自体が、アーティストとエンジニアの出会いが開く可能性を探るというもの。だが、ハッカソン期間中も時間を経た今も、國本氏は結局、「アーティストとエンジニアを分ける必要はない」と感じているのだという。
「一般的にはアーティストが『何』を表現するかを考えて、エンジニアが『どう』を実現するものと考えられているかもしれません。でも、結果的にこのチームでは、その役割が完全にごちゃ混ぜになっていた。本来、理想的なのはそういう状態だと思うのです」
最近ではメディアアートの領域でも活動しているという國本氏は、今回の経験を通じて、その思いをより強くしたようだ。
「メディアアートはまだ草創期の段階ですが、複雑かつ、さまざまな技術が必要になるため、アーティストもエンジニアも1人ではなかなか動きにくい。人が集まればイニシアチブを握る人と握られる人が出てくるのは自然な流れではあります。でも、例えば金属を使った作品を作る時には金属を精錬する人の力がいりますが、その人の持つノウハウや、こういう金属の意匠にした方がいいというアイデアは絶対に必要になるでしょう。だから、全員がアーティスト性をはらんでいる、というのが理想的だし、実際なのではないでしょうか」
取材・文/鈴木陸夫(編集部)