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武に身を捧げて百と余年。エルフでやり直す武者修行 作者:赤石 赫々

第一章

第四話:武術の授業

「それではスラヴァにシド、お互い準備は良いか?」
「はい」
「はいっ!」

 アルファレイア総合アカデミーの昼下がり。
 時はアルマがこの学校にやって来てから数日。
 私は頑丈に作ってあるこの講堂で、クラスメイトと向き合っていた。
 ……新たに設立された武術の授業。その一環として、練習試合を行うためだ。
 その為の場所として多少無理をしても壊れない講堂を選んだらしいが──まさかこの為に頑丈に作ったわけではあるまいな。

 ──ふむ。練習試合の形とはいえ、私としては久方ぶりに人と対峙する事になるな。
 私と対峙する少年の名はシド=オールダム。
 エルフの国から出て、立派な冒険者として名を残したいと公言する、大志を抱く少年だ。
 活発そうに散らされた緑の短髪に、眼付の悪い、攻撃的な瞳。
 普段の素行はあまりいいとは言えないが、私はこの小僧が嫌いではなかった。

「へへっ、いつも本ばっか読んでる奴には負けないぜ!」

 確かに彼は悪戯も良くするし、口も悪い。勉強の時間だって良く寝ている。
 だがこうして身体を動かす機会には大いにはしゃぎ、意欲的に取り組んでいる。
 特にこの武術の授業に対しては、大層楽しそうに取り組んでいた。

 口が悪いという事は裏を返せば素直であるという事だし、身体を鍛えるのが好きと言うのは目標に近づくためだ。
 良くも悪くも純粋なこの少年は、子供らしさに満ち溢れて気に入っていた。

「では先ほど教えた事をしっかりと守り、正々堂々と勝負するように。
 それでは──構え!」

 強くは当てない。そして眼潰しや金的などは禁止。
 危ないと感じたらすぐに攻撃を止める事。アルマが提示した条件は、大きくこの三つだ。
 十二の子供にこの三つが守れるかは分からぬが、どちらかに一つでも破る意思があると感じた場合は、アルマが戦闘を中止させるという。
 試合の邪魔にならぬ位置にいるアルマだが、今の彼女ならばそれをする事は容易だろう。

「いくぜスラヴァ!」
「──応。遠慮をせずにかかってくるがいい」

 いやしかし──大人げないとは思っていつつも。この少年が気に入っているとは言っても──
 私は背中を地につける気は、まったくと言っていいほど持ち合わせて居なかった。

 幾千幾万と取ってきた構えを取る。先ほど習ったばかりのものとはいえ、習った以上は使っても問題はないだろう、シジマ流基本の構えだ。
 我が偉大なる師、イワオ=シジマが編み出した、受けに優れたこの姿勢。
 私が師匠に師事し始めたころはまだまだ珍妙な構えという扱いだったが──今や幾つもの分流を持つシジマ流。もはやこの構えは全ての武術の基本と言ってもいいものとなっている。
 この構えの起こりからを知る私にとっては随分と感慨深い。旧友に再会したかのような感情を覚え、私は微笑んだ。

 対するシドも、構えは同じモノ。ただそれは動きの本質などまるで理解していないため、見よう見真似で取られた「理」を伴わぬ姿勢に過ぎない。
 弟子を取る度に覚えていた、妙な微笑ましさ。相手が武術の「ぶ」の字も知らぬ少年とは言え、こうして試合の形を通して指導出来る事は嬉しく思える。

 さて。後はアルマが試合開始の合図を下すだけなのだが──
 ……何時まで待っても、アルマの凛とした声が発される事は無い。
 疑問に思った私がアルマの方を見ると──アルマは、口をあんぐりと開けて固まっていた。

「おいせんせー、どうしたんだよ? 早く始めようぜー?」
「え、あ──ああ、済まない。
 悪いが、二人とも構えなおしてくれ」

 疑問を感じていたのは私だけではなく、シドも同じくしていたようで──アルマは、呆けていた表情を普段の者へと正す。

「あの構えはまさか……いや、でも完成しすぎている──?」

 私が構えを正し、シドが色々と考えながら間違いだらけの構えを形作っていく最中、アルマは何かを呟いていた。しかし、この距離では流石に聞こえぬ。

「では、用意はいいか?
 ──始めッ」

 だが今はそんな事はどうでもいい。
 ……くつくつ、若い芽と対峙するなど何年ぶりの事か。私は人知れず、喉を鳴らした。
 勘違いをした武芸者見習い共を処理するのとは違い、若い芽を伸ばして行くと言うのは武術家にとってこの上無い楽しみの一つだ。

「でりゃあっ!」

 先ほど苦心して取った構えなど何処に行ったか、まっすぐに距離を詰めて馬鹿正直な拳を繰り出してくるシド。守りの構えから繰り出すには向かぬモノだが、そもそも構えが崩れている以上関係もない。
 ──宜しい、非常に子供らしい屈託のない拳だ。空白で出来た純粋さ、この先何をどれほど詰め込めるのかと思うと思わず笑みが零れる。

 これを受けても、私には欠片程のダメージも生まれぬだろう。
 この程度なら幾千幾万と拳を受け入れても、むしろシドの体力の方が先に尽きる。
 だが私も一介の武術家──子供のころに抱いた「最強」の夢を諦めきれぬ武芸者(こども)の一人なのだ。

 前に置いた手を、シドの腕に添えるように動かし、まっすぐな力の向きを複雑に操る。
 力も魔力も殆ど込めず、私はシドの腕を起点として、シドの体勢を崩した。
 迎え撃つのではなく迎え入れるように。シドの力を打ち消すのではなく、飲み込むように利用する。
 体勢を崩されたシドの脚を、私は軽く払った。するとどうか、シドの身体は子供の小柄とは言え、重さを失ったかのように──回転しながら宙に放り投げられる。

 唖然とするアルマと子供達。人が宙に浮くと言う現象に歓声を上げる一部子供達。
 しかし、この場で一番呆けているのはシドだろう。目まぐるしく動く風景に、恐らくは何も考えれぬ筈だ。
 これが力に対し武で当たると言う事。幼き子にそれを示し、私は宙に浮くシドが落下し始めると共に彼の身体を優しく、落下の力を殺すようゆっくりと受け止めた。

「え、あれ? 俺、今──負けたのか?」
「うむ。先ほどアルマ様が言っていたであろう、これが力に頼らぬ理合(りあい)の「武」だ、シドよ」

 シドの後頭部に手を添え、地面すれすれの所で浮かしている状態。視界に映る天井と私の顔をようやく止まった風景として認識したシドは、夢でも見ていたかのようにそう呟いた。

「す、すっげー! さすがお爺ちゃん!」

 派手な動きに歓声を上げた一部の生徒が叫ぶ。
 それを皮切りに、私は拍手に包まれていた。
 晩年は歓声など煩わしいだけの雑音と感じていたが──純粋な子供達の賛辞と言うのは、中々に微笑ましいものだ。

 ……だが、私はふと違和感を覚える。
 純粋な子供達とは言うが、私も今は年頃を同じくする子供だったか。
 そんな違和感に微かな笑みが浮かび──

 ──直後、固まった。

 ……む?
 少し待て。今私は何をした?
 確かいい感じに気持ち良くシドを投げ飛ばしたような。

 一つ一つ行動を思い返して行く。
 シドの殴打を受け流し、足払いをして──

 自分のしでかした事を理解したとたん、私は顔色を青ざめさせた。
 ……馬鹿か私は。
 当初の予定では、そう。殴打を受け流し、足払いでシドを転倒させるまでが決めていた流れだった。
 だがその後がいけない。
 私が今行ったのは──「映し木の葉」と言われる、シジマ流の技。
 敵の身に木の葉の軽さを映し出す、相手の力と遠心力──と呼ばれる回転の力を利用し、空中で勢いを付けた頭を地面に叩きつけるという、シジマ流の全ての技に通ずる基本技術の粋を集めた応用技だ。

 身体全体が硬直してしまったかのよう。錆びついた扉のようにぎこちない動きで、私はアルマの方を見る。

「スラヴァ……君はその技を、どこで?
 いや、何処で身につけたかはどうでもいい。
 その歳で、どうやってそこまでその技を作り上げた──?」

 ……やってしまった。
 阿呆か私は。己を戒めるものの、湧いてくる戒めが止まる事は無かった。
 何千何百と刷り込んできた技だ、無意識に出てしまったといえばそれまでだが──何もこんな場所で。
 師匠が言っていた。こういった技は休みなく身体に覚えさせ、呼吸のように「こうした動きにはこう動いて当然」と思えるようになっておけと。
 確かにそれは私にとって呼吸の様なものとなっていたようだ。思わぬ愚かに、頭を叩きたくなる。

 しかし、自分を戒めるのは後だ。
 スラヴァ=シジマの技を一番近くで見続けてきたアルマだ。
 その表情は表現しがたい困惑に包まれている。……今はとにかくこの場を切り抜けねば。

「ああ、えと……父がシジマ流を習った事があるらしく……
 全ての基本を集めた「映し木の葉」は物心付きし幼少から教え込まれていた技で──
 ええと、確かに今日武術を学び始めたばかりの初心者に使う技では無かったと、今では反省しています──」

 かえって饒舌過ぎただろうか。
 よくもまあすらすらと。自分でも思うほど「らしい」言い訳を述べた私は、反省しているかのような表情を作り出す。
 この場に同郷の者が居ないのが幸いだった。幼馴染も居る事には居るが、あの子は二つ上の学年であるため、ここには居ない。
 父がシジマ流の者と言うのは真っ赤な嘘だが、私が師匠の一番弟子となった頃──シジマ流が興った当時ならさておき、世界中にシジマの分流がある今ならそう信憑性の無いものでもない筈。

 ……さて、私の精一杯の言い逃れ、どう出るアルマよ。

「幼少のころからその技を……?
 ……何歳から始めたのかな」
「五つの時からです。でも、これ以外の技はやがて教えると言われ、教わっていません」
「ではこの技のみをひたすら磨き上げた……と?」
「は、はい……」

 ……まあ、我ながら演技も板に付いたものだ。
 自賛するのもなんだが、完全に「武術をひけらかしてしまい反省する子供」を演じていると思う。

「……いや、これから私が教える事だ。その辿り着く先を見せたのは──まあ、褒められる事ではないが、これがシジマ流の試合である以上咎める事でもない。
 技を掛けた相手への配慮も完璧だった。これからも励むといい」
「それでは……」
「ああ、完璧な「映し木の葉」だった。君は筋がいいな」

 ややぎこちないものながらも、アルマは笑顔を浮かべた。
 ……な、何とかなったか。
 これに懲りて注意を払う必要があるな。
 全く、馴染ませた動作を意図的に抑えるなど、かえって武術から遠のいてしまいそうだ。だが、とっさにフェイントを入れる時などには生かせるかもしれぬ。
 ひとまず去った危機に胸をなでおろし、私は手に抱えたままのシドを立たせる。

 呆けたシドが覚醒すると同時に、アルマが私達を試合場から出るよう指示する。
 私達が礼をしあい、闘技場から出たのを確認したアルマは、次の二人組を試合場へと上げさせた。

 しかし危なかった。あの子の前でシジマの技を使う時は気をつけねば。
 この武術の授業の厄介さに気付いた私は、汗を拭う。
 すると、いつの間にか隣に座っていたシドが運動着の端をつまんだ。

「……どうかしたかな」 

 その瞳が何かを語りたさげにしていたので、一応は年長の者として促してやる。
 寸止めとはいえ、シジマの技を掛けたのだ。恐怖感でも抱いていないと良いが。

「スラヴァ、すっげえな。どうやったらあんなに強くなれるんだ?」

 そう聞くその表情は、私の予想とは正反対の尊敬の眼差しに変わっていた。
 ……ふむ。どうしたら強くなれるか、か。
 それは私が知りたいところだ──と言いたいが、一つだけ分かっている事を教えてやるとしよう。

「日々の精進あるのみ、だ。
 強い意志を持って長い時間をかければ、シドとていずれ私と同じ場所へと上り詰める事が出来よう」
「精進……? 頑張るってことか!
 よっしゃー、いつかお前を倒してやるからな! 見てろよ!」

 やはり、この年頃の子供と言うのは眩しいものだな。
 自分もその眩しい年頃と同じ歳と言う事も忘れ、私は笑みを作るのであった。









 ──エルフの学校、ミラフィア国立アルファレイア総合アカデミー。
 国中からエルフの子供達が集まる学校で、唯一大人達が集まる部屋──職員室に、絶世の美女と(あらわ)しても事足りぬ女性が一人唸っていた。

 百六歳という、エルフとしてはまだ若い身ながら、伝説として歴史に名を刻む武術家──アルマ=シジマだ。
 シジマの名を継ぐに相応しい少年や少女を発掘するため、少年少女の育成に力を入れる彼女。
 十年単位で国や学校を渡り歩く彼女は、十年ぶりに訪れた学校で気になる少年を見つけていた。

 手元にはクラス全員の情報を網羅した名簿が開かれていて、開かれたページには、スラヴァ=マーシャル……師と同じ名前を持つ少年の情報が掲載されている。

「……私もどうかしているな。あんな少年に師匠(せんせい)の面影を重ねるとは」

 人間と言う種族であったため、エルフからすると余りにも若くして逝った偉大な師の顔を思い浮かべる。
 種族は言うに及ばず、眼も鼻も耳も、体格すら似つかぬ「スラヴァ=マーシャル」という少年。
 礼儀正しい少年と言うのが、アルマがスラヴァに対して抱いた第一印象であったのだが──彼のクラスで初めての授業を行った今、アルマはこの少年への印象を改めていた。

「全く似ていないと言うに……何故私は師匠を重ねているのだ」

 既にアルマの中では答えの出ている疑問を、あえて口に出すことでその理由を再確認する。
 ……あの「映し木の葉」の流麗な迄の完成度──師範クラスにまで昇華されたシジマの技が、そして何よりそうある事が自然であるかのようなシジマの構えが、師・スラヴァ=シジマの姿を浮かび上がらせる。

「同じ名にこの奇縁──師匠、貴方の導きだと言うのですか?」

 今は天に居る師に語りかけるアルマ。その答えが、返ってくる筈もない。
 しかし彼女は、一つの事を決心していた。

 弟子は数多く居る。才を持つ者も星の数ほどいる。
 それでも、何よりも愛する男の技を伝えるに足る者は、一人として居なかった。
 だけど──ようやく見つけた。
 瞳に灯る意思の炎が、燃え上がる。何かの色を失ったような世界に、再び色が浮かび上がる。

「師匠……私は、ようやくシジマの名を託せる後継者を見つけましたよ」

 天に向け、アルマは再び呟く。
 ……まさか天に居る筈の師が、この少年本人だとは露知らずのこと。
 話題に出された少年は、絡みつつある前世の縁に小さくくしゃみを吐き出すのであった。
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