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「月給制」の矛盾と「能力時間給」

■「月給」の本来の意味とは?

 「月給と時給、あなたならどちらがいいですか?」という質問をすれば、大抵の人は「月給」と答える。こういった回答が条件反射的に大勢を占めてしまう背景には、「月給=正社員」、「時給=派遣・パート・アルバイト」というような差別的な認識が有るせいだろうと思われる。

 しかし、現代社会の中で実際に働いていると、本当に「月給」の方が「時給」よりも良いのだろうか?と疑問に思うことがある。

 「月給制」が正社員制度と密接に関係していることは先に述べた通りだが、月給制とは本来、読んで字の如く「1ヶ月間の給料」という意味である。これに対し「時給」とは「1時間の給料」であることは言うまでもないが、「1ヶ月間の給料」の本質とは、「1ヶ月間丸々、会社に拘束される」ことを意味している。それが良いか悪いかは別として、月給労働者というものは、仕事が忙しい時やトラブルが発生した時には残業も休日出勤も行わなければならないという暗黙の拘束条件が付加されている。

 法的には1日8時間労働というような決まりが存在するが、そんな制度をキッチリと守っている正社員がいたとすれば、それは「8時間分の時給を貰う労働者」と変わりないことになる。これでは雇用する側からすれば、正社員(月給労働者)として雇うメリットはほとんど無いことになってしまう。

 「定められた8時間分働けば、後は知りません」と言うような月給正社員がいたとすれば(実際にいると思うが)、「私は時給アルバイターです」と自分自身で認めているようなものである。

 繰り返すが、ここではその善悪については述べない。素直に考えれば、そういう結論にならざるを得ないという意味合いでの一般論を述べている。

 「月給」とは、何かあった時には時間外でも働き、休日でも出勤するという責任が付いてまわる給料制度のことを意味している。それが「時給」と「月給」の根本的な違いだということは、言葉の定義からしても認めざるを得ないし、それが現代においても正社員制度というものが存在し続けていることを正当化できる僅かな理由(または詭弁)の1つでもある。

■「時間給」で働いている姿をシミュレートする

 ここで質問を変えよう。

 「あなたは1ヶ月間丸々拘束される月給制と、1時間単位で拘束される時給制のどちらがいいですか?

 これなら、少しは考える余地があるかもしれない。条件反射的に「月給制」と述べる人は先の質問よりは少なくなるだろう。

 現代の労働環境で問題となるのは、主として「低賃金問題」と「長時間労働問題」の2つである。仕事内容にも依るが、基本的に、時給で働いている人々は「低賃金」を問題とし、月給で働いている人々は「長時間労働」を問題としているケースが多い。

 「低賃金」問題はまた別の機会に譲るとして、ここでは「長時間労働」に絞って述べることにしたい。長時間労働を余儀無くされ、そういった無理な労働環境が常態化している原因は、正社員の月給制にこそある。

 もし、あなたが月給制で長時間働いている労働者であるなら、1度、シミュレーションとして自分自身が時給で働いている姿を思い浮かべてほしい。

 そうなると、残業代が出るかどうかも分からないような無駄な残業をする必要性は無くなる。上司に気を遣って夜遅くまで居残りしなければいけないというようなストレスからも解放される。尤も、キチンと1人前の仕事をしている(ミスもしない)ことが前提となるが、無意味な時間を過ごすことが減少することだけは間違いない。

■「“月給”と“残業”」は「“水”と“油”」

 月給制では、残業代の定義が極めて曖昧になるというデメリットがある。先に述べた通り、月給制とは1ヶ月間拘束されるという給料制度なので、残業代は月給制に含まれるという具合になってしまいがちだ。意外にも、あまり認識されていないことなのかもしれないが、実は、「月給制」と「残業」というものは相反する概念である。だからこそ、サービス残業というものが発生してしまうことになる。

 しかし、時給制なら、サービス残業という概念は基本的に発生し得ない。もちろん例外は有るし、これもキチンと1人前(時給に見合うだけ)の仕事ができればの話だが、時給制であるからこそ残業という概念が自然に生じることになる。

 残業代と言えば、基本的に時間給である。もともと時間給であれば残業代を算出するのは容易だが、月給の場合、時間給である残業代を算出するのは難しい。

 「月給を基に1時間当たりの給料を算出することはできる」と言う人がいるかもしれないが、ここで述べていることはそういうことではない。そもそも論として言うなら、月給に残業を付加することに矛盾が存在しているわけだ。月給を「水」に喩えれば、残業代とは「油」に該当する。この水と油を無理に混ぜ合わせようとするから矛盾(長時間労働など)が生じてしまうことになるのである。

 さらに言えば、月給制でないなら、1日8時間の労働時間に囚われる必要もない。この場合、雇用者側の認識も変える必要があるが、8時間分の仕事を5時間でできるのならば、5時間勤務ということも有り得る。

 「それでは給料が減ってしまうじゃないか!」と言う人がいるかもしれないが、無論、5時間の仕事で8時間分の給料を貰うという意味である。雇用者側の認識を変える必要が有るというのは、そういう意味である。

■「能力時間給」のメリット

 仕事の出来・不出来に無関係の一律平等な時間給は問題だが、能力に応じた時間給であれば、労働時間は短縮され、収入も上がる可能性がある。月給で支給されている給料以上の仕事が出来る人なら、能力に応じた時間給であれば、1時間当たりの収入は月給で支給される金額を上回るケースが多くなるのではないかと思う。

 日本では未だに「正社員神話」を信仰している人々が多く、「正社員(月給制)こそが幸福へのパスポートだ」と本気で思っている人もいる。しかしながら、会社が労働者の人生の面倒をみてくれるかのような手厚い福祉厚生を用意することが出来なくなった現代であるからこそ、労働者にとっては必要以上に会社に拘束される月給制よりも時給制の方が有り難いと思っている人は案外、多いのではないかと思われる。

 少子化・未婚化で家族や子供を養う必要の無い人や、親と同居してローンでマイホームを購入する必要の無い人も大勢いる時代的背景を鑑みれば、人生に必要となる総生活資金も大きく違ってくる。それが良い時代とは言えないかもしれないが、誰も彼もが同じだけの収入を必要としなくなった現代においては、会社に縛られるだけでほんの少しだけ給料の高い月給制に固執していない人々も大勢いると思われる。

 月給制は長時間労働を生む矛盾を抱えていると述べたが、ほぼ日本に限定される「過労死」という問題も、基本的には時間給で働くアルバイトよりも月給制で働く正社員に多い問題である。

 以前に「すき家」のワンオペ問題に関する記事を書いたことがあるが、「すき家」の場合、従業員が辞めることで問題が表面化したわけだが、あれが全員正社員だったなら、どういう結果になっていただろうか? 私が思うに、おそらく「過労死」や「過労自殺」という問題にまで発展していた可能性が高いと思う。「正社員」という身分に拘るあまり、過酷な業務でも辞めることもできずに過労死に至るケースは後を絶たないが、これとて、時間給であればある程度は緩和される。なぜそうなるのかと言えば、月給制は仕事の上限というものが曖昧になってしまうからである。

 《月給制は時間給よりも給料がよい、そのため多少の無理は仕方がない》という認識が暗黙の了解として存在しているため、際限の無い長時間労働に至り、その結果、肉体や精神を病み、最悪、過労を原因とした死に至る。これこそ、月給制が齎した悲劇である。無論、正社員であろうとアルバイトであろうと、仕事に責任は付き物であり、責任感を持つ必要がないと言っているわけではない。責任感も大事だが、そのせいで肉体や精神を病んでしまっては本末転倒だという意味である。

 最後にもう1度、質問しよう。

 「あなたは過労死リスクの高い月給制と、過労死リスクの低い時給制のどちらがいいですか?

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