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弟がヒーローになりました 作者:アルカ

1 弟がヒーローになりました

 突然ですが、弟がヒーローになりました。

 私は店内放送で流れる実況中継のラジオをドキドキしながら聞いている。
 スーパーでレジ打ちのバイトをしながらなので、顔は笑っているが内心ハラハラドキドキだ。
 ああ、今日の相手はカモシカ怪獣さん。




 弟は美味しいお肉を持って帰って来てくれるでしょうかっ!!


 ・・・・・・・・・・


「ただいま~」
 弟の龍弥(たつび)が家に帰ってきた。

「お帰りなさいっ、カモシカ怪獣さん!」
 エプロン姿のまま玄関まで龍弥を迎えに行く。
 その肩に下げた袋の中身はお・に・く! お肉ですね~。

「相変わらずひでえよ姉ちゃん。俺の心配とかしないわけ?」
 龍弥の目が据わっているけど気にしない。

「大丈夫! 私の弟は強い子良い子。怪獣に負けたりなんか致しません!」
 お姉ちゃんは信じているのだよ。さあその袋を渡しましょうか?
 両手を広げる私の胸に、カモシカ怪獣さんのお肉と共に飛び込んでくる我が弟。なんて良い子なんでしょう。

「ああ……俺は姉ちゃんのアホさ加減が心配だぁぁ――」
 失礼な! 学校の成績は悪くはないんだよ?
 最近私より少し背の高くなった弟の頭をポンポンと軽く叩き、(カモシカさん)を取り上げる。ヒーロー協会で処理を施してあるとはいえ怪獣肉は手早く調理するに限る。その調理はジビエとほぼ同じだけど、プロの調理法なんて一般家庭では無理だもんね。


 母が仕事から帰ってきて、家族三人水入らず草薙家の遅めの夕食です。

「あらこのお肉美味しいわね~。円奈まどなのバイトしてるスーパーのお肉?」
 はい、草薙円奈(くさなぎまどな)が私の名前です。

「違うよお母さん。それはスーパーの店長さんが趣味で仕留めたカモシカのお肉をお裾分けしてくれたの! とっても美味しいよね」
 ごめんなさいっ店長。貴方は我が家で狩猟が趣味のワイルド系店長ということになっています。いつも分けてくれる見切り品の調味料は、今回のカモシカ怪獣さんのお肉にも役立ちましたよ! 同じ料理に使われてるんだから結果は一緒。ね?

 弟は後ろめたいのか母と目を合わせない様に必死で箸を動かしている。
 だめだよ、お母さんに内緒でヒーローするって決めたのは龍弥なんだから。
 まあ、中学二年生男子は思春期真っ只中だもんね、多少挙動不審でも許されるよ。お母さんもお姉ちゃんも気にしないよ!

「いつもごめんね円奈。バイトだってしてるのに、家事までほとんどまかせっきりで」
 母は少ししょんぼりとしている。お仕事で嫌な事でもあったのかな?

「大丈夫だよ! 龍弥だってお手伝いしてくれるし、バイトも家事も楽しいもん」
「ううっ……母さんが不甲斐ないばっかりに! よよよ……」
「母さんや、それは言わない約束だよ……」
「あ、チャンネル替えていい?」
 私と母のいつもの小芝居を無視して、弟がニュースからバラエティーにチャンネルを替える。最近付き合いが悪くなったと思う。――これが噂の反抗期っ?
 ニュースは昼間のヒーロー映像が始まった所だったので、切り替えタイミングはばっちりだ。まあたとえ弟が写り込んでいたとしても、怪獣の出現する予防線範囲外からの超望遠映像だから、顔の判別は無理だけどね。
 その後三人とも何事も無かったかのように食事を再開しました。あんまり暴れると食事に埃が入るのでほどほどに。

 何と言っても我が草薙家、胃と心が頑丈に出来ているのが取り柄ですからっ!


 ・・・・・・・・・・


 ――ある日突然 人類を怪獣が襲った。
 出現当初、怪獣は大地を荒らした人類への地球からの排除行動と考えられ、終末思想が世界を席巻したのであった。
 しかし人類の中にも必殺技を使って怪獣を倒す人々が現れた。
 それがヒーロー。

 格好付けてみましたが、ぶっちゃけ真実は不明です。
 しかも倒した怪獣のお肉はとっても美味だった。私は哺乳類系と鳥類系怪獣のお肉が好みだけど、魚類系や爬虫類系、スライム系を好む方も世の中にはいらっしゃいます。第三のビールならぬ、第三のお肉の登場ですよ。怪獣のお肉はきちんと下処理を施せば食べやすく栄養満点。その上量も獲れるため今では当たり前に浸透している。
 需要と供給がぴったりマッチして、怪獣とヒーローは世間に受け入れられたのだ。何だかもう、当時の終末思想とかどっかに行っちゃいました。
 美味しいは正義なんです。


 そしてここにも美味しい正義がお一人。
 我が愛しの家庭菜園の君!

「お帰り(えん)ちゃん。今日もこれからバイトだろ?」
 ここは私の通学路、学校から自宅へと向かう帰り道だ。今の家へと引っ越してから早一ヶ月が経つ。高校までは徒歩二十分だが、その道中に住宅街と耕作地の間のような場所を通る。
 その脇の畑で家庭菜園を営むお兄さん。推定二十代。
 実は最初の頃、貰えるお野菜に夢中過ぎてあまり話を聞いていなかったから、名前を聞き逃した可能性が大なのだ。今更名前を聞けません。未だに『お兄さん』呼びで誤魔化してます。心の中では勝手に『家庭菜園の君』と呼んでおりますし。学校のある日は放課後にほぼ毎日会うのがひと月程続いているというのに。

「はい! こんにちはお兄さん。今日も畑仕事頑張ってますね~」
 今日も『家庭菜園の君』は、麦わら帽子にタオルと長靴そして真っ白な歯が輝いている。その肌は小麦色によく焼けてるけど、瞳は緑がかったこげ茶に見える。通った鼻筋といい、程よく筋肉の付いた体躯といい、外国の血でも入っているのでしょうか?欧米系の方は日本人より皮膚がん発症率高いんだよね。UV対策をしっかりされることをお勧めしますよ!

「今日はきゅうりとプチトマトが採れたてだ。ほら持って行って」
 その手には採れたての美味しそうなきゅうりにプチトマトにキャベツまでっ。

「ありがとうございます! 助かります~。でも、貰うばっかりでいつもお礼が出来なくって……」
 言いながらも私はしっかりマイバッグを取出し野菜を仕舞う。本音と建前って大事だよねっ!
 お兄さんの野菜はどれも新鮮つやつやで、とってもとっても美味しいのだ。食費が浮いて貯金が出来るのも嬉しい限りです。スーパーでも見切り品のお野菜を頂いたりするけど、日持ちが全く違うからね。

「いいんだ、俺だって沢山あっても食べきれない。円ちゃんみたいに気持ちよく挨拶してくれる子に食べてもらった方が野菜だって喜ぶ」
 なんて優しいお言葉っ。
 お兄さんはスーパーにも買い物に来てくれる。ご近所ですからね! スーパーのパートさん達はみんな私を『(えん)ちゃん』って呼ぶから、お兄さんにもそう呼ばれている。
 思わず照れくさくなって、両頬を押さえる。

「お兄さんってば、褒めても何も出ませんよ~。
 そうだ! 私も家庭菜園のお手伝いしますよっ。今日はバイトなのでダメですが、今度バイトのない日にでも伺います」
 私がデレデレと締まりのない顔を披露したからだろうか。
 それともあわよくばもっと野菜をせしめようとした、私の強欲さが滲み出ていたのだろうか。お兄さんに断られてしまった。

「いや。手伝って貰うほどのものじゃないさ」
 根こそぎ野菜を奪って行きそうに見えたのでしょうか。

「残念です、すっごく残念です……」
 しゅんと落ち込んでしまう。そりゃ野菜も欲しいけど、お役にも立ちたかったのに。

「ええと、それじゃあ新じゃがの収穫の時にでも手伝って……」
 やったね! お兄さんが折れましたっ。
「ありがとうございます! 大好きですっ」
 あ、ジャガイモがって付け忘れた。

「――俺も好きだ」
 うん、後ろにジャガイモを略してあるんですよね。
 流石お兄さん、よくわかっていらっしゃる。


 美味しい野菜をくれる、家庭菜園の君。
 今日も貴方にメロメロです。


かい‐じゅう【怪獣】
①あやしいけもの。正体不明の不思議な獣。
②映画・漫画などで、恐竜などをもとに創作した、特別な力をもつ生き物。
(広辞苑 第六版より)
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