読み書き能力調査委員会が一九四八年八月におこなつた、わが国における読み書き能力の調査報告「日本人の読み書き能力」(東大出版部発行)によつて読み書き能力の状態をみよう。
(註)読み書き能力調査委員会は、わが国民の読み書き能力調査を目的として一九四八年三月結成され、一九四九年三月、調査目的を果して解散した。調査の目的、性質
この調査の目的は「日本国民として、これだけはどうしても読んだり書いたりできなければたらないと考えられる、現代の社会生活を営むうえに必要な文字言語を使う能力を調べること」であり、地域、性、年令、学歴、職業などを考慮して選出された、全国における被調査者一万六八二〇人(一五才から六四才までの男女約半数づつ)を対象として行われた。
わが国におけるこれまでの読み書き能力調査としては、壮丁教育調査、カナモジカイの調査、東京都教育局の読方教育測定などがあるが、本調査は日本ではもちろんのこと、世界でも類のない大規模な調査であるといわれる。
(註) 壯丁教育調査 毎年、徴兵検査に際し全国における満二〇歳の男子を対象として行われたもので一九〇五年(明治三八年)に初めて実施され、一九三一年(昭利六年)になつて調査方法も全国一本に整備された。内容は年度により多少異なるが、漢字の読みと書取り、語の意味、文法、文章の理解その他で、かなや数字の読み書きについては調べられなかつた。調査の結果カナモジカイの調査 一九三五年、三七年、四一年、四五年の四回、高等小学校生徒、工員、壯丁など四〇〇人ないし三二〇〇人を対象に行つた調査であり、ほとんど漢字の読みと書取り能力についてであつた。
東京都教育局の読方教育測定 一九三三年、東京市内一五小学校の生徒約九五〇〇人について行つた調査で、漢字の読みと書取り、語の意味、文の意味について大体の学習能力を調べた。
この調査における全国民の得点分布は第177表の通りであつた。この分布構造は高得点にもつとも人数が多く、また低得点にもやや人数が多い。テスト問題はふつうの社会生活を営んでいる者には全部できなければならないはずのものであるが、しかし額面どおりの満点(九〇点)をとつた者は四・四%であり、不注意による誤りを見こんでも「満点」と認め得る者は六・二%にすぎない。したがって全国民の六・二%が「読み書き能力」をもっているということができる。
また、一・七%を占める〇点の者を「完全文盲」とし、かなは何とか書けても漢字は全く書けない者を「不完全文盲」とすれば、全国民の中で、いわゆる「文盲」に属する者は大体二・一%程度と推定される。この数字は世界各国にくらべて、おそらく極めて低いものであろう。
次に本調査でえられた特にいちじるしい結果として次の点が指摘されている。(註)本章の表はすべて「日本人の読み書き能力」に基いており、第177表を除き得点数は一〇〇点満点として計算されている。
(三)学歴なしの者と小学校中途退学との間にも、小学校中途退学と小学校卒業との間にも、小学校卒業と高等小学校以上との間にも、それぞれ、きわめていちじるしい差が見られる。そして、高等・専門学校卒業以上ぐらいでないと、こんどのテスト問題を満足に解くことができないと認められる(第179表)。
(四)教育の影響は地域、性、年令、産業、職業、新聞を読むことなどのような教育以外の文化的諸原因にくらべて、より重要であるといえる。(一八二頁の図を参照)(五)農業があらゆる産業のうちでもつとも成績が悪く、作業的職業が他の職業にくらべて成績が悪い。それらに対して公務・団体、自由業と事務的職業とが、それぞれもつとも成績がいい(第180・181表)。
(六)新聞を読まない者と読む者との成績の差はいちじるしい。新聞を読まない者というのは、実は新聞の読めない者のことであろうかと思われる(第184表)。(七)二〇―二四才がもつとも成績がよく、年令が高くなるに従つて成績は落ちる。ただし一五―一九才は順位からいつて四〇―四四才と四五―四九才との間にある(第182表)。
(註)一五―一九才の者の成績が悪いのは、テスト問題がその性質からいつて、社会人として経験がとぼしい彼らにとつて相当難しかつたことによるのではないか、と説明されている。
(八)男は女にくらべて成績がよく、両者の差は年令とともに、ますます大きくなる(第183表)。(註)女子が劣る理由として次のことがあげられてい結論
る。
(一)学歴が低いこと。この傾向は年令の高くなるにつれてはなはだしい。学歴上、男女を一〇〇〇として女子の占める割合は、学歴なし三八六・九、小学校卒一四六・七、中学校卒一四一・八、高等専門学校卒三二・二、大学卒〇・七。
(二)社会的関心の薄いこと。新聞を読む者四六・七%(男七四・五%)、少し読む者三〇・四%(男一六・一%)、読まない者二二・四%(男九・〇)。
(九)市部は郡部よりいつも成績がいい(第185表)。
(一〇)東北地方が他の地域にくらべて、いちじるしく低い(第186表)。
(註)東北地方の特徴として次のことが上げられている。
(一) 一般に成績のいい市部が一六・九%(全国平均三三・二%)と、いちじるしく低く、郡部が八三・一%の地域を占めること。
(二) 東北郡部における被調査者の五六・五%までが農業で他の地域の割合にくらべていちじるしく高いこと。しかも東北農業の得点成績は他の地域の農業にくらべてもつとも低いことが注目される。東北六二・四点、九州六九点、その他七一〜七五点、全国七〇・三点。
(三) 東北は農業が多い関係上、職業別でも一番成績の劣る作業的職業がいちじるしく多いこと。東北六六・三%、その他四九〜五九%、全国五六・二%。
(四) 東北は他の地域にくらべて学歴がひくいこと。学歴なしが東北三・三%、その他一・六〜三%、全国二・二%、高等学校中退以上が東北六六・八%、その他七三〜七六%、全国七三・二%である。しかも学歴の同じ者の読み書き能力でも東北が一番劣る。
一、わが国民の文盲率は低いであろうと考えられる。
二、国民の読み書き能力は大体において教育程度に比例しているといつてもよいであろう。
三、現代の文字言語は社会生活の通達に十分役立つていないであろうと考えられる。
四、国民の現在の読み書き能力は、正常な社会生活を営むのに不十分であり、特に漢字の書き取り能力は明らかに不十分であるといえる。
日本労働年鑑 第26集 1954年版
発行 1953年11月20日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
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