事務屋稼業

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   ★カテゴリー「クルーグマンマクロ経済学」より、同書の要約集に飛べます。

2014-11-01

[]こころとは何だろうか こころとは何だろうかを含むブックマーク

 いささか旧聞に属する話だが、ESRI Discussion Paperにて宇南山卓氏と古村典洋氏が共同で論文を発表している。以下は発表当時に私がtwitterでつぶやいた感想のリメイクになる。

株価が消費に与える影響:アベノミクス期を用いた資産効果の計測

https://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/ron263.pdf

 まずは概要。

 本稿では、第2次安倍内閣の発足前後から2013年の前半にかけての急激な株価の上昇を自然実験として、資産価格の上昇が消費を増加させる効果、いわゆる資産効果の大きさを計測した。家計レベルでの株式保有と消費の情報が利用可能な家計調査を用いることで、株価以外の要因をコントロールして資産効果の大きさを計測することを可能にした。推計された資産効果の大きさは、株価上昇がもたらすキャピタルゲインの限界消費性向が2.2%であることを示した。この推計値をマクロ消費に適用すると、2012年後半から2013年までの家計消費の増加の約4割が資産効果で説明できる。

 おもしろい推計だ。特にツボに入ったのは、以下のくだり。いや、わりとくだらない理由なんですけどね。ちなみにそのままだと読みにくいので、すこし分割してみた。

 キャピタルゲインを得るとその約3%を消費するとして、どのような財を消費したいのかを計測したのが表5である。推計(1)と(2)は、被説明変数が非耐久財・厳密な非耐久財であり、食費や光熱費など日常的な支出が大部分を占めている。両推計ともに係数は0.018程度であり、資産効果の約6割は日常的な支出の増加によってもたらされていることを示している。

しかも、推計(3)で示されるように食費の増加はほとんど観察されていないため、非耐久財のうちどのような財の消費が増加したのかをさらに考察した。ここでは結果を掲載していないが、消費の10大費目で見ると、資産効果の大きかった項目順に「その他の消費支出(0.008)」、「教養娯楽 (0.005)」、「保健医療(0.003)」、「被服及び履物(0.002)」、「住居(0.001)」、「食料(0.001)」が有意に正の資産効果を観察していた。さらに詳細に見たものが推計(4)であり、「その他の消費支出」のうち「交際費」が0.012と単独の項目としては極めて大きな資産効果である。

「交際費」とは「贈答用の金品及び接待用支出並びに職場、地域などにおける諸会費及び負担費(家計調査「収支項目分類表」より)」であり、資産効果の約半分がこの項目に支出されたことは興味深い。

 ここで私が思い出したのは、桜玉吉の漫画『幽玄漫玉日記』のエピソードだ。

 こういう話である。玉吉が漫画のネタとしてアスキー社の株を買う。それがどういうわけか高騰し、約10万円の儲けが出る。テンション上がっちゃった玉吉は、株を現金化したわけではないのに、アシスタントや編集者らを連れてカニを10万円分食い散らかすという豪遊にふけるのであった。

 ――というわけで、大好きな漫画のことを思いがけず彷彿し、ほっこりした気分になったのである。

 あと、ついでに言えば、2012年後半に個人消費が伸びたことなどが説明できるので、なかなか便利な研究だなと思った次第。円安株高がまず資産効果によって個人消費を刺激し、金融資産を持たない家計もそれに誘引されるかたちで、また、将来の景気回復にともなう所得増加を予想して消費を増やし、サービス産業が需要増に応じて求人を増やし、時給を上げ、そして設備投資を拡大し……というのが、2012年後半から2013年前半にかけて起こった流れなのだろうと私は思っている。根拠は半径3メートルの実感と各種統計。

 筆者たちは論文の後半でこう述べる。

 安倍政権成立直後の消費の増加の約40%は、株価上昇による資産効果で説明できる。その後、株価が上昇して行くにつれて消費の伸びに対する寄与も増加したが、2013年第2四半期以降はその寄与は低下してきた。これは、アベノミクスの牽引役である個人消費の伸びの約半分は資産価格が上昇したことの直接の結果であったことを示唆する。資産効果以外の消費の変動を生み出す要因は、基本的には将来所得の期待値の割引現在価値の合計が変化すること、つまり将来の経済成長に対する期待である。資産効果ではなく、将来の成長期待によって消費が変化することを「自律的な変化」と呼ぶとすれば、2013年度の消費の伸びの約半分が「自律的な消費の回復」によるものと言える。現状では、2013年第2四半期以降に自律的な回復の傾向が強まっているが、依然として資産効果が消費の増分の3分の1を説明している。今後、この比率の動向を注視することで、自律的な景気回復判断できる。

 折しも昨日、日銀2014年度以降の経済の見通しを引き下げるとともにQQEの拡大を発表し、株価はふたたび急伸することとなった(ちなみに拡大の効果を織り込んでなお物価の見通しを下方修正しており2015年度は委員の最高値でさえ1.9%であって2%に届いていないというのはどうなのよ「2年程度」どこ行ったのと疑問なのだが「こまけえこたあいいんだよ!」てな勢いでみんな沸騰しているようなのでまあいいかとも思う)。今回も2012年後半からの流れを再現するのだろうか。それで3%の消費税増税の影響を吹き飛ばすことができるのか。

 もちろん経済は生き物だ。ここに設備投資計画やら補正予算やら次の増税判断やら輸出入やらさまざまな要因が絡んでくるので、株価のみで経済を占うのは適当ではあるまい。消費については、来年4月に再度のベアがあるか否かもふくめて、名目賃金の動向がますます重要になるだろう。ひとまずは「時間を買った」格好ではあるけれども、当面は予断を許さない状況であることに変わりはないと思われる。