U-NOTE【ユーノート】仕事を楽しくするメディア

「絶対正社員にならない方がいいよ」― これからの時代の安定した働き方をホリエモンが語り尽くす


 ホリエモンこと堀江貴文が、メルマガに寄せられた質問に答えるYouTube番組「ホリエモンチャンネル」。今回の放送のテーマは、近年大きな注目を集めている働き方について。

 クラウドソーシング、パラレルキャリアなど、ここ数年で働き方が多様化してきていますが、今後の働き方についてホリエモンはどのような考えを持っているのでしょうか?

これからは複数の仕事を掛け持ちするのが当たり前になる

 「堀江貴文のQ&A vol.394〜安定の鍵は掛け持ち!?〜」で取り上げた質問は、「正社員・派遣に次ぐ『クラウドワーカー』について、どう思われますか?働き方への見解と今後に関してを教えてください」というもの。

 この質問にホリエモンは、「労働力もシェアされる時代になる。一つの仕事ではなく、複数の仕事を掛け持ちして時間分割する働き方が当たり前になると思う」と回答。

 今までは、就業規則で副業を禁止し、一つの会社に属して一つの仕事をこなしていくのが当たり前でしたが、その考え方は大きく変わりつつあります。例えば、ホリエモンのオンラインサロン「堀江貴文サロン」では夜の時間や週末を上手く活用して、新しい事業を立ち上げたりしている人が多くいるそうです。

 ダブルワークと聞くと「安定してなさそう…」というイメージを持つ人が多いかもしれませんが、ホリエモンは「ダブルワークの方が安定している。一つの会社に勤めていて、クビになったら収入も厳しくなるし、精神的にも厳しくなる」と主張。

「絶対、正社員にならない方がいいよ」

 また、日本では一般的な考え方とされている「正社員志向」ですが、これに対してもホリエモンは「絶対正社員にならない方がいいよ」とバッサリ。例えば、不安定と思われている契約社員ですが、時間外勤務手当や超過勤務手当など様々な手当てがあるそうです。

 その一方で、正社員は社会保険が充実していて、雇い止めされることもないのですが、手当などが一切ないため、給料はなかなか増えていかず…。また、その会社以外で働けなくなってしまうため、正社員ではなく複数の仕事を掛け持ちした方が安定するとのこと。

 「堀江貴文のQ&A vol.394〜安定の鍵は掛け持ち!?〜」では、ホリエモンが考えるこれからの働き方以外にも、ゲストのサムライインキュベート榊原健太郎さんがイスラエルの起業家が安定している理由についても語ります。

 今のままでいいのかな…と仕事に対して悩みを抱えている人ほど、一度は目を通しておくべき内容。ホリエモンの言葉が、自分自身のキャリアを考える上での金言となるかもしれませんよ!



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「東京の劣化コピーを作ってどうするの?」―ホリエモンが考える、正しい地域活性化とは?


 ホリエモンこと堀江貴文が、メルマガに寄せられた質問に答えるYouTube番組「ホリエモンチャンネル」。この中でホリエモンが、これからの地方政策の在り方を話しています。

 将来有望な人の多くが東京に出てしまい、地方の過疎化が進行する今、地方に人を集めるためにはどうすればいいのでしょうか?ホリエモンは、そもそもいまの地方活性化の考え方は間違っていると話します。

「地域活性化なんてやらなくていいんじゃない?」

 「堀江貴文のQ&A vol.391〜田舎は不便が売り!?〜」で取り上げた質問は、「地方を元気にするには、地域の起業家を育成するインフラが必要だと思っています。堀江さんは、地方を元気にするために民間ではどのような行動をすればいいと思いますか?」というもの。

 この質問にホリエモンは、「そもそも地方を元気にしなきゃいけないのかな。地方には、東京とは違って比較的競争意識が高くない人が集まっているはず。そんな中で東京の後追いをしても仕方ない」と回答。今の地方政策に対して、「東京を意識しすぎだよ。東京の劣化コピーばっかり作っても意味ないよね?」と不満を漏らしています。

 そもそも、いま地方にいる人の多くは、あえて東京に行かない人だとホリエモンは話します。そのような人に対して、東京に近い環境を整えても意味がありません。東京に魅力を感じる人は東京に行けばいいのであって、「そもそもすべての場所に東京と同じインフラを求めるのは間違っていると思う」と地方への考え方を変えるべきだと語っています。

地方は東京にはない強みをどんどんアピールしていくべき

 例えば、イケダハヤトさんは高知に移住して、高知ならではの習慣や食文化をブログで紹介しています。このように、地方は東京にはない強みをアピールしていくべきではないでしょうか? 地方がそれぞれの魅力を伝えていけば、次第にそれぞれの風土にある人が集まって、東京への一極集中も緩和されるかもしれませんね。

 「堀江貴文のQ&A vol.391〜田舎は不便が売り!?〜」では、ホリエモンがサムライインキュベートの榊原健太郎さんと一緒に、日本という国の中での正しい地域の在り方を考えます。地方活性化を考える人や、地方で働こうと考える人には必見の内容です!



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日本の最先端がここに集結!新進気鋭のベンチャー起業家9人に田原総一朗がメスを入れる!


 10月2日、「日本で起業という生き方をメジャーに」というコンセプトのもと「STARTUP PRESS 2nd」が開催されました。数々の著名人の本音を引き出してきたジャーナリストの田原総一朗さんが、起業家たちのプレゼンに対し、ツッコミを入れていく本イベント。

 ここでは9人の起業家が、田原さんにそれぞれの事業を紹介。「ベンチャー」のイメージがあまり無い田原さんですが、彼らの説明に本質をズバリと突いた質問を返しています。

前編はこちら

スピーカー

辻庸介 株式会社マネーフォワード 代表取締役社長CEO
諸藤貴志 株式会社アグリメディア 代表取締役社長
福島良典 株式会社Gunosy 代表取締役最高経営責任者
佐藤航陽 株式会社メタップス 代表取締役
端羽英子 株式会社walkntalk 代表取締役
小間裕康 GLM株式会社 代表取締役社長
松田雅也 八面六臂株式会社 代表取締役
伊藤新之助 株式会社LAUGH TECH 代表取締役
重松大輔 株式会社スペースマーケット 代表取締役CEO

マネーフォワード 代表取締役社長CEO 辻庸介

 マネーフォワードはITでお金の管理を変えるサービス。証券会社や銀行などに頼らないユーザー主体の資産運用をサポートするソフトです。ウェブ上での資産管理や中小企業の会計力強く支えてくれます。

 代表の辻さんは1人目の紹介者として多少の緊張感を保ちつつも、一言一言丁寧に説明を行いました。彼自身も証券会社出身ですが、証券会社や銀行のように自社商品を売らずに、純粋にユーザーの資産運用を助けるサービスを作りたいという思いが、マネーフォワード創業のきっかけだそうです。

 しかし、マネーフォワードにイマイチ利便性を感じていない田原さんは、「僕は会計士に任せているけど、それと比べるとこのサービスは何がいいの?」と質問。辻さんは「圧倒的にコストが安いことと、リアルタイムで情報が分かることですね。会計士は1か月に1回しか結果を教えてくれないけど、これなら好きな時に知りたいことをチェックできます」と回答。終始落ち着いた辻さんの説明に、田原さんも納得の様子でした。

アグリメディア 代表取締役社長 諸藤貴志

 アグリメディアは農業をより良くするサービス。代表の諸藤さんは、農業の背景から丁寧に説明を始めました。現在の農業は、農協の影響力が落ち、趣味で農業をやる人が増えてきています。そんな中で、使われていない遊休農地を区切って都市住民に使ってもらうサービスがアグリメディア。

 このサービス内容で田原さんが気になったのは、「農地を借りたい人っていうのは一体どういう人なの?」ということ。諸藤さんによると、農地を借りて作物を販売したい人は少なく、ほとんどの利用者は週末にちょっと農業を楽しみたいようです。

 「趣味的農業に目を付けたのは面白いね」と田原さんも絶賛。現在農地を利用しているのは2000世帯ほど。遊休農地については、最近は農地を持て余した農家から諸藤さんのもとに連絡が来るようです。強い需要があり、これからの伸びが期待できるサービスですね。

Gunosy 代表取締役最高経営責任者 福島良典

 社長の福島さんは今回参加の社長の中でも最年少。しかし会場のプレッシャーをものともせず、笑いを交えながら楽しくプレゼンしていました。Gunosyは独自のアルゴリズムで算出された、個人に合ったニュースを配信するサービス

 会場にGunosyの利用経験を尋ねたところ、ほぼ全員が利用経験ありと回答。メディア関係者への浸透率の高さに、田原さんも驚かされていました。

 サービス内容を把握した田原さんは、「じゃあ、安倍首相に興味を持っている人っていっぱいいるの?」と追求しますが、福島さんは「人気なのはエンタメ記事とか、役に立つ記事ですね。例えばLINEの既読を付けない方法とか」と回答。しかし田原さんは、「安倍首相が税率を上げるかどうかも重要じゃないの?」と納得していない様子……。

まずはGunosyの情報に興味を持ってもらう

 田原さんの厳しい質問に福島さんは、「若者は新聞などの既存のメディアには興味を持っていません。けれど、Gunosyにそういう情報を流せばきっと見てもらえる。Gunosyを面白いメディアだと思ってもらえれば、Gunosyに載っている情報には興味を持ってくれるんです」と若者に政治に興味を持ってもらうためには、まずメディアに好感を持ってもらえばいいというアプローチを示しました。

メタップス 代表取締役社長 佐藤航陽

 アプリ開発の市場はみるみる巨大化しているのに、儲かっているアプリ開発者はほとんどいません。1ヶ月に50万円以上稼いでいるのはたったの1.6%、半数以上は1万円以下の稼ぎだそうです。

 そんな現状を変えるためにアプリの集客から収益を効率化するシステムを全世界に配信するサービス。代表の佐藤さんは、田原さんの質問に確実に答える形で、丁寧なプレゼンを行いました。

 一度説明を聞いてもあまりサービス内容を呑み込めなかった田原さんは、「よくわからないけど、ネットの広告代理店ということだよね?」と確認し、「広告を出したい人と、広告を載せてお金を稼ぎたいアプリ開発者を結びつけるサービスです」と佐藤さんが説明。

広告とコンサルの両方を兼ねるサービスは失敗する?

 「要するに広告とコンサルを両方やりたいってことだよね? 昔、電通が広告とコンサルの両方をやろうとして失敗したのだから、あなたのところも失敗するんじゃないかな」と厳しい突っ込み。

 「そうですね。現在はシステムですべてを行っていて、現在は利用者の動向などを調べています」と佐藤さんは返していましたが、ネットの環境でなら広告とコンサルの両立は成功するのでしょうか?これからの展開が気になりますね。

walkntalk 代表取締役 端羽英子 サービス:ビザスク

 休憩を挟んで、ここからは後半戦。今回唯一の女性プレゼンターの端羽さんは、自身の経験も交えて感情豊かなプレゼン。端羽さんは出産後に仕事を探していたそうですが、一般企業で仕事をしていた彼女は、自分が専門的なスキルを何一つ持っていないことに気づき、うまく自分を売り出すことができないという経験から、みんなの経験や知識をスキルにするためにビザスクを立ち上げたとのこと

 サービス内容は、自分の経験を公開しておくと、それを必要としている人から連絡が来るというもの。例えば、ペットボトル製造業をしていた男性が、ある日一流企業から製造機のメンテナンスについて、アドバイスの依頼があったそう。

買い手はイベントから見つけていった

 ここで田原さんが気になったのが、買い手の見つけ方。端羽さん自らが様々なイベントに参加し、そこで会った大手企業などから自然と案件が集まるようになったそうです。

 現在2500人程度が利用しているビザスク。田原さんも理念に納得し、期待を寄せていました。

GLM 代表取締役社長 小間裕康

 GLM(グリーンロードモーターズ)は、電気自動車の開発メーカーで、中でもスポーツカーを専門に取り扱っています。GLMがスポーツカーのみに着手した理由は、希少性があるから。そのため、ターゲットは質の良い車にこだわる少数のマニアだけとなっています。

工場を持たずに、自動車を販売

 説明を聞いて田原さんは「ベンチャーが車の開発や販売をどうやっているのか?」と質問。それに対し、「共同メーカーに部品を提供してもらい、組み立ては外注しています」と回答。つまり、自動車事業なのに工場を持っていないのです。

 そのため、社員もわずか10名程度。販売もネットや学会でのダイレクト販売のみなので営業マンもほとんどいりません。「なるほど、少数のプロジェクトチームみたいなものだね」と無駄のない事業に驚いていました。

八面六臂 代表取締役 松田雅也

 八面六臂は、関東を中心に鮮度の高い食品を素早く届けるサービス。日本に豊かな食文化をもたらすことを目的に、料理人のAmazonを作るために事業を行っているそう。特に鮮魚市場は高齢化が進んでおり、昔ながらの仕組みに頼る部分が多いため、ネットを取り入れることで多くの効率化が期待できるとのこと。

 例えば、築地の親方のカンで判断していた卸先の決定を、デジタルで誰にでもできるようにする事業だそう。「こうやって無駄がなくなれば、流通のスピードも速まります。そうすればもっと多くの人が新鮮な食材を口にできるんです」。

食品偽装の心配はない

 少し話題が変わって、この点について田原さんは「食品の名前を偽った事件があったけど、ああいう心配はないの?」と質問。松田さんは、「あれは食品を提供する最後の飲食店で起きた事故。安売りをしすぎるからああした事故が起こったのではないか」という考えのようです。

 低くゆったりした声で話す松田さんからは、遠い未来の食文化を見据えているような雰囲気がありました。

LAUGH TECH 代表取締役 伊藤新之助

 笑うメディアCuRAZYを運営するLAHGH TECHのビジョンは、コンテンツの流通を変えること。今までのテレビやYahoo!ニュースなどの巨大メディアが情報を拡散する時代から、SNSでユーザーがコンテンツを拡散する時代になりました。CuRAZYは、そんなSNSで拡散されるメディアになろうとしています。

1年間で2000万ユーザーを目指す

 SNSで共有されるために扱うコンテンツのテーマは「笑い」。ついついリツイートしたくなる面白い動画や記事を作って、SNS時代のコンテンツメーカーとしてこの1年で利用者2000万人を目指しているそうです。

 「Gunosyがマスメディアなら、CuRAZYはそのソーシャルメディア版という感じだね。利用者2000万人ということは、視聴率にして12~3%程度」。とベテランのメディア関係者として冷静な分析。しかし、社員は7人しかいないと聞くと、「よくそれでそんなにできるね!」とネット業界ならではの働き方に圧倒されていました。

スペースマーケット 代表取締役CEO 重松大輔

 夜間の結婚式場や飲食店のスペースな無駄な時間と、ロケ場所などスペースを探す人を結びつけるのがスペースマーケット。お化け屋敷や帆船など驚きの施設も、手軽に簡単に貸し出しできるそう。お寺でのパーティや、映画館をベンチャー企業のイベントに使った事例なども出てきました。

メディアに取り上げられるコツは、コンセプトをキャッチーに!

 田原さんも、「今日聞いたビジネスの中でも一番わかりやすい!」と絶賛。短期間で話題になれた理由を問うと、「ポイントはメディアなどに取り上げられることですね。以前のベンチャー経営でどうすればメディアに注目されるかが分かっていました」と、以前にもベンチャー経営していた経験者らしい回答をしていました。


 続いて、今回のイベントを主催したSkyland Venturesの木下慶彦さんが、「現在のスタートアップは、とにかく伸びている。スタートアップの共通点は上しか見ないこと。現在は彼らに大切な「ヒト・モノ・カネ」の3つがそろいやすい環境になっている。今回のイベントを機にライバルだったみなさんにも何かの縁があればと思います」と10社にエールを送りました。

 最後に総括として田原さんが本日のMVPを発表。「一番分かりやすかったスペースマーケットです。しかし、みんなが素晴らしく優劣もつけがたい。また、みんな話が上手で、とても面白かった!正直、もっと退屈なものになると思っていました」と大絶賛。

 次回以降のSTARTUP PRESSにも田原さんの参加がアナウンスされ、大盛況の中終了しました。

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【書き起こし】就職した。それでも僕は世界を変えることにした。――起業家達が舵を切ったキッカケ


 偉大な先人が、今を迷える前途有望な学生1500人に指標を与えるイベント。それが毎年行われる起業家スーパーカンファレンス(KSC)です。今年も誰もが知っている有名人が、たくさんの学生に一生モノの地図を与えました。

 多くの学生が社会に出ることに対して恐怖を持っているはず。「自分にあった場所で働けるのか?」「誰とでも替えがきくつまらない仕事をすることになるのか?」抱える悩みはそれぞれでしょう。そんな学生たちに、自分だけの道を走り続ける大人たちがアドバイスを送ります。

 起業家は学生のころから特別だったのでしょうか?自分の枠を超えるためにすべきこととはいったい何なのでしょうか?

スピーカー

徳重徹氏 Terra Motors株式会社 代表取締役社長
石田言行氏 株式会社trippiece 代表取締役社長CEO
佐俣アンリ氏 ANRI General Partner ベンチャーキャピタリスト
漆紫穂子氏 品川女子学院 学校長

モデレーター

津田大介氏 ジャーナリスト、メディア・アクティビスト

見出し一覧

・入学者減が止まらない女子高に改革を起こす
・Apple・Google超えを目指す、日本発電動スクーターベンチャー
・「旅を作る」24歳の起業家
・リクルートを辞めてベンチャーを助ける側に
・危機意識だけが人を変える
・29歳になって初めて自我が芽生えた
・とりあえず就活して、普通に就職した。それでも運命の出会いはあった。
・お金だけじゃ満たされなかった

女子高に改革を起こす

漆:
 みなさん、こんにちは。品川女子学院の校長の漆です。なぜ私がここにいるのか不思議に思っている方も多いかもしれません。私たちの学校は、品川にある1200人ぐらいの女子の中高一貫校なんですね。おそらく私が本日呼ばれた直接の理由は、学校改革に携わったことにあると思います。

 品川女子は私の曾祖母が創立した学校です。小さいころから経営というものをずっと見ていて、経営って大変だな、絶対タッチしたくないなと思っていました。それで教員になりたくて他の学校にいたんですね。そうしているうちに、品川女子の入学者が1学年5人くらいになってしまいました。経営者だった母が癌になり、あと寿命半年というのも重なって、学校に戻って改革に参加する決意をしました。

 学校改革の結果は7年後には応募者が2000人くらいになりました。そこに起業に通じるものがあり、今回はお呼びいただいたと思っています。私は、人口が減っている現在の日本にとって貴重な資産といえるのが女の子じゃないかなと思っているんです。現在の日本で活躍しきれない女性が起業って言うとすごくレバレッジがきくんじゃないかとも思うんです。だから、起業を志すような女の子をどんどん育てていくために、いろんな取り組みをしています。

津田:
 入学者が7年間で2000人まで増えたというのは、なかなか出来ることではないと思います。まず何から手をつけて、どこがいちばん大変だったのか、教えて頂けますか?

漆:
 私もその頃は若く、経験も無かったので周りに何も言うことを聞いてもらえませんでした。なので、とりあえずみんなの話を聞いたんですね。そうしたところ、問題点は生徒や若手の教員が知っているのに、校長までその話が届いていないというのがまず分かりました。

 先生たちは、みんな真面目で生徒たちの為にやっていましたが、その努力が結集してつながっていなかったので、逆に生徒の立場から見ていい学校とはなんだろうと発想しました。それがよかったのではないかと思っています。

アジアを舞台に闘うベンチャー

津田:
 続きまして、テラモーターズの徳重さん、よろしくお願いします。

徳重:
 テラモーターズの徳重です。我々は、4年前に電気自動車の分野でベンチャー事業を始めました。電気で動くスクーターとか、三輪をやっています。最初から世界市場を狙うということで、今はアジアがメインターゲットです。私も月に5日しか東京にいないですし、ベンチャー企業のくせ社員の半分以上はアジアにいます。

 私はベンチャーの中でも変わっていると言われますが、実際は結構まともで、普通の大学を出て、いわゆる伝統的な大企業で5年半働いていました。29歳の時に思い切って会社を辞めてアメリカでMBAをとって、そのままシリコンバレーで技術系のベンチャーの支援をやって、帰国後に今の会社を始めました。

津田:
 シリコンバレーに行って起業されたと言うと、普通の人はIT企業を想像すると思うのですけど、なんでものづくり、しかも世界市場の企業にしたのですか?

徳重:
 シリコンバレーの連中は最初からグローバルで考えているので、世界市場というのは別に変わったことじゃないんです。ものづくりというのは、僕の中では、イノベーションとグローバルがキーワードです。そこでこのEVであれば、間違いなくイノベーションが起こると思ったんです。

津田:
 テラモーターズは最初の設立趣意書からすごいんですね。AppleやGoogleを超えるような世界企業になると。徳重さんをそのように突き動かしているものは、何なのでしょうか。

徳重:
 日本だったら僕がやっていることってすごくクレイジーなのですけど、世界にはベンチャーなのに、5年10年でメガベンチャーになっている会社ってたくさんありますよね。なので、「俺たちにも、それができませんか」という挑戦かもしれません。

津田:
 最初にシリコンバレーで働き始めたときに、一番日本とは違うなと思ったことは何ですか?

徳重:
 僕の感覚では、日本ではいわゆる優秀な人ほど起業家精神が低い感じがあるんですね。だけど、向こうの場合は真逆です。それが一番強烈でしたね。

「旅を作る」24歳の起業家


津田:
 次は石田さん、よろしくお願いします。

石田:
 みなさんこんにちは。トリッピースの石田と申します。トリッピースはみんなで旅を作るサービスを謳っています。企画を立てて、そこに集まった仲間と旅に出ようというサービスです。僕は大学三年の時に起業して、今に至ります。

津田:
 今、おいくつでしたっけ?

石田:
 24歳です。

津田:
 そもそも、就活しなかったんですか?

石田:
 1社だけしまして。内定は頂きましたが、お断りしたんです。内定をもらったときにはすでに起業していて、それを人事の方も知っていました。なので「どうする?」ってメールをくれました。僕はその時シリコンバレーにいて、お断りしたんです。

津田:
 なるほど。華々しくベンチャーで起業したわけですが、今日はここに来ている学生の方も気になっていると思うのであえてお伺いします。儲かってますか?

石田:
 まだまだですね。ようやく月によっては黒字になって、他は赤字といったところです。けど今は、黒字化というよりも大きな視点で考えています。アジアが生む旅行産業はここ7、8年で世界で一番の産業になっていくんですね。ここでナンバーワンをとっていければ、必然的に世界でもナンバーワンになっていくと思っています。

リクルートを辞めてベンチャーを助ける側に

津田:
 なるほど。では最後、佐俣さん。

佐俣:
 こんにちは。佐俣アンリっていいます。僕は大学を出てリクルートという会社に普通に就職しました。けれど2年半ぐらい経った時に、自分のやりたいことに何の関係もないなと気づいて、そこを辞めてベンチャーキャピタルをやっています。

 皆さんの年齢ぐらいの時に、カンファレンスで村口(和孝)さんという超かっこいいおじさんに会ったんです。そのおじさんみたいになりたいなと思って早5年。現在は自分でベンチャーキャピタルをやっています。ベンチャーキャピタルの仕事内容は、人からお金を集めて、それを人に渡すというものです。一緒に会社を作っている仲間は、一番若い子だと多分21歳なので、みんなとあまり変わりません。最近も、20歳ぐらいの学生と一緒に話して、「じゃあ、お前のやっていること面白いから」って言って、週明けに5000万円ぐらい渡すんです。そんなお仕事をしています。

危機意識だけが人を変える

津田:
 では、次のテーマに移ります。話を聞いていてみんな結構変わっているな、と思ったんですけど、どうですか。みなさん小学校、中学校時代とかで「あれ、ちょっと自分がうまく馴染めているのかな」みたいなことはありましたか?

 まず漆さんに。改革している中で、いろいろな生徒の意見を聞くとなると、本当にいろんな生徒さんと会話をされたと思います。校則とか守らないような子もいれば、すごくおとなしい子もいる。いわゆる個性重視の教育とずっと言われている中で、自立した子を育てていくときに、どういうところを一番考えていたのでしょうか。

漆:
 そうですね。私は、学校では最低限のルールはやっぱり守って欲しいと思っているんですよ。社会で何かをするときに、お互いの信頼関係を築くために、サッカーだったらサッカーのルールってありますよね。そういうのを守るべきだと、学校ではちゃんと教えています。

 けれど、何か変わった子がすごく好きでもあります。いつも生徒に言うんですけど、こういう場で「質問してください」って言うとシーンとしちゃうじゃないですか。そういうときに、最初にバカみたいな質問する子がいると、すごいみんな活性化しますよね。そんな、場の雰囲気を変えちゃうような、変わった人はすごく大事だと思います。そういう子が好きだし、そういう子をいじるのが好きですね。

津田:
 ちなみに漆さんの学生時代は?

漆:
 中学までは超優等生でした。けど、高校は進学校で私より何でも出来る子がたくさんいたので、勉強やリーダーはその子たちにお任せしてスポーツ三昧でした。

津田:
 でも、そこから教師になって、さらに学校の経営、そしてそれを改革してイノベーションを起こすということには、その真面目な優等生からなかなかつながらない気がします。何かそこにジャンプアップしていく際の気づきなどはありました?

漆:
 やっぱり、とことん困ったからですよね。さっきも言ったように、ちっちゃいころから教職員とも生徒とも家族みたいに育ってきた学校がこのままだと潰れちゃう、という危機感です。当時、都議会の資料で、廃校危険指数っていうのが出ていたんですよ。それを見たら、うちの学校が上位に入っていたんですね。それで怖くなったのがきっかけです。

 だから生徒が、「やる気がない」「何したらいいんでしょう」とか言ってきても、あまり心配しないで見守るんですね。すごく困ると自分から一歩が出てそこで大きな変化がきっとくると信じているからです。

29歳になって初めて自我が芽生えた


津田:
 徳重さんは、学生時代とか子どもの頃ってどんな子でした?

徳重:
 僕は小さい頃、親の言うことをちゃんと聞く真面目な、あまり面白くない若者でした。うちの親父は超頑固一徹で、とにかく会社はやっちゃ駄目だとか、めちゃくちゃ厳しいんですよ。正座させられて月一回、説教の時間がある。僕としては、起業家に向いてそうだなという思いはあったのですが、起業はするなとずっと言われていたんです。

 昔は真面目だったから、親を裏切っちゃいけないと思っていました。でも、なんか違うんじゃないかというのが徐々に溜まっていきました。浪人して大学に行って、としているうちに親とのギャップがどんどん広がったんです。でも、やっぱり親のせいもあって大企業に行きました。

 29歳の時に転機があって、もうとにかく自分の道を歩くって決めました。親の言うことは全部無視して、思い切って会社を辞めたんですね。そこからは茨の道もありましたけど。

津田:
 やっぱり、お父様は怒られましたか?

徳重:
 もちろんです。辞めた後に家に帰って「すみません」と言ったら、玄関に立ってめちゃくちゃに言ってくるんです。横でおふくろは泣いていて、めちゃくちゃ怖かったです。でも、そういう修羅場があったので、こういう世の中を変えなきゃいけないなと。

 チャレンジする人は、アメリカみたいなサポーティングなコメントをされたり、「人として何やっているんだ」って説教されたり。色々なんですね。僕はなんとか乗り越えましたけど、普通の人はなかなかそれを乗り越えられない。

津田:
 そういう意味で言うと、29歳の時に自我が芽生えたということでもあるんでしょう。多分、今はお父さんとの関係は良好なのかどうか、皆さんも気になっていると思います。

徳重:
 29歳で自我が生まれる前にもずっと考え続けていたんですけど、大企業の役員を見たときに、ああいうのがなりたい人ではないっていうのは明確だったわけです。ただ、僕も会社ですごく評価されていたから、要は今まで一流大学、一流企業で蓄積してきたものを全部捨てなければいけません。

 その決断が当時の僕では1年かかっちゃった。今だったらもっと早くできますけど。だから仕方ありません。親父にはもう理解してもらえないので、僕はもう親不孝者になっています。ただ、死ぬ前に最後の孝行と思って、年2回は一応帰ることにしています。ただ理解はないですね。それはもうあきらめています。

津田:
 理解はないけど、見てはくださっているとは思います。石田さんはどんなお子さんだったのか。まさに最近まで学生だったわけですから。

石田:
 実は小学校から中学校1年生ぐらいまで、僕はいじめられっ子だったんですよ、どちらかと言うと。名前が「言行(いあん)」なので、「いあん、ばかーん、あはーん」っていじめられてました。

 それですごい気が弱かったんです。それと、父、祖父ともに全日本のバトミントンのチャンピオンとかだったんですね。それで、自分もバトミントンを始めたんですが、挫折しました。全然チャンピオンまで行けないので。

 全日本チャンピオンというそもそもの基準が高かったこともありますね。中学校三年生の時に、僕はそこまでたどり着けないと分かったので、何だったら一番になれるか考えました。親父もどちらかというと、自分の好きなことをやれと言ってくれました。

津田:
 徳重さんのところとは真逆なんですね。

石田:
 本当に放任主義で、高校に入る時には「妊娠だけはさせるなよ」というぐらい。あとは何でもやっていいよと。大学に入ってからは、「妊娠させてもいいけど、責任だけは取れよ」とだけ言われました。

津田:
 良い意味での放任主義だったんですね。

石田:
 自分の好きなことをやれ。ただし、やるんだったら命をかけて達成しろという父なので、そこはすごく感謝してますね。それに、おじいちゃんが起業家だったというのもあるので、それもきっかけになりました。

津田:
 なるほどね。やっぱり、自然とそういうものがあったんですね。
とりあえず就活して、普通に就職した。それでも運命の出会いはあった。

津田:
 佐俣さんはどうでしょう。

佐俣:
 どうですかね。でも僕、ここにいるほとんどの人たちと同じだと思っていて、学生時代もやりたいことが見つからず、エネルギーを持て余していました。みなさんみたいに、こういう場所に来ていろんな話を聞いたり、アルバイトしたり、トレーニングしたり。いろんなことやっていたけど、本当に自分がやりたいことは何だろう、と探し続ける学生生活を送っていました。

津田:
 佐俣さんは、やりたいことが見つかったのは何歳くらいでした?

佐俣:
 いつなんですかね。

津田:
 僕も学生たちから、やりたいことが見つからないんですという相談を受けることがあります。その時は「学生時代とか、もっといえば20代で見つかるほうが珍しいんだから、とりあえず働けよ」と言うことが多いですね。

 僕自身も結局就職活動をしましたが、マスコミ志望で出版社を受けて全部落ちちゃいました。それでアルバイトからスタートして、結局今みたいなことをしています。でも、そうやってライターの仕事とか、自分で会社とかやっていくうちに、これが一生モノの仕事になるのかなと気づいたのが、メディアなんです。メディアに携わる仕事を一生やるんだなと思ったのは35歳ぐらいなので、そこに行くまでには結構いろんな道がありましたね。

 佐俣さんはどうですか?もしかしたら、まだそれを探している旅の途中なのかもしれませんが。

佐俣:
 何をやっていたかな。大学一、二年生の時は、年間300日合宿して、ずっと筋トレしかしていませんでした。体を壊してからは、なぜか分からないけれど一年間で10万枚ぐらい、ひたすら写真を撮っていましたね。要は、何も脈略はないんです。

津田:
 凝り性なんですね。一旦やり始めると、ひたすらにやる。

佐俣:
 みんなが一番になりたいと思っています。何かで一番になりたいんです。けれど、それで頑張っても多くの人は結局、日本一にはなれないんですよね。

津田:
 もっとすごいやつはたくさんいる。

佐俣:
 そうそう。けれど僕は、4回目ぐらいのチャレンジで、このゲームだったら、日本一はもうなれるのが分かったんです。だから、今は世界一まで行こうとしています。

津田:
 起業もされていましたよね?起業してイグジットして、それをもっと育てる、もしくはそれを基に新しい事業を起こすというやり方もあったと思います。そうではなくて、個人のベンチャーキャピタルという道に進んだのはなぜでしょう?

佐俣:
 みんなと同じです。よく分からないので、とりあえず就活をするんですよ。就活をしたら、偶然僕はベンチャーキャピタルという職業に内定を取ったんです。内定を取れたから勉強してみたら、村口さんというおじさんに会った。

 それがターニングポイントでした。けれど、僕はそれが本当にやりたいことか分からなかったので、三年間ぐらい全然関係ない会社で働いたんです。それで3年働いたときの結論が、「あ、これは自分がしたいことと関係ないな」だった。本当に気づけたのは多分27歳ぐらいですが、やっぱり学生の時からずっと「何をやればいいんだろう」って悶々としていました。多分、みなさんと変わらないと思います。

津田:
 村口さんは、ロールモデルのお一人なんですね。

佐俣:
 そうですね。かっこいいおじさんでした。僕にとってはイチローみたいなもので、この分野ですごくかっこいい人だったんです。そんな人に偶然会えて、しかもお酒まで飲んでくれたらかっこいいって思っちゃうじゃないですか。

津田:
 今、佐俣さんからやりたいことの話がありましたが、徳重さんはテラモーターズで起業されますよね。これは徳重さんにとって、世界に向かって日本からチャレンジできる環境を作るというのが一つ。もう一つは、とにかくバイクが好きで電動バイクを作りたいという願いもあると思うんです。その辺りの関係はいかがですか。

徳重:
 そうですね。僕は44歳ですが、やっと今、ずっとやりたかったことが実現できそうなステージに立てたのかな、と思っています。僕は大学のころは3つのことを決めていました。1つはいろんな本を読んで、起業家の話を聞きに行って大きいことをする。2つ目は世界でやるということ。そして3つ目は、人生を楽しむということです。

 その3つを大切にしていたんですけど、「それで実際に何しますか?」って言われるとなかなか出てこないじゃないですか。今やっと、40歳前ぐらいで大学の頃から大事にしていた自分の生き方みたいなのが具現化してきているかな、と思います。

お金だけじゃ満たされなかった


津田:
 テラモーターズが育って、電動バイクがアジアでもどんどん買われ始めている中で、この事業にはこんな面白さがあったんだ、こんな発展の仕方があったんだ、みたいな発見ってありましたか?

徳重:
 それは今、うちの若いやつらも感じてくれていると思いますが、アジアって本当にチャンスがあるんですよね。よく本にも書いてありますが、本当に日本の会社、日本人、日本の製品は現地でものすごく評価されるんですよ。だから、非常にやりやすい。

 一方で、日本人って「NATO(ノーアクション・トークオンリー)」と言われています。来るのは来るけど、全然意思決定はしない。そういう評価の低さもある。そんな全体的な日本人観をアジア全体が持っています。

 そんな中で僕らみたいなのが飛び込んでいくと、すごく喜んでもらえる。相手が財閥だろうと何であろうと。僕たちはベンチャー企業だけど、成長するアジアの財閥と組んで世界に展開していくというのが、僕は新しいビジネスモデルだと思っています。そういうことがリアルに実現されているというのは、僕も若い社員も、非常にワクワクしています。

津田:
 石田さんは何かありますか?今やられていることで、社会に巻き起こすイノベーションの中でも可能性がありそうな分野はありますか?もちろん、理想と現実は違うと思いますが、どうでしょうか?

石田:
 そうですね。最初に起業を目標にしていたんですが、もともと中学校の時にお金が入ったことがあって、お金を稼ぐだけでは満たされないと思いました。

津田:
 中学生の時に100万円稼いだら、人生が悪い方向に変わっちゃいそうですよね。どんな風に思ったんですか?

石田:
 でも、その時に稼いだお金は、自分の為に一切使わなかったんですよ。そういうのがすごく好きで、今もそれは変わってないと思います。結局、お金稼ぎじゃなくて誰かの為になることをしたいというタイプの人間なんですね。

 旅というジャンルは、その中でいろんな人達と出会えるのも長所だと思っています。自分の場合、バドミントンをやっていたのが同級生の男子で僕しかいなくて。それが今でもトラウマなんですね。誰か一緒にやってくれる人が欲しい。

 例えば、僕はスキューバダイビングが好きでよく海外に行くんですが、一人でスキューバダイビングやってもつまんないんですね。それで、すごく良いなって思っているのが、いろんな国の人たちが集まってダイビングをして、その後に感想を言い合ってつながっていく。そうするといろんな国の人たちが友達になって、Facebookなんかでも繋がっていく。次にその人の国に行くときは、家に泊めてもらうとか。

 そういった新しい人や同じ趣味を持っている人たちの出会いは、人生においてとても大事なことだと思っています。今までは日本人向けだけでしたが、4月にシンガポールに法人を作って、やっと海外版を出したところなんです。これからは、いろんな一つのツアーに10人が参加したら、それが10か国から参加する。10か国の人たちがつながって、また新しい人間関係を構築していく。そんな世界を作りたいですね。

津田:
 ちなみに、石田さんが今やられているような事業は、我々だとJTBや近畿日本ツーリストといった、いわゆる従来型の旅行ビジネスを思い浮かべるわけですけど、そういう旅行会社との違いはどこにあるんですか?

石田:
 多分結果として、買うか作るかの違いだと思っています。向こうは出来上がった商品なんですね。僕らは体験です。僕らがやることって、旅行会社とのマッチングぐらいしかしないので、結局売りになるのは場の提供なんですね。みんなで旅を見つけるというプロセス、体験を売っているというのが正しい。なので、魚釣りを例にすれば、寿司屋さんで魚を食べるのと、自分で魚を釣って食べることの違いだとよく説明します。

津田:
 自分で釣った魚をその場でさばいて食べた方が絶対うまいですもんね。(続く)

後編はこちら

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