ノーベル平和賞、マララの不可思議
2014-11-03
ノーベル平和賞という代物はかつて佐藤栄作とか、最近では地球温暖化CO2のゴア、核兵器に何も手を付けず世界の危機を作り出すオバマなど、すべてとは言わないがどうも胡散臭い人物の受賞が多い。
今回パキスタンのマララ受賞については、報道のスタイルに何かしらの不自然さ、つまり巧妙な反イスラムのプロガンダを感じていました。
「逝きし世の面影」氏が、現地在住者のブログを見つけて掲載してくれました。
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パキスタンの人々は狭量ではない 10/28 「オバハンからの気まぐれブログ」から
先の9月、(旧)北方地域ギルギットやスカルドゥへのフライトは殆どなく、ようやく10月に入って順調に飛び出した。
メッカへの巡礼に臨時フライトを増やしたので、機体が足りなくなっていたようだ。
ということは来秋からも3年間くらいは、秋のギルギットへのフライトは間引きされる可能性が高い。
犠牲祭が終わり、シーア派の宗教行事までの1ヶ月間、ギルギットも結婚式シーズン。
役所でも1ヶ月間の長期休暇は常識・・・まったく仕事にはならない秋だった。
NWA(日・パ アソシエーション)から奨学金を貰って優秀な外科医になったDr.カリームも、この秋、結婚式を挙げた。
ギルギットにいる時、マララのノーベル賞受賞が決まったとTVなどでは随分ニュースになっていたが、パキスタン全体では物凄く冷めて受賞を捉えた人が多かったようだ。
騒いでいたのは英米日が中心だったのではないのかしらん?
日本では「パキスタンの保守派がマララを嫌悪している」 あるいは「中間層がマララを嫌悪している」と報道されていたが、パキスタンの人々は狭量のゆえにマララを嫌悪しているのではない。
オバハンが感じたのは自伝「私はマララ」をきちんと読んだ知識層こそがマララを・・・というか、その背後にあるものと、オバハンから見ても反イスラーム的な表現が随所に見られることにパキスタンの人々は嫌悪感を示したのだろうと感じている。
パキスタン人の多くがなぜマララ(その背後にあるもの)に嫌悪をしたのか?
マララが武装勢力に襲われ撃たれた時に乗っていたというスクールバス(トヨタのハイラックス)を、オバハンは実測してみた。
荷台の床から荷台を覆っている幌の最高部までが150cm、立って乗る人のために幌の天井部分に持ち手が4つ付いているから天井までの高さは実質140cm。荷台の車幅は140cm、荷台の奥行きは240cmで、荷台の面積は畳2畳分よりやや広いくらい。
パキスタンの小中学生が通学に使うスクールバスと称する乗り物は、殆どがスズキの軽トラか、ハイラックスに幌をかけ、ベンチ式の椅子を設置したものだ。
自伝「私はマララ」によれば、ここに2人の襲撃者が乗り込んで来て、「どいつがマララだ?」と聞き、ピストルを撃ったとなっている。
襲撃者が2人、スクールバスに乗り込んだら、最初に乗り込んだ襲撃者の立ち位置は荷台の真ん中に近く、車の天井までの距離を考えると襲撃者は当然やや屈みこんでいたろうと想う。
マララは真ん中あたりに坐っていたというので、マララの目線は荷台の上で約120cmくらいだろう。対して襲撃者はやや屈み込むことになっていたろうから目線は約130cmくらいか。
マララと襲撃者との距離は、顔を接しておりピストルを持った手は伸ばさなくともマララの目の前にあったと想われる。
マララに対する脅迫、あるいは嫌がらせの意味で銃撃をするのであれば車外からでも出来る。
大の大人がピストルを握った手を伸ばせば、荷台に乗りこまなくとも、荷台の真ん中あたりに坐っているマララに銃口は50~60cmの距離にまで近づけられるのだから。
わざわざ車内に乗り込み、マララと顔が触れるほどの距離にまで近づいて3発も撃ったにもかかわらず、「あの程度の傷」で済んだのには、確実に殺そうとする意思はなく、むしろ確実に軽傷にするための至近距離だと知り合いは言う。
また他の報道関係者の一人は「マララを撃ったのはゴム弾」であったと言い切っている。
第一、コルト45を至近距離で撃ち、弾が首を通過、鎖骨で停まっていたとは、どんな粗悪なコルト45であり、弾を使用したのだろうか。
パキスタンの人々は、まずスクールバスに乗り込んだという襲撃者2人の立ち位置と、マララの坐っていた位置を想像し、また粗悪すぎるピストルと粗悪な弾に大きな疑問を持ったのだろう。
「オカシイ」、これには何か裏がある筈だと。
パキスタンの報道に対する自由度は、ここ10年、北朝鮮と並び世界のワースト10に入っている。ワースト3だった年もある。
つい先日も民間テレビ局が、番組に司法を中傷する内容があったとして、高裁が放送禁止を命じている。
他にも民間TV局の放送禁止は年初めだったかにあった。
パキスタンでは政府や軍部、過激組織を中傷・刺激することは身の破滅に繋がることがあり得るのだ。
今年もパキスタンでは著名な報道関係者や記者が何人か撃たれ亡くなっている。
報道関係者たちは、箝口令を敷かねばならなかった病院等々から「裏がある」と各々、理解し、そこに何らかの圧力を感じて正確に報道することを控えたのであろうと、オバハンは勝手な想像をしてみた。
近年のノーベル賞は政治的な意味合いのものが多いので、「政治的」なものであると理解し、マララの果した役割(世界の人々に、未就学児童、特に女児の就学について考えさせたという意味合いで)は、評価される。
マララの不可思議 11/2 オバハンからの気まぐれブログ
先月末、マララが撃たれた時のスクールバスを実測し、その不可解を書いたが、「車輌の長さなどがバグっている」と知り合いからメールを頂いた。オバハンのブログ上ではバグが見られないンだけどね……
ま、早い話がマララが乗っていたスクールバス(トヨタのハイラックス)の荷台面積は、畳2畳分よりやや大きいと言いたかっただけだ。実測の結果は10月28日のブログを見て欲しい。
パキスタンの小中学生が通学に使うスクールバスと称する乗り物は、殆どがスズキの軽トラか、ハイラックスに幌をかけ、ベンチ式の椅子を設置したものだ。
自伝では、この畳2畳余のスペースに2人の襲撃者が乗り込んで来て、「どいつがマララだ?」と聞き、ピストルを撃ったとなっている。
マララは真ん中あたりに坐っていたから目線は荷台の上で約120cmくらいだろう。対して襲撃者はやや屈み込むことになっていたろうから目線は約130cmくらいか。
わざわざ車内に乗り込み、マララと顔が触れるほどの距離にまで近づいて3発も撃ったにもかかわらず、「あの程度の傷」で済んだのには、確実に殺そうとする意思はなく、むしろ確実に軽傷にするための至近距離だと知り合いの報道関係者は言う。
また他の報道関係者の一人は「マララを撃ったのはゴム弾」であったと言い切っている。
第一、コルト45を至近距離で撃ち、弾が首を通過、鎖骨で停まっていたとは、どんな粗悪なコルト45であり、弾を使用したのだろうか。
全パキスタン私学連盟(約15万2000校)のミルザ会長は、自伝の購入を私学連盟は禁止している。「マララに反対しているわけではない。マララは私たちの娘でもある」と述べた上で、マララ自身も自伝の内容に混乱していると指摘していることに注目すべきだ。
マララ自身も自伝の内容が混乱していると表現は優しいが、別の言葉で言うならば、内容は大いに怪しいと言っているのに等しい。
出版までには何度も推敲されたであろう自伝、パキスタン以外の人々ならば欺けると考えたものであろうか。
オバハンもミルザ会長と同じように自伝をたんねんに読んだ。
現地を良く知っている者たちとしては、どう贔屓目に読んでも怪しいし、英米目線で書かれているとしか思えない。
マララの国連でのスピーチは素晴らしかった。だがマララに振付やスピーチ原稿を書いた「国際機関の人たち」はやり過ぎたと思う。
何事も過ぎたるは及ばざるがごとしという。
マララが国連でスピーチをしたとき、故ブット大統領のスカーフを巻いていたという。これなども過ぎたる演出の好例ではなかろうか。
おそらくパキスタン以外の人々にとっては印象的なことであろう。
しかし、ここまでの演出、振りつけに、聞き取りをしたパキスタンの人々は「あざとい」と言う。
1年前、マララは「私にはノーベル賞を貰う価値があると思う」などと自由闊達に述べていた。本来のパキスタン女性はつつましやかだ、ここにも振付師によって洗脳されたらしいマララが見える。
(※ 「逝きし世の面影」氏のコメントから。)
『現地を良く知っている者たちとしては、どう贔屓目に読んでも怪しいし、英米目線で書かれているとしか思えない。』内容なのです。
知識とか経験がある欧米先進国の善良な普通の人々を騙す目的で書かれている。プロパガンダの見本の様な話なのです。
プロパガンダの場合には(普通の報道とは違い)マスコミで『報道されているもの』と、『報道されないもの』とが明らかに成っている場合が多い。
今回なら、通常ならある政治家とか報道人が次々と暗殺されるパキスタンの客観的な情勢の報道が無い。マララ銃撃ですが、少しも珍しくない。
パキスタンに限らす多くの国では少数派は常に殺害(ヘイトクライム)の危険性がある。
マララが通学していた学校が普通の学校では無く高額の授業料がいる私学であり、しかの父親が経営していた事実をマスコミが決して報じない。
パキスタンのスクールバスなるものが、欧米世界とは大違いでスズキの軽トラックである事実を誰も報じない。(マララの学校は贅沢だったが、それでもトヨタ製の最小のトラック)
パキスタンですが、マララ銃撃の様なテロ事件は少しも珍しく無い。
ところが、至近距離から銃撃されて頭に二発、首筋に1発。合計3発の命中弾を受けても死ななかったのは珍しい。
生残る確率はゼロである。
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※ 欧米の反イスラムプロガバンダに利用されたノーベル平和賞。
今回パキスタンのマララ受賞については、報道のスタイルに何かしらの不自然さ、つまり巧妙な反イスラムのプロガンダを感じていました。
「逝きし世の面影」氏が、現地在住者のブログを見つけて掲載してくれました。
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パキスタンの人々は狭量ではない 10/28 「オバハンからの気まぐれブログ」から
先の9月、(旧)北方地域ギルギットやスカルドゥへのフライトは殆どなく、ようやく10月に入って順調に飛び出した。
メッカへの巡礼に臨時フライトを増やしたので、機体が足りなくなっていたようだ。
ということは来秋からも3年間くらいは、秋のギルギットへのフライトは間引きされる可能性が高い。
犠牲祭が終わり、シーア派の宗教行事までの1ヶ月間、ギルギットも結婚式シーズン。
役所でも1ヶ月間の長期休暇は常識・・・まったく仕事にはならない秋だった。
NWA(日・パ アソシエーション)から奨学金を貰って優秀な外科医になったDr.カリームも、この秋、結婚式を挙げた。
ギルギットにいる時、マララのノーベル賞受賞が決まったとTVなどでは随分ニュースになっていたが、パキスタン全体では物凄く冷めて受賞を捉えた人が多かったようだ。
騒いでいたのは英米日が中心だったのではないのかしらん?
日本では「パキスタンの保守派がマララを嫌悪している」 あるいは「中間層がマララを嫌悪している」と報道されていたが、パキスタンの人々は狭量のゆえにマララを嫌悪しているのではない。
オバハンが感じたのは自伝「私はマララ」をきちんと読んだ知識層こそがマララを・・・というか、その背後にあるものと、オバハンから見ても反イスラーム的な表現が随所に見られることにパキスタンの人々は嫌悪感を示したのだろうと感じている。
パキスタン人の多くがなぜマララ(その背後にあるもの)に嫌悪をしたのか?
マララが武装勢力に襲われ撃たれた時に乗っていたというスクールバス(トヨタのハイラックス)を、オバハンは実測してみた。
荷台の床から荷台を覆っている幌の最高部までが150cm、立って乗る人のために幌の天井部分に持ち手が4つ付いているから天井までの高さは実質140cm。荷台の車幅は140cm、荷台の奥行きは240cmで、荷台の面積は畳2畳分よりやや広いくらい。
パキスタンの小中学生が通学に使うスクールバスと称する乗り物は、殆どがスズキの軽トラか、ハイラックスに幌をかけ、ベンチ式の椅子を設置したものだ。
自伝「私はマララ」によれば、ここに2人の襲撃者が乗り込んで来て、「どいつがマララだ?」と聞き、ピストルを撃ったとなっている。
襲撃者が2人、スクールバスに乗り込んだら、最初に乗り込んだ襲撃者の立ち位置は荷台の真ん中に近く、車の天井までの距離を考えると襲撃者は当然やや屈みこんでいたろうと想う。
マララは真ん中あたりに坐っていたというので、マララの目線は荷台の上で約120cmくらいだろう。対して襲撃者はやや屈み込むことになっていたろうから目線は約130cmくらいか。
マララと襲撃者との距離は、顔を接しておりピストルを持った手は伸ばさなくともマララの目の前にあったと想われる。
マララに対する脅迫、あるいは嫌がらせの意味で銃撃をするのであれば車外からでも出来る。
大の大人がピストルを握った手を伸ばせば、荷台に乗りこまなくとも、荷台の真ん中あたりに坐っているマララに銃口は50~60cmの距離にまで近づけられるのだから。
わざわざ車内に乗り込み、マララと顔が触れるほどの距離にまで近づいて3発も撃ったにもかかわらず、「あの程度の傷」で済んだのには、確実に殺そうとする意思はなく、むしろ確実に軽傷にするための至近距離だと知り合いは言う。
また他の報道関係者の一人は「マララを撃ったのはゴム弾」であったと言い切っている。
第一、コルト45を至近距離で撃ち、弾が首を通過、鎖骨で停まっていたとは、どんな粗悪なコルト45であり、弾を使用したのだろうか。
パキスタンの人々は、まずスクールバスに乗り込んだという襲撃者2人の立ち位置と、マララの坐っていた位置を想像し、また粗悪すぎるピストルと粗悪な弾に大きな疑問を持ったのだろう。
「オカシイ」、これには何か裏がある筈だと。
パキスタンの報道に対する自由度は、ここ10年、北朝鮮と並び世界のワースト10に入っている。ワースト3だった年もある。
つい先日も民間テレビ局が、番組に司法を中傷する内容があったとして、高裁が放送禁止を命じている。
他にも民間TV局の放送禁止は年初めだったかにあった。
パキスタンでは政府や軍部、過激組織を中傷・刺激することは身の破滅に繋がることがあり得るのだ。
今年もパキスタンでは著名な報道関係者や記者が何人か撃たれ亡くなっている。
報道関係者たちは、箝口令を敷かねばならなかった病院等々から「裏がある」と各々、理解し、そこに何らかの圧力を感じて正確に報道することを控えたのであろうと、オバハンは勝手な想像をしてみた。
近年のノーベル賞は政治的な意味合いのものが多いので、「政治的」なものであると理解し、マララの果した役割(世界の人々に、未就学児童、特に女児の就学について考えさせたという意味合いで)は、評価される。
マララの不可思議 11/2 オバハンからの気まぐれブログ
先月末、マララが撃たれた時のスクールバスを実測し、その不可解を書いたが、「車輌の長さなどがバグっている」と知り合いからメールを頂いた。オバハンのブログ上ではバグが見られないンだけどね……
ま、早い話がマララが乗っていたスクールバス(トヨタのハイラックス)の荷台面積は、畳2畳分よりやや大きいと言いたかっただけだ。実測の結果は10月28日のブログを見て欲しい。
パキスタンの小中学生が通学に使うスクールバスと称する乗り物は、殆どがスズキの軽トラか、ハイラックスに幌をかけ、ベンチ式の椅子を設置したものだ。
自伝では、この畳2畳余のスペースに2人の襲撃者が乗り込んで来て、「どいつがマララだ?」と聞き、ピストルを撃ったとなっている。
マララは真ん中あたりに坐っていたから目線は荷台の上で約120cmくらいだろう。対して襲撃者はやや屈み込むことになっていたろうから目線は約130cmくらいか。
わざわざ車内に乗り込み、マララと顔が触れるほどの距離にまで近づいて3発も撃ったにもかかわらず、「あの程度の傷」で済んだのには、確実に殺そうとする意思はなく、むしろ確実に軽傷にするための至近距離だと知り合いの報道関係者は言う。
また他の報道関係者の一人は「マララを撃ったのはゴム弾」であったと言い切っている。
第一、コルト45を至近距離で撃ち、弾が首を通過、鎖骨で停まっていたとは、どんな粗悪なコルト45であり、弾を使用したのだろうか。
全パキスタン私学連盟(約15万2000校)のミルザ会長は、自伝の購入を私学連盟は禁止している。「マララに反対しているわけではない。マララは私たちの娘でもある」と述べた上で、マララ自身も自伝の内容に混乱していると指摘していることに注目すべきだ。
マララ自身も自伝の内容が混乱していると表現は優しいが、別の言葉で言うならば、内容は大いに怪しいと言っているのに等しい。
出版までには何度も推敲されたであろう自伝、パキスタン以外の人々ならば欺けると考えたものであろうか。
オバハンもミルザ会長と同じように自伝をたんねんに読んだ。
現地を良く知っている者たちとしては、どう贔屓目に読んでも怪しいし、英米目線で書かれているとしか思えない。
マララの国連でのスピーチは素晴らしかった。だがマララに振付やスピーチ原稿を書いた「国際機関の人たち」はやり過ぎたと思う。
何事も過ぎたるは及ばざるがごとしという。
マララが国連でスピーチをしたとき、故ブット大統領のスカーフを巻いていたという。これなども過ぎたる演出の好例ではなかろうか。
おそらくパキスタン以外の人々にとっては印象的なことであろう。
しかし、ここまでの演出、振りつけに、聞き取りをしたパキスタンの人々は「あざとい」と言う。
1年前、マララは「私にはノーベル賞を貰う価値があると思う」などと自由闊達に述べていた。本来のパキスタン女性はつつましやかだ、ここにも振付師によって洗脳されたらしいマララが見える。
(※ 「逝きし世の面影」氏のコメントから。)
『現地を良く知っている者たちとしては、どう贔屓目に読んでも怪しいし、英米目線で書かれているとしか思えない。』内容なのです。
知識とか経験がある欧米先進国の善良な普通の人々を騙す目的で書かれている。プロパガンダの見本の様な話なのです。
プロパガンダの場合には(普通の報道とは違い)マスコミで『報道されているもの』と、『報道されないもの』とが明らかに成っている場合が多い。
今回なら、通常ならある政治家とか報道人が次々と暗殺されるパキスタンの客観的な情勢の報道が無い。マララ銃撃ですが、少しも珍しくない。
パキスタンに限らす多くの国では少数派は常に殺害(ヘイトクライム)の危険性がある。
マララが通学していた学校が普通の学校では無く高額の授業料がいる私学であり、しかの父親が経営していた事実をマスコミが決して報じない。
パキスタンのスクールバスなるものが、欧米世界とは大違いでスズキの軽トラックである事実を誰も報じない。(マララの学校は贅沢だったが、それでもトヨタ製の最小のトラック)
パキスタンですが、マララ銃撃の様なテロ事件は少しも珍しく無い。
ところが、至近距離から銃撃されて頭に二発、首筋に1発。合計3発の命中弾を受けても死ななかったのは珍しい。
生残る確率はゼロである。
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※ 欧米の反イスラムプロガバンダに利用されたノーベル平和賞。
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