政府訪朝団同行ルポ 北朝鮮監視下の取材 軍服の女性画像「消せ」 全記者の携帯一時不通
拉致被害者らの再調査を行っている北朝鮮の特別調査委員会と政府訪朝団の協議を取材するため、10月27日から30日まで、北朝鮮・平壌市内に滞在した。現地では「ガイド」と称する監視役が常に同行し、自由な取材は許されない。その上、金正恩(キムジョンウン)第1書記を批判する報道をしたとして、民放テレビ局の記者が当局から事情聴取を受けるなど、独裁国家を取材する難しさを痛感した4日間だった。
取材制限は平壌国際空港に到着した時から始まった。空港で行われていた大規模な拡張工事の様子を撮影したときだ。軍服の女性がすごいけんまくで近づいてきた。一枚一枚写真を確認し「消せ」と指示。問題の画像を消し終わると、無言でその場を立ち去った。
「私がガイドを務めるホンです」。入管審査を終えてゲートをくぐると、人の良さそうな男性から声を掛けられた。彼は「国際旅行社の社員」と名乗ったが、実際は北朝鮮当局が送り込んだ監視役だ。同行記者は数人ずつに分かれ、それぞれに担当ガイドが付いた。
「軍隊や軍事施設、朝日関係に影響を及ぼす、ふしだらな場面の撮影は避けてください」。空港から宿泊ホテルに向かう車中でホン氏はこう切り出した。「ふしだらな場面とは何ですか」と質問したが、「私は旅行社の社員ですから、詳しいことはよく分かりません」と笑顔でごまかされた。
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宿泊先は平壌市内を流れる川の中州にある「羊角島(ヤンガクト)国際ホテル」。地上47階建て、1001部屋。主に外国人観光客が利用し、北朝鮮で一、二を争う高級ホテルだ。一見すると、どこにでもありそうなホテルだが、大きな違いは客がほとんどいないこと。照明は全体に暗く、夜になると廃虚のようだ。
滞在中はホテルと、協議が行われた特別委が入る庁舎ビルを行き来する毎日だった。ガイド同行で1時間程度市内観光もしたが、基本的にはホテル外に出ることは許されず、周辺を散歩するにもガイドに事前に知らせる必要があった。
29日朝に問題が起きた。午前9時前、協議会場に車で向かおうとしたところ、北朝鮮側の指示でTBSの女性記者が降ろされた。外務省職員によると、当局が「前日の放送について事情を聴きたがっている」という。
「共和国では、事実に反する金第1書記の批判は絶対に許されない」。車内で、ホン氏はそれまで見せたことのない厳しい表情でこう言った。「どの報道に問題があったのか」「詳しい事情を教えてくれ」と聞いたが、一切答えなかった。
この日は一時的に記者全員の携帯が通じなくなるなど、不可解なことも起きた。当局の監視下に置かれていることをまざまざと実感した。
女性記者は外務省職員の立ち会いの下、数時間にわたって事情聴取を受けた。職員は「身の危険はない」と説明したが、聴取の理由などについては「(女性記者の)帰国を優先させるため」というだけだった。
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自らに都合が悪い取材を制限する一方、巧みに報道陣を利用する場面もあった。29日午前の取材でのことだ。当初、協議の冒頭取材は認められていなかった。ところが、協議開始と同時に北朝鮮外務省の広報担当者が、庁舎前に待機していた記者団に「早く2階に来てください」と指示。取材後は特別委が入る2階フロアの撮影も許可された。
この日は、特別委から「日本人遺骨」について調査の現状報告があった。拉致問題の報告を最優先させたい日本側に揺さぶりをかけるとともに、再調査を誠実に行っている北朝鮮の姿勢をアピールする意図は明らかだった。
協議後、外務省は「北朝鮮側から事前に取材許可の連絡があった」と説明した。その日の夜、北朝鮮関係者が、舞台裏を明かした。「冒頭取材を嫌がったのは外務省の方だ。ただ皆さんに取材させないのはおかしいでしょ。共和国はいつでもオープンですよ」
=2014/11/02付 西日本新聞朝刊=