登場人物
- あなた ... 14
- オラクル ... 信託 6
- 老人 ... ジャバダウンロードの達人。あなたに「オラクル(信託)」を託した。 10
- ディーアイ ... ジャバ道場の門下生。道場の『詳細設計書』を持ち脱出する。 5
- スカラ ... ジャバ道場の門下生。実力は引退した館長に匹敵する。偽『オラクル』回収の命を受ける。 15
- メイヴェン ... ジャバ道場の門下生。あなたに背骨をおられる。 3
- かけじく ... 「ジャバ」と達筆で書かれている 1
- ミラ ... 先代の道場主の娘で道場を手伝ってくれているうら若く黒髪の美しき乙女。 5
- クロージャ ... ジャバ道場から追放された門下生。奴はエスシキという陰と陽で包まれた東洋的なエネルギーを使う。 9
- エイト ... ジャバダウンロードの達人が域を超えると、意識そのものがストレージに接続する! その結果、最終エスイー兵器として生まれ変わるのだ! 1
- グルーヴィ ... スカラがいれば俺は必要なかったが口癖。 10
- マンマンスパワー ... パワーの規模を表すらしい。何億だか知らないが老人のハッタリ 1
- ヒトツキ ... 膨張するコウスウに対して立ち向かうために必要なもの。 1
- 型 ... ジャバ道場に伝わる秘宝 1
- あなたとジャバ ... ジャバ道場の本当の意味。ジャバを通じて、わたしはあなたになる。 3
本編
あ
な
た
と
犬
ジャバは爆発四散した
ジャバ
Java
「待て、若いの! 焦ってはいかん。ダウンロードとは、もっと慎重に、時間をたっぷりとかけてやるべきものじゃ。まあ、「今すぐ」と焦る気持ちはわからんでもないがのう。何を隠そう、わしも昔はそうじゃったからな、フォフォフォ。ところで、おぬしだけではこの先、心ともない様子じゃ。わしの『オラクル(信託)』を持っていくがよい。きっと役に立つじゃろうて」
「フォッフォツ」と不敵な笑い声を響き渡らせる仙人のような風貌をしたメガネの男 ーー 風貌から仮にここではジャバ仙人と呼ぼうーー は、続け様に雄叫びを上げた。「あなたとジャバ 今すぐダウンロード」このジャバ仙人は何を言っているのだろう。さっきは、僕に「ダウンロードは慎重に」と説教を垂れたばかりではないか。そうか、これがこの空間の挨拶なんだな、と直感的に理解した頃には、仙人の姿は、「黒」と「白」の「赤」色の木偶に変わっていた。「キシャーッ!」ずっしりと下半身に比重がある木偶があなたに襲いかかる。
あなたは襲い来る三体の木偶に、鍛え抜かれた拳を突き出す!考えるよりも先に体が動いた!木偶は爆発四散した!「こ、この力は、一体……」咄嗟の事に唖然とするあなたの前に、いつのまにやら姿を現していたジャバ仙人がこう告げる。「おぬし、いい目をしておる……わしの若い頃にそっくりじゃ」仙人は満足げにうなずく。「よかろう、ダウンロード拳法、免許皆伝じゃ!」
「このたび、『ダウンロード拳法』師範代になりましたあなたです」気がつくとあなたはジャバ道場で正座していた。大勢の門下生の前でありがたいジャバの使用許諾のような訓示を垂れている真っ最中だ。 「あなたさま!」「ハハーッ」「今すぐご発展をお祈りします」歓声が上がる。あなたは悪い気分ではなかった。ダウンロード拳法を全国に広め、ゆくゆくは林少寺のように映画化、世界各地にジャバの「よさ」を広めるのだ。 そのときだ。「頼もう!」強烈な掛け声とともに道場の回線がNetwork Disconnectedされたのだ。 DoS破りだ!
ジャバ道場やぶりはフェイク、Network Disconnectedでの混乱が本命。狙いはかつて老人から託された『オラクル』だろう。 あなたは、過去に何度か経験があったのかのように、直観でさとると、門下生に指示を出していく。 「ディーアイは、道場の『詳細設計書』をもって逃げろ。スカラは道場に残って『オラクル』回収ののち脱出。メイヴェンは道場破りを相手だ。フェイクのはずだが、油断はするな」 まったく習得した覚えはないが、跳びかかる道場破りに、ジャバの構えからキックを繰り出す。あなたの蹴りに、道場破りの顎とメイヴェンの脊髄が粉砕される。 あなたは、細身のメイヴェンが、ビルドの構えをとる間もなくやられたことを察する。 道場きっての豪腕であるスカラが回収中の『オラクル』も危ういかもしれないが、あなたは慌てない。 本物の『オラクル』は、あなた自身の中にあるのだ。
あなたが道場破りと対峙する。お互いジリジリとすり足で移動し、一歩も譲らない。敵の肩の向こうにあのかけじくが見えている。毛筆書きでただ 3 文字。ジャバ。勇ましい書風で、先代の道場主が名のある書家から譲り受けたものだそうだ。ジャバ。そうあなたはこのダウンロード拳法の唯一無二の継承者だ。こんなところで『オラクル』を奪われてたまるか。「てぃやぁ!」あなたは思わず雄叫びを発する。「あなたさん!」おっと、そこに現れたのは、先代の道場主の娘でこの道場を手伝ってくれているうら若く黒髪の美しき乙女ミラだ。「ミラ!何をしているんだ。はやくディーアイを追って逃げるんだ!」しかしミラは凛とした表情であなたをにらみ返した。「あなたを置いてはいけません!」
「ミラ!危ない!」あなたが跳びかかりつつある敵とミラとの間に体を入れようとした時、ミラの蹴りと思わしき打撃があなたの尻に強烈な一撃を加える。スパンキングだ! 「アッ、あなたさん。ごめんなさい!」違った。 あなたは、この尻への打撃が門下生の「スカラ」や前館長と手合わせたした時の感触であることに気がつく。ミラは先代から「ダウンロード拳法」を教わっていなかったはず。まさか、ミラはスカラと……。 いや、今は目の前に敵に集中だ。あなたは気を引き締め、構える。 「(ダウンロード拳法 検索の式!)」頭に思い浮かんときには、すでに道場破りの一人の身体は、検索はおろかunzipされていた。頭だけ黒い海苔でカモフラージュされいた相手の身体からは、モザイクがかった内臓が飛び散る。頭かくして内臓かくさずだ。 スカラの偽『オラクル』を追っていった敵を除けば、あと二人。あなたの中の『オラクル』とミラを守り切るのだ。
道場には四人いる。あなたとミラ、そして、上半身が白、赤く目だつベルト、黒いアラビアンナイトのようなブカブカのパンツの人間が一人、もう一人は上半身と下半身の色が逆。 赤いベルトがつぶやく「ジャバ」もう一人の赤いベルトも続けてさえずる「ノットジャバ」 ミラが口を開く「彼ら、道場破りは我ら『ダウンロード拳法』の源流、『ジャバ柔術』の使い手かもしれません。恐らく手練れです」 「そうだな」ミラの助言前にあなたの相づちが終わる。 あなたは敵さんが『ジャバ柔術』なのは服装でわかっていた。あなたがわからないのは何故『ジャバ柔術』なのかだ。 思考を巡らせるときのクセで、あなたは一瞬、唇を噛もうとする。 赤いベルトのコンビは、ほんのささいなクセも見逃さない。「デュー!」「クッ!」あなたとミラを取り囲む。二人からは「「ジャバッ!ジャバッ!」」と聞こえてくる。 通常、二人で二人を取り囲むなど愚かな陣形だ。 だが、あなたは先代と手合わせしたときに『ジャバ柔術』の恐ろしさをすでに知っていた。
「遅い!遅いのぉ!帯域をもっと上げなきゃ!」フランクな物言いのシナトラな先代。先代といえば、選ばれし者のみが選ぶ「ジャバ柔術」、そして、より一般的な人間のもつ帯域で身体を効率的に操作可能にした「ダウンロード拳法」の第一人者だ。あなたは、先代との手合わせを思い出していた。この手合わせの過程で、彼の真髄は「ダウンロード拳法」の中に一瞬みえる「ジャバ柔術」にあると、あなたは知った。 「並列に!並列に!」パラレルな装(よそお)いも新たに、一発一発が重い重い打撃の打撃の先代。「シナトラの構え!すかさずパドリノへ移行!」「……?」あなたは、先代が言っている意味がたまにわからなくなっていたが、後になってそれが他の流派の用語だと知るのであった。構わず他流派も取り入れる先代。 さて、あなたが我に返り、懐古のトンネルを抜けると、そこはあたり一面赤色のジャバ景色であった。つまりは現代のジャバ道場である。 記憶のタイムトラベルからの帰還後、すでにあなたの前後には敵の『ジャバ柔術』使い手、二体の骸(むくろ)が転がっていた。 「何が『ジャバ柔術の使い手』だ……」 ミラにかまわず深いため息をつくあなた。ため息の意味が、先代の足元にも及ばない相手だったからだとは、未熟なミラにはわからないだろう。 白、赤、黒色のずんぐりむっくりな着ぐるみ状の骸(むくろ)のうち一つを足蹴にしつつあなたは、ミラと共に道場を出て、一応は合流地点のマイコン公園へと向かうことにした。 非常事態のときは、マイコン公園でランデブーすることになっているのであった。 ミラがとっさに口を開く。「マイコンランデブーね」 あなたはミラの造語に、もはや何もかもがどうでもよくなり、門下生、そうあなたが指示したとはいえ道場の『詳細設計書』を持ち逃げしやがったディーアイのクソ男、ミラを手篭めにしたと思われるスカラ野郎、背骨をへし折ってやった邪魔なメイヴェンのうんこマン、彼らの無事を祈りつつ、マイコン公園を通り過ぎると、薄汚れた道着のまま直帰したのであった。
一方、マイコン公園では一人の、いや、一人と言うべきなのか?こいつはケダモノ、より低級でより獰猛な C と呼ばれるケダモノがやつらの現われるのを虎視眈々とつけ狙っていた。C は全ての精霊を司りあらゆる者へと変幻自在だ。今はミラの姿をしている。最初に現れたのはディーアイ「やぁ、来たよ。このビッチ娘。おれに依存か、注入」(C がディーアイをコアダンプ) 次に現れたのはメイヴェン「XML って知ってる?今や地球の 99% が XML、残りの 1% が .ini なんだけど、今度 .ini を XML になんとか」(C がメイヴェンをコアダンプ) 最後にスカラ「やぁ、ミラ。無事だったんだね。そいつはよかった。そうか。あなたはもう… しかたないっ、悔いてもしかたないっ、僕と新しい生活を踏み出そう。新生活だ。僕とミラ、無料です」(C がスカラをコアダンプ) C はスカラの首、メイヴェンが首からぶら下げた XML と書かれたネックレス、それからディーアイの道着から抜き出した『詳細設計書』を抜き出すと、音もなく、その場をあとにしたのだった。
ディーアイに悪魔のささやきが聞こえてきた。そうだ、ジャバから波紋されたグルーヴィとクロージャーではないか。奴らは余りにもジャバジャバしくなかった。「その詳細設計書を渡せばヘブンへと誘おう」というディーアイへの誘惑。しかしディーワイがその誘惑に負けようとしたときだった。「お前らは言語を作ればいいと思っている。しかしだ、最後に勝つのはジャバなのだ」あれはかのジャバダウンロードの達人の老人ではないか。彼はラムダプロジェクトによってサイボーグに改造された最終エスイー兵器だった。額の「エイト」が光ると、ストリームが走る! グルーヴィとクロージャーはその気迫に、なぜオラクルが『信託』と呼ばれていたかの事実を理解する。「そうだ、お前らみたいな小手先の汚い言語など、我が『信託』には勝てないのだよ。ルビィの道が恰も、その道を導いてくれるかのようにな。もっともルビィの道など、わが『信託』には勝てん。貴様らは『信託』にひれ伏すしかないのだッ」グルーヴィとクロージャは舌を打つ。クロージャーはドットネットとジャヴァスクリプトを装着する。しかし、彼らは気がつかなかった、後ろで彼らの戦いを見つめるスカラの姿を。
「ホーウ……少しはやるようではないか」と老人。 クロージャが早期決着を望まんとして、素早く多関節の腕で攻め立てる。「プロバイズ・セべラル・ミュータボ・リファレンスタイプ!」 こりゃたまらんわいという顔をしつつ、老人が思わず距離をとり、つぶやく。 「フォッ フォッ フォッ さかんじゃのお、若いのお」 エスシキは無敵、如何に達人が相手といえどやぶれることなどあるはずがない、そうクロージャが信念をパワーに変えようとした刹那、老人が口を開く as follows。 「お主ら。『マンマンスパワー』は二人あわせていくらじゃ? 2億か? 20億か?」 愚かなグルーヴィが反射的に応える。「マンマンスパワーなどッ!我々にはッ関係ないッ!」 その言葉など初めから予期していたかのように老人がすぐに続ける「わしの『ワンマンスパワー』は200億じゃ」 関係ないはずだったグズのグルーヴィは震えが出始めていた。相手は、所詮ダウンロードの達人であるはずだったからだ。 当初の見積もりが、フタを開けてみれば実際とは途方もなく乖離していたのであった。 「か、勝てない……」いってはならない言葉が存在感のないグルーヴィのだらしない構文から滲み出たそのとき、マイコン公園での戦いを後ろで見つめていたスカラが組んでいた腕をほどくと、カッを目を見開いた。
スカラはジャバ道場の中でもカタ・スーロンを極めし男だった。その拳は「モナド、モナド」という呪文により、「ジャバ」から「ジャヴァ」へと進化し始めていた。スカラズというモジュールブレードを付けて、その決闘場へとトレーススタック(つまりダイヴ)した。老人は、唇についたコンパイルエラーをチロッと舐めると高笑いした。「ほほう、スカラ、お前と殺ることになるとはな……しかし薄々感じ取るのだろう。ワシとお前は光と闇、表と裏、右腕と左腕なんジャよ……」スカラはカタ・スーロンの言葉を思い出していた。「型を笑うものは型に泣く、型を極めし事が武道の道」。スカラはカタ・スーロンによるクンフーにも勝るカンスーという技術を身につけていた。そして、それは何時しかジャバダウンロードの力を超えるものになってしまっていたのだった。だが、老人も負けてはいなかった。「It's Play, Just Play(そんなもん、ただのお遊びだ)」スカラの武道着(Framework)をあざ笑うかのように、老人が動き出す。スカラは直感した。「これは……工数の膨張!?」しかし、スカラを操れるほどのヒトツキは得ることは出来ない。それがスカラの弱点だった。
「この工数についてこれるかの」と上に掲げた指を鳴らす老人。 突如、シバッ!シバッ!と鳴る衝撃波。地の揺らぎも感じ、バランスを崩すスカラ。体をささえながらもスカラのその目に映るは地面からモクリ、モクモクリと生えてくる土人形であった。 「せっかくじゃし、お主らには『自動内製実装(インデザ)』のファーストプロダクトになってもらおうかの」 土人形?否。あれはスーツの人間だったのだ!しかも大量の。 「もはや『人材は不要』じゃ。ワシ以外はの」ホワッホワッホワッと笑い声とともに老人の掲げる手、次々に周囲半径6mはある範囲から生成されるスーツの男/女たち。 草むらにうずくまり「エンジュア、エンジュア」と唱えるグルーヴィをよそに、スカラはコンパイルして力を貯めている。居ても立っても居られないクロージャが痺れを切らしていい放つ。 「そこのスカしたマルチバラダイム野郎!その、コンパイルはまだなのか!?」スカラはすぐさま応答。 「あと10分だ。時間を稼いでくれ!」 「10分だと!?ふざけるな!」クロージャの怒りもむなしく、悪夢の宴は始まったのである。
老人は呪文を唱え始めた。「ジャーバァ ジャーバァ……」あたりの空間がグニャリとゆがむ。スカラとクロージャがあわて、辺りを見渡す。「こ、これは一体…!?」最初に口を開いたのはふて寝していたグルーヴィだった。 驚く連中を気にもせず、老人は唱え続ける。「アナタト ジャーバァ」 クロージャは何が起こるか悟ったかのように叫ぶ「おい!コンパイルを中断して今すぐずらかるぞ!」スカラ「何処へだ!?」もはや逃げる場所などなかった。 老人「イマスグ ジャーバァ ダウン ロード」 空が、地面が、世界が曲がり、現実とダウンロード空間の狭間に入るも、老人は呪文を唱えるのをやめない。「ジャーバァ ジャーバァ アナタト ジャーバァ イマスグ ジャーバァ ダウン ロード」
「(おいアレを見ろ!)」老人から小さなアプレットがむき出しになっている。発見したスカラはすぐさま相手の気をひく。「何だあのダルビッシュは?」「ナンジャと?」スカラが指をさした次元にはもちろん誰もいない。だが、老人が己が宿敵ダルビックと名投手を勘違いしている間にも勝負は決していたのである。 クロージャは顎をあげながら得意げに放つ「貴様のヒューマン・プログラミング・インターフェイスには接続済みだ」「バカな?いつの間にワシのコントロールを制御下に置いたのじゃ!?」老人には未知の脆弱性が残っていたのだ。スカラが「ジジイは頭痛が痛いようだぜ」というと「ヘソが茶を沸かすぜ。」と返したグルーヴィであったが、そのタメ口をスルーした道場のメンバーらはさっさと老人の権限でコードを評価。亜空間を解除。不気味な世界からあなたの世界へ脱出したのであった。 「おのれー。まだルートは取られておらんのじゃば!フン・ヌ!」老人は制御を奪われている自らの人格をその体から引き剥がすと、別人格で自身に再度ログオンしたのであった。「逃したか。しかし、青年ら、若いのにやるではないか。今度あった時が最後のダウンロードになるよの〜。」フフフと不敵な笑みを浮かべ老人は立ち去った。空間が元の公園に戻ったその頃、ジャバ道場からの帰路にあったあなたは……。
なぜ老人は執拗にダウンロードを薦めてくるのか。あなたはそれを口にしようとすると、真っ先にスカラが口を開いた。「ジャパン・バイタル・マテリアル」。その言葉を貴方は何処かで聞いたことがある。通称、JVM。Japan Vital Materialは、ジャバ道場のパワーとエネルギーを支えている源になっている。そして、そのエネルギーたるや、30億のMachineの中で(果たして、機械と人間を区別する必要はあるのだろうか?)日々エネルギーを天に向けて放出している。「誰かはこう言う。『JVMを手にし者は世界を手にする』、と」そう呟くクロージャ。彼もまた、エスシキの力をJVMによって復活させられたものの一人だった。グルーヴィは呟く。「しかし、弱点はあるのだ。JVMは立ち上がりが遅いのだ」。そこで、あなたは考える。もし、立ち上がりが遅ければ、先に立ち上げてしまえばいい……つまり、30億どころではない、全宇宙の原子一つ一つをジャバにしてしまえば……。
10の80乗ほどのMachines。(それは機械と生物の区別はない) あたなたは天文学的な数で動くジャバの宇宙を想像していた。創造的ビッグバンがあなたのオンメモリに広がる。ビッグバンは頭に配置されたフィジカルメモリを超え、溢れていく。あなたに先天的に備わっていた仮想記憶器官。この異次元の器官により、周囲の人間の認識にもジャバの世界が広がろうとしていた。あらゆる機械、人間がジャバになり始めようとしていた時、臆病者のグルーヴィが横から失礼した。「そんな大きな数、果たして可能なのだろうか」 なあに、巨大スーロンに比べれば微々たる数字だ。巨大スーロン論者の視点で考えれば、10の80乗の不可能など可能に等しい。スカラ(何を隠そう、こいつは最初からジャバそのものと言っても過言でない)は「何をわけのわからないことを」といいつつも、あなたの奇行を案じていたのだった。
しかし、クロージャは至って真顔だった。「確かに、巨大スーロン論者達を束ねるサクラダ・スーロン卿によれば、その数は現存するコンピューターの全ストレージを持ってしても、その計算結果そのものを保存することは難しい、と言われている」。スカラは眉を動かす。クロージャは東洋思想かぶれの神秘主義者である。彼のパワーと技術、その知性については、スカラは同胞以上の親しみを持っていたが、しかし時折見せる素頓狂で飛躍した結論については、現実主義的なスカラにとっては、苛立たせるものがあった。クロージャは続ける。「確かにジャバは、機械、そして人間そのものをmachinaにしようとする意志がある。それはギリシア語に遡ればμαχανά、つまり『物を動かす道具』になる。言い換えれば、あらゆるものはジャバなのだ」グルーヴィは何がなんだかわからぬ顔をして欠伸をしている。しかし、スカラはそこから何かを察したようだ。「続けろ」、クロージャはゆっくりと口を動かす「……恐らく……」、クロージャは躊躇していた。気まずい沈黙が流れる。そして、その沈黙が破られる。「ジャバ道場、正確にはジャバダウンロードの達人にとって、機械や人間を超え、唯道具的な意識によって世界を支配することが最終目的なのだ。言い換えれば、全宇宙を超える汎ジャバ的空間……そこでは意識とダウンロードは境目無く融合する」
「そうか、まさか『あなたとジャバ』という言葉は、トランスパーソナル的な意識の現れだったのか……」スカラは、長年の謎がわかったような気がした。スカラの出生の秘密。彼は学術機関にその超人的なカタを学んだが、多くの人々にとって、手のつけられないような子供となってしまった。そこを救ったのが、ジャバ道場であり、老人だったのだ。スカラは若かりし頃の記憶を辿り寄せる。老人は、実の父親のように、浅はかな凡ミスを叱り飛ばしてくれたし、時にはnullを黙って容認し、あとでその尻拭いをしてくれていた。スカラはいつのまにか、「あなた、あなた……」とつぶやき始めていた。あなたとジャバ道場。スカラは既に「あなたとジャバ」、つまり老人を媒介にした汎ジャバ的空間に、意識を侵食され始めていたのに気がついた。グルーヴィはこう何気なく答えた。「確かに、老人は力を増すたびに、スカラに似てきた気がする。何だろう、こう、イミュータブルな……」スカラはグルーヴィを睨みつけた。「違う、俺は、俺はジャバではない!!」その剣幕に、クロージャは慰めるような、優しい声で言う。「もう、わかっただろ。『あなたとジャバ』の意味が。世界にはこういう言葉がある。貴方の神は常に貴方の隣にある、と。『ジャバ』は、現代社会において、テクノロジーが神であることの端的な存在だ。つまり、我々は『ジャバ』を通じて、わたしは『あなた』となる」そう、これがジャバ道場の本当の意味だった……!
「あなたとジャバは完成した……」 その声の方向を振り向く一同。その目線の先には、老人の顔の形となった雲が浮かび上がっている。「あなたとジャバは完成した、私はダウンロードそのものになった。ダウンロードとはビットの集まりであり、電子の集合体。だから今ある姿こそ『今すぐダウンロード』の現れなのだ。あなたとジャバ、わたしとジャバ、そして……わたしがジャバだ!!」。雲は雷を鳴り響かせる。スカラは、老人と出会ったのが、このような嵐の最中だったことを思い出す。30億のデバイスを容易く動かせるだろう雷が鳴り響くあの夜。スカラは子供の頃に「あなたとジャバ、今すぐダウンロード」という子守歌で育ったことを思い出す。今まで、スカラはその意味を知ることが無かったが、目の前の光景を目にした瞬間、自らの宿命を自覚した。「あなたとジャバ完成」とは、まさに「意識とダウンロード」の境目を崩すことだ。だから、精神そのものがダウンロードになる。これが「あなたとジャバ完成で、今すぐダウンロード」の真相なのだ。スカラはゆっくりと歩き出す。老人を目指して。グルーヴィとクロージャが、引き止めようとする。だが、スカラは制止する。「俺はジャバ道場の弟子、だからな。自分(ジャバ)のことは自分(ジャバ)で片付けるさ」スカラは二人を残し、振り返りもせず、ただ手を振って別れを告げる。あなたとジャバの完成し、今すぐダウンロードされたその瞬間、鳴り響く衝撃音!!二人は地面に伏せる。衝撃波によって、顔を挙げることが出来ないが、そこでは激しい戦いが続いていることが、気配から感じられた。二人は言葉を交わすことすらなかったが、思いは一緒だということはわかった。「あなたとジャバ、じゃない、お前がジャバだ、俺たちが成れなかった、真のジャバだ……!!」その光景を見ていたあなたは、手元の信託(オラクル)を改めて読み返す。
成る程